セクサロイドは眠らない
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2007年02月24日(土) |
その唇はびっくりするほど冷たくて、その体からも生身の暖かさは感じられない。彼女は生きているのか、死んでいるのか。 |
夢を見た。
夢の中で、僕は穴を掘っている。ただ、ひたすら掘っている。
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今日も夢を見た。
僕は、また、昨日と同じ場所で、同じ服装で、穴を掘っている。ただ、ひたすら掘っている。
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また、夢を。
同じ夢。
恋人と別れたストレスだろうか?
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夢の中で、穴は随分と深く大きくなった。
さしずめ、人の死体が埋められるぐらい。僕は、この穴を掘って何をしようというのだろう。
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夢の中に女が出て来た。
真っ白な肌。長い髪。美しい裸の女。
僕はその、白い豊かな胸から目をそらすことができない。
女と僕は、少し言葉を交わし、美しい顔を僕にそっと近づけて、僕に口づけて。
それから女は、その穴に飛び込んだ。
そこで目が覚めた。夢の中で匂いはしないというけれど、甘い香りが漂っていたのが、目を覚ましても記憶に残った。
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相変わらず夢を見る。
もう、女は出てこない。
僕は穴を埋めている。僕は、女を生き埋めにしようとしているのだろうか。夢の中で、僕は背を向けているから、僕の表情は分からない。
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僕は知りたかった。
穴の中に彼女はいるのだろうか。
夢の中の場所は、僕も知っている。僕が幼い頃遊んでいた、実家の近くの山林のあたり。車に乗って久しぶりに出かけた。
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一日中歩いて、ようやくその場所を見つけた。隠れ家のように、ぽっかりと木々で隠されたその場所に、土の色が変わった場所があった。
夢の中と同じ光景。
僕は、急いで、上着を脱ぎ、シャベルを持って穴を掘り始める。
彼女がこの穴の奥にいるのだ。
僕は必死で穴を掘った。早く掘らないと、日が落ちてしまう。ただ、ひたすら穴を掘る。
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どれぐらい経ったろう。もう、穴は随分と大きくなった。夢と同じ。人の死体が埋められるぐらい。だが、穴の中に彼女はいない。僕は、穴から這い上がり、あたりを見渡す。
はは。何をやっているんだ。あれは夢で。
その時、女が。
あの夢の女が。白い乳房を揺らし、その大きな瞳は僕を見ていないかのようだ。
「待っていたんだ。」 僕は思わず叫んだ。
「待っていたわ。」 女も言った。
彼女が僕に口づける、その唇はびっくりするほど冷たくて、その体からも生身の暖かさは感じられない。彼女は生きているのか、死んでいるのか。
それから、彼女は、一言。 「穴を掘ってくれてありがとう。」 と言って、その中に飛び込んだ。
僕は慌てて後を追う。 「待って。」
穴の奥で、彼女が横たわっている。白い肌が誘っている。僕も、穴の中に入り、彼女を抱きしめる。
「待っていたって言ったでしょう?」 「分かってるよ。」
僕も、裸になり、彼女を抱きしめる。
「お願い。」 彼女がささやく。
僕は、彼女に言われるままに、彼女の中に入る。
きみは誰?
私?私は、あなたを待っていた。
穴の中で。誰も知らない場所で。僕らは交わる。何度も何度も。彼女の叫び声が森に響き渡るが、誰にもその声は聞こえないだろう。
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どれぐらい経ったろう。僕は彼女のそばで眠っていた。ただ、どさっという衝撃で目が覚めた。土が降ってきている。
ちょっと待ってくれ。
僕が慌てて身を起こそうとすると、彼女の白い手が伸びて、僕の体に巻きつく。 「行かないで。」 「でも、これでは埋められてしまう。」 「いいの。」
土は後から後から降ってくる。彼女の腕の力はもう、振りほどけないほど強くなって、僕を離さない。
ちょっと待ってくれ。一体、誰なんだ。僕を生き埋めにするのは。
穴からは、誰かの腕しか見えない。
僕は少しずつ意識が薄れて行く。
「あなたは穴の中で、私の赤ちゃんの餌になるのよ。」 そうささやく声に僕は必死で抵抗しようとするのだが、甘い匂いが立ち込めて、僕の体はしびれたように動かない。
きっと穴を埋めているのは、そうだ。夢に出てきたあの男。
2007年02月17日(土) |
水女と暮らした私は、とうとう我慢ができなくなり、水女を抱いた。水女は、か細い声で、「ああ」とか「おう」とか鳴きながら |
旅をするのが仕事だった。旅から旅の合間に、原稿を書いて送る。そんな生活をもう随分長く続けていた。
低くこもった声で、彼が訊ねた。 「今までで一番印象に残った街は?」
