なべて世はこともなし
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|アイルランド真実紀行へ
実は、来月(7月)の第1週から3週間、にわか学生になることにしたのだ。学ぶものはドイツ語。Fitzwilliam Squareの某学校に先週電話をしたら、まだ来週からの初心者コースに空きがあるとのこと。「ラッキー」と思い、その場で申込をする。よくよくパンフを見ると、「6/2日申込締切」と書いてあるのだが…。ま、ここはアイルランド、細かいことは気にしないことにしよう。
で、このコース、ドイツ語の初級コースなのだが、なかなかハード。月−金の毎日、午後6時から10時まで4時間のコース。まっとうに社会人しているおいらにはなかなかきつい話。ま、昔日本で週70時間働きながら学生してた時もあったけど(常人の参考になる数字じゃないね)。
で、かくなる訳で、とてもジムに行く余裕などない。仕方ないから、ジムはやめることにした。で、昨日、どうやってやめれるかを聞くと、「書面により、30日前までに知らせよ」とのこと。…つまり来月の分は払えと言っている訳。困ったことには毎月の支払いは銀行からの自動引き落とし。おいらは一計を案じた。そう、自動引き落としを止めちゃえばいいんだわ(わっはっはっ)。
おいらの仕事は、朝の7時から昼の3時30分までの変則的なもの。利点は昼早く帰れること。銀行は4時まで開いているので、駆け込めば間に合う。という訳で、おいらはこんな計画を立てた。
3時30分きっかりに会社をあがる。 ↓ チャリでダッシュで、Trinity collegeの前の銀行へ (自動引き落としを止める) ↓ そのまま、Fitzwilliam Squareのドイツ語学校へ。 (授業料を払う) ↓ ついでだから、本屋でテキストも買う ↓ スーパーで軽く買い物をして帰る ↓ うちでくつろぐ。
ああ、カンペキな計画。こんな計画を立てたおいらは、3時30分になる前からさっさと帰り支度。で、3時30分になるなり(あるいはフライングだったかも)、あいさつもそこそこに、チャリに飛び乗る。で、North StrandをCity Centreに向かい駆け抜ける。
それにしても。恐い。数日前の日記でも書いたとおり、この国で自転車は車道を通る。で、City Centreはとてもまともな神経をしてたらチャリでは走れない。車のマナーがめちゃくちゃだから、何が起こるかまったく予測がつかない。しかも、片側5車線ある橋を中央のレーンまで行ったり、右レーンからばんばん左折してくるふたまたを右折したり、もうめちゃくちゃ。車のドライバードもは自分たちのマナー・ルール無視を棚に上げてこっちが悪いといわんばかりなのだから恐れ入る。頭の悪そうなバイク便のオヤジに”F*** you”と言われ(何と言い返したかはヒミツ)、2番のバスの運転手にクラクションを鳴らされ、もうひっちゃかめっちゃか。
銀行。とりあえず閉店間際に駆け込みセーフ。珍しく笑顔で応対してくれる銀行員のおねえさんがすべてをにこにこやってくれる(手つきが危なっかしかったがそれはご愛敬)。
で、そのまま、Fitzwilliam Square(Leeson Stの近く)のドイツ語学校に勢いで行く。するとドアには、
Due to the staff training, school is closed on 25th June. Sorry for any inconvenience caused. (スタッフトレーニングのため、6/25は業務を行いません。ご迷惑をおかけします)
「うそこけー!どうせ社員旅行で伊香保温泉にでも行ったんだろうが!」とも思うが、誰もいないので、怒りのぶつけようもない。そのまま退散。
で、Nassau Stを1本外れたとこになる行きつけの語学用の書籍専門店へ行きテキストを買おうとするが、あいにく品切れ。しかし、店員の対応がよくおいらは怒らない。やはりアカデミックなところにいる人は対応がいい。そのまま、別のPearse Station脇の書店で、テキスト購入。で、そのあと、排気ガスまみれになりながら、スーパーに行き帰ってくる。
