なべて世はこともなし
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|アイルランド真実紀行へ
| 2001年05月28日(月) |
大の大人が情けない…。 |
日曜日から月曜日にかけての夜勤明けの朝9時ごろ。おいらはヘロヘロになりながらもHR(総務)に行く用事があったので、100メートルくらい離れた本館へ向かう。おいらの勤める会社、実は事務所が二つに分かれていて、おいらの机があるのが別館でHRやその他のセクションがあるのが本館。一応ビルは隣り合っているが、ドアーからドアーで考えると結構離れている。
で、おいらの会社、一応ドアーには磁気ロックがかかっていて、おいらの名札をリーダーにかざすとドアーが開くしくみ。(そんなにしてまで守る秘密などないだろうに…。)ところが、おいらのこの名札、なぜだか本館のドアーでは働かないのだ。
で本館のHRまではこの関所が2ヶ所あり(しつこいけどそんなにしてまで守る秘密などないだろうに…)最初のドアーは前の人についていって突破。ところが二つ目、前の人が違う方に行ってしまったので、二つ目のドアーの前でおいらは困ってしまった。
ふっと目をやると、どこかで見覚えのあるおじさんが一人所在なげに廊下に立っている。ちょうどいいやと思い、「悪いけどドアー開けてー」と一言。その、どこかで見覚えのあるおじさん、彼の名札でドアーを開け、ご丁寧にドアーまで押さえておいらを迎え入れてくれた。「ありがとー」とおいらはそのままHRへ。
「ん?今のおじさん誰だっけ?」と夜勤明けのボケきった頭で考えること数秒。
「あ…」
そのおじさんはうちの重役の一人。そう、おいらは偉そうに重役にドアーを開けさせてしまったのでした。考えてみると、今は昇給の査定の真っ最中。
…今年も昇給はダメだな…。
そんなこんなで9時30分頃帰宅。普段はそのまま眠れるのだが、今日に限ってなかなか眠れない。んで、ようやく眠れたと思いきや、午後3時くらいに目が覚めてしまった。
何に対してだか良く分からないが、頭に来たおいらはそのまま台所へ行き、ビールで一人酒盛りを始める。折りも折り、同居人の環境保護至上主義ドイツ人女性が帰宅。「ほら、酒だー、ビール、飲むべえ」という訳で、午後4時にして二人で酒盛り開始。
で、時刻は午後7時。酒がいい具合に回ってきたので、一時お昼寝、という訳で自分の部屋に戻る。
… … … …
気がつくと、午後9時10分。会社の始業時間は午後9時。「うわああああああああああ」と一陣の風を家に残し、おいらは会社にダッシュ。…それにしても、ドイツ人、おいらが今日仕事なのわかってんだから、起こしてくれりゃいいものを…。
…こりゃやっぱり今年も昇給はダメだな…。
で、チャリで大通りまで来て気がついた。…さっき作った、お弁当、忘れた。仕方がない、コンビニに行くべえ、と思ったが、財布の中には87ペンス(約120円)しか入っておらず、断念。
…大の大人の財布の中身は120円。…情けない。
これ書いて今思い出したけど、おいらの同僚の一人は先週、会社から200メートルのところにある、キャッシュディスペンサーで夜たった10ポンド(1400円)をおろしていた。
…大の大人(しかもおいらより年上)が…情けない。
という訳で、今日もちょっと酔い気味で会社に到着。で、会社に来て爆裂な空腹に襲われるも、近所に開いてる店はなし。宅配中華やピザは金がないのでとれない。空腹を机の引き出しの奥で見つけたクノールのカップスープでごまかすおいら。
…大の大人が情けない(しみじみ)。
あうううううう…頭が痛い…。(><)
別においらは偏頭痛持ちじゃありません。ただ単に飲み過ぎなのです。それでこうやって夜勤をしなくちゃいけない苦労。それにしてもなんでこんなことになったのだか。
そもそも、今日は日曜日。うちの父が「日曜日は寝て曜日」と口癖で言ってましたが、それに習い、今日はのんびりすごそうと思ってたのです。ところが、ふっと気がついた。「あ、お土産買わなきゃ」数日前の日記等にも書いた通り、おいら、水曜日からドイツを経由して日本に行きます。2週間のちょっと小忙しいスケジュール。で、日本に行くのにちょっと手ぶらじゃあ行けない。…というわけで、何もたいした物は見つからないことは百も承知で、おいらは街に買い物に行くことにしたんです。で、1人で行くのもなんだなあ、と思ってたら、うちの環境保護至上主義ドイツ人が、「んじゃあ私も行く」ということになり、二人で町に向かった。
