しむちゃんのつれづれ日記
文字サイズは「中」が最適なようです。

2004年01月31日(土) 頼まれ仕事(趣味の範囲)

寝ぼけた頭で日記を書いた後、もうひと眠りしたいので布団にくるまり、
仕事とアルコールで疲れた身体を休めました。

コトウさんに頼まれていたお仕事がありまして、その依頼文書は学生の時、
専門にしていたビジネス文書です。会社に入ってからというものは、その手の
文書を作ることなく過ごしてきましたので、10数年振りのビジネス文書は
今となれば懐かしさよりも新鮮さを覚えたり。

この数年はアメリカの装置メーカと取り引きをしていたので、通常はメールで
やりとりをしていましたが、いわゆるビジネス文書といったものは作った
ことはなく、担当者同士の用件のやりとりがほとんど。

あるとしたらビジネス継続の交渉とか、装置トラブルの決着のための交渉とか。
要するに交渉ごとが多くて、学校で習うような定型文書のようなものは、
固定した取り引き先とは交わすことはまずありません。信用が出来あがって
いる相手だからね。(信用があるかないかは別にして)

ビジネス文書の形は、アメリカ流だと口語体に近づいてきています。
堅苦しい文語調だと相手から敬遠される雰囲気があるからだそうです。
経験上、確かにそう感じます。自分も相手から堅い文書をもらったら身構えて
しまいましたから。そういうわけで、極力身近な言葉を使ったつもりです。

コトウさんが何を目論んでいるのかは、事が実現したら本人からお知らせが
あると思いますので、興味のある方はお楽しみに。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2004年01月30日(金) 1月最終日

残っていた前の職場の片付けを定時後からひとりでチマチマやっておりまして、
ある程度、片付けに終わりが見えた頃に上司と同僚がこちらを見ておりまして、
何かと思うと、「飲みに行くぞ」だって。

こちらはもう少し時間がかかるというのに、もう帰り支度をしているではありま
せんか。かといってサヨナラするわけにもいかず、5分待ってくれるように伝え、
なんとか時間内に終わることができたので、自分も帰り支度をしてみんなと一緒に
飲みに行くことに。

すでに20時過ぎでしたが会社の最寄駅近くにある建物のイタメシ屋に男6人で入り、
ラストオーダー(23時)まで居座りました。なにせ飲み好きばかりなので。

職場の引越し前は、とある居酒屋のチゲ鍋が定番でしたから、イタメシを食べる
のは新鮮だと言っていました。パスタ・ピザ・リゾットが中心で、それ以外にも
もろもろ注文しましたが、飲み好きの集まりで、しかも食べることはもっと好きな
連中ですから、出てくる食べ物は、次のオーダーが来るまでに残っていることも
なく、とにかく次々と消化すること3時間。みんなよく食べるよ。

通風の人やら体脂肪率が高くて医者から注意されている人やらいますが、彼らは
普段は気を付けていても、飲み会となると違うらしく、待ってましたとばかりに
食べるわ飲むわ。後でどうなるかは本人の身体が反応するから任せるけど。
ウチに帰ってかーちゃんから怒られても知りません。そこまでは関知せず。

周りのペースに付いていくために自分も食べましたが、帰りは予想の通り電車で
寝過ごしてしまい、降りた駅からは上りの終電も済んだ後なので、タクシーで
帰ることになりました。

ウチにたどり着いた頃には頭がクラクラ。
日記を書く余裕もあるはずがなく、これは翌日に書いています。
(とはいえ、「朝まで生テレビ」はうつろな頭で眺めていましたけど。)

今日は天気もいいので気分はいいはずですが、どうも二日酔い気味ですっきり
しません。明日はちょっと出かける用事があるので、今日のウチにアルコールを
排出しておかねば。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月29日(木) 増やすだけじゃねぇ・・・

活発になってきた半導体業界。
ウチの職場は装置メーカにとある部品納入をしていますが、この部品の
発注が急激に増えてきました。これは以前から予想されていたペースより
半年ほど前倒しになっているようです。

以前の予想では、2004年度後半から2005年度にかけて設備投資が
行なわれるというものでしたが、数ヶ月前から設備投資の前倒しが一部の
リサーチ会社やアナリストから発言されるようになり、それが実現してきた
結果となっています。

納入する会社としてはうれしい悲鳴を上げていますが、うれしい顔をして
いるのは営業マンだけで、現場や設計の対応は繁忙を極めており、工程が
タイトであることを超えて、キャパ不足もはなはだしいという有様です。

例えばこれは現場のスペースが足りないとか、人が足りないとか言いますが、
本質的にはこれが解決すれば問題は解決するといったことではないと自分は
考えています。

どういうことかというと、仕事のやり方を変えずに場所を広げる、人を増やす
なんてことをやっていても、それは設備や人材の増加、つまり固定費の増加を
意味しています。好況の時にはそれでも問題は隠れてしまうかもしれませんが、
商況が落ち着いた時に余った設備や人材をどうするかという問題が予想されます。

考えるところは、「増やす」ということではなくて、「知恵を出す」という
ことであって、いかに頭を使って目の前の問題をこなすかにかかっていると
思います。要は仕組みとか運用の問題であって、そこに手を入れないで目先を
しのぐやり方はいずれ崩れていくと思うわけです。

目標は収益を伴った事業の成長ですから、現場のスペースも人材もいずれ不足
してくることになります。しかし、中小企業がただ規模を大きくするだけの
ことで大企業になれるかというと、そう簡単にはいきません。やはり知恵を出す
人がいて、それに付いて行く人がいて、実行する人がいて、判断する人がいて。

頭脳と身体の役割をする人がそれぞれ存在し、うまく融合していくことが大きく
なるための条件だと思っています。そのためには今の運用では所詮、中小企業の
ままであり、大量のモノが流れていくとすぐにパンクする体質です。

思わぬ好況になってしまうと、舞い上がってそういったところを見逃してしまう
ことになりがちです。目の前の注文を捌かなければなりませんから。工場の
人たちは頭がパンクした状態で冷静に物事を考える余裕なんてないでしょうから、
こういった時には自分のようなヒマ人が登場すべきなのでしょうか。

ヒマ人というのは仕事がなくてヒマにしているということではなくて、受注活動を
していない立場であることを例えて言ったまでのことですのでお間違えなく。

明日は上司との面談があります。
このような事業の運用にかかわることをそろそろ考えなければならないことを
訴えてみようかと思っています。本格的に没頭していない立場だからこそ言える
ことなんでしょうからね。どっぷり浸かってしまったら自分の壁を作ってしまう
のは誰も同じことだから非難は出来ないけど、だからこそ一歩引いたところで
事業を見てみることも大事になってきます。少なくとも自分はそう思います。

というわけで、明日はひとつ話することが出来ました。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月28日(水) ぐったり

ただいま午前3時過ぎ。
上司から誘われて(おまえヒマだろうって(泣))、会社の近くで1次会。
おまえ、あそこのスナックに行ってこいと言われて渋谷で別れて、自分ひとり
そのスナックへ行く羽目に。で、この時間。

