武ニュースDiary


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目次前の記事新しい日記


2008年01月29日(火) 週刊ポスト

お知らせいただきました。
裏表紙にトヨタの広告が載っているそうです。
(新聞のと同じですね)

この露出は「死神〜」のためだけじゃないよね〜?

「死神〜」、映画ご覧になった方、良かったら感想を
お聞かせ下さい。ちょっと知りたいんです。(ネタバレへどうぞ)


 BBS  ネタバレDiary 更新してます  14:50


2008年01月26日(土) 車のCM●サイト更新(死神の精度)

なんか、今までとはずいぶん、雰囲気が違いますね。
明るい〜  (いただきもの♪)

TOYOTA (7.45MB)



「死神の精度」公式サイト更新 20:45

していましたね。
壁紙ダウンロードと、メッセージボードが始まりました。


 BBS  ネタバレDiary 更新してます  10:10


2008年01月25日(金) 復旧しました

ゲストルーム復旧しました。
臨時ゲストルームにウッチーさんからの緊急メッセージがあります。
ご参照下さい。


 BBS  ネタバレDiary   18:45


2008年01月24日(木) お知らせ

ゲストルームが、何だかわからないメンテナンスで
機能していません。
とりあえず、臨時用の掲示板を開きます。
何かありましたら、こちらへどうぞ。
(広告がうるさくてすみません)


 BBS  ネタバレDiary 23:50


2008年01月23日(水) 「赤壁」カンヌへ

紙が昨日(20日)に得た情報では、ジョン・ウー監督の映画「赤壁」は
すでに国内の公開スケジュールが決まっているという。
この映画は2部作となり、前編は今年7月上旬公開、
後編は今のところ12月の予定で、上映時間はそれぞれ2時間となる。

製作会社の李氏(女性)から聞いたところによると、
現在、ジョン・ウーは前編の編集、特殊効果など、ポストプロダクションの最中。
5月には前編をたずさえてカンヌ国際映画祭に参加することになっている。
また、李氏は、「赤壁」のクランクアップが予定より1ヶ月遅れ、
「この1ヶ月の間、ジョン・ウーは自腹を切って、
大変な思いで撮影を完成させた」ことを認めた。

知られているように、「赤壁」の撮影機関は昨年4月から10月までの予定だった。
が、実際のクランクアップは1ヶ月あまり遅れた。
ジョン・ウーは100万米ドルを自分で出して、ようやく、無事完成したと伝えられたが、
昨日、李氏がそれを認め、
「その通りです、ジョン・ウーは確かに自分で資金を出しました。
いくらかは知りませんが、1ヶ月間の撮影費用です」と語った。

李氏は続けて、「当時の状況は非情に困難で、資金には限りがあり、条件も厳しく、
みんなの視線はジョン・ウーに集まりました。
彼は道義上、後へは引けず、自腹を切って撮影を完成させたのです。
本来の予算額から、製作会社はジョン・ウーにシーンを減らすよう求めたのですが、
彼は承知せず、予算緊迫という状況の中、
撮影シーンを増やし続け、映画の充実をはかりました。

ジョン・ウーは「ウィンドトーカーズ」と「ミッション・インポッシブル2」の
興行成績が悪かったので、
「赤壁」で失地回復したいと焦っているのだという噂も流れていますが、
こういう言い方は、ジョン・ウーに対して、絶対に公正ではありません」

「赤壁」の総投資額は8000万米ドル、2年間も準備に費やし、
出演スターは数十人にのぼる……これらの数字も問題にならない、
というのは、三国の英雄達の物語は、
ジョン・ウー監督の中で18年間も温められてきたのだ。

「前編後編に分けた理由は、ジョン・ウーがこの映画を非常に重視しており、
表現したいことが多すぎるからです。
また、これは映画会社の考えで、投資額とその回収を考慮したからでもあります」
と李氏は説明した。

ストーリーのつながりは、全く心配ないと李氏は言う。
「前編は主に大きなシーンを見せ、後編はスターを見せます。
私は撮影現場に7ヶ月滞在しましたが、この映画は、
相当に強烈な視覚的要素を持っていると思いました。
画面は非常に美しく、脚本は素晴らしい。
ジョン・ウーは長くハリウッドに暮らし、ストーリーテリングの能力に確かです。
ただ1つ心配しているのは、香港台湾の俳優達のセリフとイメージが、
観客に対し、説得力を持ちうるかだけです」

前編には3つの戦いが登場する、李氏は明かした。
「普通の映画にはどれも2つしか戦争場面はありません。
映画の初めと終わりに登場させるのです。
『赤壁』には3つあります。
現在、ジョン・ウーはまだ前編の編集中で、今年5月には必ず終了します。
というのも、ジョン・ウーは『赤壁』前編をたずさえて、
カンヌ国際映画祭に出席することになっているからです」
(新聞晨報 2008.1.21)


金城さんも行くのかな? 諸葛亮が行かなくちゃね、と思うけれど、
ほんとにほんとなら「鬼武者」の撮影の真っ最中。
でも、フランスつながりだし、行けば「鬼武者」の宣伝にもなりますよね♪



