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2009年09月20日(日) 「官僚いびり」を「政治主導」と勘違いする鳩山政権の小児病

鳩山政権…発足してまだ数日しか経たないが、
毎日滑稽な出来事の連続で笑かしてくれている。
まず「官僚の会見禁止」を打ち出したところ、
慌てた外務省の大使や気象庁の専門官までが定例の会見を中止。
さらにこれをマスコミから「情報統制」と批判されるや、
仕方なく例外を認めた。
次に文科省では、官僚を追い出して大臣、副大臣、政務官の「密談」
で決めた方針をいきなり発表。
何も知らされなかった文科官僚はその場で真っ青に。
いやはや、鳩山の言う「政治主導」「官僚政治脱却」とは、
官僚を除け者にして右往左往させ、その有様を眺めてニヤニヤ楽しむ、
と言うことであったのか。
鳩山政権の頼みの綱は「国民の支持」である。
つまり、長年にわたって自民党政権の悪政に加担し続けた官僚どもをいじめ倒せば
きっと国民も喝采を送ってくれる、と言う算段の上に「民主党劇場」をもくろんでいる。
確かに一部の国民は「官僚ざまあwww」と思うかもしれない。
だがいつまで「官僚が悪い、自民党が悪い」で政治をやるつもりであろうか。
現在の政権を担っているのは鳩山政権である。
政権が本来やるべきことは陰湿な官僚叩きでも、
自民党政権当時に決めたことに「何でも反対」することでもない。
いつまで経っても自らの主体的な政策能力を発揮できなければ、
やがて批判は自らに跳ね返ってくるであろう。


2009年09月12日(土) 民主党「首脳会議」とは?

民主「首脳会議」新設へ 政府、与党の一体性確保
>民主党は11日、新政権発足後、党の最高意思決定機関として党代表(首相)や幹事長、
>政調会長(副総理兼国家戦略局担当相)らで構成する「首脳会議」を新設する方針を固めた。
>党幹部が明らかにした。
>週に1回程度開催し、国会対策や政策課題の調整、選挙対策など党運営の重要事項を決定する。
>国会対策委員長、参院議員会長も加えた計5人で発足する見通しだ。
http://www.47news.jp/CN/200909/CN2009091101001229.html


以前、民主党政権は共産党国家に似ていると書いたが、この記事を読むにつけ更にその感を強くする。

旧ソ連や中国、或いは北朝鮮、キューバなど共産党独裁国家の最高権力者は党書記長(総書記、第一書記)である。
党には「政治局」があり、これが事実上の最高意思決定機関であり、最高幹部と言えば政治局員を指す。
従って政府などは単なる行政執行機関に過ぎず、閣僚なども政治局員でなければただの下僚に過ぎない。
(例えばソ連のグロムイコ外相は「ミスター・ニエット」のあだ名で長年ソ連外交の顔として国際的に有名だったが、政治局員ではなかった。漸く政治局員に選ばれたのはブレジネフ時代後半である)

一方、民主党政権の実質的な最高実力者は党幹事長である小沢一郎である。
また、その「首脳会議」は共産党の「政治局」に匹敵する。
つまり政府の閣僚であっても「首脳会議」メンバーでなければ、党の意思決定には参加できないのである。
例えば外相に予定されていると言う岡田克也は「首脳会議」メンバーから外されている。
「首脳会議」メンバーたる「政治局員」は小沢(幹事長)、鳩山(首相)、菅(副総理)、山岡(国対委員長)、輿石(参院会長)の5人だけ。
「政治局員」ではない岡田などはせえぜえ平の中央委員クラスに過ぎない。
他の閣僚に至っては、尚更だ。
民主党政権とはこのような「党」が「政府」より上にある実態で運営されるのである。
これで「政治主導」「政府一元化」とは、チャンチャラ可笑しいとしか言いようがない。


