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自分の中で青春と呼べる時代は3回ありました。先ずは中学生までの水泳をやっていた時代、15歳で学校を退学になって高校に入学し直し、1度休学し、その次の年に改めて1年生からやり直すまでの2年間とそこから3年間の高校生活、そして東京に来て、自分の道場を出すまでの9年間です。たぶんここまでが私の青春でした。将来や自分の身体や経済的な事など気にもせず、その日その日を自分が向上するために、その日その日を楽しむために、その日その日を謳歌するために行きていました。まさしく青い春でした。29歳からは自分で道場を出して道場の運営や経営や自分より年上の保護者とのやり取りの中で社会を学び少し大人になりました。そして36歳で結婚し37歳で子供が出来てから本当の部分で大人になった気がします。でも今でも思う事はつまらない大人にだけはなりたくないと思っています。ちゃんと人生を楽しめている人間でいたいと思っています。毎日をドキドキしてワクワクして過ごしていたいと思っています。そう考えるとまだ青春は続いているのかもしれせん。
スティーブンキングの「スタンド・バイ・ミー」に収録されている「マンハッタン奇譚クラブ」を読み終えました。この「スタンド・バイ・ミー」は本当は恐怖の四季と言う4つの短編集の1つの作品です。春・夏・秋・冬編の短編集の1つです。スタンド・バイ・ミーは秋でマンハッタン奇譚クラブは冬の作品です。春は刑務所のリタ・ヘイワースでこの作品は「ショーシャンクの空に」と言う題名で映画になっています。夏はゴールデン・ボーイで秋がスタンド・バイ・ミーで冬がマンハッタン奇譚クラブです。私はゴールデン・ボーイ以外は全ての作品が大好きです。マンハッタン奇譚クラブはとても奇妙で奇跡的な出産をする女性とその赤子を取り出す医師の話が出てくるのですが、私はとても感動します。読むたびに感動します。自分に子供が出来てからはさらに感動が深まりました。私を産んでくれた母や、子供達を産んでくれた妻と姿が重なると涙が出て来てしまいます。
長男が妻に反抗している姿を最近良く見かけます。私にも反抗してくる事もありますが、妻にほどではありません。それは何故かと言えばこれは簡単な事で、先ずは妻との方が関わる事も多いし、関わる時間も多いです。日々、朝起こしたり、ご飯を食べろと言ったり、私の何十倍も長男に関わっているので、長男もそれを素直に素早く出来るタイプじゃ無いので、自然とぶつかるようになります。それでも母親は子供に関わらないわけにはいかないので大変だと思います。あともう一つはやはり愛情だろうと思います。長男も妻には気を許して甘えているのだろうし、妻も愛情が深いからほっとくわけには行きません。妻と長男のやり取りを見ていると私には立ち入れない部分があると思います。父親は少し子供に気を使われて、少し離れているぐらいで丁度良いのかもしれません。昨日、長男と次男が夜遅くまで2人で青鬼オンラインと言うゲームをしていたので、私が少しキツく怒ると長男に「イラついてるからってイキナリ怒鳴らないでよ。」と言われました。確かに少し機嫌が悪かったのは事実です。もう頭ごなしに怒って言う事を聞かせるのは難しいんだなと思います。まあでもちゃんと言えばやる事はやるので仕方がないかと思います。
長男と次男と一緒に多摩川浅間神社に行きました。この神社は妻が病気の時に長男を連れてサイクリングしている時に見つけた場所です。長男はその時は3歳でした。そこにたけくらべの碑があり身長を計ることが出来ます。初めて来た時は長男は、たけくらべの「べ」にも届かない身長でした。それが今は「た」のところまで身長がありました。長男はもう170センチありました。次男も152センチありました。私は172センチなので長男にはあと1〜2年で抜かれますね。でもたぶん次男が1番大きくなりそうです。そうすると3人で1番私が背が小さくなってしまいます。時が経つのは本当にあっという間です。長男を抱っこして神社の階段を登ったり、どんぐりを拾ったり、お菓子を食べたりした事も昨日のようです。子供達のおかげで私の人生は10倍は楽しくなりました。そして子供達のおかげで私も父親らしくなる事が出来ました。帰りに3人で野球をやりました。こうやって子供達と遊べるのもあと何年だと思うので、その時間を大切にしたいと思います。
