寝付けない日々・・・ - 2004年04月18日(日) このところ数日寝付けない夜が続いている。何でだろう?床に就くのはいつも2時前後になるのだが寝れるのは4時前後になってしまう。うとうとしながら自然に眠るに入る・・・と思うと心臓がドキュン!となって(気のせいかもしれないが)目が覚めてしまう。それが延々と繰り返し起こり、恐怖心となって寝ないで起きていようかという気持ちにもなる。金縛りとも違うなんか嫌な症状である。 以前にも同じような症状が暫く続いたことがあったが自然とそういう症状はなくなった。なんだろう?何かの病気なのか?これから何かが起こるサインなのか?不整脈の疑いで心電図録ったときは特に異常は見られなかったが、 只単に疲れやストレスからだけなのだろうか?それならそれで構わないけど気にすれば気にするほど眠れなくなり、また床に就くのが怖くもなる。 - 懐かしや、海外短波放送 - 2004年04月17日(土) たまたま見つけたサイトをよく見ると25年近く前に大流行した「BCL」という海外の短波放送などを聴く行為のサイトであった。聴き始めた当時は中学2年生位だったと記憶しているが、最初は国内の中波(いわゆる一般の放送)を聴いて受信報告書というものを送ってお礼にべリカードと言われる局の独自で作っている絵葉書みたいなものを受信の証として返信してくれる。それを集めて仲間内で自慢しあったりしていたもので、そこから次第に海外の短波放送へと移行していった。 最初は普通のラジオで短波放送もおまけ的に受信できるものを使っていたが雑誌を見るといろいろな専門機が売り出されている。しかし、当時の小遣いで買える金額でもなく、それじゃどうするかというと当然ながら親にねだるしかない。暫く粘った挙句買ってもらったのが「クーガ115」(ナショナル)というラジオで今でも実家には置いてある。当時は海外の短波放送局で日本向けの日本語放送を20数局で行っており、それらを聴いて国内と同じく受信報告書を送ってお礼のカードを集めていた。局によってはカード以外にその国の民芸品なども贈ってくれたり、放送の中で手紙を紹介してくださったりと様々なサービス?があった。 他にも英語放送や各国語での放送もあり、特にアメリカの「VOA」という局は英語のヒヤリングにうってつけの分かり易くゆっくりと話していたのでよく聴いていた。しかし、英語が上達するようなことはなかったけどね・・・。中々聞くことの出来ない局をキャッチしたときの喜びといったら今でもその時の感動は覚えている。夜中に「やった〜!」って大きな声を出したり、仲間内では誰も聞いたことのない局をキャッチした時なんかは明日学校に行ったら自慢してやろう!なんて他愛もないことを考えたりもした。 チューニングダイヤルをゆっくりゆっくり廻しながら耳を澄まし、お目当ての局をキャッチする為に全精力を注ぐ。ノイズとフェーディングの間を縫って微かに聞こえてくる意味の分からない言葉を聞きながら局名をコールするのを静かに待つ。今から思えば暗い趣味だなって思うけど、当時はその醍醐味というか本当に嵌ってしまった。寝る間を惜しんで聞いていたよな〜。英語だって満足に分からない中、いろんな国の言葉を聞くことが出来たけど、10ヶ国語くらいは聴けば何語か分かるくらいにはなったかな。 その後、各メーカーがブームに便乗しアナログでも周波数を簡単に合わせやすい機種やデジタル表示のものまで様々な機種が販売された。高いものなんかはSONYの32万円!という凄いものもあったり、そこそこのレベルの機種で5〜10万くらいはしていただろう。10年位続いたのかな?そのブームは。 で、そのBCLのサイトを偶然に見つけ昔販売されたラジオを画像付きで紹介しており懐かしくなって全部見ちゃった。今でもその趣味を続けている人も少数だろうが残っているらしく、日本語放送も幾つか行われているみたいであるがもう一度やってみようかなというところまではいかなかったな。 - 誰かと思ったら・・・ - 2004年04月16日(金) 夜に野毛まで用事があったので行った来たのだが、残念ながら用のあったお店は閉まっていて路地を桜木町方面に歩いてくると毎年恒例の大道芸のイベントの前夜祭みたいなものをやっていた。丁度終わったところでなにやら人だかりが出来てフラッシュがバチバチたかれている。大道芸にそんなに有名な人っているのかな?それともゲストで芸能人でも来ているのか?暫くして輪が解けてそこから軍服みたいなものを着てサングラスをかけて、額に真っ赤なハートのマーク、両頬にもなにやら怪しげなメークが施されている。 一体こいつは誰?サングラスを外したけど判らない・・・。一部の熱狂的なファンが集まっていただけなのかな?って思いながら帰ろうとしたら漸く思い出した。横浜市長の中田氏であった!ニコニコしながら「これは賄賂ではありません」と言いながらおひねり集めていたが、市民の輪の中に入って打ち解けようとする姿勢に共感を覚えた。 しかし、不謹慎とかそんなことやっているんだったらもっと市政のことを考えろよ!とか思う人だっているはず。なんでもそうだが見方や感想は人それぞれ様々である。だから親しみ易い人って思う人もいれば、嫌悪感を感じる人だっているはず。例えばその時の自分自身の精神状態によっても変わってくるんじゃないだろうか? イラクの拉致拘束問題にしたっていろいろな見解や思いが十人十色で存在しているはずで、本当の答えって一つではないと思う。いや、答えなんてないのかな?自己責任にしたって俺はそれは存在すると思っているけど、じゃあ本当に追及できることなのかどうかは別の問題となるし、彼らが現地で活動してきたことややろうししてことを責めることも出来ない。親族の苛立ちだって分かるし国に対して文句も言いたくなるよね。でも、本来の活動地域に止まっていればこういうことにはならなかったかもしれないし、危険を冒してまでという行動は褒められるものでもないと思う。帰国後は大多数の一般世論からすれば多少のバッシングは避けてては通れないのではなかろうか。 そして、じゃあ小泉さんが全て悪いの?という理屈もどうかと思う。結局はこういうことって責任の擦り合い的にいろんな意見や考え方が出て来ることになる。民主主義国家で法律に基づいて選出された議員で構成される政権政党がとった行動を政権を取れなかった政党が批判したところでこれもどうかと思う。だったら政権取れよ!っていう理屈になるし、サラリーマンが居酒屋で会社や上司への愚痴や文句を言ったところで何かが変わるというものでもない。例え常識外れ(犯罪行為とな異なる)のことをしているとしても会社に直訴したところで嫌なら辞めたら?って言われるのがオチである。 ちょっと話しが反れてしまったが世の中っているのは割り切れる部分とそうでない部分が相反している矛盾が常に身近に存在してるということで、全てに於いて100%正しい意見なんて存在しないんじゃないのかな?またそういう完璧な人もいないしね・・・ -
|
|