なべて世はこともなし
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|アイルランド真実紀行へ
| 2002年02月19日(火) |
AlitaliaはどうしてAlitaliaと呼ばれているかご存知ですか? |
アイルランドはオランダに次いでEUで二番目にユーロのみが法定通貨になりました。つまり、今アイルランドの店に行ってポンドで払おうとしても払えません。ユーロのみです。で、この移行もフタを開けてみると、確かに最初の数日間に混乱があったものの、押しなべて見れば実にスムーズに成功したといっていいかと思います。どうも他の国にしてもしかり。どの国でもスムースにユーロへの移行に成功したようです。たった一つの国を除いて。その国とは…まあ、皆さんのご想像の通りのあの国でして…。なにはともあれ、このニュース記事をご覧くださいませ。
ユーロ交換遅れで伊銀行、リラ取り扱いを継続
【ローマ18日=秦野るり子】イタリア各紙の報道によると、イタリア銀行協会は18日までに、銀行窓口でのリラの取り扱いを当初予定の今月末で終了せず6月末まで続けることを決めた。ユーロへの切り替えが遅れており、予定通り終了すれば混乱が起きるからだと説明している。実現すれば、最大2か月としているユーロと旧通貨の併用期間が、イタリアでは事実上、延長されることになる。
(出典:yomiuri online 2/19 国際面)
このニュースを読んだ瞬間、「あ、やっぱりね」と思った。
私の会社の隣りの席に座る男は、世にも陽気なローマ出身のイタリア人。毛深くて背があまり高くなく色黒で、私たちが想像するイタリア中南部の男像そのまんまの男。で、陽気な彼によると、イタリアでは、最近までリラで支払いをしたら、リラでお釣をもらっていたそうな。
何が問題かって?EUの各国では各国の通貨が支払いに出された場合、お釣はユーロで出し、その方法で市中に出回った九通かを回収したわけ。ゆえに、リラでの支払いをリラのお釣で返している限り、リラの回収は一向に進まないわけで…。まあ、何だかんだで結局ユーロへの移行は進んでいるらしいが、それでも遅れは避けられないらしい。
実は私のまわりでは、ユーロコインのコレクションがちょっとしたブームになっていまして。ユーロの紙幣はすべて同じデザインなのに対し、コインの裏は各国によって違います。で、それらのコインは各国で利用できるわけで、そうなるとたまに他の国で作られたコインがお釣なんかに混じってきます。で、そのコインを見つけてはほくそえむわけですが、それでは飽き足らないと、先月の今ごろ、私の同僚が、陽気なイタリア人をつかまえて、「イタリアからイタリアのユーロのコインを送って」と頼んだわけ。ところがその陽気なイタリア人の母は、「ユーロコインはまだ出回っていないわねえ」と真顔で答えてくれたそうな…。
イタリアで思い出したのですが、イタリアの国営の航空会社はご存知の通りAlitaliaです。なんでもAir+Italiaで、Atitaliaと呼ばれているというのが公式な見解ですが、非公式な見解ではなぜAlitaliaと呼ばれているかご存知でしょうか。おそらく英語圏にお住まいの方はあまりに古典的な冗談なのでご存知でしょうが、多分日本ではあまり知られていないと思うのでここに紹介します。
Always Late In Taking-off Always Late In Arrival
ちなみに作者はAlitaliaに乗ったことはありません。あ、そう言えば、某京O線のターミナル駅でカメラ屋の店員をしてた時、「Alitaliaの機長」なる人物が「Alitaliaの副操縦士」とカメラを買いに来たことがあったなあ。まあ、陽気な人だったのはいいんだけど、まあひどい英語でして…。これで航空管制官とどうやってやり取りしてるのかすごく不安に思ったことがあったなあ。だれかAlitaliaに搭乗したことのある人、機長が英語を話していたかどうかレポしてくださいませ(多分話しているだろうけどさ)。
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| 2002年02月18日(月) |
どこかの国で聞いたようなお話。やはりダブリンは悪い方に変わってゆく… |
今朝、バスを待っていた時のこと。バス停にはすでに7-8人の人が並んでいた。そこにやってきたのは白い杖をついた30くらいの長髪の男性。目が不自由であることは明らか。彼がバス停に着くなりタイミング良くバスが到着した。
バスの運転手は多分気を遣ってだろう、目の不自由な男性の真横にバスを止める。が、私たちには全く気にならない段差も彼にとっては難関で、乗るのに少してこずっている。私は列の後ろの方にいたので何もできなかったが、列の前の方にいる人もしかり。誰も手を貸そうとしない。ようやく彼はバスに乗ったものの、朝のラッシュ時空席などはなく、彼は立っている。誰も、優先席に座っている人ですら彼に席を譲ろうとしない。