 BBS  ネタバレDiary   23:55


2008年01月20日(日) 火星人説に反論する

中断していた記事、最後まで。


火星人伝説2 爛押璽爛泪縫↓瓩魯好拭爾離廛譽奪轡磧爾鬚笋錣蕕欧襪燭

金城武の告白:ゲームはチャットルームのようなもの。
遠くの人と遊べるのが楽しい


金城武には誰でもが知っている趣味がある――ゲームだ。
撮影現場で、出番が終わると、すぐ傍らでゲームを始める。
もし、数日休みが入るようなことがあれば、
もう部屋に閉じこもってゲームをするのだ。

人は、スターはプレッシャーが大きいから、
そうやってプレッシャーを少なくしているのだと理解を示す。
だが、金城武はそれは違うと言う。

「ゲームはプレッシャーを減らすためじゃないんです。
例えば、セリフは覚えなくてはいけないものでしょう。
ゲームをやり終えたって、やっぱり覚えなくちゃいけないじゃないですか。
ちょっと逃避してるだけですよ」

ゲームを趣味にするのは、やむを得ない面もある。

「撮影がなくても家に帰れるわけじゃない、
だって明後日は出番があるかも知れないから。
じゃ、どうする? 出かけるのもだめだし、脚本を読んだり、
出なければDVDを見たり、ゲームをしたり、そういうことしかないでしょう?」

彼は気の毒だと思う。彼の方では、また寂しくなんかなりたくない。
私にゲームの良さを生き生きと語りながら、
思わず爛優奪箸某擦覘畤瓦瞭發鬚發蕕靴討靴泙Α

「ネットゲームがなぜ面白いか?
実は超高級なチャットルームなんです。
自分はここにいるのに、遥か遠くの友達とオンラインで同時に遊ぶことが出来る。

まず、最初はこうです。
例えばぼくが日本や、大陸や台湾で撮影中でも、
アメリカの友達と同時にオンラインでやれる。
ゲームしながらチャットができるんです。
おい、元気? 最近どう? 何してるの? ぼくはまた撮影中だよ!ってね。

それから知ってる人とも知らない人とも楽しく遊べるようになります。
みんな、ぼくが誰だかしらないし、誰も見物にやってきて取り囲んだりしない、
携帯で写真撮ったりしない。
大勢の人とすぐに遊べて、それからみんなが一緒に努力しないと、
目的に達することは出来ない。すごく面白いと思う!

やっと見つけた方法なんです、遠くまで行ったりしなくてよく、
誰もぼくのことを知らず、とても楽しく遊べる、それにはネットがあればOK。
だから、家の中にいるほうが外に出るより面白いし、誰も困らなくて済む。
だて、ぼくが外出しなくちゃいけないときは、
あの人たちの方が、ぼくよりもっとくたびれるんですから
(と、2人のマネジャーを指差した)。

火星人伝説3 昔は1年に1本だったが、今は変わった

金城武の告白:諸葛亮は最高、「赤壁」に出るなんて思っても見なかった


ここ数年、映画に前より多く出るようになってから、
監督たちがなごやかに彼に話しかけるんだと、金城武は言う。
たとえば、ピーター・チャンはいつも笑ってこう言う、
「こんな日がくるとはねえ」

過去数年間、どんなに脚本が届けられようと、金城武は1年に1本しか出なかった。
彼は謎だと、少なからぬ監督達が思ったほどだ。
そしてこの2年、「LOVERS」「如果・愛」「傷城」「投名状」「赤壁」と、
出演するのはいずれも大監督の大作ばかりだ。
彼は神秘的という中身をこう解読する。

「ぼくは本当は流れに従っているんですよ。
1997年ごろの数年間は、香港映画の製作本数がとても少なくなったときでした。
ぼくは、元々どんなものでも出る、っていう方ではなく、
ちょうどそのときから1年に1本になりました。
ここ数年は大陸が市場として開かれ、ますます多くの資金が入ってくるようになって、
映画人たちが突然たくさん仕事をするようになったんです。
ぼくだけではありませんよ。
ほら、ジョン・ウー監督、チョウ・ユンファ、陸冲、みんな帰ってきたでしょう?」

「投名状」に出演するかどうか、彼はまるまる2ヶ月も考えた。
しかし、「赤壁」の諸葛亮の方は、「そんなに考えずに承諾した」。
というのは、脚本に目を通すと、たちまち気持ちがハイになったから。

「諸葛亮はすごくいい。登場人物はとても多いけれど、
諸葛亮のところを読んだらもう、すぐ、とてもやりたくなってしまいました。
どういい表現したらいいかわからないけれど、
彼は実は三国全体と想像力の最高峰で、特別な魅了を持った人だと思う。
こんな役にめぐりあったら誰だって、ノーとは言わないでしょう」

金城武の写真を何度も撮っているカメラマンなら、誰でも戸惑うことがある。
数年前と今と、写真を撮っていて、カメラの中の彼が少しも変わらないことだ。
だが、金城武自身は、
「今は少し年をとったから、諸葛亮のような、
とても深くて豊かな役をやってみたいと思うんです」
と言うのだ。

2004年の「LOVERS」から今年の「投名状」、来年の「赤壁」に至るまでの間に、
金城武はちょうど国産映画全体の、無から有へ、
悪評から喝采への過程をまるごと経験することになった。

2003年、「LOVERS」で初めて国産大作映画に参加し、
数ヶ月馬術と弓の訓練を受けた。
結果、映画はヒットしたが、悪評紛々だった。
2005年の「如果・愛」で、彼は愛に蝕まれた男を生き生きと演じ、
映画は好評だったけれども、興行成績は期待通りではなかった。
「投名状」に至って、ようやく評価も高く成績もよい大作にめぐりあったのである。