2009年09月11日(金) 鳩山政権の「獅子身中の虫」亀井と福島

民主党の政権プランは「単独政権」を前提に作られている。
ところが現実には社民・国民との「連立政権」である。
そのため初っ端から齟齬が生じている。

まず社民・国民は3党の「政策協議機関」の設置を要求してきた。
しかし「政策の政府一元化」を謳っている民主は、閣外にそのような機関を設けたくない。
そこで苦し紛れに考えたのが「党首級が入閣して、閣内で政策協議を行う」と言うものである。
だがこれは社民・国民の思う壺であった。

社民党は衆議院7議席、国民新党は3議席。
合わせても民主党の30分の1以下の勢力だ。
従ってこの数字差通りなら、連立政権の中で埋没してしまうしかない。
そうならないためには、閣内に入って重要ポストに就くことであるが、
民主党の方からそんなポストを持ちかけてくるわけがない。
せえぜえ伴食大臣がいいところだ。
しかし党首入閣となれば別だ。
しかも鳩山の方から「入閣して欲しい」と言わせることに成功したのである。

党首入閣となれば、それ相応の「格」のある大臣ポストでなければならない。
そこで亀井は当然のように「総務大臣」、福島は「厚生労働大臣」または「環境大臣」などの
花形ポストを要求してきた。
一方の民主党にしてみれば、政権政策の根幹にかかわるそれらのポストを他党に任せて、
彼等の勝手にやられてはたまらない。
当然のように難色を示し、現在まだ調整は難航中である。
亀井と福島の要求が通るかどうかわからないが、いずれにしろ目立ちたがり屋のこの二人を
閣内に抱えたことは、今後の政権運営の火種となるであろう。

それにしても酷いのは福島である。
福島曰く、「役所があって、部下がいて、権限を振るえるところでやりたい」。
つまり理屈でもなんでもなく、ただ大臣の権力を振り回しててみたいと言うだけなのだ。
まるで「権力と言うおもちゃ」を欲しがる子供である。
「第二の田中真紀子(外務大臣)」と言ってもいい。
福島のポストがどこになるか知らないが、その下で仕えねばならない役人には今から同情しておく。


2009年09月04日(金) 小沢総書記

民主党の政権移行作業がもたついている。
尤も、本格的な政権交代は事実上初めて経験するのだから、
スムーズに行かなくてもやむを得ない。
ただそんな中、小沢一郎の党幹事長就任だけが突出して先に決定した。
新閣僚も他の人事も、そもそも鳩山の首班さえまだ決まっていないと言うのにだ。
このことは「党」が「内閣」より上にあり、首相と言っても所詮行政府だけの長に過ぎず、
真の権力者は別にいることを示している。つまり共産主義国家と同様である。
いっそのこと小沢は「総書記」と名乗ったらどうか。

一方、敗者の自民党はいまだに総裁選びでもたもたしている。
さっさと決めればいいものを、なにゆえにか月末まで引き延ばしたがために、
その前に来る首班指名への対応を巡って揉めているのだ。
「麻生」と書くにせよ、「白票」にするにせよ、おそらく自民党議員の対応は統一しないだろう。
そのバラけ方の幅次第では、これが分裂の引き金になりかねない。
昨日自民党再建の条件を書いたが、既にその前から分裂では再建もへったくれもない。
日本の政治が、巨大与党の民主党のほかには小規模の雑魚政党がいくつかあるだけ、
と言う状況になるのは避けたいが。


2009年09月03日(木) 自民党再建へのシナリオ

自民党が歴史的惨敗を喫した直後である現在、党の内外から悲観的な声しか聞えてこないのは、ある意味で当然である。
だが民主党政権が永久に続くわけではないし、また国民もそれを望んではいまい。
今回の選挙の意味とは、「政権交代そのもの」にあるのではなく、国民の「政権交代アレルギー」を払拭したことにある。
今までは自民党政権に不満があっても、政権交代への不安から仕方なく支持し続けているしかなかった。
しかしこれからは違う。与党に不満があれば、国民は黙っていない。
いつでも政権を取り代えればいいからである。
従って民主党300議席などは砂上の楼閣に過ぎず、再び政権交代は必ず起こる。
尤も、その時の受け皿は別に自民党でなくても一向に構わない。
ただ今から新政党を育てるよりは、やはり自民党の再建策を考えたほうが手っ取り早い。

