馨絵詞〜かおるのえことば
楽しいことも、そうではないことも。

2003年01月29日(水) 稲葉と風邪薬・2

なおもインフルエンザと格闘中。

昨日、病院に行って薬を出してもらいました。

ウィルスの活動を抑える薬と
ウィルスの増殖を抑える薬と
上2種の薬から胃を守る薬と計3種類。

上2種類なんか、1つにまとめられそうな気がしますけどね。
その辺はやっぱりお金儲けのためなんでしょうかね。

上2種類は毎食後、胃薬は朝夕食後。
以前書いたようにリンゴジュースで飲んでいます。
それでもまだ少し薬の匂いがするんですけどね。

   ◆

さっき、お金儲けのため…なんて批判的なこと書きましたけど
実は稲葉、いまちょっと感動してるんです、この薬に。

市販されているお薬、ルルとかバファリンとかいろいろありますね。
あれって、誰のための薬でもないんですよね。
なんか気分悪くて、どんな種類のウィルスかよく分からないけど、まあ多分風邪なんだろうな
……って感じで飲む薬ですね。

病院からもらう薬は違います。
インフルエンザウィルス(A型)がいるから、それを狙い撃ちしてやろう
……って感じで飲む薬ですね。

この「狙い撃ち」がタダモノではない。
効く。
確実に効く。
もちろんルルとかも効きますけど、とても比べものにはなりません。
飲んでしばらくすると、みるみる楽になっていきます。
ああウィルスが弱まってるってのが実感できるんです。

やっぱり医者はすごいですね。
薬剤師はすごいですね。
たまに不祥事のニュースも出たりしますけど、やっぱり彼らはプロですね。

   ◆

しかしね、どんなに効いても薬はやっぱり一時的、補助的なものなんですね。
風邪の場合、最後の決め手になるのはやっぱり自己治癒能力。
薬の働きはウィルスを抑えること。
とどめをさすのは自分。

薬によってウィルスが眠ったのをいいことに油断していると
しばらくして目を覚ましたウィルスの反撃がやってきます。
とはいってもその攻撃力はかなり落ちてるんですけどね。
右肩下がりのギザギザのグラフ線を描く
そんな感じで治っていきます。

いやいや、まだ頭痛が辛いですね。
ウィルス全滅までもうしばらくかかりそうです。

水分取らなきゃ。
母さん、お茶をいっぱいくださいな。
げっほげほ。



2003年01月28日(火) 稲葉、やられる

巷ではインフルエンザが大流行だそうですね。
……なんか他人事のように言ってますが、稲葉、やられました。
インフルエンザですよ、インフルエンザ。
A型の。

熱がすごい。
頭痛がすごい。
昨夜は頭痛で何度か目が覚めました。
そのたびに氷枕におでこを押し付けて無理やり眠ってました。

とにかくね、寒いの。
ホットカーペットなんか、身体が接している所は熱いのに震えが止まらないの。
湯たんぽ、火傷しそうなのに震えが止まらないの。
ぶるぶる。

   ◆

病院に行きました。
こんなとき、自宅の隣が病院って便利ですね。
今の家に引っ越して5年、初めてこの恩恵にあやかりました。

広い廊下を埋め尽くすように、おじいちゃんが、おばあちゃんが座ってます。
やっぱり若い人は少ないのですね。

担当医は若い女医さんでした。
髪の毛整えてくれば良かったと後悔しました。
まあ、そんなこと考えている余裕があるうちは大丈夫なんでしょうけど。

インフルエンザかどうかをチェックされました。
細長い綿棒を鼻の中にぐりゃぐりゃ〜って押し込むの。
とっても強引にぐりぐりやられました。
痛いのなんの。
後頭部に貫通しそうな勢いでした。
後ろに身を引いたら、女医さんは稲葉の首を押さえ、より力を込めてきました。
……涙がでた。