誰だ?アイルランド人が素朴で優しいとか言ったのは?ことダブリンにおいては、そんなアイルランド人像は、とうの昔に消え去り、他の都市と何も変わらない殺伐とした雰囲気に包まれている。少なくとも、そういう悪い方向に向かっていることは誰にも否定できないと思う。
数日前には帰宅途中にバスに乗っていると、私が過去に体験したのとほぼ同じ場所(ダブリンバス事件簿その3を参照)で再び投石事件。幸い投げられた石はガラスではなくボディに当たったため、誰が怪我をするわけでもなかったが…。運転手は「またか」という風情。
これは聞いた話ながら、知り合いがバスに乗っていると、かなりよぼよぼした老婆がバスに乗ってきたそうな。が、運転手は老婆が席に腰掛けるのを確認もせずにいつも通り乱暴にバスを発車。老婆はしたたかつまずいてしまった。が、バスの運転手は知らん顔。
目の不自由な人に席を譲らない。中にいる人が怪我をすることなんて考えずにバスに石を投げる、年寄りはひところびで寝たきりになるなんて考えもせずに、乱暴にバスを運転する運転手。…どこかの国でも聞いたような話ですよね。では自分がどんなに上人なのかと聞かれれば答えに詰まるだけなのですが、少なくとも偽善者と呼ばれようとも目の不自由な人には席を譲りたい、人を不用意に傷付けない、お年寄りを大切にする…それくらいの人としての最低限のことだけは守りたいと思う。
ダブリンは変わったと思います。5年前とは比較にならないくらい。何が人を変えたのか。バブルと言う名の金か。何とも寂しい限りです。以上、オチも何もないですが、少し世を儚んでいるSnigelの愚痴でした。
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| 2002年02月16日(土) |
ただのヨッパーのオヤジじゃなかった。Christy Mooreのライブを見る |
ギネスの工場のすぐ近所のThomas Street近辺はダブリンの中でもかなり治安の悪いところです。で、そのThomas Streetの真っ只中にVicar Streetというコンサートホールというかライブハウスというかがあります。で、ここで金曜日から三夜連続でChristy Mooreなるオヤジがコンサートをしています。私はよく知らなかったのですが、このオヤジ、アイルランド人の中では超のつく有名人で、特に現在のアイリッシュミュージックを語る上で欠かせない人物なんだそうな。で、彼、数年前に酒の飲みすぎでコンサート中に倒れて、それから引退したはずなのに、年に数回の割でコンサートを始めたという…(以上ひでかすによる解説)。
ふーん、つまり、ヨッパーのオヤジなのねん
…くらいの認識しか私は持っていなかった。たぶんアイリッシュミュージックを愛する一部の方は今ごろこれを読んで怒り狂っているだろうけど、知らなかったものは仕方ない。とはいえ、この写真のおっさんを見て、いったいどれくらいの人が、彼がものすごいカリスマ性を持ったすごいミュージシャンだと気がつくだろうか。

(数年前にEasonでサイン会をした時の模様。友人(左)より拝借)
EasonのとなりのPennys(安売り衣料品店)で3ポンドで買ったとしか思えないTシャツ、見事に出っ張った中年腹。確かに怜悧そうな顔をしているが、そこを考慮に入れてもダブリンの街中を歩いていたら誰も気がつかないようなフツーのおっさん。蛇足ながら、このおっさんはダブリン近郊のキルデア県出身らしい。
で、まあ、ひでかすに誘われて(やっと話がつながります)Vicar Streetの彼のライブに昨夜(金曜日の夜)行ってきたわけです。
まずこのコンサートホールというかライブハウス、表通りのパブから入って奥に引っ込んだところにあり、広さは、たぶんテニスコート一面程度。二階席もあるが、例え二階席の一番後ろでもステージは良く見えるだろうというくらい狭い。
1階席は横と後ろを除いて4人がけの小さなテーブル席になっており、各自ビールやらワインやらをテーブルに持ち込んでいる。私たちの席は、前から2列め中央、ステージから3メートルもない位置。完全にベストポディションと言える。
で、8時30分。アイリッシュにしては賞賛に値することだが、ほぼ定刻通りにコンサート開始。例のヨッパーのオヤジは何と私たちの目の前。ツバが飛んできそうなところにヨッパーのオヤジは座る。ヨッパーのオヤジは開口一番「健康問題が心配でねえ…」とひとこと。それに会場がどっと沸く。この瞬間に、この会場にはこのヨッパーのオヤジというよりはむしろ、Christy Moore様を慕ってアイルランド中から人が集ってきたことに気がついた。