その前提条件として、絶対に「分裂しないこと」「右の社会党にならないこと」が挙げられる。
何人かが出て行くのはしょうがないが、分裂して数十人の小政党に落ち込んでしまってはお終いである。
また、保守色の強い右寄りのイデオロギー政党になるなどは、もってのほかである。
むしろ自民党はイデオロギー色を隠した穏健な保守政党と言う、往時の姿に戻るべきである。
国民が望んでいるのは、「違いのはっきりした二大政党」ではなく、むしろ「ほぼ同じの二大政党」であろう。
その時々に、より良い政策を出した方が勝ち、政権運営に失敗した方が負けて交代するというあり方をするのが一番良いのである。
民主党と自民党が、かつての自民党と社会党ほど違っていたら、政権交代そのものが起こり得ない。

次に、新総裁には思い切った世代交代により、50歳以下の若い総裁を作ることだ。
若手を総裁にする意味は、今までの「古い自民党」のイメージを一新することにある。
言い換えれば、次の自民党総裁の役割はそれだけでもよい。
別に「次の自民党総裁」で政権を目指す必要はないからである。
とりあえず「選挙に惨敗した自民党」のイメージを変えるために、今は手垢の付いていない人材を総裁に登用するしかない。
そのためには「永久戦犯」である森、安倍、麻生、或いは古賀、青木らには隠居していただくことである。
彼等がまたしゃしゃり出てくるようでは、自民党に未来はない。
具体名を挙げれば、今後の自民党は河野(太郎)、棚橋、石原、石破、或いは旧世代ながら比較的傷の薄い谷垣あたりを中心に運営していくべきであろう。
(個人的には、まず河野か石原にやらしてみて、その後で石破か谷垣が出てくるのがベターだと思うが)


2009年09月01日(火) 民主党こそ「本当の自民党」だった件

かつて、民主党は「第二社会党」かと思っていたことがあるが、実は民主党こそが「第二自民党」で、
自民党は「第二社会党」であったらしい。
尤も野党に転落した自民党が社会党と同じ末路を辿るかどうかはまだわからない。
しかし、民主党の第二自民党化の方はほぼ間違いがないだろう。
鳩山、小沢、岡田など、党のトップの殆どは旧自民党田中・竹下派の出身である。
そのバラマキ政策は昔の自民党そのものだし、右から左まで幅広い勢力を抱合したファジーなところも
かつての自民党のあり方と同じ。
従って今回の選挙は「自民党から民主党へ」政権が代わったのではなく
「自民党(清和会支配)から昔の自民党(田中派支配)へ」と政権が戻ったというべきであろう。
その象徴が肥大化した小沢グループと言う、民主党に突如復活した「自民党田中軍団」の存在である。

「田中派支配」とは、刑事被告人でもある元首相・田中角栄が選挙とポストで手なづけた子分を
大量に傘下に収め、「一致結束箱弁当」「親分が右と言えば右」をモットーに鉄の規律で党中党を作り、
「数と金の力」で政権を影から操り支配する、と言うものである。
この手法は田中派を簒奪した経世会(竹下、小渕派)にも受け継がれ、1978年の大平正芳内閣から
2001年の森喜朗内閣まで実に23年もの間、自民党政権をほぼ支配した。
この状況を漸く打破したのは、角栄のライバル福田赳夫(清和会)の遺鉢を継いだ小泉純一郎である。
小泉は「自民党をぶっ壊す」と言って総理総裁に就任したが、その内実は長年にわたる「田中派・経世会支配」
の打破にほかならなかった。
事実、その目論見どおり、自民党における田中派・経世会支配は崩壊した。
ところが経世会支配の崩壊と同時に、まさに自民党そのものがぶっ壊れてしまったのが今日の状況である。
しかし自民党が滅びても(?)田中派支配は不滅だった。

