■■■ ぽっちーの独り言 ■■■... pocchyland presents

 

 

大山のお店 - 2001年11月26日(月)

先日ちょっと触れた大山のお店の話しである。

厨房・ホールを一人でこなす形態に変えるのだが、今日はお客様をお招きしてのシュミレーショントレーニングを行った。3名と4名の二組をお招きしどんどんオーダーを出してもらい様子を見ていたが、1人で全てをこなすのは想像以上に大変なことである。予想通り本人はパニック状態になり、無駄な動きが多くなってしまい思うように仕事がはかどらない。

3名の方々はお酒を飲まずに料理と蕎麦をオーダーしたのだが、最後のお茶を出すまでにかなりの時間を費やし、本番でこのような状態になったら確実に怒ってしまうであろう。しかし、今回の業態変更はお酒を飲み肴を抓み、最後に蕎麦で締めるという大人の蕎麦の愉しみ方を味わえる店ということで、照明もぐっと絞り席数も減らし、お酒を飲むことを前提として来店して頂けるようにしている。

1人で全てをこなすには一つ一つの仕事に時間が掛かり、お客様をお待たせしてしまうことになる。最初にお通し的なものとして肴の3種盛り(内容的にもしっかりとしたもの)を出し、それを抓んで頂いている間に料理を作る。3種盛りは500円頂くのだが、それに対し文句を言うようなお客様は今回の業態のターゲットからは外さざるを得ない。例えこれまでの常連であっても・・・。

出来ればまっさらの状態でスタートし、新たなる客層を掴んで欲しいのでこれまでの常連さんは切ってもらいたいとも考えている。中には我儘し放題という方もいるらしく、営業時間無視とかいろいろと問題も出ていたので、思い切った改革をしていかなければ今後の店に一抹の不安を残してしまう。

いずれにしても、明後日の夜にリニュアールオープンを迎えるが、暫く様子を見て改善等は考えていかなければならないとも思う。


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長野〜群馬〜横浜 - 2001年11月25日(日)

朝一番で長野の町を散策しながら善光寺へお参りに行って来た。

ここで前から気になっていたというか嫌なことがある。おみくじが自動販売機だということで、全然風情が感じられなく味気ない。大勢の観光客を相手にするのだから効率化は致し方ないのかもしれないが、商業主義に走っているように思えてならないのが残念だ。

蕎麦でも食おうかと思ったが、市内には旨い蕎麦屋はあまり見かけない。どうも観光客相手の商売をしていて、流して仕事をしていると事が多過ぎる。で、駅前まで下ってくると以前は日曜日が定休日だった、サラリーマン時代に企画担当として携わった大手製粉会社が経営するお店が営業していた。

春に店を拡張し席数も倍近くになったと聞いている。楽しみにして入っていったのだが・・・。開店当時からいる若い女性スタッフがこちらを見て「あれ?石川さんですか・・・」と聞いてきた。ヒゲをはやし風貌も変わったので直ぐにはわからなかったらしいが、約4年ぶりの再会であった。

いろいろと話しをしていると今度店長になったとのこと。当時からしっかりとした仕事をしており、いずれこういう立場で店を切り盛りするようになるのではと思っていたが、それを聞いて非常に嬉しくなった。厨房を取り仕切る事業部の部長とも再会し、懐かしいひとときを過ごすことが出来た。

最後に若き店長には苦言を訂して来たのだが、掃除が行き届いていないことが気になった。折角店を拡張し更にいい感じになったのにこういう細かいところがきちんと出来ていないとお客様の本当の評価は得られないと。他にも幾つか気になった点があったが、お客様も大勢は入って来たのとこちらの時間もなくなり店を出た。

でも、若き店長には頑張ってもらいたい。当時、スカウトして手掛けたお店でホールの指導スタッフとして立上げに協力して欲しいとお願いしようと思ったこともあるくらいしっかりとしている。課題はまだまだ多いと思うが、今度再会する時までに更なる成長を期待したい。

午後からは群馬・箕郷の先日オープンしたお店に行って来た。7割方お客様が入っていて厨房が見える側のビッグテーブルに陣取り、やきみそとだし巻きと地酒をオーダーした。広い庭を眺めながらの昼酒はたまらない・・・。そろそろ締めの蕎麦にしようかなと思っていたところ、8名の団体客が入って来た。どうしようか迷っているうちに一気にオーダーが入り、しょうがないやと思いもう一杯酒をオーダーし待つことにした。

かけを食べ、お客様が引いて蕎麦も汁も無くなったとのことで店を閉め、ご夫妻といろいろと話しをした。女将さんは私の姿を見て緊張したらしく、動きが不自然になってミスも多くなってしまった。でも、あの一生懸命な姿は変わりなく時間と共に向上していけると思う。

ご主人の動きも正面からじっくりと見れたが、段々飲食店のおやじ的な雰囲気が出て来た。年配の女性スタッフも数段向上していたし、とにかく頑張ってもらいたいと思う。夕方、ご夫妻に別れを告げ横浜への帰路についた。

この3日間は非常に有意義に過ごすことが出来た。強行日程でもあったがそれよりも多くの懐かしい人たちとの再会、また新たなる出会いもあり、忘れることの出来ない3連休であった。


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横浜〜仙台〜長野 - 2001年11月24日(土)

今日は朝一番で仙台へと向かった。

一人娘の七五三のお参りを妻の実家で行うこととなり約2年振りに訪れた。絶対に着物は着ないと言い張っていた娘であったが、おばあちゃんのたっての頼みとあって了解したみたいだ。親馬鹿ではあるが「結構可愛いなあ・・・」

昼メシはわざわざ打ってくれた本当に素朴な蕎麦を食べ、車で近所の神社へお参りに行きビデオと写真をみんなで撮りまくり帰路についた。家に戻ると何やら手伝って欲しいことがあるらしく、外へ出てみるとはしごが2本立て掛けてあった。えっ!ひょっとして・・・私は高いところが苦手である・・・。
しかし、そうも言っていられないので結局はしごに登り屋根下の補修工事の手伝いをした。

夕方には近所の牛タン屋へ行ったのだが、ここが本当に旨い!あまり知られていない隠れ家的なお店で分厚い牛タンをたらふく堪能し、仙台駅へと向かった。明日は先日オープンした群馬のお店に行こうと思っていたので、一旦横浜まで帰ろうかと迷ったが思いきって長野まで足を伸ばした。

長野は十数年前に約2年間住んでいた町で非常に愛着を持っている。昔よく行ったいた面白い店があるのだが、BARのようで小料理屋のような何とも不思議なところで、
70近い(と言っても非常に若い)マスターが一人でやっている店でよく晩メシを食べに行き、BAR的な使い方も出来ると言う重宝した店である。

和洋中をうまく取り入れた料理はえっと驚くものもあれば素朴なお袋の味的なものまで、ジャンルを問わず本当に美味しいものばかりであった。店も小さいながらも個性豊かな雰囲気を醸し出しちょっと見かけることの出来ないセンス溢れる空間。4年振りに訪れたのだが閉店までマスターと話し込んでしまった。

オリンピックで町並みが変わってしまったのではと懸念していたが、あまり大きな変貌は遂げておらずひと安心。久方振りの長野の夜を堪能したのであった。明日は善光寺さんへお参りに行き、昼から群馬・箕郷へと向かうことにした。



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