大作映画とともにこの数年成長を遂げたことについて、
金城武には自身の見方がある。

「大作は1つの流れであって、確かに混乱し始めています。
スタート監督も混乱しています。
あんなにたくさんの人が悪口を言っているのに、興行成績はこんなにいいなんて。
その後、だんだんとそういうものということになり、監督と俳優も方向を探している最中です。
俳優はかわいそうですよ、監督が放ってくれたものがそれなんですから。

ぼくには実は最低ラインがあって、あの人たちがぼくにほうってくれるものを選んでる。
だから、流れ全体がいいものであるといいと思います。
全体の流れがよくならないと、ぼくたちもよい選択ができません。
そうでないと、どんなに演技力があっても、どんなに手品を使えても、
つまらない映画になってしまうんです」

数年前、「如果・愛」に出演中のこと、金城武は、休みの日はホテルから一歩も出ず、
部屋で座禅を組んだり、念仏を唱えたりしていると、スタッフからバラされている。
彼は、芸能界で生きのびようとすると、確かにこういう心の慰めが必要だと言う。

「この世界で仕事を始めたばかりのころは、いろいろと悩みました。
わあ、どうしてみんなぼくのことを見てるんだろう、
どうしてぼくが何かすると、こんなにたくさんの人に影響を与えかねないのか

すごく当惑して、人とつきあいたくない、人に説明したくないと思って、
閉じこもりがちになった頃がありました」

その後、同じ芸能界の親友が、ある偉いお坊さんを紹介してくれたことで、
芸能界で生きる道を求める法則を学んだのである。

「そのえらいお坊さん達がぼくに話してくれたのは、実は哲学でした。
例えば――1つのテーブルはテーブルではなく、
あなたがどう見るかによって違ってくるんです。
ぼくは面白いと、その通りだと思いました。
ぼくはどうしてそんなに馬鹿なのか? どうして考えたことがなかったんだろう?
それから、ゆっくりと、心に当たらしものの見方が育っていくんです。
でも、絶対すぐできるようにはなるわけではなく、
時間によって、歳月によって、どんな人に出会うかによるんです。
年が行けば行くほど、少しずつ悟ることも多くなりますし、
少しずつ心のバランス感覚をつかんでいくこともできるようになるものです」(完)
(南方都市報 2008.12.28)



 BBS  ネタバレDiary 2:30


2008年01月19日(土) 「鬼武者」関連

今日の大陸新聞に、各国語をよくし、ハリウッド映画で通訳やアシスタントなど
重要な仕事で働く、四川の、しかも大変に若い
女性達のことが取り上げられています。
その1人、陳思宇さん、25歳の紹介の中で、


参加作品:「小夜刀」「鬼武者」

とあり、さらに

昨日、北京に滞在中の陳思宇は、本紙の電話取材に答えてこう語った。
「今年2月、横店に行って、大作「鬼武者」の撮影に参加します。
主演は金城武です。
今回の私は主に映画の特殊効果製作に携わります。
つまり映画の中で使う爆薬や花火などを作るのです」
(華西都市報 2008.01.19)

とありました。「鬼武者」出演は確実のようですね。



 BBS  ネタバレDiary    10:50


2008年01月17日(木) 「鬼武者」クランクイン、間近?

「投名状」も撮影を行った有名な撮影所、
横店影視城のサイトに載っている撮影情報です。
他のニュースサイトにもありますが、日付はこれが一番早い?



ハリウッド映画「鬼武者」、横店で撮影

2007年、横店影視城と世界の映画界の関係は、ますます緊密になった。
「ミイラ3」「功夫之王」「投名状」「黄石的孩子」「白鶴功夫伝」など、
国際的に知られる映画の撮影が次々と行われ、
横店カギ視城は着実に世界の映画界の注目を集め始めている。

横店影視城の映画サービスセンターの責任者によると、
また新しいハリウッド映画――「鬼武者」が、
現在鳴り物入りで準備中であり、横店影視城で撮影を行うという。

「鬼武者」の映画化は、既に公にされているが、
撮影地の選択について、製作会社は大いに苦心をしていた。
当初、映画化が決まったとき、ハリウッドの著名なプロデューサー
サミュエル・ハディダは、「鬼武者」の撮影には大量のエキストラ、
道具類、衣装と、屋外セットの建造が必要であり、
大きな試練であると語っていた。

撮影地が日本ではなく、中国と決まった後、
製作会社が白羽の矢を立てたのは、
狠羚颪離魯螢Ε奪畢甓E恒道訃襪任△襦
ここは、セットの融通性が高く、サービスも優秀で、
各種設備が完備しており、撮影の多方面にわたる要望を満足させられる。

2007年の早い時期には、スタッフが次々と
何度も横店の各セットを訪れてはロケ場所の選択に当たっていた。
そして今年2月、横店入りしてセットを作り、
4月、正式にクランクインすることが決定した。
撮影期間は4カ月、2009年9月公開予定である。

「鬼武者」は、18世紀の日本と日本の武士を題材にしたゲーム作品で、
日本のカプコンがプレイステーション2の
デビューコンテンツとして発売したアクションゲームである。
このゲームはPS2で初めて100万個を売り上げた大作でもある。

映画版「鬼武者」は、「バイオハザード」
「サイレントヒル」といったゲームが映画化された後、
ハリウッドが映画化を狙っていたことから、世界的に注目されていた。
「鬼武者」の戦国時代の様子をリアルに再現するため、
予算は7000万米ドルに達し、「サイレントヒル」の5000万米ドルを大きく超える。