かつて小沢一郎が田中角栄を「おやじ」と呼んで慕う、熱烈な「一の子分」であったことはよく知られている。
その後権力闘争に敗れて自民党を追い出された小沢は、16年目にして自民党に復讐を成し遂げ、
民主党内に「田中軍団」復活を遂げた。
自らは表面に決して立とうとしない小沢一郎が100人に及ぶ子分を従え影から政権と党を操ろうする…
このあり方はまさに「田中軍団」そのものである。
つまり「自民党=田中的なもの」が自民党から民主党へ移ったに過ぎないのである。
であるならば、民主党政権の正体も自ずと見えてくるというものだろう。

さてこの田中的な支配、つまり「権力の二重構造」が問題をはらんでいることは言うまでもない。
鳩山政権がやがて経済、外交、政策のあらゆる面で馬脚を現し行き詰ることは必定だが、
それに連動するのは党内の「小沢対反小沢」の対立構造であろう。
かつての自民党における「田中対反田中」の再現である。
喩えるならば、さしずめ

小沢=田中、鳩山=大平または鈴木善幸、菅=三木、岡田=福田、前原=中曽根、
山岡(小沢の忠臣)=二階堂(田中の忠臣)、小沢チルドレン=かつての小沢自身

と言ったところか(菅と前原は逆かもしれない)
まさに「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として二度目は茶番として」(マルクス)だが、
尤も、党内抗争が直に民主党政権崩壊に繋がるかと言えば、必ずしもそうではない。
かつての8会派寄せ集めの細川政権当時と違い、曲がりなりにも今の民主党はひとつの政党であり、
更に政権がその接着剤となっている。
つまり、たとえどんなに「田中対反田中」の派閥抗争が激化しても決して崩壊しなかった、
昔の自民党政権と同じである。
従って民主党政権は党内でゴタゴタしながらも、次の選挙までは継続するだろう。
ただし、中選挙区時代の自民党政権と異なり、小選挙区制の下では、
不人気の政権があっと言う間に崩壊することは今回の自民党惨敗の例で明らかである。
一方で、肝心の次の政権の受け皿になるのが自民党なのか、そうでないのかも現時点では不明である。
そこで最後に自民党の見通しについても触れておこう。

民主党が権力闘争で疲弊する「第二自民党」化するのと同時に、
野党に転落した自民党もまた党内抗争で自滅する「第二社会党」化する可能性はより大きい。
万年野党第一党だった社会党は、党近代化の遅れによる党基盤の弱さと言う欠点を尻目に、
埒もない浮世離れしたイデオロギー論争に終始しているうちにやがて自滅した。
自民党もまた、かつての良くも悪くもファジーな国民政党と言う柔軟性を失い、
やれ真の保守主義だ、或いは構造改革路線だなどと、矮小なイデオロギー論争に陥りつつある傾向が
見えている。これは誤りである。
「政権奪還」を焦り、「与党との違い」「対立軸」を掲げることに拙速過ぎると、却って党の弱体化・分裂を招く。
おそらく今後の自民党は、安倍晋三あたりを中心に右寄りのイデオロギー政党へと尖鋭化することが懸念されるが、
それでは支持者の間口を狭め、単に先細りするしかない。
再び政権を目指すなら、それだけは行ってはならない道である。
はっきり言って野党の最良の戦略とは「与党が失敗して政権が転がり込むのをじっと待つ」ことしかないからだ。
政権交代が起きるのは、別に「野党が魅力的だから」ではなく、単に「与党が不人気だから」なのは、
今回の選挙でもはっきりしている。
なので、何も野党の方から「与党との違いを際立たせる」政策などを先に打ち出す必要はない。
それは最低の下策である。
与党が失敗したら、その時にそれと反対のことを言い出せばいいだけなのだ。
これが今回の選挙における「民主党の成功」から学ぶべき唯一の教訓であろう。
最大の問題は、それまで自民党は「待てる」のか、そして自民党が「持つ」のか、と言うことだけである。


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