長野の蕎麦屋を巡って思ったこと・・・ - 2005年07月14日(木) 長野出張二日目の昨日は午前中に仕事を終わらせ、午後からは蕎麦屋巡りと小布施への散策に出掛けて来た。まずは善光寺さんへお参りに行ったのだが、昨年は工事中だった本堂の改修は終り、今はその前の門を改修していた。本堂に入りお賽銭を投げてお参りしようと思ったら境内で商売をしているガイドが真ん中に陣取り、その廻りを観光客が取巻いて延々と解説をしている。横には空いているスペースがあるんだから何も賽銭箱の前でやらなくても良いのに・・・って思ったけど、本堂内でクレーム付けるのも善光寺さんに申し訳ないので10分近く待って御一行さんがいなくなってからお参りをした。 ここは御神籤が自販機なのでなんか信憑性に欠けるので手を出さないことにしている。人件費節減は大切だけども御神籤ってそういうもんじゃないだろうに・・・。お寺さんも利益優先の営利企業なのかな? お参りが終わってちょっと下ったところにある割り合い有名なお店に入った。お昼時にも拘らず殆ど客がいない。平日の昼って観光地でもこんなもんなのかな?もりを頼んで先に汁と薬味だけが運ばれて来たのでちょっと味見をしたら、えっ?なに?えっ?不味い!思わず声に出して言ってしまったのである。信州の汁は一般的にはあまり美味しくないという評判ではあるが、これほどまでの不味い汁は東京の町のおそば屋さんでもお目に掛かれないレベルである。 蕎麦は決して不味くはなかったが汁が不味いのでとてもじゃないが付けて食えない。三口ほど汁を付けたが残りの殆どはそのまま何も付けずに食べてしまったのである。店の人は変に思ったろうけど、これほど不味い汁は初めてで我慢の限界点を超えてしまったのでゴメンなさい・・・。蕎麦湯も徳利ではなく最初から猪口に汁が入っているので濃過ぎて飲めやしない。おまけに汁を殆ど使っていないんだから尚更である。 次のお店へ向かう途中で何度か寄ったことのある家具屋さんがあったので入ってみることにした。家具が少なくなり無垢材を沢山置いてあったのが高いのなんのって!これじゃボロ儲けじゃんか!ぶったまげるくらいに高いね!行き付けのBarも昨年ここから買った板をカウンターに付け替えたらしいが、高くても10万いかないだろうと思える5枚継ぎの薄い無垢材だが実は20万もしたらしいのである。 ずーっと降りて来て次に入ろうと思ったお店は入口の前でなんか胸騒ぎがしてやめることにした。胸騒ぎというよりさっき食べた蕎麦は汁を付けなかったのでひょっとして胸焼けかな?でも、嫌な感じがしたので他のお店へと向かった。とある系統のお店に入ったが、まだランチタイムであるが客は一組2名のみ。ましてやここは立地的には観光客相手ではなく、サラリーマン需要が多いはず。ということはあまり期待しない方がいいのでは?とまたまた変な胸騒ぎが・・・。 せいろを頼んだら「え?一枚でいいの?」量が少ないのかなと思い聞いたら「昼飯だったら大盛りにしなよ」と言われて、断る術もなく既に一枚食っているにも拘らず大盛りをオーダーする羽目になったのである。とある系統の店なのでそれほどおかしなものは出て来ないだろうと思ったが、やはりここも先に汁と薬味だけが運ばれて来たので一口飲んでみると、さっきの店よりはマシだけど正直言って不味い。どうしてこんなに不味い汁を平気で出すんだろうか?味覚は十人十色だけども、ある程度はきちんと作ればこんな味にはならないはずだけど、こっちの方は汁にはそれほど力を入れていないんだろうね。 流石に二軒目の大盛りはきついもんがある。本当はもう一軒廻ろうかと思ったがやはり無理があるので小布施へと向かうことにし、時刻表を見ると少し待てば特急があるみたいなので喫茶店で時間を潰すことにした。長野電鉄という私鉄なのだが長野から3つ目の駅までは地下を走っている。でも、薄暗く殺風景なホームは恐怖感さえ感じる。まるでニューヨークの地下鉄みたいである。???ニューヨークの地下鉄だって?行ったことがあるんかい?俺は飛行機には乗れないし、日本から一歩も出た事はないのだが、映画とかで見るニューヨークの地下鉄のイメージに近かったからそう感じたのである。 1時間に2本だけ特急があるのだが特急料金として100円が別途必要になる。