セクサロイドは眠らない
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2011年09月28日(水) |
彼女はゆっくりと私の目を見て言った。「知りたい?」「ええ。知りたいわ」「教えてあげましょうか」 |
いつも不思議に思っていたのだ。彼女のことを。
とりわけ美人でもなければ、スタイルがいいわけでもない。なのに、いつも沢山の男の子に囲まれて毎日のようにデートしている彼女。大学に入学した日からそんな調子だった。 気にするほうがみっともないということは分かっている。だから、できるだけ知らん顔して。
そうだ。気にしないでいたかった。なのに。
同じサークルの先輩が好きだったから勇気を振り絞って告白したのにあっさりと振られた。 「好きな子がいるんだ」
その数日後だ。彼と歩く彼女を見たのは。
どうしてあんな女と?
急に憎しみが込み上げてきた。どうせ、彼も遊ばれているだけなのに。明日になれば、彼女はまた違う男の子とデートするのに。
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彼女が一人になるのを狙って、私は彼女に「話があるの」と言った。不思議なことに、彼女は驚くふうでもなく、私についてきた。
私は、彼女に率直に言った。 「彼を盗らないで」 と。
「彼って・・・。どの彼かしら?」
あきれた。私は笑い出しそうだった。 「さすが、毎日のように男を変えている人は言うことが違うわね」 と私は吐き捨てるように言った。
それから、彼女に顔を近づけて言ったのだ。 「どうやってるの?体で誘惑しているの?一体、みんなあなたなんかのどこがいいの?」
彼女はゆっくりと私の目を見て言った。 「知りたい?」 「ええ。知りたいわ」 「教えてあげましょうか」
冗談ではなかった。真剣な表情だった。なんというか・・・。本当に、私にその秘密を教えてくれようというような。どこかやさしく、それでいて投げやりなような。
「ええ。教えて頂戴」 「いいわ。その代わり、最後までちゃんと話を聞いてね」 「分かった」 「呪いよ」 「呪い?」 「ええ。毎日、男の子とデートしなければならない呪い。もし、デートしなかったら。そして、デートの相手とセックスしてしまったら、死んでしまう呪い」 「何、それ」 「信じなくてもいいのよ。でも、二年前の私もあなたと同じだったから。大好きな人に恋焦がれて、そして、今のあなたと同じようにどうしても彼の心を虜にする秘訣を知りたかったの」 「どうやったら呪いが解けるの?」 「こんな風に、誰かに打ち明けることで、呪いをその相手に移し変えるの」 「馬鹿馬鹿しい」 「信じなくていいわ。とにかく、私は今、あなたに話をしたことで呪いをあなたに移し変えたの。明日からあなたはデートのお誘いが絶えなくなるわ」
彼女はそう言って、心底ほっとしたような表情で立ち上がり、そして私の前から立ち去った。
人ごみに消えた彼女。 もう、彼女の顔も思い出せないぐらい平凡な女。
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彼女の言ったことは本当だった。
次の日から、私は毎日のように男の子達から誘われた。面白いぐらいに。大好きな彼も、私のほうを時折見ている。誘ってくるのも時間の問題だった。
そんなある日。バイト先の店長が声をかけてきた。 「今夜、時間ある?」
40代の中年のおじさんとデートなんてとんでもない。だがしかし、今日は他にデートの誘いもない。まさか、あんな呪いなんて本気にするわけないわ、と思いつつ、彼女が最後に見せた表情が忘れられない。
「ありますよ」 私はにっこりと笑った。
食事の後、店長は 「散歩しようか」 と言った。
店長が向かう方向には、ネオンがキラキラとしていて、私は急に怖くなった。それから、店長を振り切って走って逃げた。
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呪いは本当なんだろうか。
私には分からない。
でも、男の子達が入れ替わり話しかけてくる状況。そして、彼女の最後のあの、安堵の表情。
信じないわけにはいかない。
だから、私は今日も満面の笑みで男の子達を連れて歩く。
私を見てごらんなさい。 こんなにも輝いて。 素敵でしょう? だからさあ、あなたも。 恋に憧れるそこの平凡なあなた。 この秘密を知りたいのなら、私に話しかけて。 今なら先着一名様にこの秘密を教えてあげましょう。
2011年09月27日(火) |
「それだけのために、きみは生きてきたのかい?」「ええ。それだけのため、という何かがあるから私は生きてこられたのよ」 |
