終わらん。終わらんよ。仕事が。 やってもやっても次から次に沸いて出てくる。 しかも管理資料を何で作っていないんだと課長から責められる。
山手線の終電まで粘ってやっていましたが、それでも終わらない。 仕方がないので明日も出社です。昼からですけどね。
さて、さっさと寝るとしようか。
はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)
ちょっと気になった話題。
多摩川に復活したアユは、実は利根川のアユが江戸川を下りて、 東京湾を伝って上ってきたという話。
経済成長時代に汚くなった60年代にも琵琶湖のアユを放流していた そうですが、淡水湖育ちの琵琶湖産のアユは東京湾で死んでしまうから それらが繁殖したのではなくて、同じく海に下りて、再び川を上る 利根川産のアユが、江戸川へ分岐して、少しまともになった東京湾へ 下りた後に、回遊した後、多摩川に舞いこんだ塊が、これまたまともに なった多摩川を上ってきたという話。しかも、人工的に作られた堰を 改良して魚道を作ったおかげだとも。
アユを生かすのも殺すのも人間だということですね。
はい。今日は曇り。(東京地方)
終わってみれば早いもので、連休らしくない連休でした。 どこか行ったわけでもなく、何かをしたわけでもなく。
ただひたすらグウタラ三昧。 気になる仕事のことも忘れて。 無計画に。やりたいことだけやる。
ある意味、毎日そうありたいと思って過ごしているわけで、 いいリフレッシュになったかも。
さて、明日からリハビリだ。
はい。今日は曇りときどき雨。(東京地方)
今日は、座間で大凧が落下したり、成田着陸の国際線が羽田へ緊急着陸したり、 北海道付近にある発達した低気圧から延びる寒冷前線が日本全体に延び、 その通過とともに強い風が吹き荒れています。
かくいう自分ちの近所も強風で、畑の土が舞い上がり、窓を開けていたら 土ボコリが舞い込んできて、部屋の中は土ボコリだらけ。何回かモップ掛けを して、ようやく足が黒くならないまでになりましたが、さすが武蔵野台地です。 関東ローム層の黒土を舐めてはイケマセン。
部屋の換気をするつもりが、逆に汚すことになってしまいました。 こんなことなら、雨が降っていてくれた方がどれだけいいことか。
とはいえ、もし雨が降っていたなら、まるで台風でした。 今晩はどうなるんでしょうか。
自分はとりあえず部屋でじっとしていますが・・・。 (と言っている間に雨が降ってきました。風も止みました。)
はい。今日は曇り。(東京地方)
2004年05月03日(月) |
憲法記念日に憲法9条を考えるのもいいですが・・・ |
憲法記念日に憲法を考えることは大切なことです。 特に話題になっている憲法9条については真面目に考える必要があります。
ニュースで流れている巷の憲法9条改正に対する議論を見ていると、 「Yes or No」の二極論です。 特に、平和希望の市民は憲法9条を守れと声高に叫んでいますが、 条文の解釈論に流れていた戦後の政治を考慮していません。
憲法9条=平和憲法
という図式は、誰が決めたのでしょうか?