各駅停車だと40分近く掛かるがこれだと27分で着くし、車両も向かい合わせの横向きベンチシートではなく、2人掛けの縦列シートなので幾分楽チンかもしれないねと思ったのが大きな間違いであった。揺れるになんのって田んぼの畦道だってこんなには揺れないよという位に大揺れするのである。まあ何処かの私鉄の古い払い下げ車両を使っているので仕方がないのかもしれないが、ここまで揺れると凄いというか、何というか・・・。驚きである。 小布施へ来るのは10年振りくらいかな?決して大きな町ではないし、観光地と言ってもそれほど沢山の見所がある訳でもない。以前から行ってみたいと思っていたところがあったのだが、残念なことになんと休館日であった。歩いていると蕎麦屋が結構たくさんあることに気付いたが、既に2軒で食べているのでもうおなかが一杯である。その後もいろいろ散策し長野へ戻ることにした。 長野へ戻ったのが4時過ぎ。夕べ顔を出した行き付けのBarはマスターが疲れて店仕舞いをした後だったのでゆっくりと話しも出来なかったし、最終で帰ればいいから再度寄ろうかと思ったのだが、ちょっと疲れてしまったのかどうか、どうも体調が思わしくなかったのでまたの機会に行くことにしたのである。 最後にもう一軒だけ懲りもせず蕎麦屋に入ったが、結果はあえて書くまでもないこととなった。でも、どうしてこんなにも汁が駄目なんだろうか?不思議である。まあ、俺はマニアでもオタクでもないから別にどうでもいいことだけどね。 - これぞ正しくお役所仕事の真髄・・・長野編 - 2005年07月13日(水) 今回の出張の目的でもある役所回り。保健所と市役所の関連部署へ訪問し、設備絡みの許認可の確認と将来的に問題が発生するかもしれない点に於いてのリスク等を調べることを目的とした。予定ではメインのクライアントとの打ち合わせが終わってから各役所を廻ることにしていたのだが、長野駅まで迎えに来て頂き、篠ノ井の現地まで向かう途中に保健所があったので急遽予定を変更し申請業務等の確認と図面上の指導を先に受けることにした。 普段はこういう役所回りは殆どしない。何故しないかというと、どうもお役所は横柄であり、たらい回しが当たり前の世界。そして言っていることにつじつまが合わないお決まりのパターン。そういうのを目の前にすると腹が立ってしまい納得いくまで相手に食って掛かることになる。しかし、向こうは許認可権を盾に意地を張る。意地を張られて認可が下りなければ営業出来ないので、そこでぐっと堪えなければならないもどかしさ。そうなることが分かりきっているので保健所関係は直接クライアントに出向いてもらい、建築や消防関連は施工業者さんにお任せしている。 今回は私の方で廻ることになるのだが、前日に電話にて概略の説明と確認をしておき、アポもしっかりと取った上での訪問である。保健所での確認事項は開業に当っての必要設備の確認と申請に当っての注意事項を知る為の打ち合わせ。保健所は条例によって内容が結構違いが出るので良く確認しないと大変なことになる。都内と神奈川でも結構違いがあるし、長野での飲食店は初めてなのでとにかく想定できる問題点や疑問点をしっかりと確認させて貰った。 第一章 <長野市保健所・生活衛生課> 懸念していた問題点はあっさりとクリアしたが、住居の一部を店舗に切り替える際に住居と店舗の区画をどう取らなければならないのか?それによって何処の部屋を店舗として使うかが決まってくることになる。そういう意味ではクライアントとの打ち合わせの前に先に確認出来たのは幸いであった。しかし、本来はしっかりと区画を取らないと不味いんじゃないのかなと心配だったのだが、保健所としては厨房以外は一切ノータッチとのこと。但し、台所を厨房として使うので業務として使うものと家庭用として使うものの区別をしっかりとして欲しいとのことだった。何と何をそうしなければならないのか?それは冷蔵庫とまな板とのことであった。理由は家庭用の冷蔵庫に保管しているものが腐ったり、または家庭用のまな板に雑菌が繁殖しても店舗用と分けていればお店に影響を及ぼさないということだったが、言っていることは分からんでもないがちょっとおかしいような気もするのだが・・・。そんなもん、家庭用のもので不備が発生するようなところは業務用でも同じことを起こしちゃうよね。