古い懐かしい名前

弟に聞いた話を元に
ネットで検索を掛けました。
もう 忘れそうになっていたミュージシャンのサイトが
本国にあったりするのだそうです。

ユーライア・ヒープの公式ページなんか見つけちゃったよ!
いやぁ、感動!!
で 当然英語なので なんだか訳のわからないまま
「なんだよーこんなメンバー知らないよぉ」とかいいつつ
あちこち見て歩いてたら そのうち 脱退してしまった
かつてのリーダー的存在、ケン・ヘンズレーのページが!!

うわっ!!!

もう 即座に、無言で飛びました。
ええ、どうせ読めません、私の語学力では。ないも同然ですから。
でもでもでも
ケンのページがあるのねvv あったのよ!!

ああもう なんだか 古い恋人に再会したような気分です。
すげー幸せ(笑)
思わずインタビュー記事を印刷してしまいました(笑)
印刷 ったって サイト翻訳サイトで日本語にして貰って
それをプリントアウトした訳なんですが
これがまた大変なシロモノで(苦笑)

いやもぉ
英語の方が良かったんじゃないかというほど
難解な日本語になっておりまして(苦笑)
すげーすげー(笑)
インタビューが延々10ページに及んでいたので
その物凄い日本語を解読する根性がとてもありませんで
これから少しずつ楽しもうと思っております。はい。

ああ 楽しみだな(笑)
2002年11月12日(火)

古い懐かしい曲たち

おとといの納骨に、東京在住の弟が来ました。
無事に納めて、お清めをすませて帰宅し
多分我が家でくつろぐのは初めての弟と
久しぶりに他愛ない話をしました。

そうしたら彼が言うことには
車の中でCDを聞いているのだけれど
昔昔私が熱狂的に好きだったあるロックグループのCDが
今、車の中にある、と。

そのグループは
一時期グラムロックとかいう名前で呼ばれたりしていたグループで
本国ではローティーンにむちゃくちゃな人気があったらしいけど
日本では泣かず飛ばず、という感じでした。
でもけっこう長く活動は続けていて(今は知らない)
私がロックを聴かなくなってしまってからも
アルバムが何枚も出ていたわけです。
で、弟は 私の影響で 引き続き買ってくれていた、と。

そのバンドのベストアルバムを落とさせて貰って
ひさ〜〜〜〜しぶりに聞いてみたら
なんとまぁ
次から次から よく歌えること!!(笑)
「覚えている」というより「染みついている」感じ。
だって、頭の中をひっくり返しても記憶はなかなか出てこない、
なのに曲が流れると、口が勝手に歌ってる。
5年前に覚えた日本の歌謡曲は綺麗さっぱり忘れてるのに
○○年前に覚えた曲が歌えるなんて吃驚ね。

懐かしい音の洪水に しばし若返った一日でした。
2002年11月11日(月)

お墓。

先月亡くなった母(養母)の納骨でした。

海乃(仮名)のお墓を開けるのは初めてです。
いえ
私が、前に開けたのを知らない、という意味ですが。
入っている人は私の生まれる前に亡くなった方達なので
中を見るのは初めてだったわけです。
お墓自体は、作業してくれた石屋さんが
「大分古いですからね」というくらいで
なんか、壊れそうなところもあるんですけど。
ええと
なんて言うのかしら、お墓の墓石それ自体と、周囲と
作った年代が違うんじゃないかしら。

お墓(墓石の方)を建てたのは
今回入った養母、その人なんですが
作ってから時間が経ちすぎていて(というのも変だけど)
本人の名前、赤で塗ってあるその色が
既に落ちなくなっている、と石屋さんが言ってました。
「改めて来て、銀で塗りますのでご了承ください」
という話でした。
なるほどー。色が落ちなくなるほど長生きしてくれたのね。
頑張ってくれてありがとう。

納骨が済んで、石屋さんに心付けを渡して車に乗り込むときに
父が「こういうときは一升瓶でも渡すんじゃないのか」とか
突然言い出すんですよ。
そんな!
知らないモノを準備することは出来ません!!
頼むから、知ってるならせめて前日に教えてよ、とーさん。
心付けで一杯やってください。
ホントに一杯分しかないけど。ごめんね、石屋さん。

それから
「お清め」に行ったわけなんですが
なんでも亡くなった人の席も作るものなんだとか。
お墓に入ってしまったのでもういらないかと思ってました。
そんなことも知らずに、料理屋さんに教えて貰ってるんですから
最後まで情けない喪主ですな。

とりあえず、葬儀関係としてはこれで一区切りですが
まったく、知らないことがてんこ盛りだと言うことが
よーーーくわかった一月でした。
この先また 法要のたびに四苦八苦するんだろうなぁ。

いや
人間いくつになっても知らないことだらけですね。
2002年11月09日(土)

花のもとにて / しっぽ

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