私がウエイトトレーニングで1番筋肉痛になり難い場所は肩です。ショルダープレスはもともと強いので肩の三角筋前部もなかなか筋肉痛にならないのですが、1番筋肉痛にならないのは三角筋中部です。サイドレイズという種目で鍛えるのですが、筋肉がパンパンになるぐらいに追い込んでトレーニングしても次の日に筋肉痛になる事はほぼほぼありませんでした。なので肩の横の筋肉が1番発達していない気がします。ですがここ最近、三角筋中部のトレーニングが上手くなり、しっかりと効かせられているので、トレーニングの次の日にしっかり筋肉痛になるようになりました。まだ明らかに肩の筋肉が大きくなっているとは言えませんが、これを半年続けていけば見るからに筋肉が大きくなっているのが分かるぐらいになっていると思います。何歳になっても進化は出来ると言う事だと思います。肩が強くなった事でフック系のパンチが凄く打ちやすくなりました。これからも頑張って行こうと思います。
遂にあと4週で呪術廻戦が最終回になるそうです。大きな楽しみがまた1つ減ります。最後を早く見たい気持ちと終わって欲しくない気持ちとでとても複雑です。何度かこの日記に呪術廻戦の好きなキャラクターを書いたので、最終回が近くなった今、もう一度書きたいと思います。1位夏油傑、2位五条悟、3位乙骨憂太、4位東堂葵、5位釘崎野薔薇、6位禪院真希、7位七海建人、8位九十九由基、9位与幸吉、10位虎杖悠仁、です。虎杖悠仁は主人公なので好きなのは当たり前すぎて10位でした。最終回を見て好きなキャラクターがまた変わるかもしれません。最後はみんな救われて欲しいと思っています。1番救われて欲しいのは伏黒恵です。虎杖悠仁が絶対に救ってくれると信じています。最終回を見たら感想を書きたいと思います。
雑色商店街サマーフェスティバルで演武を行いました。昨年は私は手術だったので、演武に参加する事は出来ませんでしたし、この3年ほど身体が悪かったせいで、私自身が演武をする事も出来ませんでした。今回は私もバット折りと瓦割りを行いました。生徒達も一生懸命に演武をしていました。前の日にステージを視察して知ってはいたのですが、演武のステージの位置が変わったりした事もあり、少しバタバタしてしまいました。私も忘れていた事があったので、そのあたりをしっかりと改善して来年の演武に臨みたいと思います。長男は朝の7時に出発してギターのライブに妻と行きました。なかなか良い演奏が出来ていました。
型競技全日本空手道選手権大会とセミコンタクトルール全国交流大会の主審を務めました。自分で言うのも何だけど、型競技もセミコンタクトルールも支部内でしっかりと試合を開催しそこで審判をする事で、自分自身の審判技術も上がり、本日の試合でも良いジャッジが出来たと思います。試合が終わり雑色サマーフェスティバルの舞台の位置が変わったと妻から連絡があったので、京都から帰って来たその足でサマーフェスティバルの舞台を見に行きました。すごく盛り上がっていました。明日、この舞台で演武が出来ることに感謝しました。明日はしっかりと頑張りたいと思います。
セミコンタクトルールと型競技の全日本大会のため京都へ出張でした。せっかくなので朝6時発の新幹線に乗り京都へ向かいました。京都から奈良線で宇治まで行ったのです5事故のため電車が1時間止まるアクシデントのため、いろいろ行く計画でしたが、それを止めて宇治を楽しもうと言うプランに変更しました。ちょうど宇治に着いたのが9時50分だったので、14年ぐらい前に妻と行った中村銘茶と言うお店に並び10時の開店と共に店に入り生茶そばとまるとパフェを食べました。美味しい物を1人で食べているとこれを妻や子供達にも食べさせてあげたいなと思い、少し申し訳ない気持になります。そのあと平等院鳳凰堂に行きました。鳳凰堂は極楽浄土の宮殿をモデルにしていて本尊に阿弥陀如来坐像があります。とても神々しい空間でした。そのあと宇治川の中洲にある宇治川の戦い先陣の碑に行き、宇治神社と宇治上神社に参拝しました。京都府立体育館には13時過ぎに着いて、審判講習会と全国支部長会議と型講習会で20時までスケジュールはいっぱいでした。そのあと鈴木先輩にお誘い頂き、2人でビールを飲みながら食事をしました。とても楽しい有意義な1日でした。