ちなみにこの上司は浜田山の人で、jinnさんと一緒です。

この時間だと書く気力もなくなったので、また明日です。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月27日(火) もう次の人が

あー疲れたなぁと思いながらふと空を見上げると、いつになくきれいな星空で、
東京も捨てたもんじゃないなと感慨にふけりながら帰宅しました。

それはそうと、2月になるとまた新しく職場に1名増員されます。
この人は以前の職場でも、もっと遡って東京に転勤してきた頃にも少なからず
仕事で関係のあった人で、知識も豊富で聡明な先輩です。
自分も新人だとウカウカしていられません。

というか、彼の上司もよくこの人を放出してくれたなと感心したり。
彼はウチの会社の関係会社に出向していた人だから、そろそろ本体に戻りたいと
希望を出したのかもしれません。結構中枢にいた人だから、この人が抜けた穴を
どう埋めるのか、妙に心配したりもしています。

他人の心配をする前に自分の心配をしろという声が聞こえてきそうですから
やめときますが、それだけ彼にかけられている期待の大きさを感じます。

色々と問題を抱える職場ですが、一緒になって解決していく筋道を立てることが
できればいいなと思っています。

はい。今日は曇りのち晴れ。(東京地方)



2004年01月26日(月) 新入社員気分

なぜだか分かりませんが、疲れ果てて眠くて仕方がありません。
営業にいながら、何らかの成果を出す仕事をしていないことが原因かも。
別の言い方だと、結果が求められない分、仕込みをしなくてはいけません。

自分の知識を増やすこともそうだし、仕事の出来る環境を作ることも
そうだし。もっぱら今は客先の会社とか組織だとか人の名前だとかを
覚えている最中。一番いいのは電話を取ることだと思っているから、
他人の電話を積極的に取ることにしています。

知らない人からの電話を取るわけだから、知らない言葉がどんどん出てきて
うまく本人に伝えるためには、うまく聞き取らなければいけないから、
そりゃ真剣ですよ。本人に間違った伝言できないし、電話をかけてきた人に
間違った情報を伝えるわけにもいかない。

後輩にさせてきたことを自分が実践しているだけですが・・・。
まるで新入社員に戻った気分です。

そこは10数年も会社で生きてきた自分ですから、それなりにこなしては
いるものの、それでもねぇ。とにかく慣れていくしかありません。

書いているうちに眠くなってきました。さて寝るとしよう。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月25日(日) さぁ考えよう

国の平均寿命が、その国の繁栄と貧困状態を表しているという事実。
例えばアメリカなどは食生活から来る肥満が寿命を縮めていることもあり、
全てがそうだとは言い切れませんが、大枠で言えばあながち間違いではありま
せん。アメリカだって寿命が長いことには違いないし。

日本の場合は、記録によると、大正時代は男女ともに40代前半だったのが、
徐々に上がってきて今では男性78.32才、女性は85.23才(平成14年
厚生労働省)です。

日本の場合、このまま上がっていくかどうかは疑問ですが、例えばインドでは
男女とも60才前後、ナイジェリアでは男女とも50才前後(厚生労働省)です。
日本を基準にすると、インドは昭和25年ごろ、ナイジェリアは戦後直後です。

西アフリカのシエラレオネでは30代前半〜半ば(1995年)です。
ちなみにここは世界で一番平均寿命が短い国。内戦が長く続いていることも原因。
出生児の4人に1人は3才までに死亡しており、まさしく貧困を意味しています。

戦争と貧困が寿命を決める要因であるならば、日本はそれらから決別した道を
取っているのだから、寿命が延びるのは当然とも言えます。

何を言いたいのかというと、戦争をせずに経済成長の道をただひたすら走ってきた
日本は、戦争にかけるコストを経済成長にかけることができたのは誰のお陰なのか。
やはりアメリカのお陰ではないだろうか、ということ。

自衛隊のイラク派遣をきっかけに日米安保が問題視されていますが、どのように
転んだとしても、アメリカと決別するような道を取ることは出来ません。つまり、
yesかnoかの二極論ではなく、日本を主体と考え、アメリカをどう位置付け
ればいいのかを考える。言い方は悪いですが、アメリカを利用する。

日本は敗戦国ですから、どうあがいてもアメリカを凌駕する政治はできません。
アメリカに守られた経済成長によりのし上がったわけですから、アメリカを反故に
して生き残ることは出来ません。今の日本の繁栄はアメリカのお陰だ、と。

だからこそしぶとく生き残るためには最大限、アメリカを利用することが求められる
わけで、アメリカが日本を利用していると見せかけて、実は日本がアメリカを利用
している図式が理想です。言葉の違いはあれ、民主党はこの図式を求めていると
思います。自民党の本音もそこにあると思います。(社会党や共産党は違う。)

そういう意味で、自民党と民主党の国に対する根幹の考えは同じなわけで、その
手法の違いはあれ、同じ土俵にあると思うわけです。(一部、民主党の中には違う
思いの議員もいるようですが、いずれその考えも淘汰されていくでしょう。)

民主党が本当に与党になることを考えているのなら、自己の立場をより鮮明にし、
自民党との違いを有権者に分からせるような説明をするべきです。それがないから
票を入れたくても入れることができない。政権政党としての責任を果たせるのか
不安に駆られるわけです。小沢一郎氏はそのあたりのことを良く分かっているはず。

日本をひとつの成功モデルと捉えるならば、その成功例を他国に展開する政治も
必要になってきます。今まではあくまで自国のことに専念してきました。他国の
飢餓を救うためにも日本の成功例を取り入れる国が出てくるはず。マレーシアは
ルックイースト政策で日本を手本にしてきましたが、今や日本はマジメさを失った
として手本にしていません。いつから日本はこうなったんでしょうか。

飢えに苦しんだ時代を通り過ぎ、飽食の時代になって、今の生活(つまり親が
築いてきた生活)が当たり前だと思ってしまったことが、生活のためにマジメに
働く姿を失わせたと思います。お金の価値観が下がってしまったとも言えると
思います。他国の飢餓や戦争が若い世代には単に可哀想な出来事としか見えない
のもそのようなことにあると思います。自分たちが経験していないし、そんな
ことはあり得ないと思っているからね。

日本は確実にアメリカの悪い姿に向かっています。
これを止めるにはどうしたらいいか。さぁ考えましょう。

はい。今日は晴れのち曇り。(東京地方)



2004年01月24日(土) 今のうちだけ?