打ち合わせ中に他にも笑っちゃうようなことが沢山出て来たが、ホントお役所仕事でしたね。例えば客席に関してだが、店内は問題ないにしても外に席を設けて食べさせるに当っては保健所では感知しないということらしい。でも、これこそ保健所の管轄だろうに・・・。 また、グリストラップという油分を一旦受けて、下水等に流れないようにする受け皿みたいなものを設置するのだが、これは保健所の管轄ではないそうである。都内では保健所からの指導として説明があるのだが、長野では市役所の環境課という部署の扱いになるとのこと。これは前日に電話にて確認していたことなのだが、念の為に保健所ではどういう指導ということなのかを確認しようとしたらこれまたノータッチ。自分に責任や被害が及ぶかもしれない事に関しては一切ノータッチ。お見事です! 第二章 <長野市環境部・環境第二課> クライアントとシェフとの打ち合わせが終り、シェフと一緒に残りの役所回りをすることにした。今度は市役所の環境課という部署に於いての打合せである。下水が完備されていない地域なので本来は浄化槽というものを設置しなければならないのだが、これは店の規模とかによって大きさも変わってくるし、本来予定している規模のお店では300万以上の投資が必要とされてしまう。しかし、強制力はなく簡易水洗の汲み取り式でも問題はないとの見解である。これも前日に電話にて確認済みのことではあるが、後から実は必要だったいうことのないようにきちんと確認し、書式等でその事実を明確にする為に行ったのだが、設置に関しての強制力はないので「必要ありません」ということを網羅した書面はないということである。 それから次に別の方から汲み取りに関しての申請の説明を受けたのだが、これを担当した若い女性が全く要領を得ない。もっとハキハキきちんと日本語を話せよ!って言いたくなる位にトロくさいのである。もうこういうのってイライラモード全開になってくるんだよね。 最後に前日の電話にての打合せでグリストラップは必ず設置して欲しいとのことを言われていたので、それに関しての詳細を確認しようとしたら部署が違うのでそちらへ行って欲しいとのこと。 出た!出た!お役所お得意のたらい回し! まさか保健所じゃないよね?午前中にうちは関係ありませんと言われたばかりだけど、お互いに擦り付け合うのもお役所仕事の真髄であるし、何処の部署かと思ったらナント「建築指導課」とのこと。えっ?グリストラップの設置に関しての指導が建築指導課なの?こんなの初めて聞くよ。担当者が申し訳なさそうに「縦割り社会ですいません・・・」と言ってきたのだが、分かっているならなんとかしろよ!同じフロアですかと聞くと建物は別棟とのこと。でも隣接しているところで良かったよね。これが離れているところだったら激怒していたよね。だって昨日の電話で設置して下さいと言って来たのは環境課の貴方ですよ! 第三章 <長野市建設部・建築指導課> 事前に連絡を入れておいて頂いた建築指導課へ行き、設置に関しての詳細を聞くととんでもない答えが返ってきたのである。今回は用途変更も確認申請業務も不要ということで確認を取っているので建築絡みでの申請は一切発生しないことになる。そうするとグリストラップに関しても建築絡みの申請がない以上は何も言えませんとのこと。それじゃ設置しなくてもいいんですか?と聞くと法的にはそうなりますとである。設置しなければ油や残飯がそのまま外へ流れてしまうことになるし、そうなれば当然の如く近隣へ迷惑を及ぼすことになる。それを指導監督するのが建築指導課では建築申請がなければ一切感知出来ないことになる。これこそ可笑しな理不尽な決まりごとである。保健所の管轄にすれば飲食店の開店には必ず検査を受けなければならないし、そうなれば当然グリストラップの設置に関しての指導や徹底が出来るというもの。だから殆どの地域はそういう管轄の扱いになっているはず。 これが建築指導課では建築に関連した申請がなければなにも手も口も出せないという全く持って可笑しな状況になってしまう。これじゃ違法というか普通に工事をやる際にグリストラップを設置しないで飲食店を造ることが出来ちゃうことになる。規模にもよるが小さなお店でも本体と設置工事費で20万は下らない。大きなお店になれば数10万にも及び、設置しない場合の近隣への悪影響も計り知れないものとなる。