股間の手術から昨日で1年が経ちました。私は今、43歳で試合に出た頃ぐらいの身体能力を取り戻しました。私は自分で奇跡を起こしたと思っています。でももし仮に今の私が股関節が良くならずに車椅子になっていたとしても杖をついて歩くようになってしまったとしても、しっかりとそれを受け入れて、頂いた自分の命と頂いた自分の身体を大切に、自分の出来る事を一生懸命に、今と言う時間を精一杯しっかりと生きていると言う自信はあります。それは何故そう思うのかと言うと、私は手術の後のリハビリで自分の足を持ち上げられない事に驚愕し1度は心が折れる音が自分の中でしました。たぶんそこから努力をしなければ本当にまともには動けなくなっていたかもしれません。でも面会に来てくれた妻の笑顔を見た時に自分の身体がどうなろうと自分は精一杯生きよう、せっかく頂いた残りの人生を楽しく生きようと決めたのでさ。私が手術が終わり面会に来てくれた時に見た妻の顔と私がリハビリをしている時に妻が来て、リハビリのあとに見た妻の顔は私にとっては天使に見えました。長男と次男も何度もテレビ電話で私を笑わせてくれました。自分1人のためだったら私は頑張れなかったかもしれません。妻と長男と次男がいつも私にパワーをくれたから私はひと踏ん張りする事が出来ました。本当に本当に感謝しています。妻はいつもポジティブに笑顔でいてくれました。私が最悪な状況になるのでは?と私にしっかりと話してくれ、私が絶望せず明るく考えられるようにしてくれました。たぶん私の手術のあとの状況や最初のリハビリの姿を普通の人が見たら、これから自分の生活はどうなってしまうのだろうと悲観してしまったり、それこそ私の姿を見て絶望して泣いてしまったかもしれません。あんな時に明るく振る舞えるなんてなかなか出来る事ではありません。私は妻の事を強い人だなと思いました。もしかしたら僕より強いんじゃないか?と思ったぐらいです。そして私は自分の弱さと直面しました。自分の弱さをしっかりと受け入れて、これからの人生でさらに自分を成長させて行きたいと思います。今日も全力で稽古をしました。今の自分が生きている事に心から感謝しています。
股間の手術から今日で1年が経ちました。手術の日からの事を考えると過ぎてみたら早かったとは全然、思いません。13時に準備を終え手術室の前で最終的な検査を終えて手術室に入り、目が覚めた時は18時を過ぎていました。生きていたのだと思いました。そこからHCUと言う部屋で12時間、機械に足を固定され身体に管がたくさん付いた状態で12時間を過ごしました。手術中に20%の血を失ってしまい血圧が低いため強い痛み止めが使えずベッドの頭を起こす事も出来ませんでした。痛みと水分も取れない苦しさで眠る事も出来ず、本当に長い長い12時間でした。本当に苦しい苦しい12時間でした。その12時間の事を考えても長く感じますし、そこから痛みと戦い眠る事が出来なかった3日間もとても長く感じます。それから自分は元の身体に戻れるのか?と言う不安と戦った入院中の3週間もとてもとても長く感じました。自分の心が折れそうな時もありました。夜中にふと起きてリハビリをした事もありました。毎日、病棟を歩いてリハビリをしました。自分の身体がどうなるか分からない不安と自分の身体が動かないもどかしさと悔しさで泣きたくもないのに気が付いたら涙が流れていた事もありました。そんな時は家族の事や極真空手の事や道場の事を考えて踏ん張りました。それが私の強い支えとなりました。そこから瞑想、呼吸法、柔軟体操、ウエイトトレーニング、基本稽古、型をコツコツと頑張り出来る事を増やして行きました。自分でも毎日毎日良く頑張ったと思います。