あと、血圧が低くて驚いた。

   ◆

母親がリンゴを摩り下ろしてくれました。
それが美味しくてねえ。

稲葉のベッドは頭に氷枕、足元に湯たんぽと頭寒足熱。
さらに加湿器もセットし、完全な防備体制を敷きました。
休むぞ、休むぞ、こんちくしょう。
辛えぇ。

にしても隣の病院、可愛い看護婦さんが多くて良いです。

まあ、そんなくだらないこと考えているうちは、本当に本当に大丈夫……だと信じたい。



2003年01月23日(木) 稲葉の教習所ライフ・4〜仮免学科試験

教習所の授業は大きく2つに分けられます。
すなわち学科と技能。

稲葉の所属する映画学科もそんな感じですね。
映画の理論や歴史を勉強しつつ、実際にカメラをまわしたり日本舞踊おどったり。

で、先日、技能面のテストである「修了検定」を無事合格したことはかきました。
今日は学科面のテスト。
仮免学科試験です。
これに合格すると、めでたく仮運転免許証の発行となります。

   ◆

冬の雨がざぁざぁ降っています。
寒さに震えながら教室へ。

試験の前に適性検査なるものがあります。
運転に耐えられる身体かどうかの簡単なチェック。
教室の中で手を握ったり開いたり、片足で立ったり…
その程度のこと。
軽い運動すると言われていましたが、この程度。
なんか拍子抜けだわ。
反復横跳びくらいのことはする覚悟できてたのに。

そのあとに視力検査。
右目・左目・両目と1回ずつ見るだけ。

さすがにこの段階で脱落する人はいませんでした。

   ◆

試験は正誤式、つまり○×です。
50問中45問正解で合格。

「人通りの多い商店街でローラースケートをした」

さあ、○か×か?
教習所の授業では一度もローラースケートに触れたことはありませんでした。
車と関係あるの?
ちょっと動揺……しながらも×。

とまあこんな感じ。
時間は30分。
さくさく、さくさく答えていきます。

「チャイルドシートをエアバッグのある助手席で使用する場合は、座席を一番後ろに下げて前向きに設置する」

さあ○か×か?
……んー、×。
?……あ、ちげえ、ごしごし(消しゴム)…あぁ消えねえ…
マークシートなのに…ちゃんと判定されるかな、これ、ごしごし…消えてくれ。
というわけで答は○です。
ただし、チャイルドシートはできる限り後部座席で使おう!

   ◆

試験を終えてロビーで『ザ・ワイド』見ながら教本をチェック。
隣では一緒に試験を受けた女子高生グループが賑やかに、しかし真剣に答え合わせをしています。

試験管に呼ばれてふたたび教室へ。
試験管は何も言わず、黒板に受験番号を書いていきました。
3・7・8・13・14・17・21
…? この番号は何? 合格した人?
ちなみに稲葉は16番。
書かれてない。
いやだなあ。

全ての番号を書き終わると
「ここにある番号の方、荷物を持って今すぐこの教室を出てください」
って。
怖っ。
こういう発表の仕方するんですね。

試験管は出て行く教習生と廊下で何やらお話した後、戻ってきました。
で、ここにいる皆さん、おめでとう……って。
教室中に安堵の空気が広がります。
良かったね、みんな、良かったね。
稲葉もなんとか合格です。
にしても、本当に酷な発表の仕方だなあ。

   ◆

仮免に合格し、教習はいよいよ後半に突入します。
路上を走ります。
今までの場内コースとは比べものにならないんでしょうね。
aki殿に少し脅されました。

学科も技能も試験も検定も
要領よくいきたいですね。

学校も試験真っ最中ですね。
できる限り笑顔の報告を受けたいものですね。



2003年01月21日(火) クラブハウスに流れる時間

モーニング娘。に平成生まれが加入。
平成もここまで来たかって感じですね。
昭和も遠くなりにけり。
娘。で実感したくありませんけんども。

飯田となっちとよっすぃーが好きです。
さりげなくカミングアウト。

   ◆

江古田クラブハウス内、珈琲研究会さんの部室にて和ませていただきました。
文連事務局や芸プロで一緒に仕事をした同輩3人と。
なんとなくクラブハウスにいたら、なんとなく出会って。
稲葉くんも来なよって。