そんな質問は、もうすっかり飽きていて、当たり障りのない答えにも慣れていた筈だった。が、その時に限って、誰にも言ったことのない、ある街の思い出について、誰かに伝えたくなってしまったのだった。
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その街は、一年中、雨の降る街だった。
陽が当たらない街に住んでいるせいで、皆、色が白く、女達は美しかった。
まだ街に着いて間が無い時のこと。私は、街角で一人の女に声を掛けた。道を尋ねたかったのだ。雨のせいでシルエットがぼうっとしていた。女は聞こえなかったのか、何も答えない。二度か三度繰り返した後で、あきらめて、私は近くの酒場に行き、そして「水女」のことを知った。
水女、というのは、この街独特の生き物で、街のあちこちににょっきりと生えてくる。気がつけば、見当たらなくこともあるため、移動はできるようだ。生まれてニ、三年目の水女は、まだ顔立ちがはっきりしていないが、ごく稀に十年ぐらい生きている水女がいて、そんな水女は、顔立ちまではっきりと人間に似てくるらしい。
街の人は、水女を捕まえたり殺したりすることはしない。ただ、街角に生えたキノコのような存在でしかないのだ。
だが、私は、禁を犯した。水女を捕まえて、飼おうとしたのだ。私が見つけた水女は、もう十年以上生きているだろう、とても美しい生き物だった。長い長い髪が足元まで伸びて、体を覆っていた。が、その長い髪の下にはこの世のものとは美しい体が隠されていた。大きな目をふちどる睫毛は長く、泣いているように水をしたたらせていた。
乾いた部屋に連れて来てみると、少し元気がないようだったので、シャワー室に入れた。
それから、原稿を書き、時折、水女に話しかけた。水女は、何も言わなかった。ただ、その瞳が私をじっと見つめると、なぜか私は、遠い昔に忘れて来たものを思い出させられて、胸が締め付けられるような気持ちになるのだ。
一週間ほど、水女と暮らした私は、とうとう我慢ができなくなり、水女を抱いた。水女は、か細い声で、「ああ」とか「おう」とか鳴きながら、私に抱かれた。薄い皮膚に包まれているのは、水だけなのだろう。
それが愛だったかどうかは分からない。だが、私は、水女の中に人格を見て、彼女を抱きたいと思ったのだ。
水女は、ただ、小さい声で私の動きに合わせて呻くだけだったのだが、私は彼女が喜んでいると分かった。
そして、私が、最後に激しく動いた瞬間、水女は長く甲高い悲鳴を上げたと思うと、パシャッと音を立てて破れて、体から水が流れ出し、そして、いなくなってしまった。
私は、びしょ濡れのベッドの上で、随分と長く、ぼんやりとしていた。
それから、立ち上がって、パソコンの文章を消し、街を去ることにした。
街の出口付近で、まだ生まれて間もない水女が五体かたまっているのを見たのが、水女を見た最後だった。
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「それで?」 「それだけです。この街のことはどこにも書いていない。なぜか、行こうと思っても見つからない。水女のことも、今しゃべったのが初めてです。」 「そうですか。」
その男は、そういった。
男に話し掛けた理由が、やっと分かった。雨の匂いだ。
「水女というのは雨と人間が交わって生まれた生き物かもしれません。」 男は言った。
私は、何も言わなかった。
「たとえば、街を去る前に見た五体の水女も、あなたの子供だったのかも。」
男は、目深にかぶった帽子を脱いだ。はらりと長い髪が落ちた。
それから、目や鼻や口、穴という穴がピリリと避けて、パシャッと音を立て、その男、いや水女は、サラサラと流れてどこかに行ってしまった。
私はそこに落ちたびしょ濡れのトレンチコートを拾い上げた。私が二十年前に、雨の街に忘れて来たものだった。
「言葉を覚えたのだな。」 私は、トレンチコートを、駅のベンチに掛けた。
また、今日のような雨の日に、トレンチコートを着た水女に会いたいと思ったから。
2007年02月12日(月) |
私は、仕方がなく、彼に頼んで寝てもらった。体の関係がないことに不自然さを感じて、自分から言わずにはおれなかったのだ。 |
悩みの種というのは、ひとつ解決したら、またひとつできるもののようだ。心に悩みの「空き」ができたために、そこに入り込んでくるように。
男と別れた。家庭持ちのくせに、随分と長く付きまとってくれた。29の女にとって、それはとても辛いことだった。新しい彼女ができた、と嬉しそうに伝えて来た電話が最後だった。
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「ミサトさん、ちょっと最近痩せたんじゃないですか?」 もう随分と長く通っているスポーツジムの、若いバイトの子が訊いてきた。
「そうかもね。ここのサーキットメニューがいいからじゃない?」 「んー。なんか、元気ないみたいだから。」 「やだ。やつれたって言いたいの?」
私は、笑いながら、無理やり体を痛めつけるようにストレッチをする。
広告の仕事で独立して、三年が経った。生活は楽ではなかった。友達と会えばお金がかかるから、暇さえあればジムに通っていた。
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高橋という男に食事に誘われたのは、男と別れて三週間ほど経った頃だった。顔はよく知っていた。彼も随分長く、同じジムに通っていたから。歳は40代半ばか。眼鏡のフレームを見るだけで、かなり生活に余裕があると分かる。暇に任せてジム通いをしている私と違って、計画的に体を鍛え上げている様子からしても、自らをコントロールするのが好きなタイプかもしれない。
