「静かな大地」を遠く離れて
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2003年01月06日(月) 臨戦態勢のアルチザンたち

御大自身による『静かな大地』への言及が目に留まったので、拾っておこうか。

最近の消息は「すっかりトルコ通になられたらしい」程度のことしか知らない。
欧州巡業も終えられて、「知識人」稼業に余念がない、といったところだろうか。

■池Z夏樹「国境は人の心を隔てない テオ・アンゲロプロスとの対話」
(引用 新潮社『考える人』創刊3号より)
 非常に曖昧模糊としていて、しかも、はるかかなたにあるのだけれど、
 それでも、あなたには幸せが見えている。
 僕は連載を終えた今度の小説をこれから大幅に書き直すつもりでいますが、
 その作業では、あなたが映画の中で描いたような遠い幸福をもう少し強調
 することになると思います。これはたったいま思いついたことなんですが!
(引用おわり)

そう、「静かな大地」をしっかり書き上げるという「仕事」こそ、御大がなすべき
積年の宿題ではなかったか? テオにもつっこまれていたけれど、テロ事件に過度
の衝撃を受けて騒ぐなど、御大ともあろうお方、知的怠惰の誹りを免れまい(笑)
北海道のご先祖様にも、アイヌモシリの地霊たちにも申し訳が立たぬ、というもの。

地霊、と言えばここでも話題にしたことのある佐藤愛子氏の『新潮45』連載が
単行本になった。御大の良くも悪くも「お勉強」的な北海道へのアプローチとは
まるっきり正反対。奇書、と呼ぶにふさわしいと思う。内容は、北海道浦河町に
別荘を建てた著者が被った地霊による霊障の数々を赤裸々に綴ったドキュメント。
丹波哲郎さんも美輪明宏さんもビックリというド迫力のポルターガイストものだ。

■佐藤愛子『私の遺言』(新潮社)
(帯より引用)
 ・・・私は私の作家生活の最後に私の考えを披瀝しようと決心した。これから
 書くことは私がこれまで生きてきた七十七年のうちの、三分の一に当る年月の
 経験によって得た知識である。黙って死んでいけばいいものをやっぱりいわずに
 いられないのは、それが今この国に漂っている不安と不満を拭うためのひとつの
 示唆になってくれればと思うからである。
(引用おわり)

荒俣御大の『帝都物語』の世界になるが、霊的な観点から観れば、日本という国が
抱え込んでいる怨念の総量は、少なく見積もられ過ぎているということを実感する。
アジア諸国で、「内国植民地」で、南洋やシベリアで、無念の中に果てた屍の群れ。
彼らをないがしろにすることは、言ってみれば霊的な粉飾決算、不良債権の隠蔽だ。
三島由紀夫『英霊の声』ではないが、2・26事件の青年将校たちのような人々や、
19世紀後半の動乱の中で(<あえて「幕末・維新」という用語を避けるならば)
非業の死を余儀なくされた人々の霊もまた、今なお安んずることなく埋もれている。

「歴史」というものが、そうした過去の出来事に対する現在の人間の「見方」の問題
で、くるくると入れ替わりうる、危ういものである、という認識がまず必要だろう。
ここでは、佐々木譲さんの『武揚伝』の魅力、説得力を幾度となく話題にしてきた。
それと取り上げる時代も題材も重なるテレビドラマが、この正月にオンエアーされた。

■NHK正月時代劇スペシャル「またも辞めたか亭主殿・幕末の名奉行 小栗上野介」
 http://members.jcom.home.ne.jp/em1018/oguri/location.html

このドラマ、榎本武揚その人もワンシーンながら登場する。原作小説もあるようで
近日中に読んでみるつもりだが、さて、どうにも『武揚伝』のキー・モチーフである
「円い地球」とか「ピカレスクな勝海舟」とかが強調されていたのが気になった。
それらが原作でもそうなのか、脚本作りの段階でそうなったのか。いずれも妥当性
も普遍性もあるモチーフなのだが、それにしたって似すぎていはしまいか?(^^;
あの時代の「物語」化に強い関心を持つ者として、恰好の勉強材料になるドラマだ。

場所に宿る土俗的なまでに古い「想い」の集積。それと「近代」の意味、そして顛末。
さらには地球的、自然科学的なスケールの永い時間。それらを重ね合わせるように、
切実な思考を紡いでいける力。ここで『からくりからくさ』を話題にした梨木香歩さん
の瞠目すべきエッセイが、御大とアンゲロプロス氏の対談の前の頁に掲載されている。

■梨木香歩「隠れたい場所」連載ぐるりのこと3(新潮社『考える人』創刊3号)

引用は出来ない。しようがない。小憎らしいほどに手練れのアルチザンでありながら、
いっそ青臭いまでに真摯な思考、その底力に驚嘆しつつ「叙事詩の射程距離」を冷静に
測りつづける姿勢に強い共感を覚える。思えば『からくりからくさ』にはトルコの描写、
正確にはトルコ領内のクルド人居住区の描写が登場していた。御大はアンゲロプロス氏
や梨木香歩さんのような“アルチザン”に憧れつつも、資質としては少しズレるのかな、
と思いながら、御大が「大幅に書き直す」という『静かな大地』の出来映えに期待せず
にいられない。佐藤愛子さんとも佐々木譲さんともアンゲロプロス氏とも梨木香歩さん
とも異なる、池Z夏樹の手になる「叙事詩の射程距離」、それを存分に見せて欲しい。


たとえば、1910年のハレー彗星を出すとかして…(爆)


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