いつもより外が静かに感じられました。
4年生が少ない分、実際に静かなんでしょうがね。
でも、それとはまた違った感じで静かでした。

取るに足らない、だらだらダラダラした会話です。
でも、こんな会話をクラブハウスでたくさんたくさん、してきたのですね。
だらだらしてて、非生産的かもしれないけれど、
稲葉の学生生活とは切り離せない時間であることも確かです。
取るに足らないけど、それがとてもとっても楽しいのです。

そんな素敵な時間がゆったりとゆったりと、クラブハウスの中をぐるぐる流れています。
クラブハウスって、時間の流れが分からないんです。
話してて、じゃそろそろ…って地上に出たら真っ暗だったりします。
一瞬、帰るのが億劫になるんです。
軽く凹んで、やれやれと江古田駅へ足を向けるんです。
そんな瞬間を、数え切れないほど迎えてきました。

   ◆

この時期に同輩と出会うと、
学科の友達だろうと文連の友達だろうと、
やっぱり卒業だとか留年だとかって話題になりますね。
なんども繰り返している話題なのに飽きないのは何でだろう。
それだけみんな、それぞれに本気だからでしょうね。

本気の話を、
でもだらだらとする。
それができるのがクラブハウスの良いところですね。



2003年01月20日(月) 貴乃花ぁぁー(国技館の観客の声援風に読んで)

横綱の貴乃花関、引退。

稲葉は相撲が大好きです。
一応言っておくと、やる方ではなく見る方でね。

幼い頃、母親が千代の富士関の大ファンで、「千代ちゃん、がんばれー」となんとなくですが応援していました。
稲葉本人には記憶がまったく無いのですが、テレビに写っている千代の富士関を「パパ、パパ♪」と呼んでいたそうです。
わが事ながら、子供ってヘンね。

ちなみに稲葉、元関脇の蔵間関もパパと呼んでいました。
父方の実家に遊びに来た蔵間さんに抱きついて離れなかったとか。
そんな因縁(?)から、蔵間さんの葬儀に参列していたりします。
会ったのはその1回きり、しかも記憶も微妙なのにね。

   ◆

母親の隣でなんとなく見ていたら、いつのまにか本気で好きになっていました。
ちょうど「若貴フィーバー」と重なって、本場所の中継はもちろん、ワイドショーまでかじりつくように見ていました。
けっこうな相撲通であると今でも自負してます。

ファン、というのとは少し違う感じがしますが、応援していたのは若乃花関。
お兄ちゃんの方ですね。
稲葉自身もお兄ちゃんでしたので。
……妙な理由だなあ。

貴乃花関は応援しようとは思いませんでした。
別に嫌いなわけじゃなくて、いまさら応援する必要も無いくらい強かったからかな。

4番バッターを集めた巨人軍だって140試合のうちで80勝するのがやっと。
全盛期の貴乃花関は年90番の取り組みのうちで80勝ってるわけですからね。
これは強い。
だから応援しなくてもいいじゃん。
ねえ。

応援はしていなかった。
けれど、もうどうしたって目に入ってくるのが貴乃花関でした。
そういうのって、けっこうすごいことだと思う。

千代の富士関を引退に追い込んだ一番は何度見てもすごい。
横綱昇進を決めた曙関との一番もすごい。
小泉首相に「感動した!」と言わしめた武蔵丸戦だってなかなかどうして。