その日々を思い出したら、人生で1番長い1年と言う時間を過ごしたような気もします。1年が経ち、私は気も心も身体も技も前以上に強くなったと思っています。絶望しそうな時に私が思った事を書いておきたいと思います。「この先、僕の身体が動かなくなったとしても、僕は生きている、今までの経験も知識もある、それを元にこれからを頑張ろう!僕には大好きな妻がいる、可愛い長男と次男がいる、そして自分の道場がある、大切な道場生達もいる、自分の本当に大切な物は何も失ってはいない。自分の本当に大切な物を力に頑張ろう!自分の本当に大切な物のために頑張ろう!」そう思えた時に開き直れて心が軽くなりました。またこれから1年頑張りたいと思います。
少し前から読んでいた「スタンド・バイ・ミー」を読み終わりました。この作品は先に映画で観た大好きな作品です。映画も大好きですが、原作も大好きです。原作を読んでも映画の方の作品が色褪せないと言う、なかなか無い素晴らしい作品だと思います。でもやはり負けないぐらいに原作も大好きです。原作の方がより深く登場人物の心情が分かります。ラストのあたりでゴーディ達とエース達が死体を取り合って揉めるのですが、映画ではエースを銃で脅すのはゴーディですが、原作ではクリスです。もともと銃を持って来たのはクリスですし、メンバーの中で1番リーダーでタフなのはクリスなので、ここは原作の方が良いと思います。そしてそのタフさが原因で喧嘩の仲裁をしナイフで刺され亡くなる事となるので、やはりここは原作が自然な流れだと思います。あとゴーディのお兄ちゃんが映画の中で描かれているほどは良いお兄ちゃんではありません。ここはゴーディが心に抱えている物を分かりやすくするためなら映画の方の良いお兄ちゃんの方が良かったのかな?と思います。私がこの作品を始めて観た時は中学3年生でした。私も51歳になりましたが、あの頃と同じようにやはり涙が出て来ます。また何年後かに読むと思います。その時に自分は何を感じるのか?とても楽しみです。
長男は野球部に入ってから、普段学校に行く時間よりも早く家を出て部活に行くようになりました。毎日、家の外で素振をしたり、次男とキャッチボールをしたりしています。夜も皆で巨人戦を観るのが楽しみになっています。長男の解説を聴きながら野球を観ているととても楽しいです。1番は長男が野球部の練習で、こんな事があったと言う話を聴くのがとても楽しみです。好きは物の上手なれとは本当なんだなとつくづく思います。
昨日から稽古がはじまりました。今日は個人レッスンがあり、その合間に3時間ほど稽古やトレーニングを行いました。今週は月曜日の夜にオンラインで会議があったり、火曜日は技術委員会があったり、金曜日からはセミコンと型の全国大会のため京都に出張だったり、日曜日は演武があったりと多忙なので、空いている日は稽古やトレーニングをやっておこうと頑張りました。生きている時間は限られているので、限られた時間を惜しんで頑張りたいと思います。
本日から稽古を再開しました。一般部では生徒達と一緒に身体を動かして稽古をしました。一般部は基本稽古と移動稽古と組手を行い、少年初級では基本稽古と移動稽古と型を行い、少年中級ではミットと筋トレを行い、蒲田道場の稽古では突きや蹴りをどのように当てると痛いかを研究しました。全ての稽古に参加してもちゃんと違う事を学べるように稽古のメニューを考えて稽古しました。生徒達も一生懸命に稽古していました。
本日から稽古再開の予定でしたが台風のため稽古はお休みとなりました。結局、私は休み中は1日も稽古を欠かさず稽古に明け暮れていました。毎日3〜4時間は稽古していました。1日2回の2部制で稽古していた日もありました。その人が休みの日にやりたい事が本当にやりたい事だと思うので、私が本当にやりたかった事は稽古だったのだと思います。本当に自分は変わってるなと思います。でもその変わっている自分の事を私は嫌いではありません。それが自分なのだと思っています。明日からは生徒達と一生懸命に稽古に励みたいと思います。
