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2004年10月09日(土)
一体何があったのか
♪Don't You Ever Leave Me/Hanoi Rocks

台風が近づく朝の 無人駅に残された 封の開けられた 手付かずの 高級クリームパン。
今朝ここで 一体、何が起こったのか。
2004年10月08日(金)
庭は2坪
♪Face To Face/Real Life
 | 携帯カメラ練習中。
光がキレイに写りますね。 |
 | 雲の切れ間からの 日差しです。 |
 | この散り方は 正しいのでしょうか。 |
 | ここからはいつものデジカメ。
椿の植木鉢は 箱庭みたい。 |
 | 「かあちゃん、あれ食べたい。」
「あれは 子供が食べるものじゃないの。」
「というより、 アヒルが食べるものじゃないぞ。」 |
 | つぼみシリーズ。 |
 | 君とそれ、 メカチックで なんとなく似合うね。 |
 | 花はついてないけど バリバリ元気。 |
 | 更に色づいたピラカンサ。 真っ赤よりも今ぐらいの方が キレイみたい。 真っ赤になれば 鳥に食べられちゃうから 見て楽しむのは今、 ってことね。 |
 | あっ、ヒヨが来た。 せっかくですけど まだ早いのよ。 |
 | だーから まだ食うなっちゅうに コラ〜! |
2004年10月07日(木)
寡黙なパンクロッカー
♪春子の方がそら悪い/町田康
 | 今夜は1FはLIVEなし。 |
今日のLIVEは 客が暴れるのを想定し 腹ごしらえをしっかりして 電車内では座って体力を温存 1ドリンクはキリンラガー (それはいつもだけど) すみっこの安全そうな場所を確保 上着を脱いで、さあ来い! と構えていたのに拍子抜け。 みんな、なんとなく身体を揺らしてるだけ。 特に私の前の客5〜6人は微動だにしない。 これはどういうことでちゅか?
客のことはさておき 今日のライヴ、MCがほとんどありませんでした。 曲フリも、メンバー紹介さえも。 つい2,3日前、 ジョアンジルベルトの大阪公演に行った友人から ジョアンはいつもステージ上で一言も喋らない、 と聞いて「ええ〜っ!そんなLIVE観たことない。」 とびっくりしたばかりだったので あまりびっくりしませんでしたが。(?) ただ一言も喋らなかったわけではなく 「春子の方がそら悪い」 「名古屋に来るのは久しぶりなので 来れてよかったです。」 「フィンランド」 「中島らもさんの曲をやります。」 「ありがとう。」 これだけの言葉は聞きました。 バンドのメンバーは一切喋りませんでした。
でも時折見せる笑顔はチャーミングだったりする。 硬派というよりもむしろこの人たちは 全員シャイなのでは。
ステージ上に置かれたパイプ椅子の上に 額に入った写真が置かれていました。 私の位置からは そこに写っている顔が見えなかったけど 町田さんがその写真に目をやる所は見ていました。
町田さんはその件についても一切語らず ただ一言、 「中島らもさんの曲をやります。」とだけ 言いました。
2004年10月06日(水)
歴史
♪ごんべえさんの赤ちゃん
 | 咲きましたシリーズ。 これが野ボタン。 想像より大きかった。 |
甥の運動会のビデオを見せら・・ 見せていただきました。 競技やBGMも自分が現役の頃とは ずいぶん変わっちゃってました。 でも唯一懐かしかったのは 学校オリジナル応援歌。 ♪日本晴れの秋の今日〜・・・ってこれ、 ごんべえさんの赤ちゃんの替え歌やんか。 いや、ごんべえさんの赤ちゃん自体替え歌か。
♪ごんべえさんの赤ちゃんが風邪ひいた〜 なまずの孫ではないわいな〜 め〜がねプラザへいらっしゃい〜 みんな〜で〜握手〜♪
うわ。いくつ替え歌あるのコレ。 この中にオリジナルがあるとも思えんし。 少なくとも「めがねプラザ」でないことは確か。 元歌は外国の歌に違いない。
というわけで、調べてみました。 そしたら答えは簡単 ではなかったんですね。 アメリカ南北戦争まで遡って 歴史を勉強するハメになってしまいました。 いや長かった深かった重かった。 この歌をおちゃらけた歌詞で歌える 現代日本に生まれたことのありがたさ、痛感しました。 でも実は本当のもともとの原曲は 奴隷制度も戦争も関係ない、意外なものだったんですね。 その答えが知りたい方は こちらのページへ。 (たっぷり時間のあるときに)
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