要するに、憲法9条に書かれている意図がどうかではなくて、平和な日本で あるためにはどうしたらいいかであって、そのために憲法9条に書いてある 条文のままでいいか、改正したらいいか、という議論だと思います。
少なくとも、平和を望むならば現状の憲法9条ではいけません。 事実、現条文があるにも関わらず、自衛隊が海外派兵して、灰色解釈が まかり通っているではありませんか。(自分は今回の目的では当然イラクへ 派兵できると思っていますが)
憲法は国家を縛る法律です。 国民が誤解してもまかり通るような書き方をしてはなりません。
ただ自分としては、現状の憲法9条を書き直して全くの平和憲法にして 外敵への防御を全くできない、海外派兵できないことにするのは反対です。 だから現条文を書き直すことには反対です。
ですから、憲法9条改正には表面的には反対ですが、根本的には全く違う ことを考えておりますから、議論としては成り立たないわけです。
平和をどう考えているかという議論については、話が長くなってしまうので 今回は差し控えますが、単純な憲法改正の議論は危険だということを 言いたいわけです。
はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)
まったくもって、もったいない連休を過ごしております。 どうしたものか、この4日間はどこへも出掛けていません。 出たといっても、金曜日に会社に出掛けたぐらい。この土日もぐうたら。
残りの3日をどう過ごすかまだ決めていませんが、出掛けるにしても 遠出はしないでしょう。何かやりたい、どこかへ行きたいというわけでは ありません。かといってどこにも出掛けないのは寂しい限り。
仕事でやり残したことがあるから、それが気がかりではあります。 残りの3日のうち、一回は会社に出掛けるかも。 連休が明けてからきついのもイヤだから。
自宅でできるものは、それなりにやっていますが、あくまでそれなり。 それ以上のことはできません。なにせツールも資料も限られているから。
何か楽しいことでもありませんかねぇ。 そういえば、最近のCMで見る松たか子はきれいになりました。 そんな程度ですかねぇ。買いたいCDもDVDもないし。
あ、ジャグジー付きの銭湯に行くのを忘れておりました。 久しぶりに行ってみるとしよう。
はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)
今、好きで見ている番組で「仔犬のワルツ」という土曜日の21時から 放送されている安倍なつみ扮する盲目少女が主役の番組があります。
その中で挿入曲として、養子の芯也が作曲したとしている「グロリア」 (千住明氏の曲)というピアノ曲が好きで、これを聴くために見ている ようなものです。
一見、少々ドロドロしたお情けドラマのようにも見えなくはありませんが、 自分はピアノ曲を紹介してくれる音楽番組のつもりで見ています。
小さい頃から今まで、クラシックという範疇のジャンルは好きではなく、 どちらかというとJ−ポップス系の軽いやつが好きです。高校から大学の 間には、ヘビメタやフュージョン、ジャズなんかも聴きました(兄貴の 影響でビートルズやクラシックも聴いていました)が、どうも馴染みません。
音楽は心で感じるものだから、どれがいいとか悪いとかはありません。 人それぞれの感じ方があるから、いろんなジャンルの音楽が存在している わけで、ランクも善し悪しもありません。
話を戻せば、ジャンルで言うと確かにクラシックは好きではありません。 でもクラシックの全てが嫌いというわけではなく、クラシックを取り持つ 環境が嫌いなわけです。曲そのものが嫌いというわけではありません。 金持ち気取りの態度が嫌いなだけです。
とはいえ、クラシックの世界に入ると、音楽だけで生活ができている人が どれぐらいいるかというと、ほんの一握り。交響楽団に所属している人でも、 そのトップの人しか音楽だけで生活できないと聞いていますし、関係者の 暮らしぶりを見ていても、その通りだと思います。誰もが何かしらの仕事を 音楽以外でしています。
やっている本人は、そういった厳しい環境ですが、それを取り巻く人々が、 あたかもクラシックは金持ちの特権かの如く振る舞うことが気に入らない。 クラシックを聴ける人間は金持ちだと思い込んでいるフシが見えてね。
だから、そんなイヤーな雰囲気を感じさせないところで聴けるクラシックは 単純に、曲がいいかどうかで判断できるので、普段見ているテレビ番組で いいなぁと思える曲が流れていることそのものが好きなわけです。
野球と同じ考えですが、音楽そのものは好き。でも個々に好き嫌いはある。 それだけのことです。ジャンルの枠は関係ありません。