平日を規則正しく出勤する者にとって、休日はグウタラをしたいもんです。

職場ですぐ右にいる課長は、

「結婚したら自分の思うようなことができないから結婚しない方がいいよ。
ゆっくりしたくても家族がいると落ち着けないからな。」

なんていうことを言われても、こちらは嫁さん探しをしている最中なのに、
水を差すようなことを言うなよ。現実が例えそうだとしても、未婚の人間から
夢を奪うようなことをするなよ。年は取っても夢や憧れはあるんだから。

というか、そういった生活をしていない、つまりどんなことでも自分で自由に
決められる生活をしていると、そういう拘束のある生活って、ある意味憧れ。
自由ということは自己管理をしなければならないわけで、拘束されていると
いうことは、他人が管理をしてくれることでもあります。その分、楽というか。

例えば、給料を始めとした家計の管理を自分でやるか、嫁さんに任せるか。
知人の中でも二分しています。給料の内、生活費だけを嫁さんに渡して給料の
明細は嫁さんには知らせない人と、給料はすべて嫁さんに渡して、必要な分は
小遣いとして要求する人がいます。

今はすべて自分が管理していますが、恐らく自分は後者の部類に入るでしょう。
なにせ自分が管理すると、使いだいけ使ってしまうので、貯蓄なるモノは存在
するはずもありませんから。

不精モノは他人の管理下に置かれた方がいいとは思っていますが、その反面、
ストレスも溜まるんではないかと心配もしたりして。世の男性諸氏。どう?
(ちなみにこれは旦那が稼いでいる場合を想定していますので念のため。)

はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)



2004年01月23日(金) 大幅改装

コトウユウキ「闇」FCを改装しました。とはいえ、内容は相変わらずですが。

とりあえずトップ画像の変更が一番目立ちますが、なにより「闇」という言葉を
外したこと。これがより大きな変更点です。BBSも機能不全になったので、
これを機会にblogを使わせてもらいました。

今まで訪問したことのない方もある方も、とりあえずはトップ画像だけでも
覗いてみてはいかがでしょうか?(協力者YAMAT

行き方は、わたくしめのHPトップの左上にあるバナ−をクリック。
ここがFCへの入口です。くれぐれも内容のないことを指摘しないお約束。
が、もし何かアイデアがありましたら、ご遠慮なくお申し出下さい。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月22日(木) おやすみ

どうも朝から気分が悪くてイケマセン。
そういうわけで、気分が悪いまま仕事をするわけにはいかないので、
今日は会社を休みました。今日締め切りの仕事がなかったことが救い。

まだまだ仕事の初心者なのでやることはたくさんあります。
覚えることもたくさんあります。前の職場の仕事も残っています。

環境の変化にも耐え得る人間になることが、会社において生き残る条件
なのであれば、初心者である自分が今日休んだことはマイナスになって
いるかもしれません。ただそう考えるのは今日1日だけに過ぎないので
明日からは気分を変えてやっていくしかないです。

隣の職場の同僚情報によると、どうやら課長がお怒りの様子。
今日の分もはね返すことをしなければ。

今日やりたかったことがあったので、明日は早めに出社してそれらを
片付けてから明日の仕事に取り掛かろうと思います。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月21日(水) 逆の立場

今朝は藤沢にある客先へ行きました。
藤沢に行くのは何年ぶりだろう。恐らく東京に転勤してきた頃に1度だけ
江ノ電で行った記憶があるから、もうかれこれ10年前かなぁ。

あの頃とはすっかり様子が変わっておりました。
箱モノが建ち並んでおりまして、どこがどちら方向なのかも分からないほど。
でも今日は客先へ行くのに、事業の譲渡元の営業マンが連れて行ってくれた
から、ただその人について行くだけ。次からは自分ひとりで行かなくては
ならないけど、一度教えてもらったら覚えてしまいました。

行った先はだだっ広い敷地にあります。
少々小高い丘の上といった感じのところにあり、地元の人なら恐らく誰もが
知っている会社ではないでしょうか。

そこは建屋ごとに名前が付けられておりまして、タクシーの運転手に伝えて
その玄関まで行って、内線電話で担当者を呼んで打ち合わせスペースへ。

今回の打ち合わせは担当者だけではさばけないので、技術、調達他、複数の
課長クラスが出てきました。営業譲渡による事業移管のために業務の形態を
打ち合わせることが目的でした。ウチの会社が事業を受ける立場です。

前の職場が事業を引き渡す立場だったので、逆の立場です。
仕事を行なうに当たって、同じ製品を作り上げるにも、組む相手が代わると
違う組織を相手にすることになるから仕事のやり方も変わってきます。
それでも極力、仕事のやり方を変えずに、そして仕事の質を変えずにやることが
求められますので、少なくとも質の低下は避けなければなりません。

ですから、今回は質の低下はないことを説明することが主な目的でした。
後は実務として今後どうやっていくのかを話し合うことになりますが、具体的に
どうするのかは今後の課題。担当者同士で詰めて行くことになります。

自分はこの客先の営業担当であり、ある意味、窓口に当たりますから、これから
仕事の整理をしていくことになります。もっとも、製品のことをまだまだ勉強
しなければなりませんから、時間をかけずにやることは山ほどあります。

引き渡す側の営業マンにこれからどうするのかと聞いてみると、まだこれから
どうなるのかは分かっていませんと。半年前の自分と立場は同じです。
恐らく自分の身がどうなるのか不安でしょう。自分もそうだったから、その
気持ちはよく分かります。いつまでに自分の身がどうなるのかは早く知りたい。
でも今の引継ぎをきちんとやらないと動かしようがないのはどこの会社も同じ。
だから早く受け取る側が立ち上がらないといけないわけです。

こちらはこちらで4月1日から完全移管することになっていますから、そう
うかうかとしているわけにもいきません。早く整理をしてあげて、早く立ち
上げることができるよう、製品の勉強をしながら業務の整理をしていきます。

それにしても前の職場と全く逆の立場になろうとは思ってもいませんでした。
前の職場の経験を活かせることができればいいかなぁ。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月20日(火) まともに仕事をしているのか

午前中は新しい職場の製品で、営業権を買い取った会社の担当さんが来社。
もろもろ説明を受け、午後から客先1社を訪問。自分は前の職場で引継ぎ会社で
あったところと打ち合わせのため訪問は差し控えました。

この引継ぎ会社の担当とその社長、そしてその会社の親会社から2名来社。
ここでも雑談を含めてもろもろを話しました。かなり苦悩している様子。
とにかく、儲けるような方針で、できないことはできないと訴えることが
重要で、それを書面に残すようにアドバイス。ウチの会社ができなかったことは、
できることとできないことを書面に残して説得できる材料を作らなかったことと
説明しました。

恐らくこの引継ぎ会社とはまだまだ付き合いがありそうです。
自分としては、今の職場でやることがこれから控えているので、それなりに
ひとり立ちして欲しいとは思っているんですけど。

話はそこそこに、定時後に彼らと飲みに行くことを約束。
彼らの会社のある浜松町の貿易センタービルへ行くと、担当者3人が待ち構えて
おり、「おめでとうございます」だと。その意味合いはどういうことか分かって
いるから、ありがとうと言いましたが、これから待っている彼らの苦悩が予想
されるので、それだけは心配です。とはいえ、心配しても何かできるわけでは
ありませんから、特に何かを言うわけでもなく別れました。

その後は浜松町の飲み屋で一杯やるつもりが、4時間も飲んでいました。

そういうわけで、12時半を過ぎてから帰宅したので疲れました。
明日は朝から藤沢です。さっさと寝ることにします。

はい。今日は晴れときどき曇り。



2004年01月19日(月) 身も心も寒いです

近い将来も遠い将来も、すべて目の前の一歩から始まるという
至極あたりまえなことを忘れているような気がします。だから
出てくる結果も良くないのでしょう。

細かい話は差し控えますが、冬はまだまだ長いといった感じです。
忙しい時ほど頭の回転を早くしなければならないと思いました。

はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)