いくらお役所とは言えこういう理解不可能な縦割り管理社会は民間人の私には全く理解出来ない。 この部署も担当した人が要領を得ない話し方。もうホントにイライラする。名刺を頂こうとしたらないとのこと。今日廻ったところでは全て頂いてきたが、何故そうするかというと後々そんなことは言っていないとか、誰と話したが分からないと丸め込まれてしまう可能性があるからきちんと名刺交換をするようにしている。で、名刺がないと言ってきたのだが誰かの名刺に貴方の名前と部署を書いたものを下さいとお願いした。本当はしっかりと会話を録音することも考えたが地方都市でそんなことをいきなりやるのもどうかと思ってやめておいたが、結構こういうことでの言った言わないというトラブルって多いのである。 それから今回の打ち合わせにしても電話でアポを取った際には何処も忙しくて駄目と言われたのである。横浜から行くし、クライアントと打ち合わせも変更出来ないのでという旨を言ったらOKになった。なんだかなぁ・・・必要以上の仕事はやりたくないということなのだろうか?お役所はノルマなんてないし、出来る限り楽をして一日を終えたいというお役所体質が染み込んでいるのであろう。打ち合わせが終りシェフと共に「俺達にはこういう生活は出来ないね」と思いは一致した。 まあ、そういう生活を求めている人がなる職業だろうし、私には到底理解も納得も出来ないことだけど、人それぞれ、様々だしね。 でも、都会と違って大らかというか、ある意味親切であり、横柄な態度を取る人はいなかったのがせめてもの救いであった。 その後、日記上では前後逆になるのだが、サラリーマン時代に担当したお店へと向かったのである。 - 何がそうさせてしまったのか・・・長野編 - 2005年07月12日(火) 今日は約1年振りの長野出張である。朝6時50分に家を出て長野駅到着が9時50分。丁度3時間の長旅であった・・・。長野のお店が本格的に動き出すことになり、現地にてクライアントとシェフを交えての具体的な打ち合わせと、諸官庁の関連条項の詳細確認の為の役所回りがメインである。 今回の出張は余りにもいろいろな出来事があったので時系列に綴った方が良いのか、内容的にまとめた方が良いのか、この時点(日記をまとめている今です)で迷っている。ネタ的には1週間分は持つ位のことが盛り沢山にあったので迷いに迷っている。この日記は1日ひとつだけしかアップ出来ないので、こういう時に困ってしまうんだよね。 それで今回の出張中の出来事を時系列ではなく、内容的に大きく分けて二日間に渡って綴ってみることにした。 第一章 <序章としての思い出・・・> 打合せと役所回りが終わり、長野のお店のシェフとサラリーマン時代に携わったお店へ行って来た。シェフとはこれまであまりゆっくりと話しをする機会がなかったので、互いをもっと知るうえで丁度良い機会だからメシでも食いながらゆっくりと杯を傾けようと思ったのである。 このお店は1年前の出張の際も立ち寄り、嬉しさと懐かしさと、歯痒さともどかしさを感じたのであったが、そう感じながらも携わった一人としての感慨に耽る余裕と気持ちを持ち合わせていた。何故ならこの仕事は本当に楽しかったし、感慨深い思いが余りにも在り過ぎて忘れることが出来なかったのである。もう彼是約10年の歳月が流れたことになるのだが、企画担当としてショップコンセプトを考え提案した当時のことが未だに走馬灯の如く蘇ってくるのである。いろいろな人々との出会いがあり、生涯忘れることの出来ない仕事でもあった。 だから長野に出張の際は殆ど立ち寄っていたのである。そこで当時のことを思い出しながら至福のひとときを堪能していたし、更なる飛躍と頑張りに期待をしていた。サラリーマン時代に担当したお店でこれほど立ち寄ったところはないだろうというくらいに行っていたのである。 でも・・・ 第二章 <何がそうさせてしまったのか・・・> 前回もいろいろと気になることが多かったが、若き店長にそれを伝え改善を期待していたのであった。しかし、一年振りで訪れてみて失意、落胆、そして・・・ 余りにも崩れてしまった全体像。いろいろな面に於いてそう感じてしまったのである。基本的なことが出来ていないというか、なんか違うんだよね・・・。