しむちゃんのつれづれ日記
文字サイズは「中」が最適なようです。

2004年02月07日(土) 大阪であたふた

ひと晩寝て昨日のアルコールは抜けましたが、少々ボケ気味です。

昨日は堺からふたつ和歌山寄りの石津川という駅から近い工業団地内にある営業譲渡先へ
引継ぎのために技術者に同行しまして、13時からもろもろ議論をしながら内容を確認
していきました。途中で衝突もありましたが、それなりに確認は済んだと思っています。

で、終わった後にあちらの営業さんと一緒に一杯飲みに行ったわけですが、これがまた
大阪らしいところ。「たこ昌 竹粋亭」(たこ焼き割烹)

たこ焼きを料亭風のところで食べるという、関東では全く考えられない場所。
あ、でもおいしかったですよ。たこ焼きを高級料理風に仕上げて。

ここのたこ焼きは、いわゆる明石焼き。ダシに付けるたこ焼きです。
たこ焼き会席3,900円。全ての料理にたこが入っています。最後に出てきたデザート
のアイスにもたこが入っていました。生まれて初めての経験です。

帰りの新幹線の時間を気にして20時頃にお開きにし、営業担当さんと別れてなんば方面
へ向かって電車に乗り、堺で急行へ乗り換えたのですが、新大阪に出て東京行きに乗る
ために携帯で乗り換え案内を見てみましたが、どうやら東京行きの最終は21時過ぎの
ようで、ぎりぎり間に合わなさそう。

で、関空から羽田へ行く最終を見てみましたら、22時頃に出る飛行機のあることが
わかりまして、なんばへ向かっていた急行電車を天下茶屋(なんばのふたつ手前)で
降りて、和歌山方面に戻る急行に乗り換えました。

その急行に乗れば、関空行きの急行に乗り換えられることがわかりまして、30分前には
到着するようで安心。ただ予約をしていなかったため、席が取れなくて帰れない場合は、
大阪にいる会社の後輩のところへ行って泊めてもらおうかと思い、連絡を入れたら、
運良く自宅近くで飲んでいたようで、OKの返事がかえって来ました。

懸念の関空最終便は、なんとか席が空いていまして、東京へ戻ることにしました。
後輩へはお騒がせしたことに詫びを入れて、また別の機会に会うことに。

東京へ戻ってきて、馴染みの飲み屋へ行ったわけですが、最終電車が終わった時間にも
関わらず、そこそこお客がいまして、自分としては早々に引き上げようと思ったの
ですが、1時半を過ぎたあたりに、同じ事業部の設計と調達の若手が入ってきまして、
引き止められる始末。おかげで閉店時間の3時まで居残り。

大阪でドタバタした分、こちらでゆっくりできたからいいんだけど。

いつもの平穏な土曜日です。明日は天気も良さそうですから、布団でも干そうかな。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年02月06日(金) ただいま

午前4時。
ようやく帰って参りました。

なにやってんだ、オレ。
でも飲み屋で4,900円で済んだからヨシとしよう。

出張帰りだというのに。
しかも関空最終便で。

さ、寝よう。

はい。今日は晴れ。(阪南地方)



2004年02月05日(木) 空を見上げて

帰り道で、ふと立ち止まってタバコをふかしながら空を見上げてみました。
晴れているからか、風が出てきたからか、空は澄んでいました。

都心では明かりが邪魔してきれいに見えなかった星たちも、郊外に出ると
これほどきれいに見えるとは。ちょっとしたことですが、こんなことでも
感動を覚えたりしています。

普段は意識しなくても見えている空の星も、意識して見てみると、小さな
頃に見ていた空と変わらないなぁと思います。福岡の田舎でも東京郊外でも。

数年前までは、近所に住んでいた会社の同僚とその家族と連れ立って、青梅の
山奥まで「星を見る会」と称して空を眺めに行ったもんです。山の方がより
近く星を感じることができるからね。