監督はクリストフ・ガンズ、先に大好評を得た
ゲームの映画版「サイレントヒル」は、まさに彼の手になるものだ。
かつて第1作と第3作の主人公、
明智左馬介の顔のモデルを務めた映画スター金城武が主演する。
この神秘的な魅力を持ち、日本と現代のフランスを交錯する、
ファンタジーを思わせるハリウッド映画が、
観客にどのような喜びと衝撃をもたらしてくれるか、期待したい。
(横店影視城 20081.11)


 BBS  ネタバレDiary   16:00


2008年01月16日(水) 「投名状」アジアで3億越え

遊んできた後遺症はもう少し引きずりそう。

表題、大陸で2億越えただけでなく、
アジア各地でもヒット、総計3億人民元を越えたと報じられていました。
ポスターに、場所と金額を入れ込んだのが面白かったので。 → これ
日本の公開日も早く明らかになるといいですね。


 BBS  ネタバレDiary   11:50


2008年01月06日(日) 「火星人説」に反論する◆文庫化

火星人伝説1 とてもミステリアス、イベントには出たことがない

金城武の告白:沢山の人が携帯でぼくを撮る、どうしていいかわからない

アラン・マックとフェリックス・チョンの狹兄叛皚瓩法金城武はまず大笑いした後、
絶望したように目を閉じたポーズをした。
そして言った。
今日は何としてもこのことについてはっきりさせ、
「あの2人のおばかさんが、あちこちで言いふら」さないようにしなくては!

そして、台湾国語で穏やかに話し始めた。
「人がぼくを謎めいていると思うのは、実を言うと、
ぼくが長いこと、1年に1本しか映画を撮らなかったからですよ。
ぼくの考えは簡単、つまり、映画に専心して、歌はやらない。
1年にちょうど1本の映画をしっかりやり、終わったらプロモーションを待つ。

用事があろうがなかろうが、どんなイベントにもパーティーにも
顔を出すということもしません。
アンディのようにファンクラブイベントをしたり、
ジェット・リーのように基金会のことをしたり、シュー・ジンレイみたいにブログを書いたり、
そういったことそ、ぼくは全然していません。

そういうことも仕事のやり方の1つだよ、とアドバイスしてくれる人は多いけれど、
でもやっぱり演技をちゃんとやれればそれでいい――これがぼくの考え方です」

彼はすっきりと俳優でいたいのだ。
しかしすべてがスターシステムの芸能界で生きていると、
本来は当たり前のやり方が、当たり前でないものになる。
金城武はそのはざまで身動きがとれなくなり、
狠狼綽有瓩燭舛ら牴仞運有甍靴い気譴襪海箸砲覆襪里任△襦

金城武は今年34歳。17歳で芸能界デビューしている。
17年前、彼が自分のマネジャーであるヤオ・イージュンに初めて会ったとき、
芸能界に入りたいと思った理由を話さなければならくなった。
ヤオさんは、この背の高い、尋常ならざるスターの雰囲気を持った少年が、
瞬きして、こんなことを言い出したのを覚えている。
「バイクが買いたいんです。
両親にお金をもらうことはしたくない、自分で買いたいんです」

今、バイクはとっくに手に入れたが、彼はまだ芸能界から足を洗っていない。
しかし、バイクで世界を走り回れる時代は、もう戻ってこない。
彼には、道端の小さな店で麺をすするチャンスさえないのだ。

「すごく外に麺を食べに行きたいけど、だめなんです。
前に出たことがあるけれど、みんなぼくをじーっと見ていた
(と首を伸ばして遠くを見る様子をしてみせた)
今は、みんなこうです(と、大げさに手を伸ばし、親指でキーを押すかっこうをして、
携帯で写真を撮る様子をまねする)

ぼくが何をしても、大勢の人がそこでずうっとそうやってる。

それがうれしい人もいるかもしれないけれど、ぼくはとても居心地が悪いんです!
ずっとぼくを見て、ぼくの何を撮るの? ぼくは麺を食べに来たんだよ!
でも、考えてみると、みんな好意があるから、ずっと見て、写真を撮るんですよね、
だから、ああ……その場が混乱して、
大勢の人が電話でもっと大勢の人を呼び寄せているんですよ。
ぼくはどうしたらいいんですか。

押し合いへしあいが始まると、ぼくはすごく気分が悪くなるけど、
それを表に出せないし、一緒に麺を食べに来た友達も気分が悪くなります。
前は外に食べに行くのがすごく好きだったんです。
でも、今は、家で食べる、悪い?  出前を取る、悪い?って、ぼくは言う」

さらには、彼の周りの友達までが、変わらざるをえなくなるのだ。
「友達に、昨日話してくれたおいしいレストランに連れてってくれない、
と言うことがあるんですが、すると、友達はしばらく考えて、
それからやさしくこう勧めるんです――買ってきてあげるから、それを食べようよ!」(続く)
(南方都市報 2007.12.28)




「死神の精度」文庫化  22:50

待っていました文庫化、2月8日発売だそうです。 ここ

表紙は変わらないのかな? 
あれはあれで素敵ですから(写真のモデルはコンドルズの近藤良平だそうですね)
いいですけど、帯に期待!