帰ってくると、汗(めちゃくちゃな交通からの冷や汗含む)と排気ガスで顔は冗談抜きでぐちゃぐちゃ。そのままシャワーへ行き、今に至るという訳です。ほんとに、この交通だけは何とかならんかね。
今日の教訓:まだ死にたくないので、来週からの通学は金はかかるがバスにしよう。
| 2001年06月24日(日) |
「おいらの語学留学体験記」その2 |
「おいらの語学留学体験記」その2です。前回は、留学代行業者が10万もとると聞き、すべてを自分ですることを決めたとこまでお話したと思います。
で、自分ですると決めたものの、いったいどうしたものか。自慢にもならないが、おいら、それまでハワイや韓国を含め、一度も海外に出たことがなかったのだ。
海外に出るなら、とりあえずパスポートがいるべえと、立川にあったパスポートセンターにパスポートを取りに行く。これ自体は問題なくできた(当たり前だわな)。
で、次、ダブリンの語学学校に申込書を書き、それを送る。で、三菱銀行(当時)の八王子支店から、いくらか忘れたが(おそらく2-3万程度だった気がする)語学学校への入学金を払い、とりあえず、3ヶ月分の申し込みをする。
…ここまではいたくうまく行った。「へっ、代行業者がなんぼのもんじゃい!」とちょっと勝ち誇っていた。…ところが、世の中はそんなに甘くなかった。
次に手に入れなければならないのは、そう、航空券。今じゃ結構航空業界の裏までも知っている(ような気がする)が、当時はまさに赤子状態で何も知らない。一年の語学留学のつもりだったけど、いつに本に戻ってくるかは知らなかったので、「じゃあ、片道航空券を買うべえ」と思う。フィックスチケットとか、1イヤーオープンチケットとか、チケットに種類があるなどつゆ知らず…。おなじみHIS八王子支店に行き、「ダブリンまでの一番安い片道航空券下さい!」と言う。一番安いのはかのロシア系の航空会社だったが、当時多くの人が思ってたイメージをおいらもご多分に漏れず持っており、「ちょっとそこだけはご勘弁」。…てなわけで、二番目に安かった、大韓航空とブリティッシュ・ミッドランドの片道航空券、一金10万円で購入。
今にして思えば、何てばかな買い物。1イヤーオープンチケットを買うか、はたまた、安い35日フィックスのチケットを買って、片道を捨ててしまった方がはるかに安く付いたろうに…。ま、当時は、そんな悪知恵を持っていなかったのです。
で、この「片道航空券」というのが、あとあと大々的な問題になる。「成功する留学」だかなんだかのそのテの本を読んで、だんだんとんでもない事実に気がつきはじめたのだ。
その事実とは…
★ アイルランドにイギリス経由で入国するさいは、イギリスで入国審査が行われる。 ★ イギリスの入国審査はなかなか厳しい。 ★ 語学留学でも、「観光」と言って入国できるが、万が一ウソがばれた時は実にややこしいことになる。 ★ 充分資金があることを証明しなくてはならない。 ★ 帰りの航空券を持っているか聞かれることがある。 ★ 下手をすると「入国拒否」される。
ここで、片道航空券、というのがネックになってきた訳。で、とりあえず、語学学校に「入学許可証」をもらおうとするが、これが来ない。仕方ないから、ファクスで催促する(電話で催促するほどの英語力があれば、おいらは語学留学しようとは思わない)。で、夜中ファクスが来た。「やった!」と思ったら、
ぶちっ
と、途中でなぜか切れてしまった。真っ青になったおいらは緊急事態なので、電話。で、語学学校のおねえさんと話す。
おいら:「ハロー。あい、くどのっと、れしいぶ、ふぁくす。」 おねえさん:「G^$^@#*@*(UERG#%^)」 おいら:「ぷりーず、ふぁくす、あげいん」 おねえさん:「594t504 9&*^IU FAX $#^$」 おいら:「いえす、いえす」