今ではそれぞれがそれぞれの家を持つようになって、その「星を見る会」は
実現しませんが、それぞれの家からでも空を見上げて星を見ているようです。

空に浮かぶ星を見て郷愁を感じるのは、やはり小さな頃にそれぞれが今と
同じように空の星を見上げていたからです。何を思って星を見ていたかは
今となっては定かではありませんが、見飽きない何かを星に感じていたので
しょう。

さて、明日は大阪出張です。
大阪の空はどんなでしょうね。泊まる予定は今のところありませんが。(汗)

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2004年02月04日(水) 自衛隊派遣を考える

ある自衛隊員がテレビの番組で言いました。

「イラクで何を自分のモチベーションにしたらいいのか分からない。」
「日本の中なら命をかけれるが、イラクではそう思うかどうか分からない。」

国というくくりで言うと、戦後、他国から攻撃を受けたことのない日本は
自衛隊ですら他者からの攻撃にどう対抗するかが分からないのです。何故なら
攻撃に対処するのは警察の役割だったからです。国内のテロなんかそうです。

ということは、国内であろうが海外であろうが、自衛隊がどこかからの攻撃に
対抗できることにはなりません。日本において他国からの攻撃にあったとしても
他国において攻撃を受けることになったとしても。

冷戦が終わって仮想敵国がなくなった時点で、自衛隊の役割が終わったことを
意味します。それでも日本が自衛隊を保持する理由を考えたことはありますか?
敵のいない防衛とはいかなるものか。誰か説明できますか?

今や、消防署に代わる災害救助隊に成り代わっていると思いませんか?
そんな人たちが軍服を着て他国へ乗り込んだらどういうことになるか想像した
ことはありますか?

じゃあ、誰がイラクへ乗り込むか。これが自衛隊に反対する人への問題です。
具体的にどのような方法でイラクを救援するかです。現地の人々は待っては
くれません。そのままにして時間が経てば経つほど現地の状況は悪くなります。

リスクがあることを理由にすると、全ての方法が否定されます。
派遣される自衛隊員のことを心情的に思う気持ちはありますが、日本の常識が
通用しないイラクで自衛隊以外の方法が見当たるでしょうか?自衛隊以外で
よりリスクの低い派遣対象が存在するでしょうか?

イラク救援に賛成の人で、自衛隊派遣に反対の人は、なにかいいアイデアでも
ありますか?もしあるのなら、声を大きくして訴えてみて下さい。
自分にはどうしても自衛隊派遣以外の方法が見当たりません。どうでしょ?

ちょっと問題提起してみました。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2004年02月03日(火) 見えてきた

自分は何をやればいいのか、何をすべきなのかがさっぱり分からなかった1月。
1ヶ月を過ぎてようやく自分のなすべきことが分かりつつあります。

自分が何をしたらいいのか分からないうちは退屈で仕方ありません。
でもやるべきこと、やりたいことが出てきたら、途端に仕事が面白くなってくる。
やっぱりやりたいことがないと仕事にも身が入りません。
仕事って与えられたことだけをするものじゃないからね。

多くの技術屋とは違って、事務屋は好きだろうがそうでなかろうが、職場の配転は
当然のごとく訪れるわけで、それでもそこの職務をまっとうしなければなりません。
だからこそ、好きになることを見つけるのです。その繰り返しです。

嫌いだからイヤだーと諦めてしまってはそれで終わりです。
誰かは忘れましたが、長いことやってみることが大事であって、その都度諦めて
次の仕事を求めてしまうと、それで諦めグセが付いてしまうと。その通りだと思う。

特に積極的な動機でない配属はそうです。
自分もその類だったから、最初は心配でした。
でも、そろそろ面白くなってきた予感がします。
恐らくこれからしんどい仕事が待っていると思います。それでもそう思います。

前の職場の残り仕事もあるが、それはそれで片付けるとして、今の職場のことを
失敗もしながらやってのけることがオマエの仕事だ、とは上司の弁。
面談を受けて良かった。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2004年02月02日(月) やばい