2004年01月18日(日) 「難しい」ですか・・・

朝からボケた頭でサンデープロジェクトを見ていましたが、その中で「難しい」
という言葉に引っ掛かりました。要するに「難しいことです」とは「オレには
分からない」という言葉を代弁しているように思えてなりません。

自分もよく「難しい」と言いますが、思い起こせばその通りで、自分に難しい
問題とはつまり自分には解決できないこと、結論を導き出せないことです。
だからこそ複数の人間で知恵を絞る必要があるわけです。

政治家や官僚、それからエコノミストなどの評論家と言われる人たちは「難しい」
という言葉をよく使いますが、猪瀬氏や田中康夫知事はこの「難しい」という
言葉をあまり使いません。なぜなら具体的にどうしようというビジョンが頭の中に
あるからだと思います。彼らの話を批判的に聞いている人に限って、話をより
難しく(つまり分かりにくく)しています。

例えば「国会は議論の場」とよく言います(特に民主党の枝野氏)が、その議論を
難しくしているのは誰だろうか。議論と言うより単なる質疑応答に過ぎないのでは
ないでしょうか。チェック機能として野党が政府与党の進める案に説明を求める。
これだけなのではないでしょうか。

野党の限界は物事を実現する、つまり政治を形に表すことに限界があることです。
与党に対案を示し、それを実現させるだけの力がないことです。野党は数の論理を
痛感しているからこそ何とかして議員の数を得たい。与党はそれを良く分かって
いるから、そうさせないために手を尽くす。個々の政治家が、より良い国の姿を
追求した結果、あるべき姿を提案したとしても、国民側がそれを求めないのなら
その政治家は議員として選ばれることはありません。政治家の葛藤はここにあるの
です。当選した政治家が選挙後に公約を覆すなんてことはよくありますが、これも
自分の理想を追い求めた結果です。

先日の総選挙で民主党に肩入れした田中康夫知事も、今日の番組では民主党の
批判をしていました。政権を担っていない民主党に対して、実際に県の運営を
行なっている県知事からすると、国の運営をしていない民主党は物足りないと
感じているのでしょう。でもこれは民主党の批判というよりアドバイスであると
受け止めた方がいいでしょうね。

政策を確固たるものにするためには、それを実現するしかありません。
実現しなければ単なる理想に過ぎませんから。

民主党が与党を上回る議員数を獲得するためには、拮抗した政策内容ではダメで、
はるかに上回る内容でないと、国民は自民党へ投票したり無関心で投票しない
といった行動になります。国民は民主党の政策実現性もチェックしていますから、
出来もしないようなことでもダメで、だからこそ知恵を絞ることになります。

「難しい」と言うぐらいなら、それを実現するために知恵を出してくれる人を
巻き込んで、どうしたら実現できるかを一緒になって議論してもらいたい。
一歩でも二歩でも前進したことを前向きに捉える猪瀬氏を巻き込んでもいいじゃ
ない。ゼロか100ではなくて、今より少しでもいいから、良くしていこうという
思いが大事なのではないかと今の民主党に感じます。

これは勝手な自分の考えですが、民主党は自民党に合流して、民主党派閥を形成
させてみたらどうかと思います。自民党をぶっ壊すにはこれぐらいのことを
やってみないと、それこそ「難しい」のではないでしょうか。乗っ取りです。

もしかすると小沢一郎氏はすでに考えているのかもしれませんけど。
政策が合わずに自民党を出たという彼の言葉を間に受けていない自分でした。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月17日(土) 大した雪じゃなくて良かった

久しぶりに雪が降りました。
関東地方は天気予報で言われたような大雪にはなりませんでしたね。

今日は昼から職場の引越しで、搬入側の立会い。
午前中は搬出側の作業に別の人間に出てもらい、搬入側は自分と企画管理の
主管(部長クラス)とで運送業者への指示とモロモロの整理をしました。

昨日の段階では午後2時頃に業者が来ると聞いていましたので、出社は
ゆっくりと昼過ぎに出ましたが、今日聞いてみると午後1時頃には来ると。
コンビニで買ったオニギリを食べ終わる頃には来るじゃん。

まだ形のある前の職場の片付けを急いでやって、業者が来たら動かせるよう
段取りだけは済ませました。事務用品関係だけは元の上司である室長が
昨日までにやってくれていたから、そちらに時間を取られることなく済ませ
られたことは良かった。それでも6段キャビ2つ分と3段キャビひとつ分、
それから庶務関係の書類とリースパソコンは片付いていないから、それらは
元の同僚が来週同じスペースに引っ越してくるので、一緒に片付けていこうと
思っています。自分一人じゃ、どう片付けていいのか分からないものもあるし。

新しい職場に来た荷物の受け入れは滞りなく終わりました。
途中いくつかはこちら二人で現物合わせのために変更したものもありますが、
文句があるならかかって来なさいって感じです。

気になったのは、ウチの職場と隣の職場で、以前自分と同じ職場だった人間の
椅子が、他の人間の椅子よりボロいヤツを支給されていること。他の人間は、
それなりに新しい統一された椅子ですが、我々はどこかからかき集めてきた
お古です。自分と同じ職場だった人間は自分と合わせて3人いますが、3人
だけがお古の椅子です。なんだか仲間ハズレな感じです。我々は快く受け入れて
もらわなかったのかなと思えてきます。自分が実習中に座る席がなかった時に
うすうす感じてはいたんですけどね。

まぁでもようやく自分の席でネットワークが使える環境になるので、それだけ
でも実習中よりはまともな環境です。というか、2週間もネットワークを使え
ない環境で仕事をするのは辛かったですね。おかげでウチに帰ってメールの
返事を書いたりして余計な時間を割いたりしたし。もう終わったからいいけどね。

というか、他人に構う余裕がなかったと言うべきでしょうか。
工場で実習をさせてもらっただけでもメーカの営業としてはありがたいこと
なので、ボヤくのはこれぐらいにしておきます。

来週からは積まれたダンボールの開梱と整理、それから製品の勉強をすることと
客先周り、それから前の職場で付き合いのあった会社との打ち合わせといった
感じでテンコ盛りです。うまいことスケジュールを調整しなきゃ。

はい。今日は曇りときどき雪。(東京地方)



2004年01月16日(金) どーでもいいけど

昨日に引き続きまして、引越しのための荷造りが終わってから送別会で飲み。
送別会といっても、他部門からの送別会。工場はやっぱ人付き合いがいいね。

変なオジサンも、おかしいおにーちゃんもいました。
そんな中で仕事をするのかとある意味腹をくくった飲み会でした。

実は昨日の晩に部屋へ戻ってきた時に段差でつまずいて、変に踏ん張ったせい
からか、ぎっくり腰になりまして、午前中は病院に行っていました。おかしい
面々が職場にいますから、その話はあっという間に他部門へ行き渡っており、
昼から会社に出て他部門に用事があって行くと、「大丈夫?」なんて声をかけ
られる始末。