コンサートは、Christyを含む3人(もうひとりはDonal Lunnyという人でこの組み合わせはその筋の人にはたまらないらしい)で、楽器はアコースティックギターにバウロン(bodhran=資料写真右)というケルトミュージックに欠かせない太鼓、それからごくまれにキーボードという「アコースティックコンサート」と呼ぶにふさわしい陣容。
私が驚いたのは、この3人がステージに着くなり芸能人の記者会見並みにたかれるフラッシュの嵐。こういうとこは撮影禁止だと思っていた私には素朴に驚きだった。よく見ると、ひでかすは録音までしてる。どうやら撮影・録音はご勝手にどうぞ…ということらしい。会場は興奮の中にもリラックスしたムード。
まあ、コンサート特有と言われればそれまでだけど、この会場には不思議な出演者と観客の一体感があった。ただのヨッパーのオヤジではこの雰囲気を作りだすことは到底できないであろう。観客を3時間近く惹きつけるのに十分な魅力を持っていた。アイリッシュミュージックに興味のない私にとっても十分楽しめる3時間だった。何せ、Christyはいい声をしているのだ。ギターもうまいし。
Christy Mooreさん、「ヨッパーのオヤジ」などと失礼なことを言い申し訳ありませんでした。これからは認識を改めます。それにしても、このコンサートでもあなたはPennysで3ポンドで買ったとしか思えない真っ白のTシャツを着てらっしゃいましたね。そんなにすごい人ならもう少しこだわった方が良いかと思います。
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| 2002年02月15日(金) |
マネジャーは言いました。「行かないで」---あの手この手の慰留作戦 |
今朝もいつも通り8時に出勤。うちの会社、「大体8時から10時の間に来て8時間働けばいい」という(厳密には違うんだけどさ、実質はそうなっている)スーパーフレキシブル出勤制。で、早く帰りたい私は朝8時という早い時間に会社にやってくる。当然この頃は間人影もまばら。
で、私の朝はまず、メールおよび掲示板のカキコ確認、さらに、朝日新聞のサイトをじっくり読むところから始まる(やはり窓際)。掲示板にお返事を書き、朝日新聞を読んでいると、背後に人影。うげっ、キツネ目のマネージャーだ。
このマネージャーさん、私の身近な人からの評価は低いが、私に言わせると、まあフツーのやるべきことを淡々とこなしているマネージャー。私とも割と仲が良い。私も古株の特権で、何か問題が起こると、途中のスーパーバイザーとかではなく、飛び石で彼女のところに相談に行き、解決したことも多い。で、そのドイツ人女性のマネージャー氏、開口一番
マネ:「一体全体どういうことなのよ?!」 私:「え?パーティーの話ですか?(←とぼけているのはご想像の通り)」 マネ:「違うわよ!あなた辞めるの?」 私:「はあ…」 マネ:「何が不満なの?」
私もオトナですから正直に「問題だらけなんだよ。ボケ!」とは言わず、淡々と自分のおかれている現状、そして自分の考えていることを話しました。すると彼女の口から信じられない言葉が。
マネ:「辞めないで!主任さんにしてあげるから!」
あーのーなー、主任さんって、そのポストに今空きはないでしょうが。その後も、昇給だなんだかんだ、あの手この手で私を説得にかかります。私の頭の中では、中学校の時に習った「覆水盆に帰らず」の情景と、この数年間の想い出がくるくると回る。まあ、主任さんでも昇給でもなんでもいいけど、
なんでもっと早くやってくれないのよ
その他にも、某所に栄転とかいう話まで出てきましたが、とりあえず私は「転職号」という列車の切符を買って、今プラットフォームからその列車に乗ろうとしているのです。ここで、自分の彼女が「行かないで」と言ったからって、「じゃあ行かないよ」とは行かないわけです。こうして彼女の話を聞きながら、頭の中では伊瀬正三(かぐや姫=この前から年齢不詳のことばかり言ってるなあ)の「なごり雪」が「覆水盆に帰らず」に続いてくるくる回り出しました。
心に迷いが生じなかったとは言いません。正直なところ、ちょっとほだされもしました。しかし、繰り返しますが、もう遅いのです。30分以上説得されても。まあ、あのまま話を聞いていたら、それこそマネージャーのイスの話まで出てきそうな勢いでしたが(それが出てきたら私も考え直したかも)。ま、それはないでしょ。
きのうの掲示板のカキコ
「日記のキーワードは遠距離恋愛と仕事の両立」
…そうだったのか。
私は別に何も企まずに日記を書いてます。頭の中で最初の数行が浮かんだらさっと書き始めます。オチは考えてません。思いつくままに楽しみながら書いてます。ともあれ、「遠距離恋愛と仕事の両立」というのは日記のキーワードと言うよりむしろ、現在の人生のテーマといても過言じゃないかと…。
今回の転職、かなり悩みました。というか、未だに悩んでいます。ここで今転職をするということは、当然ダブリンにあと年単位の期間滞在すると言うことになります。これはとりもなおさず遠距離恋愛という状況が続くと言うことです。この事態はどうしても避けたかったのですが、かといって、今すぐ彼女のところににいけるかと言えば…当然無理です。