(あ〜、明日から仕事だ〜〜〜〜)


 BBS  ネタバレDiary   1:30


2008年01月05日(土) 「火星人説」に反論する

去年になってしまいました、12月28日の南方都市報の記事です。
金城武は火星人だ、説に本人が反駁する、という内容です。
長いのでまた少しずつ。


名状」の最新の興行成績は既に2億元に迫り、
今年一番の大ヒット国産映画になるだろうことに疑いの余地は無い。
物語の3兄弟の中で最も激しいのが金城武演じる姜午陽だが、
金城武本人にとっては、この2年で最も激しい変化は、
実は続けて3、4作も出演したことである。
以前、1年に1本しか映画に出なかったのに比べると、
まるで猊活瓩箸いΥ兇犬する。

猊活畫亜金城武については伝説が多々あった。
直接耳にした話で一番珍しいのは、「傷城」の監督と脚本家、
アラン・マック、フェリックス・チョンの狹兄叛皚瓩澄
――「彼は地球人ではなく、火星から来た堕天使だ。
空港でトイレを探しあぐねている様子さえ、かっこいい!
撮影が3日間休みになったとき、彼は一歩も外に出ず、
毎日同じ店から同じ出前を取っていた。
撮影で怪我をしても治そうとせず、怪我したほうの足を引きずって
走り回っていたが、やっぱりあんなにかっこいいではないか?
私はいつも彼に忠告する。地球は危険が一杯だ、火星に帰った方がいい……」

彼にはファンクラブさえない。
同じ「投名状」で主役をやったジェット・リーが
飛行機をチャーターして広州に飛び、ファン・ミーティングに出ていた頃、
金城武はひとり、ホテルのスイート・ルームの大きな窓辺で景色を眺めていた。
ピーター・チャンが、私にこう言った。
ここ数年の我々が耳にしたことのあるような大作映画のほとんどが、
金城武にオファーをしているのだと。
彼は出演作を厳しく選んでいる。
だから、あっちでもこっちでももてはやされるようなスターの生活は、
彼はできないのではなく、したくないのである。  (続く)
(南方都市報 2007.12.28)



 BBS  ネタバレDiary   23:50


2008年01月04日(金) U Magazin

コメディがとてもやりたい

このところ、アクション映画出演が多く、
金城武は、しばらくはアクション映画はやりたくない、
文芸映画、ストーリーで見せる映画もやってみた、
今はコメディがすごくしてみたいと言う。
でも、あなたにユーモアがありますか? と、私がたずねるや、
彼とマネジャー、事務所のスタッフは、どっと吹き出した。
「アハハ、ぼくはないと思う」
マネジャーは、彼は実はすごくユーモラスだが、
何かおかしい話をして笑わせてやろうというのではなく、
ふだんいつもスタッフをからかっては大笑いしているんだと言った。

「こう言ったほうがいいですね、
コメディを見て笑うのはとても楽しいことだと思うし、
そしてコメディを演じるのはとても難しいと思っています。
泣かせるのは、簡単。世の中の悲しいことというのは大体どれも似ている。
でも人を笑わせるのは違います。
台湾のコメディを香港でやっても、香港の人はおかしさがわからない。
文化が違うから。
だから、コメディを撮るのは悲劇を撮るより絶対難しいと思います。
ただ、撮影中はとても楽しいですよ。
昔ぼくも商業映画を少しやりましたけど、やっているときはとても楽しかった」

特に好きなコメディ俳優やコメディ映画があるか聞いてみると、
すぐに答えが返ってきた。
「『ビッグ・リボウスキ』を見たことありますか?
コーエン兄弟の映画で、ほとんどボウリング場が舞台です。
これをぼくは7回見たんですけど、毎回大笑いしてしまうんです。
どこがおかしいシーンか、わかっているのに、いつも大笑いしてしまう。
ほんと、ばかみたい……」
金城武は言いながら、もう笑いをこらえられない。
コーエン兄弟の映画はもちろん見る価値があるということだ。


街をぶらぶらしたり、わいわい騒ぐのはきらい

今年のクリスマスは、アメリカと日本で仕事中だと金城武は言った。
今は東京に住み、時々、台北の母親や家族のもとに帰る。
東京で暮らすのは、台北で暮らすより金がかかるのではないですか?

「そんなことないですよ。あまり街に出かけないし。
買った服、着てないのがありますから。
仕事のときは、人が全部用意してくれます。
大陸に行ったら保温下着や保温パンツもね(笑)。
撮影が終わっても外に遊びに行かないから、買い物はほとんどしなくなりました。
買い物することもありますけど、コンピュータを買う。
全部家の中でできることです」

1日中部屋にこもってゲームをするとは、金城武は一番ハンサムな電車男か?
普通の人は東京に行くとみんなたくさん買い物をする。
金城武はこう提案した。
「いつ、バーゲンがあるかを先に調べておかなくちゃ」
あなたもバーゲンがいつか気をつけているんですか?
「そうですね。でもぼくはアメリカの方かな、アメリカは広いから、
人も東京ほど多くないし、忙しそうでもない。
ひまがあると、そこのアウトレットに行って、
ゆっくりウィンドウショッピングすることもあります。
でも、街を歩くのはとても疲れるので、いつもすぐに退散するけれど」

ネットショッピングはします?
「ネットで買うのは危なそうですね。
日本では今、ネット上にたくさん偽物が出されているそうです。
全部ブランド物のコピーの個人オークションです」
幸い、金城武は想像していたような、
霞を食って生きているような人間では、全然なかったのだった。


後記

映画会社の広報担当からは、事前に、
くれぐれも金城武にプライベートな質問をしないようにと言われていた。
しかし、引きこもってめったに外出しないで何をしているか聞くのは、
プライベートな質問になるのだろうか?
金城武はめったに週刊誌の取材を受けず、
受けても非常に用心深く臨むのだと思った。
ところが。
保温パンツの冗談を先に口にして、
なおかつ笑いをこらえられなかったのは、彼の方だったのだ!