稽古とトレーニングのあとに東京駅まで福島から新幹線で帰って来る長男と次男を迎えに行きました。久しぶりに会った長男と次男は少し大人っぽくなっていました。長男は背も伸びていたように感じました。もう少しで私は長男に背の高さを抜かされると思います。夜は6年ぶりに行われた六郷土手の花火大会を妻と次男と観に行きました。長男はお友達と一緒に観に行きました。久しぶりに観る花火は最高でした。美味しいビールを飲みながら綺麗な花火を観る事が出来ている事に感謝しています。とても幸せな気分になりました。また来年も平和で花火を見ることが出来ている事を祈りたいと思います。
私も今期からですがすっかり巨人ファンです。一応巨人ファンですが、巨人と対戦するチームの選手も怪我から復帰をした、とかやっと一軍に昇格したとか、頑張っている姿を見ていると自然とその選手を応援してしまいます。今日は巨人が勝ちました。野球はチームのみんなが頑張って勝利を掴むのですが、今日は戸郷選手と浅野選手が特に頑張ったと思います。今日は1人でビールを飲みながら観戦していたのですが、1人で観戦する時はyoutubeで巨人の選手の応援歌を出してそれを流しながら観戦しています。今の私のイチオシの選手は丸選手、吉川選手、坂本選手、岡本選手、門脇選手、小林選手、岸田選手、大城選手、戸郷選手、菅野選手、バルドナード選手、ケラー選手、山﨑線、船迫選手です。ビールを飲んで野球観戦は最高です。
この休みが終わるとまた慌ただしい毎日が始まります。8月の残りも9月も10月も11月も12月も来年の1月もイベント続きです。あっという間に今年が終わり来年が始まります。道場を開設してからは、そんなこんなんであっという間に1年が過ぎて行き、気が付けばあっという間に22年が過ぎて行きました。人生と言う物は本当に短い物だと思います。そして人生と言う物は本当に面白い物だと思います。その短くて面白い人生を一生懸命に思いっきり楽しんで生きたいと思います。今日という自分は今までの自分では1番歳をとっていて、今日という自分はこれからの自分では1番歳が若いと言うことになります。要は今日という日の自分は今日にしか存在しないわけです。だからこそ今日という日を一生懸命に過ごしたいと思っています。今日という日をいつか振り返った時に後悔がないように一生懸命に過ごしたいと思っています。小さい頃の自分に、自分はこんな自分になってしまっているんだとがっかりされないよう一生懸命に生きていたいと思います。今日も一生懸命に頑張ったと言う自負はあります。特別に凄い事を起こした訳ではありませんが、毎日毎日コツコツと1つ1つ積み重ねて前に進んでいます。今日もいつもと同じように瞑想をして、呼吸法をして、柔軟体操をして、型を行い、背中のトレーニングを行い、有酸素運動をしました。常に理想と情熱を持って、いろんな事を思い、いろんな事を感じ、いろんな事を考えて稽古に励んでいます。今日も1つ積み重ねて前に進んだと思います。休みが明けたら生徒達を全力で指導して行きます。その準備はしっかりと出来ています。そのために休み中も気と心と身体と技を鍛えておきました。休み明けの稽古が楽しみです。
今日は足のトレーニングを行いました。昨年は股関節、2年前はアキレス腱、3年前は膝、と3年連続手術をしました。4年間で1番弱くなった部分は足腰だと思います。なので足のトレーニングは力を入れてやっています。私は腰と股関節と膝に不安があるので、スクワットとデッドリフトは出来ません。このスクワットとデッドリフトは足、お尻、背筋を全て鍛えられるのでとても便利な種目なのですが、それが出来ないのて、レッグエクステンション、レッグカール、ヒップアブダクション、ヒップアダクション、カーフレイズとパート事に分けてトレーニングしています。そしてスクワットやデッドリフトが出来ない事でもっとも大切にしているトレーニングは頭と上半身、上半身と下半身を繋ぐ首と腹筋と背筋のトレーニングです。首と腹筋と腹筋のトレーニングは週2回やるようにしています。そのおかげでずっとギックリ腰になっていませんし身体の調子もとても良いです。もちろん私も51歳ですから不安な箇所もあります。でもそれを補ってトレーニングする方法をたくさん身に付けました。トレーニングは少しでも良いからやった方が良いと思います。やらなければ0です。歳を取れば0は0では済みません。何もやらなければ0ではなく、後退していってしまいます。どんどんマイナスになって行ってしまいます。やらないぐらいなら中途半端でも適当でも、やった方が良いと思います。軽い気持ちで楽しくトレーニングして行けば良いと思います。
