やさしい気持ち

2012年09月28日(金) そして母。

実は今、母が入院しています。
脳動脈瘤の手術のための入院。

手術は先週の火曜日に終了。
私の掻把手術の前日だった。
手術自体は何の問題もなく終了。
集中治療室に入って24時間。
翌日の昼食から食事が始まって。
その時に、箸が持てないことが判明。
どうやら血栓が飛んでしまい、脳の神経を刺激してしまったようで。
右手がうまく使えない、と。
処置待ちの私のケータイにメールが入って。
自分の事よりも母の事が心配で仕方なかった。
だって、右手だよ?
お箸でご飯も食べられない。
日常生活にも不都合が出てくる。
料理も出来ないだろうし。
趣味も出来なくなってしまう。
ゴルフも絵手紙も彫刻も。
そんなの生きる気力が削がれちゃうよ。
と、心配していたんだけど。

早めの処置とリハビリですっかり右手は回復。
本当に本当に良かった。
退院は明日の予定、
まるっと2週間の入院生活。

母の頑張る気力の源となっていたのは息子君の存在。
息子君を抱っこできるようになるのが目標だったみたいで。
すっかり元気になって退院できそうだからすぐに抱っこできるね。

8月末から家族そろってバタバタと入院したりして何かと大変だったけど
これで落ち着くと良いなぁ。


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軽い症状のうちに治しちゃわなきゃね〜。



2012年09月20日(木) またね。


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年子でも良いから早く2人目が欲しかった。
帝王切開後の避妊期間が終わったら即第二子プロジェクトを開始。
ありがたいことにすぐに陽性反応が出てくれて。
でも週数を考えるともう見えてなきゃいけない胎嚢が見えない。
とりあえず家事制限の安静生活を言い渡されて。
実家にお世話になってました。

安静にしてたのに出血してしまい。
急いでクリニックを受診。
こりゃ進行流産だから市民病院の紹介状を書く。
処置が必要かもしれないから今すぐ行って、と。

市民病院での受診結果も流産だろうねということで。
入院しても良いし帰って安静にしてても良いと言われて。
ただし帰る場合出血や腹痛が酷くなったら即受診だからと。
そんな状態になった時に実家から自分の運転で市民病院に行ける自信がなくて。
入院することを選択。

翌日の内診で奇跡が!
なんと胎嚢が確認できたのです!
先生も昨日は流産って言ったけど希望を持って治療しますか、と方針転換。
止血剤と子宮収縮を抑える薬を処方されて引き続き安静入院。
5日間入院して退院時の診察では胎嚢がすこーし成長してました。

翌週経過観察の通院で。
胎嚢の成長が無いことが判明。
成長が止まっちゃってるね。
尿検査のホルモン値も横ばいで正常妊娠ではありません、と。

それから1週間後の昨日。
掻把手術をしてきました。
2度目の経験なんだけど、前回は最初からしっかり麻酔が掛かっていたから
全く痛みを感じず終わったのに。
今回は処置の直前に麻酔するからと
子宮口を広げて固定する器具は麻酔なしで装着。
これが痛くて痛くて涙が出そうだった。
そして弱い麻酔を点滴からいれて処置。
麻酔が弱いから処置中ずっと麻酔から覚める直前のあのカオスの世界の中にいて。
とにかく気持ちが悪かった。
麻酔中ってなんであんな幾何学的なよく解らない夢を見るんだろう。

今回は残念な結果になっちゃったけど。
また子作りOKがもらえたら頑張ります!
赤ちゃんまたね。
早いうちに帰ってきてね!



2012年09月13日(木) 全然

しばらく実家にお世話になってました。
その事は改めて日記に書こうと思ってます。

仏間に布団を敷いて。
母と息子君と3人で寝た夜の事。


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私は物凄い勢いで罵倒してて。

とにかく謝ってよ!
あんたが私にしてきたこと謝ってよ!!
謝ったって許すかどうかは解らないけど
とにかく謝って!
話しはそれから!

うん、一時は心のわだかまりが解けたように感じたけど。
その実、全然だね。
全く許してない。
朝起きてその事実が重くのしかかってくる。
なんでいつまでもこんなに振り回されなきゃいけないの。
もういい加減私を開放して。


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