自分にユーモアがあるかどうか尋ねると、
この質問がなぜだか彼の笑いのツボを押したらしい。
私達は彼の薦める「ビッグ・リボウスキ」を見ていなかったので、
彼は写真撮影のとき、サッとやってくると、ホテルの部屋をボウリング場に見立て、
1人2役で、映画の2人の太っちょがわいわいやる、
彼が一番面白がっているシーンを、
パントマイムのように演じて見せてくれたのである。

その後、自分でも体をよじり涙を流して笑ったので、
日系のメイクアップアーチストは
急いでティッシュを取り出して渡すのだった。
惜しいことに、写真はすべて事務所のチェックを受けなければ載せられないため、
これらの裏話の写真も、満面の笑顔のポートレートも、日の目を見なかった。
そう、縁がなかったのである。
これだけ言っておきたい。
クールな金城武はとてもかっこいい、
だが、心を開いて大笑いしている彼は、実はもっと人をとりこにすると。 (完)


メイクさんは、いつもの古久保さんではありません。
これで終わりですが、
後記にあたるところの香港経済日報の記事を追加。


口で笑わないとみんなが思っている金城武が、
以前コメディをやりたいと言ったことがある。
彼に確かめると、コメディは少なくとも撮影が楽しいと認めた。
しかし、自分にはユーモアはないと、気恥ずかしそうに否定した。
事務所のスタッフはくすくす笑っており、なぜかと聞くとこう答えた。

「彼はすごくユーモアがありますよ。
だから自分にはないと言ったのが、おかしかったんです。
彼はとても面白いですし、わざと笑わせるようなのではないんです」
金城武はニコニコして何も言わない。
しばらく金城武のお笑いは見られないけれども、あるコメディを楽しませてくれた。

「その『ビッグ・リボウスキ』はコーエン兄弟の映画なんですが、
ぼくは7回見て、見るたびに大笑いしました。
どこがおかしいか知っているのに、いつも大笑いする、
ほんとにバカですね、論理的じゃないです」

金城武がインタビューの後、思い出し笑いをしていたと先に書いたけれど、
それは事実の半分である。
あとの半分は、彼が突然ノッて、
1人数役で「ビッグ・リボウスキ」の一幕を演じて再現して見せたこと。
身をよじって笑い、まるでいたずらっ子のようで、
実に最高のものを見た気分だった。


このインタビューは50分間もあったそうです。


 BBS  ネタバレDiary   3:40



2008年01月02日(水) 「死神」予告編テレビ放映●U Magazineぁ曹操役と渡辺謙

テレビでも始まったと聞きましたが、昨日の日テレのシネマナイト
(深夜の映画放送枠のことらしいです)で、
予約録画でキャッチしたとお知らせをいただきました。

2時50分から6時までの時間帯で、最後の2本目の映画が終わったすぐ後だったそうです。
2日、3日もあるので、どこかで流れる可能性は大きいのでは? とのこと。
今日は深夜2時50分より2本続けて6時まで。
明日は1時25分より、やはり二本続けて5時20分まで。

テレビで見るときれいだそうです。



U Magazine  20:30

30を越えて成熟

金城武は中日のハーフで、父親は日本人、母親は台湾人である。
ずっと台湾で暮らし、日本人学校とアメリカン・スクールで学んだ。
日本語、北京語、広東語、台湾語、英語の5つの言語に堪能である。
17歳のとき、バイクを買いたいがためにCMの仕事を引き受け、
この世界に入った。
歌手としてデビュー、当時香港台湾で人気だったジミー・リン、
ニッキー・ウー、スー・ヨウポンと共に、四小天王と並び称せられる。
後に香港に渡り、ウォン・カーウァイの「恋する惑星」に出演、
この映画は日本で大ヒットしたため、金城武は日本でも人気を獲得した。
映画への道を開いてくれた人物は、
当然ウォン・カーウァイということになる。

「演技を好きにしてくれたのは、ウォン・カーウァイ監督です。
そのときぼくはデビューしてまもないころで、まだ歌手もしていました。
彼の作品に出るチャンスがあり、突然、映画っておもしろいぞ、と思ったんです。
実は、ぼくたち俳優は自分が何を演じているのかわかっていない、
けれど、とても楽しくて、ものを作り出しているな、という感じがしていました。
決まったとおりきっちりやるんじゃなく、
ぼくは今論理性をとても求めてるけど、そういうのじゃなくてね!」

1996年、金城武は思い切って歌を捨て、以来10年間、映画に専念し、
香港映画、日本映画、台湾映画に出演してきた。
「本当を言うと、『投名状』を見て、やっぱり自分はできがよくないと思いました。
前は、自分の演技をいいじゃないかって思っていたものですけど。
一番大きな原因は、年をとったことでしょうね。
20何歳のとき演じたものを、30何歳でまた演じたら、当然違うものになります。
人生経験が豊かになっているのですから」