この時でした。おいらに英語力がないと気づかされたのは。何せ、相手が何を言っているのか全然分からない。それでも、何とか、ファクスを送ってもらうことに成功。ま、この辺が10万払ったか払ってないかの違いになる訳ですね。10万払ってりゃ、片道航空券とか、入学許可証で悩む必要ななかった訳で…。
で、航空券に不安を残したまま、上野の多慶屋に行き「一番大きいスーツケース下さい!」と、最バカなことを言い、多慶屋扱うスーツケースの中で一番大きいものを購入。そのスーツケースをパンパンにして、1996年3月2日、おいらは成田へ向かったのでした。
(続く)
| 2001年06月23日(土) |
ホットジャンクメール |
おいらにとって毎日メールボックスを開けるのがとても楽しみなのは、昨日報告した通り。このホームページ、いちおう「匿名」でやってるから、メールアドレスもいちばん無難なホットメールを使っている。確かに便利なんだけど、ジャンクメールの数ではおそらく世界一なのではないかと思う。
読者の方からのメールの数とほぼ同じ数のジャンクメールが、メールボックスに届く。きのう届いたもの(削除済)
jnuiqiuqwr62621@msn.com から、HAVE A SMALL DICK? MAKE IT BIGGER!!!(ありがちですよね) bjorn423@hotmail.comからYoung Little Girls XXX (13 to 17)
あのー、特に二つ目、「違法」というやつではないでしょうか???もっと言えば、本文の下についてある、ハイパーリンクを押すと、かなりの確率で、コンピューターウィルスが送り付けられてくると思う。どこのバカが、不特定多数にそんなもんを送り付けようとするねん。それとも、バカ高い料金をふんだくって会員権を売ろうという算段か?
このテの輩は、このテのメールをまさに絨毯爆撃してるんだろうから、受け取る側がどんな人間かなんて気にしないんだろうなあ。そう言えば、日本の官房長官のケータイにも「出会い系」のメールが来るとか。(官房長官をそんなとこに誘うってどうするねん)
一番すごかったのが、Unknown SenderからTitle Unknownのメール。添付ファイルが付いている。面白がってウィルスチェッカーを走らせたら、もろウィルスでした。
で、「ブロックセンダー(特定の送り主からメールの受け取りを拒否する)機能があるけど、このbjorn423@hotmail.comは、毎回アドレスの数字部分を変えて同じようなメールが届くのでブロックのしようもない。特定の人以外からのメールを拒否すると、読者の方からのメールも拒否してしまうし、お手上げです。困ったことには、ホームページを立ち上げて以来、ジャンクメールがとみに増えているんですよ。そうそう、日本語でのジャンクメールも増えて来た。
実は、仕事探しを始めた時に別のホットメールのアカウントを開いたのだ。で、片っ端からCVを送った。そのアカウントについては、もはや、ジャンクメールの見本市会場と化してしまった。数ヶ月に一回、「もしかしたら旧友からのメールがあるかも」とメールを救出に行かねばならなくなる。すると、2-300のジャンクメールが来てるんだからたまらない。(その裏に「バルクメール」としてブロックされたジャンクメールが数百あるのだからねえ)
★ ★ ★ ★ ★
話は一気に変わるのですが、日本に行って来た時に、小田和正のLooking Back2を買って来ました。で、今もそのCDを聞きながら書いてます。白状すると、中学生の頃オフコースのファンだったのです。当時、オフコースのファンなどと言うと暗い人間だと思われたのに、このアルバムの売れ行きからすると、実はオフコースの隠れファンの数はかなりのものだったのではないかと。
このアルバム、小田和正のオフコース時代の曲をセルフカバーしてるのですが、「愛の中へ」とか「あなたのすべて」のように、当時のアレンジよりをしのぐすばらしいものもある反面、有名どころの「さよなら」や「言葉にできない」は、ちょっとがっかりという印象が。ビッグヒットだったゆえに曲を完全に作るかえようという意図があったようで、たとえば間奏の省略とかのおかげで妙に淡白な感じがするんですよ。