アイルランドの基礎知識の一つとして、「アイルランドはカソリックの国である」という真実があります。この事実はいろんなことに響いてきます。日本同様、いろんな意味で社会は急速な勢いで変わりつつあるのですが、それでも日本の常識では測れないことがいくつかあります。
これはもう過去の話になってしまったのですが、アイルランドは70年代までなんと避妊具(ぶっちゃけて書くとコンドーム)の使用が認められていなかったのです。おいらキリスト教徒じゃないのでその教義も当然よくは知らないのですが、何だか、「子供は神様からの授かりものだから、その意思に反することはしてはいけない」とかなんとかいう教義があるらしい(しつこいけどおいらはキリスト教徒じゃないんだから話半分に聞いてね)。その流れは現代にも脈々と息づき、たとえば妊娠の中絶も認められていない。どうしても中絶が必要になった場合、プロテスタントの国であるイギリスへわざわざ行くという…。ちなみにたとえ強姦が原因で妊娠しても、その子供は中絶してはいけないというのが彼らの基本的な考えです。それが原因だかなんだか知りませんが、アイルランドではコンドームが高い!一つ1ポンド(140円)もするんです。これ以上続けると18禁の日記になるから以下自粛。
なんでこんなことを話し始めたかというと、このカソリックの教えのおかげで、たった数年前までアイルランドで日曜日に営業している店はまったくなかったのです。「日曜日は寝て曜日」というのは実はカソリックの教えでもあったわけで。てなわけで、未だに日曜日に町に行くと、半分くらいの店は閉まっています。
そんな中、なんとかお土産を買おうといざ出陣。しかしダブリン一の観光客のポイント、Temple BarのTemple Bar Music Centreの前を通りかかったのが運の尽き。そこから聞こえてきたのはトラディショナルアイリッシュミュージック。個人的にトラディショナルアイリッシュミュージックなぞに興味はないものの、同行のドイツ人が「入るだけ」というので入ってしまった。
「ちょっと見るだけ」
「座るだけ」
「ビール飲むだけ」
という訳で、いつのまにかそこに根が生えてしまった。小1時間後、ついに外に出たのだが、それを見計らったかのように、おいらの親友のイギリス人が、「今、町にいるんだけど会わない?」とケータイに電話してくる。彼に会うということは自動的にパブに行くということで今度はLower Abbey StreetのMadigansというパブへ直行。気がつけば6時。慌てて家に戻り、お昼寝。で、気がつけば、8時半。お弁当を作る予定だったのにもかかわらず、時間がなく断念。ひげも剃らずそのまま会社にやってきた次第。それにしても、頭が痛い。さっきからダイエットペプシを酔い覚ましに飲みつづけているんだけどねえ(関係ないけどおいらはペプシ派)。
何にせよ、地獄の夜勤も後3日でおしまい。その後はドイツと日本へ。金がないのを除けばわくわくしてます。が、今月末で切れるビザの更新まだしてないんですよねえ。…というか、更新された就労許可証がまだ来てないんですよ。もしかするとこの件で1本ネタがかける状況になるかもしれません。
あ!結局お土産買ってない。水曜日の朝まで夜勤でそのまま空港に直行しますので、ゆえにお土産はありません。ご期待をしていた方諦めてください。いったい何をやってるんだか。(>自分自身)
| 2001年05月26日(土) |
給料日なのにすでに金のないおいら |
金曜日、ドイツマルクを両替しに行って気がついた。「給料入ってるー」月曜日が給料日のはずなのだが、なぜか金曜の午後の時点で給料が振り込まれていた。ついと調子に乗って必要以上に両替をしてしまった。で、入った給料をまじまじ見ながら、今月のつらかった日々を思い出そうとしたが、全然つらい日々ではなかったので何も思い出せなかった。
で、まだ来ぬ6月のことを考えた。「あれ?来月も、赤字じゃん」どこをどう間違えばそこまで貧乏になれるのやら。これで、また来月もドケチ生活と相成りました。もうすでに来月の給料日のことを考えているおいらは多分最バカ以外の何ものでもないでしょう。