あと10日で股関節を手術してから1年になるので今日はいつもの瞑想、呼吸法、柔軟体操、型を終えたあと腹筋、背筋、首を鍛え、基本の蹴りをトータルで1000本蹴りました。前蹴りは顔の高さに100本しっかりと蹴る事が出来ました。自分がこうなりたいと言う意志を持って物事に取り組めば必ず道が開かれてそのこうなりたいと言う自分になる事が出来ると私は思っています。この先もこうなりたいと言うビジョンをしっかり持って取り組んで行こうと思います。
今日は肩のトレーニングをいつもより少し長く強い強度で行いました。柔軟体操と有酸素運動も行いました。本当に身体の調子が良いです。休み中にやりたい事が稽古やトレーニングなのですが、考えてみるとその他にやりたい事なんて映画を観るぐらいのもので他には何もありません。あとは夜に妻と2人でビールを飲む事ぐらいが私の楽しみです。考えてみれば自分がやりたい事を仕事にしているので、休みの日にもやりたい事は自分の稽古となってしまうのだと思います。それはお金のためでもないし、誰のためにやっている事ではありません。やりたい事をやって生きて行く事はなかなか大変です。やりたい事を仕事にする為にやりたい事を続ける為にたくさんの物を犠牲にして来ました。その1番はお金だと思います。20代からちゃんと働いて貯金とかしていれば今は悠々と生きて入られたと思います。でも私は死ぬまで今の仕事を辞める気持ちはありませんし、死ぬまで戦いだと思っています。だからこの道を突き進んで行こうと思っています。そんな事を考えながら今日は稽古をしました。
今日もいつも通り、瞑想と呼吸法と柔軟体操と型とウエイトトレーニングを行いました。今日は少し思い立つ事があり、池上本門寺の比経難事坂の99段の階段の昇り降りを5往復しました。この階段は21歳の頃から階段ダッシュしています。あと2週間で股関節の手術から1年が経ちます。この階段昇り降りしながら、初心に戻っていろいろ考えたり、今こうしてまたこの階段を登れている事に感謝の気持を感じていました。今日は久しぶりに妻の作ったご飯を食べました。やはり妻の作ったご飯が1番美味しいです。
今日は妻が帰って来ました。妻の帰りが18時過ぎになるので私がキムチ鍋を作っておき、2人でビールを飲みながら食事をしました。今日の自主トレは瞑想と呼吸法と柔軟体操と型とウエイトトレーニングは腹筋と背筋と首を鍛え、エアロバイクで有酸素運動を20分やり、基本稽古の蹴り技を50本ずつやりました。前蹴りと回し蹴りは100本やりミットに蹴り込みをしました。蹴りの稽古をしていてとても気持が良かったです。ほぼほぼ試合に出ていた43歳の頃の体力に戻ったと思います。長男と次男は妻の実家に2人で1週間泊まってから帰って来るそうです。とても楽しいようです。
今日もしっかりといつも通りの生活をして体重は91キロになりました。これでダイエットから10キロ落としたのでご褒美にビールを飲みました。妻と子供達が帰郷してから8日ですが、私がちょくちょく子供達とLINEしているのと、妻にたまに電話していますが、妻から私に電話が来る事は1度もありません。信用されているからなのかもしれませんが、これだけ連絡がないと少し腹が立ちます。僕だって悪さぐらい出来るぞ!とグレてやりたいぐらいです!でもそれが出来ない事ぐらい妻にはお見通しなんだと思います。それがまた腹が立ちます!明日は妻が帰って来るので、やっと1人の暇地獄から解放されます。