「今の気持ちは、チャンスがあるのだから、できるだけやろう、というものですね。
30歳越えたんですから、率直に言って、
あとどのくらい俳優をやれるのかもわからないですし」

金城武は今年、まだ34歳である。
明らかにまだかなり若いではないか。

「こういうべきでしょうね、30何歳には30何歳の味わいがあるでしょうって。
でも、ある役はもう演じることができなくなっています」
例えば?
「学生。学生を演じるのは、非常に難しい。
ああいう純真さを出すのは……ああ、
こんな自分じゃすごく嘘っぱちなんじゃないかとね」
彼は2年前、「如果・愛」で学生役をやっている。
「実はあなたの言うとおりです。脚本を選んでもいます。
全部出るわけにはいかないのだから、面白いと感じたもの、
新しい挑戦のあるもの、あるいは必ず何かを学ぶことができるから、
やらなくてはだめなものに出たいと思います」  (続く)


香港経済日報の該当の部分、参考までに。


ャン・チェの「刺馬」(1973年)と同じ年になる金城武は、今年34歳である。
外部の者は彼がのんびりと暮らしていると思っているが、
本当は、彼は撮影が楽しくて、映画に対して依然として好奇心を持っている。
ただ他人は知らないだけだ。

「今の気持ちは、チャンスがあれば、できるだけ映画に出るということ。
もう30歳過ぎてるんですから、いつまで映画をやれるかわからない」
――30代はまだ若いですよ。
「そうですか? こう言うべきでしょうね、30代には30代の味があるって。
でも、面白いと思えるもの、新しく挑戦できるもの、
あるいはやらなくちゃいけない、必ず何かを学べる映画に出たいと思っています」

「赤壁」を例に挙げれば、金城武は諸葛亮を演じるだけでなく、
ジョン・ウーの立派さを素晴らしいと思うことも忘れない。
「1人1人の監督に出会うたび、俳優として参加するだけでなく、
この監督はどんなふうに撮るのだろうとか、
彼が人と違うのはなぜなんだろうとか思って見ます。
経験を通して身に着けた技術や成熟は他人にはまねできない、
ジョン・ウーもそうで、それが魅力になっています」

自分のことをしっかりやる、
それぞれの監督から優れたところを吸収する、
それが、金城武が言う、映画の面白さなのだ。



曹操役と渡辺謙   22:00

「赤壁」の話題ですが、忘れないうちに。
最新号の「看電影」は「赤壁」あり、「投名状」あり、「死神の精度」あり、
4ページの金城記事(インタビュー含む)ありで、まことにお買い得の1冊です。
(ちなみにウォン・カーウァイ表紙の「香港電影」最新号も、
「投名状」関連の記事が22ページもあり、読み応え十分です)

その「赤壁」の記事の中に、曹操役のことについて書いてあり、
初め、渡辺謙の名があがっていたようだが、あれはどうなんた? 
の問いへの答えになっていました。
プロデューサーの張家振へのインタビューです。

――張豊毅は曹操役の第1候補でなかったと言われていますが。

張家振 初めは、日本の渡辺謙を曹操役に考えており、
先方も興味を示していました。
彼の見た目は素晴らしかったのですが、2つの問題がありました。
1つは、セリフがだめだったことです。
曹操はあんなにセリフが沢山あるのに、どうしたらこなせるんでしょう。
2つめは、中影の方が、曹操役を外国人にやらせることを望まなかった。
ならば、やっぱりやめようということになったのです。
(看電影2007年12月5日号より)


BBS  ネタバレDiary 19:30


2008年01月01日(火) U Magazine(更新)

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします♪


U Magazin

先輩で、兄弟ではありません

「投名状」はクランクインから公開、プロモーションに至るまで、
ジェット・リー、アンディ・ラウ、金城武の3人が出番の多少で
仲が悪いとずっと言われてきた。
金城武は、撮影期間中、あまり話をしなかったのは本当だという。

「でも、それは外部の人が言うような、仲が悪かったからではないです。
ぼくらは兄弟とは言えない、あの人たちは先輩だと思ってます。
何ヶ月も一緒のところに閉じ込められていたから、
おしゃべりをする時間はたくさんあったように見えるでしょうけど、
実際は毎日のスケジュールがすごく詰まっていたんです。

クランクインはちょうど冬の時期だったから、
山では朝8時ぐらいにようやく空が明るくなる。
午後は4時半になったらもう暗くて。
ぼくらは毎日車で5、6時間かけて行って、
向こうでメイクをしたら、もうお昼で、食事になる。
こんなふうで、1日に1つか2つのシーンしかとれませんでした。
車でホテルに帰るともう8時9時。
シャワーを浴びたらすぐ寝なくちゃならない。
次の日はまた4時起床ですからね!」

撮影所では、実際はそれぞれが家のような集まりを作っていたと、金城武は言う。

「どの出演者も、ある決まったスタッフたちと一緒でした。
食事のときは、それぞれ固まって、時々、お互いに訪問しあうこともある。
けれど、彼らがこちらを訪ねてくるとき以外は、
ぼくはできるだけ他の人の邪魔をしないようにしていました。
休んでいるときや、気持ちを落ち着けているときに、煩わさないように。

僕自身は出番のないときは、脚本を眺めたり、ゲームをしてみたり。
どうせ、山の中で、どこも行くとこはないんですから。
さもなければ、他の人の撮影を見に行く。
でも、とても寒くて、ちょっと眺めてると、すぐまた暗くなってしまうんです」