誰だよ。言い触らしたのは。誰だかは分かっているけどね。
でも今は酔っ払っているからどうでもいいや。気にしていない。

頭がグラグラしてきたので、このあたりで寝ることにします。
それでは。

はい、今日は晴れ。(東京地方)



2004年01月15日(木) サラっと

ウチの職場はひたすら「飲み」が好きな職場で、上司がいようがいまいが関係なく
飲みに行きたい時に誰かを巻き添えにして飲みに行く面々ばかり。
いやー、こういう職場は初めてです。

しかも年上だろうがなんだろうが関係なく「ちゃん」付け。
しかも「ハゲ」とか「〜野郎」は当り前。本人を目の前にして。

聞いていると、おかしい同期のヤツがいて、そいつと同期というだけでおかしい
ヤツ扱いをされます。「あぁ、あいつと同期か。どういうヤツか分かるな。」だと。

どうでもいいけど、飲み疲れたのでこのへんで。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月14日(水) 利益の出せる方向性作り

今日は午前中に営業部内の営業会議、そして午後から営業進捗報告会が、事業本部長に
出席してもらって開催されることになっていました。今日も1日工場実習になっていた
自分は出席しないでいいのかと教育担当に確認しましたら、午後からでも空き時間を
作ってもらえるように現場と交渉してくれと。

それだったらそのように予め言っておいてくれないと。
現場へ行きまして、面倒見てくれていた現場の係長が昨日は徹夜だったとのことで
午前休でした。代わりに係長代理が出てきて、どうやら午前中だけの現場実習との
ことで係長から聞いていたようでしたので、結果的には午後から空きが出来ました。

午後からその会議に出席しましたが、未完成な事業体の営業報告を聞いた事業本部長は
その内容や営業方針に不満があったらしく、ご指導の嵐です。営業部長との会話も
ちぐはぐ。ちぐはぐというのは、方向性が違っているということです。

細かいことは色々ありましたが、とにかく受注利益を確保することで再度検討せよと
お達しがあって終わりました。要するに事業本部長は営業が考えているやり方では
利益を確保する方向になっていないんじゃないかという指摘です。売れば売るほど
利益が少なくなる商売なら止めてしまえ。簡単に言うと、そういうことです。

小さな事業体が大きくなろうとする時に陥りやすいのは、とにかくシェアを求めて
乱売(つまり安売り)してしまうこと。生産体制も整っていないのに生産を増やす、
しかも利益の出ない売り方をして、その後どうするかを考えていない。これが最悪の
シナリオです。売ってしまえばそれが実績となり、次の商売では価格アップを要求
することが難しくなります。それでも価格アップを要求できるのは、その商品しか
使うことができない囲い込みが出来た時です。その方向性を出さずに量の確保を
目指しているのではないかという指摘ですから、自分い言わせてみればごもっとも。

生産を増やして薄売になるぐらいなら、量は現状維持でも利益を増やす方向に注力
する方がどれだけましか。経済成長が叶わない時代になれば尚更です。

要するにビジネスモデルをきちんと作ってから議論をしろということ。
思いは自分も同じなので、新たに部員に加わった立場として、これから議論をして
いこうと思っています。間違った方向でムダな活動をしても意味ないしね。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月13日(火) 問題意識そして解決能力

はぁ、ようやく片付きました。自分の分だけ。

実は今日の工場実習は予定変更になりまして、午後からやることがなくなって
しまったので、教育担当の課長と部長に断って事務所へ戻って書類の整理を
させてもらいました。おかげで自分の机、庶務机の中身を詰めることができて、
土曜日の引越し当日はあまり手のかからないところまで行きつきました。

工場実習をして役に立つのは、製品を目の前で見ることも大事なんですが、
なにより何が問題となっているのか、どこに問題が潜在的に隠れているかを
モノ作りの観点で見ることができることです。

本質的なところまで見切ることができるかどうか分かりませんが、少なくとも
企画や営業が求めているところと同じベクトルで現場が流れているとは到底
思えません。ですから、これを解決するために何をどうすればいいのかを現場の
目で直接見ていくことで、事業の方向を考えつつ、営業に生かしていく。

メーカで営業をするには、製品を知ることも大事ですが、現場の実情を知る
ことも併せて重要です。営業はより多くの注文を取ることに注力する部門では
ありますが、工場がそうできない体制であれば、取りたくても取るわけには
いきません。受注量と工場の生産能力がマッチするのが理想ですが、経営は
右肩上がりを望みますから、営業が理想を求めると現場の対応が後手になって
しまうところをどう乗り越えるか。同時進行でなくてはなりません。

生産効率やコストダウンには限界があります。それ以前の問題もあります。
小さな問題も大きな問題も解決していかなくてはなりません。
どうやら現場には問題意識を持って働いている人が少なそうです。問題意識を
持っていたとしても、それを解決していくだけの能力に欠けるように思えます。

それが何故なのかは明確です。専門屋しか現場にいないからです。
自分の持ち分がはっきりしているからです。現場で問題に取り組むには自ずと
限界があります。そこを横断的に取り扱う人や部門が必要になります。

多少なりとも大きな組織では当然あって然りな部門が、ここではありません。
生産体制も充分ではありません。組織の問題と生産体制の問題が混在している
この現場では、将来の成長を求めても無理が起こるのは明白。

その他にも細かいことは色々ありますが、どっぷり浸かることなく、ある程度
冷めた目で組織を眺めていこうと思っています。潰してしまうわけにはいきま
せんからね。目の前で潰れていくのは前の職場だけで結構です。

はい。今日は雨のち晴れ。(東京地方)



2004年01月12日(月) 片付けが終わらない

なかなか難しいもんです。書類の片付けって。毎度のことですが慣れません。
難しいのは普段から書類の整理をしていない証拠でもありますけど。

片付けている途中で、実はすっかり忘れていた仕事がひとつあることを
見付けてしまいました。これは年末までにやっておかなければならなかった。
だから時期を逃したらどうすればいいのか、相談しなければなりません。
なにせお金に関わることですから。

書類の片付けは、とりあえず山積みになっていた仕分け残しの書類を
ファイルに入れていって、あとはダンボールに積め込めばいいところまで
したつもりではあります。自分の机も含めて、机3つ分とデスクトップ
2台、それから3段キャビ1台。

その他にも6段キャビ2台と机1台がありますが、これは後からでもいい
ことになっているので、引越した自分の職場が落ち着いてから考えます。
われわれのシマの場所を使うことになっている隣の職場のボスには、今月
一杯の猶予をもらっていますが、いずれにしても早々には引き上げないと
いけないんですけどね。

今週自分は工場実習でずっと事務所にいないから、書類のダンボール詰めは
今日中にやらなきゃならなかったけど、なにせ一人でやっているもんだから
終わらない終わらない。できれば工場実習を半日だけ抜け出して事務所へ
いく機会を見つけたいけど、最悪は引越し当日の午前中(工場から事務所へ
トラックが到着するのは午後になるから、それまでの間)に手を付けようか
と思っています。土曜日はゆっくりしていたいけど仕方がないです。