迷う私に、礼儀正しく告げる。 「無理にとは言いませんから。ただ、ちょっと、元気がないように見えたので。」
普段なら、きっと断っていただろう。ただ、その日は本当に落ち込んでいた。 「じゃあ、ちょっとだけ。でも、こんな格好だから、カジュアルなお店しか無理だけど。」 「いいですよ。僕の車で行きましょう。」
外に出て、 「あ。自転車・・・。」 とつぶやくと、車に積めますよ、と言いながら車の方を指す。ベンツのGクラス。ピカピカした黒い車体は、私が今まで乗った車のどれよりも大きかった。
当たり障りのない会話。私は、値踏みする。歯はきれいだ。もちろん、体型も合格。かなり余裕のある生活をしていそうだ。時計は、ブルガリ。黒のフェイスに、金のライン。ここいらでは売ってないタイプなんで神戸まで買いに行ったとか何とか。時計のことは分からないが、ただ、彼がそんなものにお金を使えるぐらいの余裕があることは分かる。
お金があるせいで少し鼻につくところはあるが、清潔で気持ちが良い。
ワインが回って来た。 「でも、よく、元気がないって分かりましたね。」 「そりゃ、いつもジムで見てますから。最近、少しやけになっているみたいだったけど、特に今日は元気がなかったように見えたんです。」 「ひとつ仕事が減っちゃって。クライアントさんが、予算の都合で一件断って来たんです。あの。広告の仕事してるんですけど。」 「広告?じゃあ、ちょっとしたパンフレットとか、作ったりできますか?」 「ええ。」 「僕の知人で、バーテンダー協会の理事長をしている男がいましてね。そこの広報関係やってくれる人を探してたんですけど。良かったら、今度会っていただけませんか?」 「ええ。もちろん。」
私は、すっかり上機嫌になり、ワインを飲み過ぎた。
高橋に支えられて、部屋の入り口まで戻って来た時には、あやうく自分から誘いそうになっていた。が、男は礼儀正しく私に「さよなら」を言うと、振り返りもせずに去って行った。
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高橋と寝たのは、それから三ヶ月も後だった。彼から誘わなかったのもあるし、私も、彼とセックスしたいとは思えなかった。
彼は、私に何も要求しなかった。
彼は、ただ、私に仕事を回してくれ、ご飯を食べさせてくれた。
私は、仕方がなく、彼に頼んで寝てもらった。体の関係がないことに不自然さを感じて、自分から言わずにはおれなかったのだ。長い時間、手と口で、ようやく彼のものを使えるようにして、私は、自ら動いて彼を対岸まで連れて行った。彼はその間ずっと、無言だった。
そのまま静かに眠ってしまった彼の背中を見て、少し泣いた。
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「なんで私と付き合っているの?」「なんで何も要求しないの?」
なんで、なんで。訊きたがっている私は、すっかり彼に振り回されていた。別れたいと言えば、彼は簡単に別れてくれるだろう。その時、失うもののことを考えると、怖くて、身動きが取れなかった。
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ある日。
私は耐えられなくなった。
以前の私は、お金はなかったけれど、もっと笑っていた。
馬鹿な男と付き合っていたけれど、セックスをした後は心が満たされていた。
「もう、会いたくない。」 「分かった。」
想像通り、高橋は何も言わなかった。
スポーツジムも辞めた。高橋が、また、似たような女の子を拾うところに居合わせたくなかったのだ。
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夕方の時間をもてあまして、久しぶりに近所のグリーンショップに立ち寄った。親子でやっている店。
「あ。ミサトちゃん。久しぶりだね。」 店長の息子のサトシが、笑顔で声をかけてくれた。
「ん。なんかね。忙しかったんだ。今日も見るだけ。今月、苦しいんだ。」 「そっか。あ。これ。あげるよ。ミリオンスターって花。すごく可愛いだろ。ミサトちゃんが来たらあげようって思ってたんだ。」 「ありがと。でも貰うわけにはいかないよ。」 「いいんだよ。花はね。似合う人にもらってもらうのが一番いいんだ。この花って、ミサトちゃんに似合うなーってずっと思ってたからさ。」 「そっか・・・。いつもありがとね・・・。」
なぜか涙が出て来た。夏はホオズキ、冬はポインセチア。サトシはいつも、私に、無造作に花をくれてたっけ。あんまりにも無造作だったから、何かを貰っていることさえ気づいてなかった。
「こら。サトシ。ミサトちゃん、泣かすんじゃないよ。」 奥から店長が出て来た。
「サトシのやつ、ミサトちゃんが最近来ないからってね。ずーっと心配してたんですよ。たまには寄ってくださいね。」
私は、黙ってうなずいて、もらったばかりの鉢を抱えて帰る。ピンクの、星の形をした愛らしい花。
悩みが去って、心に空いた空間には、喜びも入ってくるかもしれない。どっちが入るかは、私次第。そんなことを思いながら。
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