stray notes

氷砂糖

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通勤途中の暇つぶし
2005年01月18日(火)

仕事の帰り、電車で。ふと気がついたら、その車両にのっていたわたし以外の人間全員(といっても4〜5人)が、携帯電話の画面に向かってかたかたとゲームかメールをしていたことがある。わたしはこっそり(うわぁ)と思った。怖いとまではいかないが、どことなく薄気味悪いというか。感じ悪いとまではいかなくても、あまりいい雰囲気ではないというか。

以前はたしかにそう思っていたはずだ。が、最近図書館で読みたい本がなかなか回って来ず、買いたい本もとくになく、手持ち無沙汰な時間が増えた。ら、自分もPHSでぱちぱちとメールを見たりネットをしたりするようになってしまった。それまでもH"でネットしたことがないわけではなかったが、旅行に行ってPCがなかったときに使った程度で、ふだんはほとんど見ていなかったのだが。

はじめてみると(帰りはともかく行きの電車は込んでいるので)、文庫本よりかさばらないし、気になるところがすぐ(つまり立ち上げたり起動したりなしに)読めることに馴染んでしまった。現在だんだんまわる場所や回数が増えつつある。いまのところ番号を押すスピードよりはキーボードをたたくスピードのほうが早いし、大きな画面で見たほうが目にはやさしいので、PCを使わなくなることはまずないだろうけれども。以前より抵抗もなく、依存傾向は強まるいっぽうだ。それでも通勤途中にしか使わないので、意外とパケット代はたいした額にはならず、無料通話分のなかで賄えている。

enpituでもいくつか、IDや名前で飛び、読んでいることもある。お気に入りのHPをチェックしてみることもある。また、自分のHPのログを見ることもある。古いものは面白い。内容が、というより、へーこんなこと考えていたのかわたし、という意味で面白い。長時間使おうという気にはならないが、暇つぶしにはちょうどよい。ここにある文も、誰かの暇つぶしになったらいいなと思ったりする(時間をかえせと言われたら困るが)。こんなわたしの文でも、待ち時間を紛らわすことにでも役立てればうれしい。


あたたかな音
2005年01月10日(月)

近所の奥さんは声が大きい。よく笑う。そして夜型だ。つまり、夜、そろそろ寝ようかなーと思った頃、TVらしき音に大受けして大笑いしてる声がよく響く。最初の頃は「うーん」と思っていたが、今ではもう慣れてしまった。そしてもうじきここを引っ越すので、もう声や物音ともお別れなんだなーと思うと、ほのかに淋しい気がしないでもない。

会話を交わしたのは数回なので、実を言うと顔もよく覚えていない。たしか「すみませんねぇ、いつもうるさくて」「あ、いえ、うちもうるさいときありますし」とか、「あの、この落ちてた洗濯物は」「まあやだうちのだわーごめんなさいねー」程度しか話した記憶がない。それでもこどもがふたりいることや、どうも夏はエアコンでなく窓を開ける派らしい、くらいはなんとなく知っている。

わたしはずっと一軒家に住んでいたので、集合住宅は人付き合いが大変なんだろうなーやだなーこわいなーと思っていたが、ハイツレベルだとたいして関わりはない。そして夫がなかなか帰ってこない夜などは、奥さんのたてる物音や声には、なんとなくひとりじゃないんだなーと思えて、そばに誰かがいる、というのはいいなぁ、と思ったりする。もちろん現実問題、今強盗がこの部屋に入ってきたところで、そのひとたちが助けてくれるか、といえば難しいだろうけれど。実家にいたころは誰かしら家にいたので、ひとりが苦手なのかもしれない。

またこの奥さんが、裏表なさそうなひとで、昼間の長電話の雰囲気も、いつも明るく楽しそうなのだ。家族と喧嘩をされていることもあるが、こころがこおるような、関係を断ち切ろうとするようなものではなく、根底にある愛情は揺るがない、どこかあたたかな叱咤に聞こえる。彼女には彼女なりの悩みや苦しみもあるのかもしれないが、あまり深刻な、変な不幸にははまらないような感じがある。わたしは自分がどこか地に足のついていない、生活能力が弱いタイプであるためか、そういうひとがいると、なんとなく心強いような、生きることがそんなに難しくないような気がしてくるので、うっすらひかれてしまうようなところがあるのだ。

おそらく引っ越したら新しい環境になれ、すぐに忘れてしまうのだろうけれど。


非博打体質?
2005年01月04日(火)

この日大丸に用事があり、ついでにあちこちの売り場を見ていたとき。入り口付近に、何か大きな袋がたくさんあるのに気づいた。なんだろう、と近づくと、それは5種類くらいの福袋だった。へーまだあるんだーとよく見ると、1万円のものもある。上着にニットふたつにスカートにラビットファーかー、あればコーディネートの幅が広がるなーとすこしときめく……が。

最近、「もうじき引越しだから」と、夫がわりと服を捨てていることを思い出す。冷静に考えてみれば、ファーは扱いに困りそうだし、ダウンコートはかさばりそうだ。ニットは趣味が合うかわからないし、スカートはラインが合うかわからない。質は悪くなさそうだし、あれば楽しいかもしれないけれど、ハズレたら虚しくなりそうだ。だとしたら一万円分、ちゃんと試着とかして買ったほうが落ち着くなぁ。ざっと考えてその場を離れる。

わたしはどうやら博打とかができない、むかないタイプなのかもなーと思う。まあ体型が標準とずれてるのも、いまいちノレない一因だろうとは思うのですが。ああいうのって、高揚感というか、買うこと自体も楽しむものですよね、多分。ノレるほうが面白そうだな、というのは感じるのですが。もともとの気質もあり、年月を経て形成された性格もあり、今後も遠くから眺めて終わりそうです。



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