早く落ち着きたいです。

はい。今日は晴れ一時雨。(東京地方)



2004年01月11日(日) NHK「新撰組」

何を書こうかと考えていたらウトウトしてしまって、そのまま寝てしまいました。

NHKの新番組「新撰組」を観ました。
結果的には時代に逆行した行動となってしまった新撰組の行動ですが、ああいう
行動があったからこそ時代を新しい方向に向かわせたのかもしれません。
(一方では、国政が外来者から影響を受けるようになったのもこの頃から。)

近藤勇は最後に板橋で斬首、その後京都の三条河原で晒し首にされてしまいます。
→ここ参考
潔く新政府軍に投降したにも関わらずです。傍の立て札には、
「近藤勇 右者元来浮浪之者にて云々」
と書かれてあったといいます。

そういった悲しい最後を知っているがために、主役である慎吾クンは難しい配役を
受けてしまったなと思います。さて、これからどんな振る舞いをしてくれるか。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2004年01月10日(土) 内田アナは良いと思う

いつもの土曜日が戻ってまいりました。
こんなときは仕事のことは忘れていたいので、仕事場の片付けは月曜日にする
ことにして、今日はゆっくりすることにしました。

ところで最近のお気に入りはフジテレビの内田アナです。
やっぱ、あの笑った時のへの字に曲がった目がいいんでしょうかねぇ。
つい最近まではテレビ東京の森本アナだったんですけどね。
(どちらも会社の公式HPより。著作権は各会社に、肖像件は各本人にあります。)

あ、ちなみに女優さんでは竹内結子です。

まぁ画面の中の人ですから、なんとでも言えますけど。
どうせそのうちまた違う誰かのことをいいとか言っているんでしょう。
それよりも目の前のことをもっと真面目にしろってとこですか。

優柔不断な自分は今日も目の前を素通りでした。
こういうのを問題の先送りって言うんでしょう。
どうにかするつもりがないのではなくて、どうにかなるのが怖いってこと。
これは去年から言っていますが、真面目に考えれば考えるほど、恐怖心よりも
その時の心地よさを選んでしまいます。このまま心地よい関係でありたいって。

職場のドサクサが片付いたら、この問題を片付けることの出来ないいい訳も
なくなるので、その頃になったら自分の気持ちを整理してはっきりさせよう。
今年度(つまり3月まで)の重点課題ですから。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2004年01月09日(金) 荷物片付けのはずが

今日は机と身の回りの整理をするつもりでしたが、来年度予算ネタの提出が
急遽必要になり、その下ごしらえのために時間が取られましたので、整理は
明日会社に出勤して行うことにしました。(久しぶりの休出)

誰の許可をもらったわけではありませんので休出手当ては出ませんが、それ
でも来週は工場で実習だから手を付けられません。やってなければ自分が困る
だけなので、やり残しておくわけにはいきません。でも最悪は、実習を1日
休ませてもらって本社に出勤すればいいとは考えていますけどね。

工場実習といっても、モノに触らせてくれるわけではないので、恐らく1日中
立ちっ放しでボーっと見ているだけでしょう。そんなつまんないことをやる
ぐらいなら、実のあることをやりたい。

先月から予想していた通り、この3連休は引越し準備で取られることになり
ました。この土日は大学でのクラブ同級生の同窓会が地元で行なわれますが、
予想していたことが予想通りになったっだけなので、今から慌てることも
ありませんが、異動直後はなにかと予定が動きます。ゆっくりできません。
もちろん、同窓会は欠席です。

さて、明日もどの程度まで荷物を整理できるか。
やる人間ひとりじゃ、出来る範囲も限界ありますからね。
最後まで残った者にこういったところでしわ寄せが来ます。
これも予め分かっていたことだから仕方がないけどね。ふぅ。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2004年01月08日(木) 少し分かってきた

人のいない寂しい職場からにぎやかな職場へ移って4日目。
前の職場の仕事で再び寂しい職場に戻ってきましたが、なんだかホッとして
しまいました。自分の居場所に戻ってきたというか。それじゃいかんけど。

今の職場は言い方が悪いですが、盲目に成長を目指しているような気がします。
営業は右肩上がりの受注を目指して活動をする。製造はその計画に合わせる
ためにどうしたらいいのか困惑している。なぜなら、ようやく製造の形が
出来あがってきた所だから。

ひとつの形が出来上がると、それがモデルになって踏襲していくだけですが、
そのモデルが恐らく小さな器で形成されたものだから、物量が増えると対応が
難しくなっていくように見えます。成長を望むのは決して悪いことではありま
せんし、会社が求めるところでしょうが、足元が見えていないように思えて
なりません。

小さな事業が大きくなるに連れて、その組織や業務方法は変えていかなければ
なりません。流れが止まらぬような仕組み作りをしていかなくてはなりません。
その場しのぎを続けていれば、そのうち血液がうっ血して頓死になることも
考えられます。

自分が営業に配属されて思うのは、営業機能と製造機能だけが強化されているので
その仕組み作りが後手になっているように思えます。まだまだ見えてこない問題が
潜んでいるように思えるので、自分の仕事はやりつつも、その仕組みの問題点を
どう解決していくかを考えていこうと思いました。

今のところは、その問題点が少し分かっただけなので、仕事を進めていく中で
問題点を浮き彫りにしていきたい。成長をするならそれなりの仕組みを考えながら
各職場が成長をしていくための駆動力になっていく。そういうことを考える組織が
事業部の中に存在しないというのが弱みだろうか。

時間が経って組織に埋没してしまうと、見えるものが見えなくなってしまうから、
そうなる前に、こういった問題点を提示して冷めた姿勢で接していこうかと。

事務屋の本領発揮といったところでしょうか。さて。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2004年01月07日(水) 結局、何もできなかった

スケジュールの確認モレで冷や汗をかきましたが、締め切りであった全ての
業務を本社にお断りして明日まで延期してもらいました。異動先では何の
ネタも持ってきていないので仕事ができません。

明日は午前中の講義を聞いた後、昼メシ抜きで本社へ向かって遅れを取り戻す
ことにしました。仕方がないねぇ。自分のミスだから誰も責められない。

それにしても以前の職場の仕事を引継ぎできずに次の職場へ持ち込むと色々と
問題が出てくるもんです。改めて実感しています。甘かった。

まだ期中だから許されるけど、これが期末越えだったら許されない仕事内容で
あるがために、時期に助けられた面があります。そういうことを考えての異動
だったのだろうか。まぁ色々と考えることはせずに好意的に考えるとしよう。

4月始めまではこんな状態が続くんだろうなぁ。

はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)



2004年01月06日(火) 気付くのが遅かった

昨日に引き続き新しい職場の受け入れ教育。

いやー。あまりに丁寧な説明をしてくれるものだから、こちらはただただ
聞くのみ。すっかり眠くなってしまいました。とはいえ聞いているのは
たった2名ですから寝ていたら目立ってしまうので、とにかく起きて
いようと飴を舐めることしきり。