休み中ですが、普段通りの生活をしています。朝は7時30分に起きて、洗い物と洗濯をし朝食を取り身支度をして、ゴミ出しをし8時30分に家を出て、ストレッチと瞑想と呼吸法と型を1時間、ウエイトトレーニングを1時間30分、有酸素運動を20分、行いました。今日は久しぶりに映画を観に行きました。T・ジョイPRINCE品川に「オッペンハイマー」を観に行きました。今日と言う日に見たからかもしれませんがとても複雑な気持になりました。体重が92キロになりました。休み中ですが規則正しい生活と運動と食事をしているおかげだと思います。7月1日からダイエットを始めた時は体重は101キロだったので、37日で9キロダイエットした事になります。今日も夕食を摂りながら巨人戦を観ました。今日の広島カープは強かったです。広島カープのピッチャーのアドゥワ誠選手は初めて見たのですがプレイもインタビューもとてもカッコ良かったです。インタビューでは25歳には見えないくらいの受答えをしていました。野球と言う競技を通して人間としても正しい成長をしたのだと思いました。格闘技でもああいう選手が出て来て欲しいと強く思いました。今の格闘技は競技というよりも、見世物に近いと思います。人としてやってはいけない物を現実にやったり言ったりして人の興味を引いて見世物興行を行っているように感じます。今の格闘技を自分の子供に見せなくはありません。映画の中で過激な事をしている事よりも良くない事だと私は思います。今の格闘技にこそR指定が必要なのでは?と思うほど見苦しい事が行われています。その競技で育った選手が人の模範になるようでなければ、その競技は絶対に長くは残らないと思います。単なる流行物で終わってしまいます。私は極真空手を通して強い人間も育てたいけれど、それ以上に人の模範になる人間を育てたいと思っています。ここ最近、プロ野球やオリンピックを見てそれを強く思いました。
家族が帰郷して6日目です。今日は朝に洗濯と洗い物をしてからジムへ行きウエイトトレーニングと有酸素運動を行ない、1度帰宅して昼食を摂り、少し休憩してから、呼吸法と型と柔軟体操と基本稽古をしました。今日はカレーを3日分作りました。豚肉と鶏肉と玉ねぎと人参とニンニクをたくさん入れたカレーです。夕食はカレーと鯖の焼き魚と納豆を食べました。体重も93キロを維持しています。土曜日の夜に久しぶりにビールを飲んだのですが、久しぶりと言う事もあり凄く酔っ払いました。そして1人で酔っ払うのは寂しすぎます。「デッドプール」「デッドプール2」を見ました。明日もトレーニングや稽古はしようと思っていますが、明日は何処かへ行こうと思っています。
今日は個人レッスンが2回あったので、その合間に自分の稽古やウエイトトレーニングを行いました。昨日はお酒を飲んだので頑張って身体を動かしました。稽古とウエイトトレーニングの他にエアロバイクで有酸素運動を1時間行いました。体調は凄く良いです。休み中もダレないようにしっかりと身体を動かしておきたいと思います。
今日は1ヶ月と2日ぶりにビールを飲みました。巨人対ヤクルトを見ながら1人でビールを飲む日が来るなんて思ってもいませんでした。やっぱり父の血を私と引いていたのかもしれません。長男の解説が無いのが寂しいけど、岡本と村上のホームランも見れて巨人が勝ったので最高でした。
家族が帰郷して3日目ですが、もう限界に近いぐらい寂しいです。誰もいない家に帰るのは本当に寂しいです。長男と次男が喧嘩していると私はいつも「うるさいっ!いい加減にしろ!」と怒っていましたが、今は長男と次男の喧嘩の声が愛おしく感じます。1人で食べるご飯の味も味気ないです。やはり妻の手料理をみんなでワイワイ言いながら食べるほうが楽しいです。洗い物、洗濯、料理は手際よくやっていますが、なかなか大変です。
先日の叔母の葬儀の時に長男と並んで立っていたら、ベルトの位置と足の長さが長男の方が高い事に気が付きました。身長はまだ抜かれていませんが、足の長さは抜かされたようです。私は172センチで長男は165以上はあるそうなので、もう何年かで抜かれてしまうと思います。私がもう少し若かったら子供に抜かれる事も悔しかったのでしょうが、今は子供に抜かれるのも悪くはない気がしています。
kanno
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