行くだけならできますけど、やれ仕事だビザだとなると、「好きだから」という理由だけではとてもとても乗り越えられない難題にぶつかるわけでして。そうなると、「ボクたち愛し合っているから乗り越えていけるよね」なんてくさいどうしようもない考え方は、B級メロドラマの中の話でして。ということは私には選択肢が実はないのです。
で、今回転職を決める上で、自分勝手な言い草で不快に思われる方もいるかも知れませんが、「『私たち』を中心に考えるのではなく、『私』を中心に考えよう」と自分に言い聞かせました。上にも書いた通り、「好きだから」とか言う理由だけで何かことを起こそうとしても結局うまく行かないと思います。
「私たち」の視点ではなく、「私」の視点で考えれば、今回の転職は、自分にとってとてもいい経験になるだろうし、新たなる挑戦だしいいこと尽くしです。そういうふうに考えて、今回転職を決めたわけですが、「私たち」の視点では、正直なところ現状八方ふさがりです。
去年の9.11のテロの写真を編集したクリップを見たことがあるのですが、その中の写真の一枚に、プラカードを持った男の写真がありました。その男が持っていたプラカードに書かれていた文字が私の心の中に鮮烈な印象を残しています。
Hope is alive
私にできることは、この陳腐ながらも重い響きを持ったこの言葉を胸に、今しなければならないことを淡々とやっていくしかないと思っています。
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| 2002年02月14日(木) |
赤いバラの与える費用対効果について考える |
昨日のドイツ語のコースに行った帰り、街をボーッと歩いていると、赤いバラの花束を抱えた長身の黒人男性とすれ違った。胸に抱えたそのバラの花束がとてもきれいで、「ああ、いいなー」と素朴に思った。
すると今度は、少し化粧がケバいものの、(アイルランドのレベルにしては)高そうなジャケットを着た女性がやはりバラの花束を抱えて歩いて行く。よく見ると、結構な数の人がなぜか真っ赤なバラを抱えて歩いているのだ。
そう、今日は言わずもがなのバレンタインデー。こっちのバレンタインデーは、女性から男性へ一方的にチョコレートをあげるものではなく、双方向に花をはじめあげたいものをあげる。ついでに愛の告白(うわ、書いてて恥ずかしい言葉だな)ができる大チャンスの日でもある。そんなわけで、これから愛の告白に向かうのだろうか、それとも、愛する彼から花をもらったのだろうか、真っ赤なバラを抱えた人をたくさん見かけたわけで。
で、いちおうMausiにカードくらいは送っておこうと、数日前に某カードショップに行く。こっちでは、誕生日だ病気だ結婚だといろんな機会にカードを送る。で、カードばかりを売っている専門店が町中に結構多くある。で、店の中に入ると、店全体がまっピンク(…という言葉があるかどうかは知らんが)。バレンタインカードというカードがピンクでバレンタインカードがところ狭しと並べられているからだと気がつくまでにそれほどの時間はかからなかった。で、ここに書くには恥ずかしすぎる文面のカード(そんなカードばかりだもん)を買って送る。世間様は花だ指輪だといっているのに私は3ユーロのカードでおしまい。嗚呼素晴らしきかな遠距離恋愛(←そうじゃあないだろ)。
そういえば大昔に週刊誌かなんかで読んだけど、その昔山下達郎が竹内まりあに告白する時に、赤いポルシェかなんかに乗り、真っ赤なバラの花束を抱えてやってきて、それに竹内マリアがしびれたとかいう話を読んだような…(注:作者の記憶なんてあいまいなんであまり信用しないでください)。あの顔の山下達郎に竹内マリアがしびれるんだから、やはり赤いバラには特別な効果があるのかもしれない。ま、ポルシェにしびれたとかいう説は却下。だって、この話は世間の非モテ系の男に「赤いバラさえあればなんとかなる」という夢と希望を与える話なのだ。…話なんだってば。
コドモの頃からバレンタインはあったが、非モテ系の私にとってこの日はきらいな日だった。世の中の男はおおざっぱに3種類に分けることができるわけでして。すなわち、
(1) 合格圏内の(チョコをもらえる)男 (2) 当落線上の(チョコをもらえるかどうか分からない)男 (3) 落選の(チョコをもらえない)男
悲しいかな私はいつも第3の男でして。一度でいいから校舎の裏で女の子からチョコレートをもらってみたかった。こくられて見たかった。そんな甘い思い出が私にはない(悲)。…暗くなってきたから退散。とりあえず、困ったら赤いバラを武器として買おう。
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