ゲロゲーロ寸前です。
おやすみなさい。m(_ _)m

はい。今日は曇りときどき雨。(東京地方)



2004年02月01日(日) 考えてみよう

伊藤忠商事の丹羽社長が言う「労働力の均質化」が企業収益を支えるというのは
その通りだと思います。

収入の高い社員と低い社員を同時に抱え込むのは、社員が収入の高さを求めて
企業全体の高収益化を忘れてしまう危険があります。日本製品の高品質が実現
するのは、社員の中間層が高品質化されて初めて実現できるもの。

つまり製品の質は社員の質とほぼイコールの関係です。
モノ作りはやはり人間が手を加えるものですから、設備の最新鋭化をしても
それを決めるのも人間、製品を作り上げるのも人間、作り込みを考えるのも
人間です。だからその人間の質が製品の質を決めてしまうのです。

モノ作りに関わる人間は多数の人間が関わるわけですから、少しの突出した
人間を高待遇するばかりでなく、多くの人間の質を高めるために多くの人の
待遇を良くして、多くの人間の質を高めることが経営には求められます。
これがいわゆる総合力です。中間層の質の高さが企業の質を高めます。

多数を占めるこの中間層が腐った企業は、そのまま腐ってしまいます。
中間層が生き生きした企業は、そのまま生き生きしています。
この中間層をいかに活気溢れるものにするのか。この活かし方が経営に求め
られるということです。

考えてみれば、事務職でも技術職でも、活気があるかないかはそのまま製品の
売れ行きに直結していますし、勢いが違います。これは社員の質をどうするか
といった、経営側の考え方の問題です。そこに管理職の存在が問われるわけ。

客先に行っても自分の会社を見ても、その担当者の顔色を見ていれば、ある
程度はその会社の活気が読み取れます。実務に携わっている担当者の顔色
ひとつで会社の具合が分かるというのもウソ臭いかもしれませんが、大多数を
占めるこういった担当者のやる気が会社を支えているのは間違いありません。

勝ち続けていい気になっている会社は、他の野心のある会社に取って変わられる
という憂き目に会うことも少なくありません。日本の製品が高品質になったのも
安かろう悪かろうの時代から必死になって品質を追求した結果であり、その
努力があったからこそ。今の日本は、この必死さがなくなったというわけです。
だから他の国に品質で負けるようになった。日本の製品が選ばれるのは品質では
なくてデザインがいいからだと。特に中国ではそうらしい。

マレーシアのマハティール元首相が取り入れた「ルックイースト政策」があり
ましたが、今では日本を手本にしていません。これは上記が原因。真面目で
努力をする国民性は終わったと感じたからです。彼もそう言っています。

生活が良くなって、誰でもがそれなりに生きていける環境になってしまった。
不況とはいいながら、それでもそれなりに生きていける環境です。
それを当たり前としても生きていける環境です。歯を食いしばって頑張る姿を
忘れてしまったようにも感じます。楽して収入を得る方向に行きがちだし。
こういう姿を見た他国の人たちは、日本は、手本にするには終わった国だと
判断するわけです。モノ作りで成長してきた日本にとっては情けない状態です。

昭和30年代から40年代にかけてのいい時代は過ぎ去りました。
しかしそれを忘れなかったからバブルが到来し、そして弾けました。
弾けてもまだバブルのいい時代を忘れることができない人たちが残っています。

能力はあってもそれを出すことを忘れてしまった年代がまさしく中間層です。
ここにテコ入れすることが丹羽社長の言う労働の均質化ならば、それは自分も
含めて、能力を発揮するべくがむしゃらにならなくてはならないということ。

諦めの早い自分にとっては結構ぐさりと突き刺さった言葉です。
突出した誰かが高収入を得るのではなくて、みんながより高い収入を得られる
ようになればいいのであって、これを均質化の他の言葉で言えば「配分」です。