それだけに、今場所は見ていて辛かった。
取り直しとなった雅山戦、再出場の日の闘牙戦は見ていられませんでした。

いまも日記を書きながら、各チャンネルのニュースをハシゴしています。
泣きたくなります。
でも相撲好きとしては見ておかないといけない気がします。

貴乃花関にはなんべん「感動した」か分かりません。
おつかれさまでした。



2003年01月18日(土) 稲葉の教習所ライフ・3〜ひとつの正念場

大学入試センター試験始まりました。
全国の受験生、がんばれ。
稲葉はすべての受験生を応援します。
特に、まだ見ぬ後輩よ、合格の先で待ってます。

ま、かく申す稲葉は卒業しているはずですが。

3年生以下の大学生はまもなく後期試験ですね。
要領良くサクサクっとクリアしていってくださいな。

   ◆

さてさて。
今日、稲葉もひとつ試験を受けてきました。

自動車教習所の修了検定ってやつ。
仮免取る前に教習所内のコースを走るのね。
稲葉の班は全部で6人。
稲葉のほかはみんな女の子で待合室、すこし居づらかったな。
とにかくこの6人が順繰りに車に乗って張り切るわけです。

運転席に受験者。
助手席に教官さん。
後部座席に次の受験者。

本番の前に、後部座席に乗ってコースの確認とか注意事項の再確認ができるシステム。
ありがたいですね。
でもトップバッターの稲葉はこの恩恵に与れなかったりします。
なんでしょうね。

   ◆

ぷるぷるーっと走り出して、ぐるぐるーっと回ります。
教官の目線もさることながら、後部座席からの目線が気になりました。

S字カーブ最高、クランク最高。
右折上等、左折上等。
坂道どんとこい、踏み切りどんとこい
って感じでした。
あ、ウィンカー(カーブのときのチカチカ)一箇所出してなかったな。

で、一番最後の人が車に乗ります。
もう試験を終えている稲葉も後部座席に座らされました。

受験者の子とね、たまに目が合うのね。
ルームミラーで。
「がんばれ」って気持ちをこめた目を向けときました、いちおう。

ひとりあたり、せいぜい15分。
試験とはいえあっけないものです。
待合室でテレビ見てる時間の方がずっと長かったもの。

   ◆

しばらく待ってると教官が6人を集めて
「全員合格」
って。

まあ卒業試験でもない、たかが仮免の試験。
それでも合格って言われると嬉しいわあ。
女の子たちはこういうとき、良いリアクションしますね。
ほんとにほんとに嬉しそうなの。
かあいいなあ。

これで後日の学科試験に合格すれば、めでたく仮免ゲットです。

   ◆

全国の受験生のみなさん。
……に限らず、試験あるひと、ここが正念場ですよ。



2003年01月14日(火) 卒業への道〜単位というもの

成人式でしたねー、昨日は。
この日記をお読みになってる方の中にも新成人の方、いらっしゃると思います。
というわけで、おめでとうございます。
そろそろタバコとか、やめたらどうですか?

   ◆

4年生は1月以降は授業がありません。
卒業に関する手続きやら何やらがあるためですね。
そのため、3年生以下に先立って後期単位の取得状況が発表となりました。

4年間でトータル124単位。
これに、後日の審査会次第ですが卒業制作分の8単位と総合制作演習の2単位が入ってきます。
それが入れば134単位ですね。

なにはともあれ、卒業に必要な単位、無事確保できました。

1年生→40単位(フル単)
2年生→40単位(2年続けてフル単)
3年生→24単位(どうした稲葉)
4年生→20単位(38単位登録。うち10単位分は審査会まで保留。つまり落としたのは8単位)

1・2年生のうちに頑張っておくと、ほんとに後々になって余裕ができますよ。
多少の授業を削っても、芸プロの仕事しよう…とかってね。
所沢にいる間に、できることをできるかぎりやりなさい。
そうすりゃ、江古田のキャンパスライフ、存分に満喫できるから。

だから1、2年生さあ、特に1年生かな。
そうそう気安く「3トコ」とか言いなさんな。
あきらめなさんな。
贅沢な甘えですよ。
頑張れ頑張れ。
今年度はもう遅いかもしれないけれど、じゃあ来年度を頑張れ頑張れ。

   ◆

稲葉の同輩のある男は1、2年次、少しサボっちゃったのね。
で、3トコも経験したのね。
2年生終了時点で合計40単位しかなかったのね。
つまり3、4年と続けてフル単取るしかなかったのね。
家の都合で5年生にはなれないことは最初から分かってたのね。

