やんの読書日記
目次|昨日|明日
レオン・ガーフィールド作 斉藤健一訳 徳間書店
原題 The december rose 18世紀のイギリス、煙突掃除の少年バーニクルが 仕事中に煙突の中で盗み聞きしたのは国家を欺く陰謀。 それと知らずに陰謀を暴く鍵を握るワシの紋章がついたロケットを 手にいれたバーニクルは陰謀に巻き込まれ命を狙われる。 12月のバラ号で運ばれるはずの資金を横取りしようと たくらんでいる政治の黒幕と、 そうとは知らずに利用されているだけの クリーカー警部。 バーナクルを煙突掃除から救い出して はしけの番人にしたゴズリング、 はしけの持ち主マクディパー婦人と娘のミランダ ロンドンの一般市民が素朴な姿で登場するのがいい。 バーナクルが陰謀に巻き込まれたと知ったとき 大物政治家の不正を暴こうと正義心を燃やすゴズリングと 「自分たちはただの市民だ、危ないことはやめてほしい」と願う マクデイパー婦人のどちらにも親近感を感じた。 白髪をストーブの黒炭で染めて若作りしているブロドスキー大佐は、 黒幕の不正を暴こうと暗躍している人物にはとても思えない 滑稽さがあって、なぜか応援してしまう。 最終的には自分が信じていたものが不正だとわかって 失望したクリーカー警部によって、黒幕は片付けられるのだが 彼をそうさせたのは、イギリスの良心 バーナクルとゴズリング、はしけの人々の心持によるものだとわかって さわやかな気分になれた。
2003年11月05日(水) |
エルフギフト 下 裏切りの剣 |
スーザン・ブライス作 ポプラ社
うりふたつの弟ウルフウィアードと対決し 弟に重傷を負わせたエルフギフトが 選んだ道は、サクソンの神の加護を 失うことの引き換えに 弟を生き返らせることだった。 父王の遺言どおりに次の王として立った エルフギフトは、異母兄のアンウィンと 戦をしなければならなくなる。 アンウィンの妻と子どもを殺さずに 助ける場面、ウルフウィアード の看護をする場面などでエルフの子としての 癒しの力を発揮するのだけど、 自愛に満ちたとはいえない態度だ。 この巻ではアンウィンの息子ゴッドウィンの憎しみがあらわになっている。 父を追放したエルフギフトへの憎しみ、 キリスト教を捨てて サクソンの神への信仰に戻ってしまった 母への恨みがなまなましく描かれている。 サクソンの多神教がキリスト教に 追われようとしている時代背景も 書かれていて興味深いのだが、 ケルトのサムハインの祭りが キリスト教ではハロウィン、 サクソンではイングの祝日と重なっている。 この日がアンウィンのキリスト教軍と エルフギフトのサクソン軍の休戦の日に なるのだが悪者のアンウィンは 停戦協定を破ってエルフギフトを 殺してしまう。 殺し方のすさまじさは、クーフーリンの最期など問題外のすごさだった。 「血染めのワシを刻む」と称して、 生身の人間を斧でずたずたにするという 処刑の仕方だ。 サクソンのやり方でエルフギフトを殺した アンウィンもさすがに同盟者の信頼を失う。 そしてサクソンの筆頭神オーディンが 化身した竪琴ひきの男ウドゥによって 復活したエルフギフトに、最後に 殺されてしまう。 エルフギフトの復活のシーンがまた ものすごく恐ろしい。 死者を呼び起こし戦士として動かす というところなど ケルトの黒い大釜を思い出させる。 悪者は滅んだのに、サクソンの平和は 訪れないというのが筋のようだ。 このあとで運命によって死期を定められた エルフギフトが永遠に消え去るらしい。 裏切り、復讐、死、悪、狂気 いろいろな言葉を使っても言い表せない 恐ろしい世界、人がどこかに持っているもの それを表に出さないでいるうちは平和だ。 私たちが生きている現代がこういう時代に 移行していくような気がしてならないのだが そんなことをほかの読者は考えるだろうか。
2003年11月03日(月) |
エルフギフト 上 復讐のちかい |
スーザン・ブライス作 ポプラ社
エルフとサクソン人の王との間に生まれた私生児エルフギフト。 嫡出の息子が三人と実の弟という王位継承者が4人もいるのに 王の遺言は「跡継ぎはエルフギフトに」だった。 前評判から私が連想したのは兄弟同士の 殺し合い、王位簒奪、復讐の嵐だったが そのとおりの殺し合いが上巻で始まっている 嫡男のアンウィンがこの中で一番の悪役だ 弟たちを愛しているふりをしながら、 自分の地位を脅かす者としていつかは除こうと 計略する。手始めにエルフギフト追討に次男を差し向け、 反対にエルフギフトに次男を殺させてしまう。三男のウルフウィアードを エルフギフトと直接対決させて瀕死の重傷を負わせる。 エルフギフトはといえば、異界で女戦士の特訓を受けて力をつけるのだが、 サクソンの神話を基にしていながら、 ケルトの神話によく似ているので驚いた。 まさにクーフーリンと同じだ。 エルフギフトもその死ぬ時期を神によって決められているという。 誰が王になるのか、誰が死ぬのか そういう緊迫した状態が続く物語だ。 悪者がアンウィンなのに対し、エルフギフトは 癒しの能力をもつ善人なのかと思えば 必ずしもそうでないところが理解に苦しむところだ。 その心の中に、死に行くものがいて 悲しい運命を背負っていたとしても どうということはない。 誰でも同じ運命をたどるのだ、という覚めた心を持っているからだ。 それでもうりふたつの弟ウルフウィアードと戦った後、 彼の命を救ったのはエルフギフトだ。 神の加護をこのことによって失ってしまうことを知っていながら あえてそうしたのはなぜだろうか。 きれい事、うわべの勇気や高潔さをまったく 扱っていないのがこの物語のすごいところだ 人の心の悪、汚さを見せつけられた気がした。
|