より高い配分をして、会社を下支えする中間層が能力を引き出せるのであれば、
それは会社の活性化に貢献するというわけ。原資は限られていますから、それを
どうするかが経営者の腕の見せどころ。不況はある意味いい機会。これを機に
社員が頑張って、それを原資にすることが一番の近道でしょう。

そういう意味で、話を日本に戻せば、不況は日本を活性化させるいい機会で
あったかもしれません。収入が減って、しんどい思いをして、頑張って収入を
増やす努力をすることが正しいことで、それが実現するならば、日本は資本主義
の正しい方向を進んでいると言えるでしょう。

やみくもに市場原理を導入したい小泉首相は、ある意味、古典派なのかもしれま
せん。日本を正しい資本主義の道を進めているのかもしれません。個々には
おかしいこともありますが、理念としてそれを貫くのなら、大きな目で見ると
正しい方向を示しているのかもしれません。

丹羽社長の言葉を聞きながら、自分を反省し、小泉首相のことを思う。
彼が引っ張りだこなのも分かるような気がします。考えさせてくれます。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月31日(土) 頼まれ仕事(趣味の範囲)

寝ぼけた頭で日記を書いた後、もうひと眠りしたいので布団にくるまり、
仕事とアルコールで疲れた身体を休めました。

コトウさんに頼まれていたお仕事がありまして、その依頼文書は学生の時、
専門にしていたビジネス文書です。会社に入ってからというものは、その手の
文書を作ることなく過ごしてきましたので、10数年振りのビジネス文書は
今となれば懐かしさよりも新鮮さを覚えたり。

この数年はアメリカの装置メーカと取り引きをしていたので、通常はメールで
やりとりをしていましたが、いわゆるビジネス文書といったものは作った
ことはなく、担当者同士の用件のやりとりがほとんど。

あるとしたらビジネス継続の交渉とか、装置トラブルの決着のための交渉とか。
要するに交渉ごとが多くて、学校で習うような定型文書のようなものは、
固定した取り引き先とは交わすことはまずありません。信用が出来あがって
いる相手だからね。(信用があるかないかは別にして)

ビジネス文書の形は、アメリカ流だと口語体に近づいてきています。
堅苦しい文語調だと相手から敬遠される雰囲気があるからだそうです。
経験上、確かにそう感じます。自分も相手から堅い文書をもらったら身構えて
しまいましたから。そういうわけで、極力身近な言葉を使ったつもりです。

コトウさんが何を目論んでいるのかは、事が実現したら本人からお知らせが
あると思いますので、興味のある方はお楽しみに。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2004年01月30日(金) 1月最終日

残っていた前の職場の片付けを定時後からひとりでチマチマやっておりまして、
ある程度、片付けに終わりが見えた頃に上司と同僚がこちらを見ておりまして、
何かと思うと、「飲みに行くぞ」だって。

こちらはもう少し時間がかかるというのに、もう帰り支度をしているではありま
せんか。かといってサヨナラするわけにもいかず、5分待ってくれるように伝え、
なんとか時間内に終わることができたので、自分も帰り支度をしてみんなと一緒に
飲みに行くことに。

すでに20時過ぎでしたが会社の最寄駅近くにある建物のイタメシ屋に男6人で入り、
ラストオーダー(23時)まで居座りました。なにせ飲み好きばかりなので。

職場の引越し前は、とある居酒屋のチゲ鍋が定番でしたから、イタメシを食べる
のは新鮮だと言っていました。パスタ・ピザ・リゾットが中心で、それ以外にも
もろもろ注文しましたが、飲み好きの集まりで、しかも食べることはもっと好きな
連中ですから、出てくる食べ物は、次のオーダーが来るまでに残っていることも
なく、とにかく次々と消化すること3時間。みんなよく食べるよ。

通風の人やら体脂肪率が高くて医者から注意されている人やらいますが、彼らは
普段は気を付けていても、飲み会となると違うらしく、待ってましたとばかりに
食べるわ飲むわ。後でどうなるかは本人の身体が反応するから任せるけど。
ウチに帰ってかーちゃんから怒られても知りません。そこまでは関知せず。