突き放した言い方をしてしまえば、「オフコース」と「小田和正」は異質のものだなあって。やはりメンバーのバックボーカルとかギターとかは欠かせないと。いったい日本ではどんな評価がされているんでしょう。(一応フォローしておくと、それでもすばらしいアルバムには違いないですよ、まじで)
| 2001年06月22日(金) |
買い物袋を持参して何が悪い! |
ホームページを立ち上げて、3か月近く経とうとしています。最初は訳がわからず、何度もギブアップしかけましたが、ようやく軌道に乗り、いつの間にか、4000人を超える多くの皆様のご訪問をいただきました。考えてみれば、おげれつサイトでもない、一個人のサイトにこれだけの方が来て下さる私は幸せ者だと思います。
で、かっこつけた言い方をちょっとだけさせてもらうと、最近、メールや掲示板を通じて、「確かな手ごたえ」を感じるようになりました。この17インチのディスプレイの向こうに私のページの更新を心待ちにしてくださる方がいるのを感じます。本当にありがたいことです。ありがとうと言わせてください。
最近とみに長文のメールをいただくことが多くなりました。まったく見ず知らずの方が、有名人でもない私のために多くの時間を割いてメールを書いてくださったのです。そう考えると、いい加減な返事は書けません。…てな訳で、今日も会社に1時間30分ほど残ってメールのお返事と、掲示板のお返事を書いてました。
なお、作者は実にいい加減なやつですが、頂いたメールにはきっちりお返事を書きますので、どうかお気軽にメールくださいね。皆様のメールを見るのは本当に楽しみです。そうそう、文字化けのため、返事がかけないメールが何通か届いてます。「まだ返事が来ない」(-_-#)凸 という方は、そんな訳ですんで、もう一回メールを送ってみてください。(いちおう文字化けで読めない旨伝えたんですが、それが文字化けしてたりして…)
…なんだかな。自分らしくないしおらしいことを書いてしまった。「おいら」じゃなくて「私」になってるし…。いつもの調子に戻します。
で、上のような理由で会社に少し残り、会社を出たのは午後5時。ホリデーの前まで夜勤なぞしてたんですっかり忘れてたんだけど、ダブリンの交通ってむちゃくちゃなんだわ。それは、歩行者とか、自転車とかそういう「交通弱者」の立場になるとひときわよくわかる。で、おいらの通勤手段はチャリンコ。
日本と違いチャリンコは車道を走る。右折をしたかったら、クルマと同様交差点の中央から小回りする。で、今日は会社を出たのは午後5時…夕方のラッシュの真っ最中。そんな中、おいらは自宅に帰らず自宅からさらに離れたスーパーまで買い物に行ったのだ。
まあ、金曜日だというのに(作者の見たところ、交通渋滞が特に激しいのは週半ばの火−木)すごい混みようでして。で、一番の難所は、片側3車線の道を右折するとこでして…。そこをクルマの間をすり抜けて、右折。原チャリと違って、急加速も急ブレーキもできないから怖い。
会社からスーパーまでの約4キロの道はずーっと緩やかな登り坂。バスレーンをバスと奪い合いをしながらスーパーへ。バスは登りなのもあっておいらを抜くけど、おいらはバス停ですぐに抜き返す。そしたら今度はバスが幅が十分なくて抜けないからおいらを煽る。で、ようやく抜かれたと思ったら、その先にはバス停。またおいらが抜き返し…。そんなことを繰り返してたら、風邪も治りきっていないのに汗をかいてしまった。とりあえず、おいらのことを「うっとーしー中国人め」と思ったに違いない42Bの運転手さん、ごめん。でもあんたの排気ガス攻撃は反則技です。
そんなこんなで、行きつけのスーパーに到着。パンにパスタに牛乳に卵にチーズにと生活必需品を買ってレジへ。アイルランドの(おいらの知る限りのすべてのヨーロッパの)スーパーのレジには、おいらの腰の高さくらいの位置にベルトコンベアがあり、そこに、商品を並べていく。日本のスーパーで働いている人には信じられないだろうけど、こっちのレジ係は何と、高めの椅子に座っているのだ。あれならレジに1日いても疲れんわな。
