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ラヂオスターの悲劇
トマーシ
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2007年02月22日(木)

カルロスジョビンを聞きながらヒマワリの種を噛む。
種の殻の臍を前歯で割る音はマスカラを振る音みたいに
軽く、切なくさえ聞こえる。
こうして新しい朝はやってきて、省みるものとて見当たらない。
静かに塵が床にうっすら積もるばかりだ。



2007年02月18日(日)
オスティナート

雨が止んだあとに外に出てみた。
黄色いチューリップみたいな月が出ている。
バターの塊みたいな月。
ユーカリの葉が揺れて
涼しい匂いが漂っている。
鋳鉄の街路灯が赤い灯をともしていて、
その足元に一匹の三毛猫がうずくまっていた。
猫はモゾモゾとポケットから鰹節を取り出して頬張り始めた。
カリカリカリと乾いた音だけが寒空に響く。
何処かの丘の上からは誰かのバイオリンの弾く音色が流れてきていた。
猫は一服つくと、野球に使う軟式ボールをまたポケットから取り出すと
ポンポン跳ねさせてじゃれ始めた。
そのうちそれは僕の方に転がってきた。
僕はそれをしゃがんで拾うと猫に向けて転がして返した。
ボールは猫の唾液でべとべとした。
猫はそれを立ち上がって拾った。
そして美しいワインドアップで僕に向かって投げつけた。
咄嗟のことだったけれど、僕はうまくそれを受け取ることが出来た。
手の平はひりひりしたけれど。
猫はペロリと舌を出した。
ポリポリと耳の後ろを掻いて、それからヒョイと塀の上に飛び乗って、
それから優雅に去っていった。
長くて美しいまだらの尻尾を左右に揺らしながら。
僕は受け取ったボールを手の平を開いて見てみる。
それはバターを溶かした透明な月
その鏡面には色々な人の顔が映っては消えた。
バイオリンは何を演奏しているのかを問いかけているかのように
まだ流れていた。
物の分別が着くころにまた来ようと心に決めた場所のように
そびえる丘。ウネウネと白い道筋が丘の天辺まで続いて。
さっきの三毛猫がやはり優美に尻尾を振ってそこを歩いていた。
手の平に濡れたものを舐めると少ししょっぱくて、
少し懐かしかった。





2007年02月17日(土)
夜明けの夢

夜明けに見る夢がいつも喉元につかえている。
何かが実際に通り過ぎていったかのように生々しく、
指先がビリビリと痺れている。
常に冷たい台所の床の上で目を覚ましたような錯覚がある。
そして、そんな朝を迎えるたびに残念な気持ちで一杯になる。



2007年02月16日(金)
月いらず

ふと手を止めて、目を落とし、
黒いキーボードがあり、短い自分の指があり、
机の上に散らかった物に目がいき、
それらの間の間合いが気になり、
それから届きようも無い人との間合いが気になり、
更にその両極端な二つが結局は同じことを表しているようにしか見えず、
さて、ほんの少しでも優しく微笑みかけてくれるようにと
綿棒のパックを手に取る。ステレオからはピアノの音が流れている。
テレビの番組終了を告げる音楽のように。



2007年02月08日(木)
オスティナート

ぺらぺらとページを捲る音。ハバナ帽を被った男が一心不乱にその書き物の中を覗き込んでいる。まるで子山羊の温かな腹みたいな薄いクリーム色の手帳。そこは誰にも使われることの無い波止場で、潮風に錆付いた重い引き戸を備えた簡単な輪郭の倉庫が並んでいた。西に向かって。錨を止める亀の頭みたいな突起がやはりそれと平行して並んでいる。永遠に続くんじゃないかと思われるほど遠い彼方まで。男はその突起のひとつに腰掛けている。帽子からコート、靴に到るまですべて白尽くめだ。階段を駆け抜けるような音を聞いた。僕は灯台の中の螺旋階段を駆け抜ける夢を見る。駆け抜けているのは本当に自分なのだろうか?何処かから何処かへ向かって、それは計算されたゼンマイ式の巧妙な子供の玩具みたいなもので、結局僕の前にはサッカーゲームの、あるいは大河ドラマの縮小版みたいなボードゲームが提示される。それはそれはとても優雅に。お気の毒にとお幸せにのちょうど中間くらいで、カジノのディーラーがカードを配る時の表情だ。もう一枚乗せるか?モチロン。非常に原始的な飛行機に乗るパイロットは水平線を感じやすくなるのだろうか?そんなことに思いが移ろう。重心が不意に重力を離れた気がするときもある。とにかく僕はまるで光の生まれる場所に戻りたく思っている人みたいに灯台の頂上を目指している。灯台の頂上から海の揺れるのを見たい。ですが僕らは違う国からやってきたのですよ。同じ海ではありません。恐る恐る顔を出したフワフワとした獣はそう忠告する。僕には結局その獣の影しか踏めない。何も明かさなくともいいんじゃない?と僕は言う。すると波止場にいた男というのが元々存在しなかったかのように消えうせた。彼はどうやら可能な限り物事を細分化してそれらをファイリングしていくものの象徴だったようだ。僕が、それかあらゆる人が関心を失ってしまえば、彼はただの象徴であったことに留まらざる得ない。ただその手帳は残る。それは今度は風にパラパラと捲られていた。今度は幾分優しく、いったりきたり・・・