周りのペースに付いていくために自分も食べましたが、帰りは予想の通り電車で
寝過ごしてしまい、降りた駅からは上りの終電も済んだ後なので、タクシーで
帰ることになりました。

ウチにたどり着いた頃には頭がクラクラ。
日記を書く余裕もあるはずがなく、これは翌日に書いています。
(とはいえ、「朝まで生テレビ」はうつろな頭で眺めていましたけど。)

今日は天気もいいので気分はいいはずですが、どうも二日酔い気味ですっきり
しません。明日はちょっと出かける用事があるので、今日のウチにアルコールを
排出しておかねば。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月29日(木) 増やすだけじゃねぇ・・・

活発になってきた半導体業界。
ウチの職場は装置メーカにとある部品納入をしていますが、この部品の
発注が急激に増えてきました。これは以前から予想されていたペースより
半年ほど前倒しになっているようです。

以前の予想では、2004年度後半から2005年度にかけて設備投資が
行なわれるというものでしたが、数ヶ月前から設備投資の前倒しが一部の
リサーチ会社やアナリストから発言されるようになり、それが実現してきた
結果となっています。

納入する会社としてはうれしい悲鳴を上げていますが、うれしい顔をして
いるのは営業マンだけで、現場や設計の対応は繁忙を極めており、工程が
タイトであることを超えて、キャパ不足もはなはだしいという有様です。

例えばこれは現場のスペースが足りないとか、人が足りないとか言いますが、
本質的にはこれが解決すれば問題は解決するといったことではないと自分は
考えています。

どういうことかというと、仕事のやり方を変えずに場所を広げる、人を増やす
なんてことをやっていても、それは設備や人材の増加、つまり固定費の増加を
意味しています。好況の時にはそれでも問題は隠れてしまうかもしれませんが、
商況が落ち着いた時に余った設備や人材をどうするかという問題が予想されます。

考えるところは、「増やす」ということではなくて、「知恵を出す」という
ことであって、いかに頭を使って目の前の問題をこなすかにかかっていると
思います。要は仕組みとか運用の問題であって、そこに手を入れないで目先を
しのぐやり方はいずれ崩れていくと思うわけです。

目標は収益を伴った事業の成長ですから、現場のスペースも人材もいずれ不足
してくることになります。しかし、中小企業がただ規模を大きくするだけの
ことで大企業になれるかというと、そう簡単にはいきません。やはり知恵を出す
人がいて、それに付いて行く人がいて、実行する人がいて、判断する人がいて。

頭脳と身体の役割をする人がそれぞれ存在し、うまく融合していくことが大きく
なるための条件だと思っています。そのためには今の運用では所詮、中小企業の
ままであり、大量のモノが流れていくとすぐにパンクする体質です。

思わぬ好況になってしまうと、舞い上がってそういったところを見逃してしまう
ことになりがちです。目の前の注文を捌かなければなりませんから。工場の
人たちは頭がパンクした状態で冷静に物事を考える余裕なんてないでしょうから、
こういった時には自分のようなヒマ人が登場すべきなのでしょうか。

ヒマ人というのは仕事がなくてヒマにしているということではなくて、受注活動を
していない立場であることを例えて言ったまでのことですのでお間違えなく。

明日は上司との面談があります。
このような事業の運用にかかわることをそろそろ考えなければならないことを
訴えてみようかと思っています。本格的に没頭していない立場だからこそ言える
ことなんでしょうからね。どっぷり浸かってしまったら自分の壁を作ってしまう
のは誰も同じことだから非難は出来ないけど、だからこそ一歩引いたところで
事業を見てみることも大事になってきます。少なくとも自分はそう思います。

というわけで、明日はひとつ話することが出来ました。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)


 < 過去  INDEX  未来 >


しむちゃん [HOMEPAGE]

My追加