定刻内は以前の業務に手をつけることができませんので、定時後にやる
わけですが、メール接続もままならない環境では連絡を取り合うことも
できないので不便極まりない。

明日の午後から前の職場の業務をするために本社へ出向く予定でいましたが、
帰りにスケジュールを見直してみると、明日はびっちり予定が入っている。
明後日の午後から予定が空いています。ということは、申し入れていた
予定が1日ズレているということ。気付くのが遅かった。

明日は明日で、明後日は明後日でやることがあるのでそれらを外すわけにも
いきません。とはいえ、明日の講師はわざわざ予定を入れてくれているわけ
ですから、そう簡単に予定をズラしてもらうわけにはいきません。

これから対策を考えます。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月05日(月) 出勤初日

今日は異動のため辞令口達を受けましたが、1分足らずの簡単なもの。
辞令口達ってこんなに簡単なものだったか。過去3回異動していますが、
多分、今回が最短ではなかったかと思います。

しばらくして、赴任先へ移動しました。
とりあえず上司に挨拶して、職場の皆さんにごあいさつ。
ひとりだけ休んでいるヤツがいましたが、昔から知っているヤツなので
いてもいなくても自分にとっては変わりません。

安全教育から始まって、その後、機種の簡単な説明がありましたが、自分に
とってはチンプンカンプン。質問を求められても頓珍漢な質問。あまりにも
自分の知識のなさにがっかりしたというか。

なんともはや不安な出だしです。

就業後に30分の約束で2時間半も飲み続けたのはここだけの話。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月04日(日) いつもの日曜日

ようやく普段の日曜日が戻ってきました。
ってか、単に布団干して床掃除して洗濯しただけの話。

日本道路公団のHPで渋滞情報を見ましたが、さほど大きく混雑している
様子もありませんね。(4日12時現在)3日の午後が渋滞のピークだった
のでしょうか。でも、午後になると渋滞も激しさを増してくるでしょう。

昨日は夜8時頃からうたた寝していましたが、そのままぐっすり寝てしまい
ました。起きたのは今日の朝9時。エアコンを付けっぱなしだったから
暑くて目が覚めた次第で。太陽が昇ると室温も上がってくるからね。

今日は外食をやめてコメを炊きましたが、実家で食べたコメの味と比べると
何がどう違っているのか、ウチで炊くコメは今ひとつです。
実家で炊くコメは年寄り向けだから柔らかめです。
それでも実家で食べるコメの方がおいしいと思うのは何でしょうかねぇ。

帰省から戻ってきたばかりだからそう感じるのでしょうか。
自分の炊くコメに味気なさを感じてきました・・・。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2004年01月03日(土) 帰ってきました

昨晩の20時前に実家を出て、途中博多に寄り道をしてきました。
用事が終わったのが22時半頃。それからガソリンを入れて真っ直ぐ福岡ICへ。

夜も遅い時間だったからか、まだ2日だったからか、九州自動車道の上りは
さほど混んでいる感じではありませんでした。

関門大橋を過ぎ、中国自動車道もさほど混んでいない。
しばらくして山陽自動車道へ入りましたが、それでもさほど混んでいない。
中国自動車道の合流点である三木JCの手前の三木SAで1時間ほど仮眠。

中国自動車道を経て名神自動車道へ。昼間なら混んでいるであろう天王山
トンネルも混んでいない。(この時点で夜明け)関が原でも雪は降っていない。
名古屋を過ぎても混んでいない。しかし浜名湖を過ぎたあたりからどうやら
渋滞情報が流れてきました。どうやら静岡の手前で渋滞している模様。
そこを過ぎると沼津、裾野で渋滞している模様。混んでいるとはいえ、まぁ
そこそこ動いている。

その後はいつもの厚木IC手前から東京料金所まで数珠つなぎ。
東京料金所までも渋滞は渋滞でしたが、睡魔に負けるようなひどい渋滞では
ありませんでした。

今回は早めに出たことが効を奏したようです。
帰ってからテレビでニュースを見ていると、自分が通った頃には割りとまともに
通れた区間が、夕方には20kmとか30kmの渋滞になっていました。
午前中に東京料金所までたどり着けたのが良かったのでしょう。

今年は多くの人が正月休みは4日までだから、車ならば3日あるいは4日に
自宅へたどり着ける計画を立てていたと思います。だから都合つかずに4日着に
ならざるを得なかった家族連れは辛いだろうな。

それにしても、適度な渋滞は燃費がいいです。
一般道路と同じぐらいのスピードで走っているから、時間は倍ぐらいかかりますが
恐らく燃費は2割以上向上していると思います。正確には測っていませんが、
通常高速では10km/リッターそこそこですが、後半の200kmぐらいは
13km/リッター程度まで延びていると思います。渋滞ですからストップ&
ゴーはしましたが、それでも良かった。ちゅーことは、普段はスピードを出し
過ぎているということか・・・。

ともかく帰って参りました。眠い目をこすりながら。

今回の帰省で疑問に思ったこと。
ハイウェイカードが1万円までになってしまって、長距離通行者には不便極まり
なくなったこと。高額ほどオマケが多いからケチったんでしょう。
こういうところにも道路公団の健全化計画の波が押し寄せています。
不満があるならETCに変えろってことか。なんともはや強引だねぇ。

ケチった分だけ早く通行料を安くしてくれ。

はい。今日は曇りのち晴れ。(西日本〜東京地方)



2004年01月02日(金) イトコの子供たちを見るに付け

1日は実家で両親と兄嫁およびそのムスメ(1歳4ヶ月)と4人でごあいさつ。
兄貴は仕事で来れないということで、兄嫁がムスメを車に乗せてウチの実家へ
来た次第です。兄貴の仕事も正月ぐらいはねぇ、なんて。

先月帰省したときにもムスメちゃんに会いましたが、その時は自分のことを全く
見知らぬ人として見ていました。今回は兄嫁のシツケのおかげか、オジちゃんと
見てくれたと(勝手に)見受けました。言葉を覚えたらオジちゃんと言わなきゃ
お年玉あげないぞ。(笑)

子供の成育は早いもんだと感心しました。
でもまた次に会う時には見知らぬ人になっているのだろうか。
ま、今年はいろいろとあって帰省する機会が増えそうなので、来年の正月までに
何回か顔を見る機会はあると思いますけどね。

午後から3社参りをして、父親方の墓参りとばーさんの様子見。
ばーさんとはオヤジの育ての親。育ての親がいるのは、オヤジが小さい頃に
産みの親である母親が亡くなったからだということらしいです。

盆正月は、産みの親の家と育ての親の家に行っています。
小さい頃は2ヶ所も行くところがあって楽しいなとしか思っていませんでしたから
なんでオヤジには二人も母親いるのだろうかとは思いもしませんでした。

育ての親であるばーさんの旦那さんは戦死して仏さんになっています。
産みの親であるオヤジの母親は小さい頃に亡くなっていたから、実の父親と育ての
母親で実質的な両親になっていたんでしょうね。この関係は、じーさん同士が
兄弟だったからというのもあるでしょうし。戦後を生き延びるためには親戚同士
絆を深める必要があったのでしょうね。2ヶ所の家に行く時には、住まいがある
町の名前で分けて呼んでいます。一方は宿(町)、もう一方は藤木(町)。