でも彼は頑張ったのよ。
3トコしながらも、学校生活を頑張ったのよ。
バイトしながら、芝居もしながら頑張ったのよ。
教務課か教授の手違いで単位が取れなかったときも必死に必死に喰らいついたのよ。
そんで無事に4単位を取り戻したりもしたのよ。

今日、稲葉は彼と一緒に単位履修表を受け取りました。
彼は嬉しそうに、それは嬉しそうに紙を眺めていました。
お互いにとりあえずの「おめでとう」を言い合いました。

   ◆

大学生たるもの、1単位を、たったのとはいえ1単位を軽く見てはいけませんね。
単位を全部取り終わった今、つくづく感じています。

来年度も大学ある方、ひとつの単位にもっと執着してみるのも良いかもしれませんよ。
はじめから中退するつもりなら良いけれどさ。



2003年01月12日(日) 正月休み明けの中休み

こないだの金曜ロードショーは『インディペンデンスデイ』。
こういう、王道をまっすぐみたいのは分かりやすくて大好き。
何度か見てますが、その度にぞくぞくっとしますね。
単純かな、自分?

大統領の演説シーンですが、以前、お芝居の参考にさせてもらったことがあります。
空軍特殊部隊の総司令官でね、全世界に向けて英語でスピーチするって芝居があって。
仕事そっちのけで見入ってました。

テレビでは古川さんが吹き替えしてましたけど、演説の最後の一言の口元は「indipendense day!」なんですね。
この締めが最高です。
吹き替えも字幕もどっちもカッコイイです。

   ◆

風邪をね、ひいちまいました。
頭が痛い、喉が痛い、鼻水がすごい。
この日も朝から夜まで稽古だったのですが、夕方からの参加としました。

風邪をひいてれば後ろめたいものを感じることなくゴロゴロしていられますね。
しょうがねえだろ! って開き直れて良いですね。

良いんですか?
こんなんで。

頭が痛いときにですね、北朝鮮のテレビ番組はカンベンしてほしいものです。
ニュースのアナウンサーも、将軍様をたたえる歌も頭にガンガン来ます。

正月明けで仕事や学校が始まって、身体がまだ慣れていないと体調崩しますよ。
皆様におかれてはくれぐれもご自愛あらんことを。



2003年01月10日(金) 卒業の始まり

「小泉首相、ロシア訪問」のニュースでコメントを求められた政治評論家の中村慶一郎さん。
「ロシアは今、寒波ですからね。行ったらすぐに熱いボルシチ飲まなきゃですね」

なにを言ってるんでしょう、この人は。
何かの比喩かな、と深読みしてみましたが、正真正銘のボルシチでした。
神妙に頷くしかない女性アナウンサーがとってもとっても。

   ◆

卒業制作登録・卒業手続きのため江古田校舎へ。
4年生はもう授業はありません。
学校へは卒業に関することで何度か行くのみです。
そう考えると寂しいものがありますね。

映画棟に懐かしい顔が揃います。
3年生までは一緒に授業を受けていても、4年生になると会う機会が一気に減るんですね。
だから同じコースの人間も、すごく久しぶり。

受け取る書類を受け取って、書くべき書類を書いて、提出するべき書類を提出して。
実は稲葉、ハンコを忘れての登校。
ハンコがないと手続きできないのに。
慌ててべディックの部室へ。
執行部だったときに使ってたハンコ、残ってないかなあと微かな期待をもって。
したらありました。
いやあ、執行部やってて良かった。

   ◆

にしても、授業ほっとんど出てないような人も卒業手続きには現れるんだよね。
てことは単位はしっかり取れてるってことですよね。
学校来てないのに。
稲葉はけっこうきっちり律儀に出席して頑張ってるのに。
稲葉の要領が悪いの?
うーん、わからん。

後日、取得単位の発表があります。
120単位、届いているといいな。

卒業後の進路に関する書類でこんなの書いた。

今後の予定→自由業(フリーの役者)

うわあ、頑張らな!