残念だけど開店当時の良きイメージは消え去り、前回からも更に悪くなっているし、一体全体なにがそうさせてしまったのだろうか・・・? 例えば器の使い方。だし巻きを頼んで出て来たのは小さな器に盛られたはみ出しそうな大きなだし巻き。そして4つに切られただし巻きはとても乗りそうにない小さな取り皿。かと思えばほんの一口ほどしか摘まないものには必要以上に大きな取り皿が出て来る始末。だし巻きの時とは3倍ほどの大きな取り皿である。器自体も今時チェーン店の居酒屋でも使わないくらいにチープなものが目に付く。 調理場もホールも何も考えないで何となく流した仕事をしているというのが全て見えてくるもどかしさ。何を盛る為の器なのか?作ったものをどの器に盛れば良いのかを考えるのは調理場の人間の仕事で、それに対しての取り皿を選択するのはホールの人間の仕事であるが、基本中の基本を一切無視した仕事振り。これじゃ良い客は店のレベルが直ぐに分かっちゃうし、寄り付かなくなってしまうだろう。 コースターも出てこないからテーブルの上はビチャビチャになるし、大きなチップの入った器を平気で出して来る。こんなことは忙しいからとかというのは理由にはならないし、残念ながらお客様の方を向いて仕事をしていないということである。いつからこうなってしまったんだろうか?ここは町場の小さな個人店ではないのである。業界内ではトップの企業が経営するアンテナショップとしての位置付けだったはず。 しかし、中身はまるで町場の居酒屋である。店の雰囲気とはあきらかに異なる現実。お客様不在の店側の都合を優先した荒んだオペレーション。まともな客がそれを見たら激怒するようなことも罷り通っている始末である。最初にいろいろと感じて不快感を覚えたことはまあ我慢して許そうと思ったが、その後に見てしまった2点に関してはそれは出来なかった。普段手掛けているお店では絶対に在り得ないことだけに、余計に落胆してしまったのである。 下駄箱の棚にお通しと思われるものが乗った小皿。まさかここからお客様のところへ運ばれるの?または何処かから下げて来たものなの?例え下げて来たものだったとしてもそれを見たお客様はどう感じるだろうか?下駄箱に靴と一緒にそれが乗っている。食べ物と靴を同じところに置いているのは余りにも不衛生である。乗せられていた棚の段は違っていても双方共に剥き出し状態だし、こういう光景を見せられると全てに於いての不衛生さを感じることにもなるであろう。 この件は後で確認したら下の段を下駄箱として、上の段を下げ膳用に使っているそうであるが、例え下げてきたものとしても食べ物と靴を同じスペースに置いてしまうのは普通では考えられないし、ひょっとしたら一度に持って行けないものとかを一時的に置いて配膳をしているかもしれない。その光景は日常的に行われいて、それをお客様が目にしている可能性は大である。良いお客様はそれを見たら次からはまず来ないだろう。 トイレにしてもチェックなんかしていないから床はビチャビチャだし、使い終わったペーパータオルも床に散らばっている有様である。これじゃホントに町場の汚い居酒屋とかのトイレと一緒。女性用のトイレはあまり汚す人はいないだろうが、当然そっちもチェックなんかしていないだろうから、これが日常的に行われているとしたら怖いことである。万が一女性用のトイレも汚れたとしてそのまま放置されていたらそれを見たお客様はもう来ないだろう。 それなりに集客はしていたが殆どがサラリーマン。女性客が減ったのにはひょっとしてこういうことも起因しているのではなかろうか?こういう裏側的な部分での粗相を見てしまうと女性客はまず足が遠退いてしまうし、それを回りに言いふらすことになり大いなる損失を蒙ることに繋がるのである。 まあ、いろいろと大変なのは分かる。個室を増やして席数が倍以上になってもそれに伴ったスタッフ構成にはなっていなし、無理を承知でやっていることは直ぐに分かるけど、それがお客様に対して不快感を与えるのではかえって逆効果ということである。理想だけでは経営は成り立たないが最低限のレベルは維持して欲しかった。その一線を越えてしまった今、元に戻ることは不可能かもしれないね・・・ 第三章 <内部事情はお客様には関係ない・・・> あとから事情を聞くと体勢が変わってしまったとのこと・・・。それは企業体で運営しているところは大なり小なり出てしまう悪影響でもある。