そのばーさんですが、去年は体調悪く床に伏せて今にも死にそうな具合でしたが、
今年は起きて元気そうでした。去年の姿がウソのようです。
(寝床で伏せているばーさんに、がんばってねと手を握ったぐらいですから。)

そんなばーさんを尻目に、ひ孫たち(自分からするとイトコの子供たち)が
ワーワーはしゃいでいました。年頃は兄貴のところのムスメちゃんと同じぐらい
ですから、ちょうどいい遊び相手だったようです。みんな2歳未満。遊び盛り。

みんな女の子ですが、みんながみんな父親の顔とそっくりなので、誰の子供か
聞かなくてもすぐに分かる。(というか、従兄弟連中はこぞってパチンコへ
出かけている始末。手がかかる年頃ですから母親たちはいましたけど。正月から
パチンコとはヤツらもいい身分になった。でもパチンコ屋は混んでいたらしい。)

毎年付き合いのある親戚連中の中で、独り者はとうとう自分と妹分のイトコの
二人になってしまいました。親戚連中の中でもいいオトコといいオンナの部類
に入る二人が残っているなんてもったいないよなぁ。(ひとりごと)

冗談はさておき、そろそろ家庭の雰囲気を味わいたくなってきました。
家庭を持ったらどうなるかは夢が壊れるので聞きたくはありませんが(笑)、
自分の分身を早く持ちたいなという気持ちは大きくなりました。

ただ今の夢は、子供の運動会で、かけっこに出場して他の若いおとーさんたちに
負けない走りを子供に見せ付けること。これさえできれば、子供はグレようが
なにしようがオッケーです。些細なことですが、こんな姿だけでも子供の記憶に
残してもらえればいいなと思っています。

とにもかくにも早く相手を見つけなさいよ、という突っ込みはナシのお約束。

さて、これから東京に戻ります。
3日のうちに辿り着くことができるか。帰りの渋滞が心配です。

はい。今日は曇りときどき雨。(筑後地方)



2004年01月01日(木) 初日の出にお願い

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
(喪中の方がいらっしゃいましたらスミマセン。)

というか、毎日書いていると年末も年始も関係無いですね。

さすがに31日の夜12時前ともなると、実家の前の国道も車の行き来が
減りましたね。おかげで遠くのお寺で鳴らしている除夜の鐘が良く聞こえ
ましたよ。

しかし、12時を迎えると若者集団が奇声を上げ、車の行き来も増えました。
(田舎ならでは?)普段だとトラックがたまに通り過ぎるだけの国道も乗用車が
多く行き交うようになりました。こういうところにも車社会の波が押し寄せて
いるんだと実感してしまいます。

より良い生活になるひとつに車を持つことがあります。
車を持つようになると公共機関の利用度が減ります。そうすると必然的に
公共料金の値上げ、サービスの低下が避けられませんから、より一層公共
機関離れが進み、車の保有率が上がります。

車の保有率が増えれば自動車会社の収入は増えますが、バス会社やバス
製造会社は収入が減ります。郊外店は繁盛しますが、駅ビルや駅商店街
からは人通りが減ります。人の往来は商売をする上で非常に重要な要素に
なっていますから、市の中心地であった駅の周辺がさびれてしまっている
地方都市は多いんじゃないでしょうか。かくいう地元久留米も例外では
ありません。

市街地まで足を運ばなければモノが揃わなかった時代から、車があれば
こそ便利な郊外店へと人の流れがシフトしてきています。郊外店にモノが
揃うと、郊外で従来商売していた店が廃っていきます。

この流れは、特に個人商店に大きな打撃を与えています。大型店舗が郊外に
進出し、個人商店は客を奪われてしまってどうしようもなく、店をたたむ
しか道が無くなってしまいます。これも時代の流れだと諦めてしまっても
いいものだろうかと考えてしまいます。

実家も個人商店ですから、この時代の波にどっぷり浸かってしまっており
まして、もうどうしようもない状態です。だから惨めになる前に早く店を
たたんで欲しい気持ちで一杯です。

個人商店のネックは、企業と違って毎日のキャッシュフローを管理している
わけではないので、とりあえず毎月の決済日を乗り切れば、それでなんとか
遣り繰りできます。とはいえ、これこそまさしく資金繰りなんですけどね。

店の状態が良ければ借金せずに済むのですが、売上が落ちるとモロに決済に
影響し、その決済のお金をどこから調達しなければならないかで頭を悩まし
ます。時に銀行からの借金、時に個人財産の取り崩し。個人商店はあくまで
個人責任ですから、財産の取り崩しも当然、個人のものからです。最初は
カネ目のものから。それがなくなれば物を売って。最後に不動産を売って。
この取り崩しがなくなれば全てが終わりです。

これまでは経済成長時代に蓄えてきた貯蓄でなんとかやってこれましたが、
その貯蓄も底を尽きればそこまでです。あとは資産のバーゲンセールです。

ここ数年、個人資産1400兆円という数字に変化がないのは、貯蓄や
不動産の取得と同時に取り崩しが行われているからに他なりません。
預貯金はその評価額は変わりませんが、不動産はその価値が下がっている
ことを考えると、資産額全体は少なくなっているかもしれません。手元に
データがないので証明はできません。あくまで推測です。

この個人資産には、その個人の借金のことは加味されていませんから純粋な
資産としては評価できません。住宅ローンなどを差し引くと個人資産の額は
大幅に少なくなると思われます。だからこの個人資産を数字として持ち出す
ならば、貯蓄と借金のバランスをうまく保っている証拠として金融の流動性が
従来水準であることを持ち出さないと、この1400兆円自身の価値に
疑問を持たざるを得ません。流動性の意味は、きちんと借金を返済できて
いるかどうかということです。お金の回り方が健全かどうかの目安です。

ですが、本当に国民の多くが生活に困っているのなら、この個人資産額
そのものが減少してもおかしくはありません。でなければ借金まみれの
1400兆円と言わざるを得ません。そのあたりの指標抜きにして資産額
だけを持ち出して議論するのは片手落ちと言えるでしょう。専門家ならば。

国の財政も同じことで、返せる見込みのある借金かどうかが問題なのです。
そして、借金が続けばいつかは国民へ跳ね返ってくることを覚悟しておく
必要があるわけです。国の借金は国民の借金と同じことですから。

経済の変化に関係無く個人の生活を同じにすることはできません。
国の借金が大きいということは、国民の生活が過度に守られているという
ことも言えます。個人商店が潰れていくというのは、時代の流れというより
経済機能が健全に働いていると言う方がいいのでしょうね。潰れるべくして
潰れる。これを守る方がおかしいと。資本主義の原点です。自由と不平等。

こういう話を両親にしても、お前は冷たいヤツだと非難されるだけですから
言いませんが、オヤジが早く自覚してくれることを祈るばかりです。惨めに
なる前に生活を変える。長年商売をやってきた人にとっては難しいですが、
強制的に止めさせることだけはしたくないので、頭が働いているうちに
早く諦めて欲しいと思う正月一発目の希望でした。

はい。今日は曇りのち晴れ。(筑後地方)


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