で、その後、犬をうちに連れて帰り(昨日の日記を参照してねん)、夜は、同僚4人で、「さよなら夜勤パーティー」と題して、ベルゴという名のベルギーレストランへ。(日記の下の方を辿ればおわかりいただけると思いますが、うちの会社の夜勤が今月いっぱいで廃止になります。)
何がベルギーの名物かなど、去年2回もベルギーに行っていながら全然知らない。メニューを見るからにはどうもカキが名物らしくカキ料理がたくさんあった。ちなみに作者はカキ大嫌い。貝類はほぼ全滅なのでした。という訳で無難なチキンを食べました。
で、ベルギーと言えば、Chimayというビールが(おいらにとって)名物。このビールを飲んで結構楽しく過ごしました。
「それは違う」と反論される向きもあるでしょうが、個人的には、ベルギーには、「くすんだ黄昏の国」というイメージがあります。初めてベルギーに行った時は、アントワープへ。そして2度目はCharleroiからAachen(ドイツ)まで列車で旅したことがあります。どちらの時も、車窓から見えるのは、寂れた工場とか、薄汚れた家とかばかり。生活水準が低い訳ではない。むしろ高そうな印象だったのだが、何かが決定的にベルギーを寂れた印象にさせるのだ。それが何かはよくわからない。誰か詳しい人は教えておくれ。
ちょっと訳ありで、犬を一晩預かることになりました。生後たった14週間のまさに子犬。街中のConnolly Stationで彼を受け取り、うちまでバスで連れて帰りました。これがまたなかなかの光景で、リュックサックからヨークシャーテリー(の雑種)が顔を出していたおかげで、おいらは子どもの人気者。(おいらが人気じゃないのよね。犬が人気なのよね。わかってます。)
で、なぜか超満員のバスに乗り20分。バスの中ではリュックをひざに抱えていたのですが、ひざに冷たい感触。そう、リュックの中もびしょぬれ。Dieselのおきにのズボンもやや濡れ。ほかのお客の顰蹙を買うのが嫌だったので、そのまま素知らぬ顔をしてバスから降りました。すると、今度はひとくち(自粛)。家に着くなり今度は、(再び自粛)。
そして今度は、頼まれていたとおり、えさを与えると、まあ、食べる食べる。びびりました。この小さいからだのどこに入るんだというくらい、よく食べる。それにしても、このペティグリーチャム、おいらのツナ缶より高いやんけ。おいらが飼い主なら、こんな贅沢はさせません。
ともあれ、生き物を飼うのはかわいいかわいいだけじゃあすまないですね。そういう責任を負わねばならないと思うと、何か間違って結婚しても、子どもはしばらくいらんという気分になります。
で、おいら、すっかり忘れていたのですが、今からお出かけ。…この子はいい子にしてくれているのだろうか。台所で粗相を起こさないでね。(台所がうちでトイレ・風呂を除き唯一の板張りの場所。)
現在、友人宅に友人のご両親がはるばる日本から訪問されてます。60代の仲のよいご夫婦ですが、このご両親、今回が海外に出るのが初めてなそうな。当然海外に対する「新鮮な目」をお持ちで今日お会いしたのですがなかなか一緒にいて楽しいです。
ご年配なこともあるからでしょうが、「日本蕎麦はないのか!」「ヨーグルトがまずい!」(ブルガリアヨーグルトじゃないと嫌らしい。ちなみに作者はあのすっぱいのはだめで、ナチュレ派)「お酢はないのか!」と大騒ぎ。
そもそもここに来られるのもまさにやじきた道中だったらしい。日本−アイルランド間のダイレクトフライトはないので、当然ロンドンで乗り換えと相成ったのだが、乗り換えの時も大騒動だったらしい。奥さんいわく、「男はあーゆー時ホントにだめね!」…一人の男としてお詫びいたします。
おいらが初めて来た時もまさにそうでした。初めての海外が、実はダブリンへの語学研修だったのです。海外に行ったことのないバカ親子でしたから、何をどう準備していいんだかわからない。「とりあえず、スーツケースがいる」ということになり、御徒町の多慶屋(東京にお住まいでない方、早い話が上野にある総合ディスカウントストアーです)に行き「一番大きいスーツケースください!」と信じられない大きさのスーツケースを買う。