彼女は高校を出てからずっと、その小さな喫茶店を守ってきた。母が病気になるまでは、母の喫茶店だった。病気の母と、少しだけ足の悪い弟と、三人で暮らすぶんの生活費をやっと作れるだけの小さな店だった。借地代を納めるとわずかしか残らないが、それでも三人暮らすには充分だった。
彼女が成人するのを待っていたかのように、母が亡くなった。弟がコーヒーと紅茶担当。彼女が母から教わったとおりのスコーンを焼いて、接客をするのだった。
まだ、日本に元気があった頃は、駅に近い立地のその店をたくさんの人が欲しがった。 「今どき、コーヒーが一杯400円だなんて。ここならもっと取れるでしょう」 とわざわざ助言をしてくれる人もいた。
同じように飲食店を経営する同業者の集まりに行くと、彼女と同じぐらいの歳で、何店も店舗を展開する女性オーナーがきらびやかに笑っていて、 「あなたのところは年商はお幾ら?」 と訊いてくるのであった。
それから長い時間が経って、もう、誰も店を欲しがらなくなっても、相変わらず彼女と弟はそこで静かに店を経営していた。母の代からの常連客もいたし、スコーンの味に惹かれてたびたび訪れる女性ファンも付いた。 縁談話は幾らも紹介されたが、彼女は静かに首を振った。 毎日、店をきちんと整えて回していき、自分と弟が食べれるだけの状況を維持するのに精一杯で、他のことが上手く考えられなかったのだ。
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彼女が35歳の誕生日を迎えた頃から、店に一人の青年が週に一度やってくるようになった。時間は不定期で、いつもハードカバーの小説を抱えて、ふらりとやってくる。スコーンが焼きあがる時間をよく知っていて、焼き上がりの時間に合わせて来るのだった。
彼がやって来るようになって半年が過ぎた頃、初めて彼は彼女に話しかけた。 「美術展のチケットを2枚持ってるんです。良かったら、どうですか?」
感じが良い笑顔と落ち着きが、彼女の警戒を解いた。 が、彼女は丁寧に断った。 月に一度しかない休みは、店の小物を買い付けに行ったり、季節変りの衣類の入れ替えに追われたり。ただそれだけの理由で、「忙しいから」と断った。
それからも彼は感じ良く、彼女を怖がらせないように、デートに誘った。
彼女は、戸惑いながらも、たまに彼の誘いに応じるようになった。
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そんな付き合い方が続いて一年経った時、彼は、彼女にプロポーズをした。
彼は言った。 「実は、僕はこのあたりの土地を所有する地主の息子なのです。来年、僕は、ちょうどこの店がある一区画を管理させてもらうことになっている。最初は、この店もどこかに移転してもらうつもりで、あなたと話をするためにここを訪れました。 でも、少々事情が変った。 あなたとこの店に、このままここに残ってもらいたいと思うようになりました」
彼女の手を取り、そうささやいた。
彼女は、彼を真っ直ぐ見つめて、こう答えた。 「私は、ここでずっと生きてきて、身体全部を使って毎日このお店を回してきました。本当にこまねずみのようにくるくると。 そうやって、お店を続けることが、亡くなった母への約束でした。 倒れないように生きてゆくのが精一杯でした。 あなたは? あなたは、身体全部を使ってどんな世界を動かしていらっしゃるの?」 「僕は・・・。 まだ何も。 でも、あなたと一緒になれば、僕はここいらの土地を回していくさ。この店だって、スコーンで売り出して、二号店、三号店と・・・」
そこまで彼が言うと、彼女は立ち上がり彼の前を立ち去った。
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それから何年も経って、もう、彼も彼女も白髪が混じった歳になって、二人は再び出会った。
彼女が彼から借りていた土地を買い取るために。
「それで?この土地を買って、どうするんだい?僕ら、もう先は短い年齢だよ」 彼が訊ねる。
彼女は微笑んで、 「弟と、その奥様にプレゼントするの。彼らがお店を続けてくれるわ」 と答えた。
「それだけのために、きみは生きてきたのかい?」 「ええ。それだけのため、という何かがあるから私は生きてこられたのよ」
彼の土地はもうすっかり売り払われ、彼女に売却した土地が最後の所有地だった。 「僕は、もう、それだけというものが何もない」 彼は絞り出すように、言った。
「今からでも見つけられるわ。だって、あなたようやく自由になれたんでしょう?」 と、彼女は笑って、少女のように軽やかに彼から離れていったのだった。
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