やっぱり馬頭じゃなかった

「馬頭琴」というふれこみの、馬頭じゃない楽器は
「馬頭琴」以外の名前で呼ばれるモノだったことが判明。

やっぱりその道の人たちは詳しいわね。
馬頭琴奏者の掲示板でお伺いを立てたのです。
そしたら「それは馬頭琴の前身の楽器でしょう」って。
ホーミーの伴奏に使われると云う話なので
それで間違いなさそう。譲ってくれた人がホーミーの人だから。

しかし日曜日にコンサートだという、嫁入り先には
本日お断りを入れるわけにもいかず。
ま、「それじゃ、いらない」とは云いそうもないけど。

しかし、チューニングからして違うとなると…
これは演奏するには一苦労だわね。
馬頭琴でさえ演奏者はあまりいないというのに
もっと珍しい楽器なのだから。

彼が弾きこなしてくれるのを楽しみにしようっと!!
2002年04月20日(土)

○だの×だの

バツイチという言葉は既に市民権を得て長いですが
このごろ「○イチ」というのね。
私の知人なんか「はなまる!」と云ってました。
得難い経験をしたのだから、花マルなんだそうです。さもありなん。

良いと思うわよ。
何も一生連れ添うだけが美徳じゃあるまいし。
一生連れ添うのも良いけど、他の生き方があっても良いよね。

ただ、回りに迷惑をかけるのは戴けませんな。
どんな生き方をしても「絶対回りに迷惑をかけない」ってのは
あり得ないから、あんまり偉そうな事は言えませんけどね。
これだけは賛成できない、と、常々思うのは
「できちゃった結婚」。

結婚や離婚くらいは自分たちで決めろよ!

と、常日頃思っております。子供をダシにするなって!
長く付き合いすぎて踏ん切りがつかなくなった
なんてこともあるかもしれませんね。
でも「区切りをつける」のだって、自分たちの責任では?

余計なお世話なんだけどさ。
トラブった時に「お前ができちゃったから結婚したんだ」と
云われる子供が一番可哀想だと思うのよ。

たまたま入籍と妊娠の順番が入れ替わっただけで
平和に幸福に暮らしている人の方が圧倒的に多いのは知ってるよ。
でもさ、
結婚前に妊娠することの善し悪しっていうより
結婚のきっかけに子供を使うのは狡い、と思っちゃう。
要するに「語感」の問題なんだけどね。
あたかも子供に責任転嫁しているかの様なこの言葉、
なんとかならんもんだろうか。

だれか、もうちょっと気の利いた名前つけてよ。
2002年04月19日(金)

獅子頭!

この前「馬頭琴のもらい手さがしてます」と書いたけど
今日、実物を預かってきました。
なんと、「馬頭」じゃないんです。
獅子みたいに見える。これでも「馬頭琴」って言うのかな?
不思議だ!!


昨日話を持ちかけた音楽家氏に電話して断りました。
「いわゆる馬頭琴じゃなかったので…」と。
彼は大変珍しがって、いろいろ質問してきましたが
「とにかく今は忙しいので、ゴールデンウィークあけまで待ってください」と。
2、3心当たりがあるので、当たってみましょうとのこと。
ヨロシクお願いしますと言って電話を切って5分。
音楽家氏から電話。
「その楽器ですけど。やっぱり僕が戴きましょう!」
あ、そうですか(笑)

流石音楽家、珍しい楽器には目がないと見える。
お値段も中古(プレイヤーがコンサートで使った)のために
か〜な〜り〜お手頃!!
もらい手がつかなかったら私が貰っても良いわ、
と思ったくらい。
でも嫁入り先が決まって、めでたしめでたし。

しかしそれにしてもこの楽器、
本当に「馬頭琴」なんだろうか?!
2002年04月18日(木)

花のもとにて / しっぽ

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