でも、それはお客様には一切関係のないことだし、それを如何にカバーするかが店を仕切る人間の使命と言えるだろう。その使命をまっとう出来ないのなら更なる努力が必要ということである。厳しい言い方かもしれないがそれが企業の看板を背負って店を仕切る立場の人間の最低限の使命。 確かに体勢が変わった経緯やその中身を知るに至って感じたことは当然の如く起こり得る現実と言えるのかもしれない。でも、それは店としてカバーしなければならないことであり、やはりお客様には一切関係のないこと。でも、怖いね・・・。いろいろな面に於いて効率を重視する余りに変えられてしまい、これまでの良い部分が消え去ってしまう。結果として客層も変わってしまうだろうし、それをトップが良しとするのならばそこで働く人間そしてはギャップを感じながらも従わなければならないもどかしさ。 でも、それを如何にカバーしていくのか?どうしようもない点に於いては仕方がないが、ちょっと考えて行動すれば簡単に分かったり、出来ることまで崩してしまっているのは悪循環としか言い様がない。こっちは働いている姿や表情を見れば直ぐに分かっちゃう。自分自身の許容範囲を超えたところでの激務と言えるのかもしれないが、それはお客様には関係のない事であり、それを如何に分からないようにするのがプロとしての仕事である。 店を出た後に行き付けだったBarに立ち寄ったら、そこのマスターもよく利用しているらしく、そのお店と店長の話になったのだが、私と同じことに気付いていたのである。意見は全く一緒で限界点を越えた中での仕事には無理があるということ。彼女自身が潰れてしまいかねないということである。 第四章 <多店舗展開の難しさ・・・> 当時店長だった方は多店舗展開と共に店を離れ全体を統括する職務となった。今は新店に掛かりっきりになっているからこのお店のチェックは出来ないだろう。多店舗化すると必ずこういう問題も出て来る。とある都内の蕎麦屋も2号店を出した途端に最初のお店が崩れてしまった。これは当然と言えば当然の出来事と言えるであろう。多店舗化の難しさはしっかりとしたチェーンオペレーションを構築出来るかどうかが問題なのであって、それが出来なければやるべきことではないと思っている。 店を出てから当時の店長がいる新店へ顔を出し、彼女をもっとサポートして欲しいとお願いをしてきた。本来はもう部外者であるから余計なことかもしれない。でも、どうしても店がおかしくなって来ている光景を目にしてしまうと開店当時のことが蘇り、黙ってはいられなくなってしまったのである。一店舗だけで廻していけば良い店になったと思う。でも、企業体としては欲も出るだろう・・・。新店だって以前も見た際に感じたが狙っている客層ではなく、当てが外れてしまっているのではなかろうか? 第五章 <終章としてのポッチーランドの思い・・・> 企業体の仕事は基本的に全てお断りしている。それは企業体の場合どうしても今回のように体勢が変わったり、担当責任者が変わったりするといろいろな面に於いて影響を及ぼす結果となる。そうすると店全体が大きく変わってしまうということで、今までシロだったものが突然クロとなってしまうのである。だからこういう仕事は怖いのである・・・ ポッチーランドの仕事は全てオーナーシェフの個人店。勿論法人化している店も沢山あるがあくまでも個人経営である。このスタンスは永遠に続けていく心算であるし、その基本が一緒になって店をつくり上げていく仕事をしていきたいということ。このお店も企業体でありながらそれを感じさせない良さがあったが、体勢が変わってしまうことによって店の全体像が大きく変化してしまう結果となった。それは働いている人間さえも変えてしまう怖さも秘めているということである。少なくとも本当に心からお客様を満足させたり、満足頂けるお客様が増えていくことは難しいのではなかろうか? それを成就させるには働く者の意識というものが重要だからである。その仕組みをトップの人間が分からない限りは悪くなることはあっても良くなることは考え難いものと思っている。残念だけど今後は長野へ出張へ行っても、もう立ち寄ることはないのではなかろうか? -
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