2003年01月06日(月) 生茶のおはなし

あるニュース番組でのこと。
生活苦で母子心中という大変痛ましいニュースをやっていて、女性アナウンサーも心持ち沈んだ声で原稿を読んでいました。
正月早々になあ…ってテレビを見てました。
で、その話題が終わった直後。
同じアナウンサーがエライ満面の笑みをもって「以上、報道センターからでした」って。
おいおい。
どうしても笑顔で締めたいなら最後に持ってくる話題は選ぼうよ。

少し話題は変わって…。
最近はあまり見なくなりましたが、ワイドショーの途中で流れる生CMは面白かったですね。
CMに入る直前の話題が殺人事件だとCMのお姉さんの顔も喋りも少し重いトーンから入るのね。
芸能ネタの後だと元気だったり、
皇室ネタの後だとちょっと上品だったり。

きっとVTR見ながら入りの表情とか作ってるんでしょうね。
あれはあれで、けっこうな役者さんだと思います。

   ◆

三が日、松の内も終わりました。
小泉首相は伊勢に詣で、
証券取引所では大発会が行われ、
お昼にはタモリさんが帰ってきました。
あ、みのもんたさんはまだでしたね。
きっと年末年始大忙しで疲れているんでしょう。

とにかくいよいよお正月も終わりです。
日常がゆっくりと始まりました。
正月疲れでしばらくは辛いかもしれませんね。

稲葉も昨日5日より本格的に動き始めました。
劇団プルのお稽古です。
べディックのはる殿がどれくらい太っちまってるか、密かな楽しみとしておりましたが、普通でした。
まあそれにしても、久方ぶりのお稽古はきついものがありますね。
ひとつの作品の稽古中に新年を迎えるというのは初めてのことです。

   ◆

数あるお茶飲料製品の中に「生茶」というものがあります。

稲葉はこの生茶が好きです。
おーいお茶よりも旨茶よりも。
なんか他のお茶と比べて少し上品な感じがしませんか?
ん? 稲葉だけか?

で、昨日も稽古中にのどが渇いたときのために生茶を買いました。

昨年12月から倹約のために生茶のペットボトルに家の麦茶を入れて持っていくようにしていました。
以来、生茶はおろか売られているお茶を飲んでいませんでした。

久しぶりに生茶を買って飲んだわけですが、これがもう、ことのほか美味しかったのです。
147円に本気でプチ感動してしまいました。
良いね。
うん。
良いです。

今まで飲んできた美味かった生茶ベスト3の第3位にランクインです。

ちなみに1位は2000年3月24日の生茶
当時やってたお芝居の舞台裏で飲んだ生茶です。
これが生茶との出会いで、ファンになったきっかけです。

2位は2000年7月1日の生茶
稲葉が企画長を務める上映会を翌日に控え、勝美荘殿と編集をしていたべディックルームで飲んだものです。
今は無きべディックルーム、夏には猛烈な熱気を持つ部屋でした。
勝美荘殿と2人、文字通り裸になっての作業でした。
その休憩にコンビニへ行って、買ってきたのがぎんぎんに冷えた生茶でした。
初めての企画長上映を迎えた感動と相まって、忘れられない味となっています。

   ◆

稲葉はべつにキリンの回し者ではありませんから。
でも生茶でこれだけ書いてしまう日記もたまには良いかなと。

まあ、明日からはまた、節約に入ります。
生茶ペットボトルに麦茶を入れて出かけます。

そうしたら次、また美味しい生茶に会えるかもしれませんね。



2003年01月03日(金) 名残尽きぬをいかにいかに

箱根駅伝復路は吹雪模様となりました。
いやいや選手の皆さん、本当に大変ですね。
べディックホームページのBBSでも盛り上がっていますが、われらが日大、3位と大健闘ですね。
知り合いがいるというわけではないし、日頃はまったく別の学校みたいになってますが、それでもああいう姿を見ると嬉しいものです。