続けて行きます。


「赤壁」との縁 20:45

近年、金城武は続けて何本もの国内ロケの時代劇に出演している。
「投名状」の後は、ジョン・ウーの本国復帰作「赤壁」だ。
メディア・アジアが準備中の「水滸伝」も、
彼にオファーの意思があるという噂もある。
時代劇でなくとも、金城武の砂金の主演映画は、ほとんどが注目作で、
「如果・愛」「傷城」と相次ぎ、
相手がアンディ・ラウでなければトニー・レオンという具合で、
1年に1作という、脚本の厳選によって
レベルはどんどん上がってきたように見える。

「なぜ1年に1本なのか、自分でもわかりません。
たまたまそうだったということでしょう。
ぼくは自分からどういう仕事がやりたいとか、
次は何を撮るとか計画立てていく方ではないので、
誰かがオファーしてくれて、脚本を見て、いいなと思ったら、やってみる。
だって、いくら選んだって、チャン・イーモウを自分で選ぶことはできないでしょう」

確かに、チャン・イーモウの「LOVERS」は、
ウォン・カーウァイ以後、再び金城武を世界へと押し出した。
チャンは当時、内地の俳優を捨てて、アンディ・ラウと金城武を指名したのだ。
それだけで大したものである。

「ぼくも、どうしてチャン・イーモウがぼくを選んだのかわかりませんでした。
その話を聞いたときは、他の俳優の名前と間違えているんじゃないかと思いましたよ。
その後、このような、いわゆる中国の大作映画に次々と出られるようになり、
大勢の人が自分を見てくれるようになって、とても幸運だったと思っています。
でも、そのときは、とても心配でした。
撮影規模がものすごく大きかったから。
ぼくがそれまでやってきたこと、学んでことが使えるかどうか分からなかったんです」

次々と出演契約が続き、この1年、彼はずっと北京で撮影をしていた。
「投名状」が終わると、すぐ「赤壁」出演が発表され、
諸葛孔明を演じることになった。

「そのとき、もし『投名状』が終わって家に帰った後で、
また新しい大作の時代劇に出ないかと話があったのなら、
多分、『あーあ』という感じだったかもしれない。
ほんとに、そういう反応だったんじゃないかな。
これも縁だと思いますね、そのときは、ちょうどまだスーツケースが北京にあって、
その後の仕事のスケジュールも決まってなかった。
どうせ、『投名状』で苦労したのだから、
もうちょっとぐらい苦労しても同じだって思ったんです」

一番おかしかったのは、この話をピーター・チャンにしたところ、
チャンは彼のことを笑ってこう言ったことだ。
「彼は『こんな日が来るとはね』と言いましたよ。
だって、以前、ぼくはこんな風に次から次へと映画に出るなんてことはめったになく、
いつも1つの作品が終わると、必ず休んでいましたから」(続く)


前に書いたように、香港経済日報の特集記事が、この雑誌の記事とかぶっていて、
同じ記者による書き分けのせいですが、ちょうど上の部分にあたるところが、
少し書き方が違うので、あわせてそちらも以下に紹介することにします。



こ数年の金城武は、平均して1年に1本の映画に出るという具合だった。
彼が意識的に量を減らし、脚本を厳選しているのだと思っていたら、
なんとそれはただ「縁」のせいだったのだ。

「どんなに選んだって、チャン・イーモウを選ぶなんてことはできないでしょう?
本当はぼくも、彼がなぜぼくを『LOVERS』に選んだのかわからない。
事務所の人からこの話を聞いたときは、
監督は名前を間違えているんじゃないのかって聞き返しました。
まさか自分にこんなチャンスがあるなんてね」

冷静な金城武は、もちろん「LOVERS」が彼の仕事に
どんな意味をもっていたかを理解している。

「その後、いわゆる中国の大作映画に次々と出るようになりました。
オファーをしてくれるのは、とても幸運だと思います。
初めは心配でもあったんですが、なぜならすごく大規模でしょう、
ぼくがこれまでにやってきたことや、
勉強したことが、使えるのかどうかわからなかった。
彼らの映画に出ることは、こちらの持ち出しよりも収穫の方が絶対多かったですね」

ジョン・ウー監督の「赤壁」への出演もまた、もう1つの出会いである。

「『赤壁』はこちらの計画にあったものではなく、
突然電話があって、『赤壁』に出るチャンスがあると言ってきたんです。
ぼくは、だめだよって言いました。
というのも、トニー(・レオン)が大丈夫か心配でしたから。

ちょうどそのときは、「投名状」の撮影が終わったときで、北京にいました。
荷物もまだあって、次に何をしろというのも決まっていなかった。
で、『投名状』は本当に大変だった、
もう少し大変でもかまわないやって心の中で呟いたんです。
もし、そのときもう台北に帰っていて、
大作で時代劇で、北京ロケで、と話があったら、休みたいと思ったかもしれません」

このとき、ピーターも「赤壁」に出るよう、彼を励ました。

「彼は、ぼくが積極的でないって言うんです。
だから『赤壁』に出るんだよと言ったら、『出なさい、出なさい』って。
おまけに『こんな日が来るとはね』とからかわれました。
つまり、ぼくが1本映画が終わると、
すぐ休みたがるのを知っていたからなんですけど」

結局、金城武は、今年北京で一番長くすごすことになった。
最も寒いときと、最も熱いときの両方経験して。
(香港経済日報 2007.12.24)


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