昔、某ディスカウントストアーでレジも兼任していたおいら、あの椅子に座るというのが信じられない。いや、座ってもいいよ。だけど、もう少してきぱきできないものかねえ。座っているせいもあってか、一つ一つの動作がトロい。ま、お客の方もそれに負けず劣らずトロいから、どっちもどっちなのかもしれない。
まあいい、トロくても。でも、買い物袋を持参するおいらを化け物を見るような目で見るのはやめてくれ。この国のレジは、レジ係がスキャンした商品をお客がその後ろで自分で袋に入れていくんだけど、レジ係以外に後ろで袋詰をしてくれる人が往々にしている。それ自体はありがたいのだが、人が買い物袋をかばんから出したときに目を真ん丸くするのや、人が袋をいらんと言ってるのに、どんどんビニール袋に詰めるのはやめてくれ。別においらは「環境保護主義者」じゃないのだ。ただ単に、台所の流しの下にこれ以上いらんビニール袋をためておきたくないのだ。
そして、今、夕食を食べおわったところです。ああ、ひとりで食べる夕食は空しい。こんな時ですね。ふっと、結婚なぞしたくなるのは。(したらしたで大変なんでしょうけど。)
| 2001年06月21日(木) |
おいらの留学体験記(その1) |
最近、メールおよび掲示板で、アイルランドへの留学についての質問をよく受けます。留学に関しては、ひとつのコーナーを立ち上げたいと思っているのですが、その前にプレビューとしてなぜおいらが、アイルランドを選んだかについて書いてみたいと思います。
おいらが留学したいなと思ったのは、94年、大学2年の時でした。確かに海外に対しての憧れというのはコドモの頃からあったのですが、それは、「大きくなったらパイロットになりたい」のような単なる憧憬に過ぎなかったのです。
その憧憬が突如現実味を持ったものとして捕らえられるようになったきっかけは、当時、すごく仲の良かった大学の友人が、大学2年の時突如1年間休学をして、アメリカはサンディエゴに留学してしまったのです。その彼の姿を見て、すごくかっこいいなと思ったのです。
で、一年間の留学を終え帰って来た彼は、いい意味で違う男になっていました。手垢のついた言葉を使えば、「一皮むけた」ようでした。そして、彼の話一つ一つがすばらしく、おいらの留学への夢を掻き立てたのです。
この話の流れからすれば、アメリカに留学しそうなものですが、当時アメリカには「銃社会」とか「暴力」とかそんなイメージを強く持っていて、アメリカにはどうも憧れを持つことができなかったのです。
そんな折り、彼が新宿の留学相談室のことを教えてくれ、そこに行ったのです。いろんな話を聞き、そして最後に、「もうすぐイギリス・アイルランド留学フェアー」があるよ、と教えられたのです。何でも、各語学学校の責任者や担当者から生で話を聞けるめったにないチャンスだとのこと。渡りに船とばかりにその留学フェアーに参加しました。
なぜ、アイルランドを選んだか、これだけでは説明にならないと思います。まあ、今にして考えれば、軽薄な理由なのですが、アイルランドの方が日本人が少なく、語学研修に集中できるだろうと思った点、それから、その筋の本に「アイルランドは物価が安い」と書いてあったから。
そして、もうひとつの直接の理由は、その留学フェアーで、すごく魅力的なダブリンの語学学校の責任者に出遭ったからなのです。190センチはあるだろう長身の彼の話を苦労しながら聞いていると、「ああ、明日にでもアイルランドに生きたい」という気持ちにさせるには十分でした。
で、それが、おいらが大学3年の時の春の話。それから季節は流れ、いよいよ本気で留学したいと思うようになりました。で、さっきの新宿の留学相談室に頼めば一切のことを代行してくれたのですが、代行料は何と10万円。そんな無駄金は払わんと、一切を自分ですることにしたのです。
これがいろんな問題の始まりになるのですが、この続きはまた今度。
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