ですが、目覚めたときには選手たちは稲葉の地元を既に離れ、鶴見へと入っていました。
稲葉が布団でふっくらと寝ていた頃、選手たちは雪の中、稲葉のすぐ近くをひいひい言いながら走ってたのか。
不覚だなあ。

   ◆

元日・2日と親戚の家に挨拶にいってきました。
それも終わってもう3日ですね。
正月は確実に過ぎていきます。

年末の徐々に盛り上がっていく雰囲気とくらべ、
正月の徐々に静まっていく雰囲気は寂しいものがあります。
やっぱり年末の方が好きだなあ、正月よりは。

この正月の空気、卒業の空気とだぶって仕方がありません。
楽しい時間はもう終わるのですね。
疾く過ぎゆくなと、願っても願っても。

   ◆

しかし正月は豊かになる時期でもありますね。
心も身体もお財布も。
豊かになれ豊かになれ。

稲葉はどういうわけかちっとも太らないので、「身体」はべつですが、
でも心とお財布は豊かになりました。

ほんとにね、誰かに会いたくて会いたくて。
良いことです。

お財布に関しては、明確な目的があるので、豊かになったとて無駄遣いはいたしません。
むやみやたらと食事をおごったりはしません。

良い年になれ。
きっとなるよ。



2003年01月01日(水) 謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。
というわけで私、稲葉 馨による日記『馨絵詞』、今年もよろしくお願い致します。
1年半続けてきて初めてマイナーチェンジしてみたり。
稲葉自身がまだ慣れてませんが。

東京は雪が降るかもなんて言われてましたが空は綺麗に澄んでいました。
もっとも帰省しているお友達や後輩の中には雪と生活を賭けて格闘している人もいるんでしょうね。
みんな元気かな。

   ◆

年越しの瞬間は家で迎えました。
どこか遊びに出て新年を迎えるよりは、お茶とみかんのある家で年を越す方が好きですね。
マンションの窓を開けると、すぐ近くにある孝道山という寺の鐘が幻想的に響いてきます。
さらに、年越しの瞬間、港の方からは船の汽笛が風に乗ってきます。
また、横浜中華街の爆竹の音も汽笛に負けじとやってきます。
良いです。
じつによい雰囲気です。

初日が出ようかという頃に、初日を見ることなく寝ました。
正午までぐっすりぐっすり。

起きれば年賀状が待っています。
面倒くさいのは確かかもしれませんが、稲葉は年賀状という習慣が嫌いではありません。
稲葉は日頃から手紙を書く方ですが、でも手紙という習慣が薄れてきている最近で、年に一回くらい葉書と向かうのも良いではないですか。

小学校の恩師からは、いまもなお、年賀状が届きます。
まったくありがたいことですね。

あとは『サラリーマン金太郎』の高橋克典さんから母親宛てに届いていたりします。
正確には克典さんのお父さんから。
高橋父・母とある隣に連名で克典と記されていました。

   ◆

父方の実家に15人の親族が集いました。
稲葉は祖父母にとっては初孫で、父方従兄弟衆の筆頭です。
後輩や弟とはまた違う面で、いろいろと成長が見えて面白いです。
なにせ揃いも揃って育ち盛りですからね。
ほんとに別人みたいになってます。
相撲の新弟子みたいになってるのもいて驚きました。

祖父母や叔父叔母は、従兄弟だけにお年玉をやるわけにはいかないよなって空気で稲葉にもお年玉をくれます。
従兄弟がいるって良いですね。

この正月、ひとつとても嬉しいことがありました。
去年のはじめ、「今度の正月は迎えられないだろう」と医師より宣告された母方の祖母が今もなお元気でいること。
今も健康に不安があるに違いはないのでしょうが、稲葉はとても嬉しい。

母方の実家には明日挨拶に伺います。
母方親族衆もやってきます。
稲葉はこっちでも従兄弟衆筆頭。
お年玉が待ちきれません。

   ◆

この新しき年、皆様に良きことのあまたあらんことを。


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稲葉 馨

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