で、そこに詰めれるだけものを詰めて、成田空港へ。一番安かったので買った、大韓航空のチケット、カウンターで、「このスーツケース、重過ぎます」と一言。目方を見ると何と35キロ以上ある(注:たったスーツケース1個だけです)。
知る限りでは、エコノミークラスの重量制限は20キロで、30キロまでなら大目に見るようだがそれ以上になるとまず文句を言われるようなので、おいらのスーツケースは文句なく重い。仕方なく、機内持ち込みのかばんの中に本などを詰めて32キロ。大韓航空のカウンターのおじさんに「努力を認めましょう」と言われ大目に見てもらう。
で、ソウルを経由して、ロンドンヒースロー空港へ。ヒースローは、ヨーロッパ一忙しい空港(ちなみに2番はドイツのフランクフルト空港)。そんなことはつゆ知らずに来たおいら。大ボケをかます。この空港で乗り換える場合は、出口に向かわずに乗り換え専用通路に向かう(羽田も含めどこの空港もまずそうですよね)のが正しい道にもかかわらず、おいら何と、例の激重スーツケースを受け取り外に出てしまったのだ。
で、お経のように、「ブリティッシュミッドランドのカウンター」といい続け、ようやく見つけたブリティッシュミッドランドのカウンター(注:ブリティッシュミッドランドはイギリス第2位の航空会社)。そこには誰もおらず、こんな張り紙が一枚。
“All British Midland passenger should come to terminal 1. Thank you”
おいらが着いたのは、ターミナル4。当然ターミナル4から1へ移動しなくてはならない。ロビー内を見回すと、ターミナル1への寂れた地下道がそこに。ちなみに、無料シャトルバスが運行されているらしいが、この時はそんなこと知る由もなく。
で、この地下道、本当に暗く寂れて、なんとも不気味な感じで、しかもベルトコンベアは故障中。長い長い人気のない地下道を重いスーツケースをごろごろ転がしながらターミナル1へ。
ようやく着いたターミナル1。搭乗時刻は迫っている。一刻も早くカウンターを見つけないと。で、カウンターはどこかと見回すが、そこは1階の到着ロビー。出発は上の階。で、エスカレーターなんてしゃれたものはない。あとから知ったのだが、このターミナル1は、基本的にダブリンや国内線用のいわば「ローカルターミナル」だったので、そう言うしゃれたものは一切なかった。
で、あるのは階段のみ。何度もしつこいけど、30キロ超の重いスーツケース。そんなもんを抱えて階段を登れるとはまったく思えなかった。仕方なく、到着ロビーを1周すると、あった、エレベーター。
で、2階の出発ロビーに行くべく、「2」を押す。で、「2」に着き、エレベーターを降りたのだが、そこはなぜか事務所。「????????」このへんから搭乗時刻も迫りパニクり始めた。「やべー、とりあえず戻るべえ」と、「1」を押すと、なぜかもとの場所に戻らない!見たこともない場所。まさにSFの世界。
でもよくよく見るとそこは出発ロビー。よく状況を理解しないまま、とりあえず、ブリティッシュミッドランドのカウンターを発見。無事ぎりぎりセーフでチェックイン。
で、あとから知ったのだが(賢明な読者様はもうお気づきですね)、イギリス英語では1階はGround Floorで2階がFirst Floorなのだ。それを知らないばかりにパニクった次第。あとから考えるとこの上ないばか話ですが、その時は本気でアセりました。
で、ブリティッシュミッドランドの機上から見たダブリンの夜景。今まで見た風景の中でもっとを忘れられない風景の一つ。オレンジ色の街灯がまるで川のようで、「ああ、ついに来たんだー」という感慨で思わず込み上げてくるものがあった。自分の中で、「もう戻れない」というある意味での決意感が生まれたのがその時。あー、書いててなつかしー。
あれからもう5年の月日が経った。(日本に何年間か戻っているのでこの5年間ずっとダブリンにいた訳ではない。)今では、アイルランドをバカだクソだ言ってるけど、そんな新鮮な感激を持っていた頃もあったんです。
以上作者の昔話でした。
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