番組の構成として、そこに「グロリア」という楽曲が流れている。 それが好き。それだけの話でした。いやいや。
はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)
「世間様に申し訳ない」と言う中の「世間」とは誰なのか。
特定の誰かでなく、あるいは自分が知る限りの特定少数の範囲を 「世間」と言うならば、それは世の大多数を意味するのではなく、 少数の考えを自分なりに取り入れているだけ。
他人に対して、「世間様が許さないから」という理由で何かを制約 するならば、それは「オレ」が許さない、ということと同義。 自分はそう思います。
日本においては、絶対的な存在であるキリストのような存在が皆無と 言っていいでしょう。個々人の中には絶対的な存在はあるでしょうが、 国民的レベルでの絶対的存在はないという意味です。
「神」対「個人」といった対比が日本にはありません。 あるとすれば、「親」対「自分」とか「棟梁」対「自分」とか。 普遍的と思われるものもありませんから、何を拠り所とするかというと、 自分の周囲を便宜的に利用して、それを標準としてしまう。そこから 外れるものは異常だとかおかしいとか言う。
基準となるものが曖昧だから、その比較判断も曖昧となるのは当然。 おかしいと言われても、そのベースがいい加減だから、おかしいと言う 本人もおかしいのではないかと思ってしまいます。
こんなことを言い出すと、オマエは屁理屈が多い、となりますが、 屁理屈以前に、周りを引き合いに出すのはやめて欲しい。どうせ言うなら 自分がこう考えるからオマエはどうなんだ、と言って欲しい。
テレビ東京のWBSでオリックスの宮内会長は、 「世間に惑わされない確固たる自己を作ることが経営者に求められている」 という発言のベースがキリスト教の教えにあるということですから、 関西学院大学でキリスト教に出会わなければ、彼は今のような立場で 存在しなかったかもしれません。オリックスというリース会社もなければ、 オリックスというプロ野球球団もなかったかもしれません。
経済成長期にリース会社という当時は馴染みのない形態の会社を立ち上げた 彼の確固たる信念が今の彼の立場を作っていると思われます。
というか、戦後の厳しい時代に会社を立ち上げたり、経済成長時代に周囲と 同じ手法を追いかけなかった会社で今も存続している会社には、 少なからず、そのような気骨のある人が設立に携わっているようです。
今となっては「頑固オヤジ」と言われそうですが、経営哲学を持つべき人が 優柔不断じゃ困りますからねぇ。でも、柔軟な頭のある頑固オヤジならば いいのではないかと思いますが、いかがでしょうか?
はい。今日は曇り。(東京地方)
彼の発言でうまく丸め込まれるのは、質問に対して真正直に返答しないことに よるのかもしれません。民主党の菅代表がイラつくのも分かるような気もします。
例えば、今日の訪問先でのインタビューに対するコメント。
記者:最近の未納問題に対する国民の視線をどう感じるか。 首相:これは過去のこと。過去を反省して建設的に議論するのが国会の仕事。
記者の質問は「国民の視線」をどう思うかと問うているのに、首相のコメントは 「未納問題」について答えています。
遠回りに批判的な質問をしていることを首相のアンテナが察知して、無難回路が 働いていると思われます。
小泉内閣が長生きする秘訣かも。彼の無難回路。 これをどう捉えるかは我々の感受性の問題でしょうね。
はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)
そういうわけで、自分の周りは客先も含めて5/5まで休みです。
社内では、休みナシでモノ作りに励む部門もありますが、幸い、 自分はその該当者ではなかったので、明日からの休みに出勤して 仕事をしなければならないことにはなりませんでした。
連休で仕事が中断すると、すっかり忘れ去られてしまう可能性が ありますので、できるだけ今日のウチに終わらせるべく、緊急の 課題に対してはカタをつけたつもり。
完了とはなりませんでしたが、こちらにボールがある状態では ありませんので、精神的には楽です。ひとつばかり整理することが ありますが、頭を使うことではありませんから、事務的にボチボチ。
残っていることといえば、上司との面談。 ほとんど無視していた状態なので、上司から30日に会社に出てこいと 命令が下りました。あくまで休みだから、午後から出ることにしました けどね。
まぁ、そんなこんなで休みを謳歌しようか。(実家へは帰省しないので)
はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)
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