しむちゃんのつれづれ日記
文字サイズは「中」が最適なようです。

2003年06月30日(月) 満員電車には慣れたくない

1年前はイヤでイヤで仕方がなかった満員電車。
西武線にしても埼京線にしても、その混みようといったら尋常じゃない。
埼京線なんかは、その混みように乗じて痴漢が勃発していたんですが、
いざ乗ってみるとどうしようもない状況というのがしばしばあります。

動きたいけど動けない、でも手が女性の体に当たっている、時には腰や
お尻のあたりに当たってしまうこともあります。手や体を違う方向へ
向けたいけど、そうすることで態勢が悪くなって転びそうになったり、
余計に押し付ける結果になったりするのではいけません。

とにかく気をつけているのは、手や指を動かさないこと。
意図的にやっていると思われないようにね。下の方でモゾモゾされると
男でも気持ちが悪いもの。かといって、ビターっと張り付けているのも
良くないので、なるだけ当たらないようにしているんですが、それが
できないぐらいに混んでいる時は諦めます。怒られても仕方がない。

そう思うから、立ち位置は手すりの近く。あるいはドアの近く。
押される分には触っているなんかいう疑いはありませんからね。
電車が傾いた時なんかは辛いものがありますが、下手に疑われるよりマシ。

こんなものには慣れたくはありませんね。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2003年06月29日(日) この人は対抗馬としてどうか?

亀さん印は相も変わらず威勢がいいですね。
総裁選に勝つから出馬するんだと。あの絶対的な確信はどこから来るのか?

それにしても、本当に相も変わらず財政出動を主張しています。
苦しい時にさらに血の出ることはいかん。悪いものはいかんが、公共事業は
民間が苦しんでいる時は政府の役目としてやらんといかん、とまあ。

巨額な財政の下支えをしながらも、この10数年の効果はせいぜい現状維持
であったことから、ケインズ政策に頼ることは失敗であったことが証明された
わけですが(要するにケインズ政策以外の処方箋が分からなかった)、あく
までケインズ政策は1〜2年の短期的な経済政策。これを長期に渡って続ける
ことはそもそもケインズ政策の求めるところではありません。なぜなら長期に
渡って財政を痛めることで国民は消費を抑えてしまうからです。そのうちに
増税となって跳ね返ってくることを予想するからです。細かいことを言えば、
もっと技術的なところもありますが、そのあたりは省略します。

ケインズも救えなかったこの状況を、さらに推し進めようとするのがこの
亀さん印の考え。この10数年で年金も積み立てがなくなってしまった状況で、
更に借金を増やして国民の懐にお金を回すことをやっても、結局は消費が縮ん
でしまうわけだから、景気回復という観点では達成できない。

一方では金融面で今心配されているのは、実は景気が良くなってもらっては
都合の悪いことが存在することです。それは金利の上昇による国債の暴落。
大量に保有している金融機関の国債の価値が下がるわけだから、彼らは早目に
手放す必要が出てくるわけで、これが更なる国債の暴落に拍車をかけます。
急激な国債の放出に対して価格維持をするためには、放出された分を日銀が
買い支えることしかありません。買うにしても上限がありますから無理ですね。

いや、何を言いたいかというと、バブル以降、急激に景気が悪くなってしまっ
たと考えがちですが、バブルの恩恵を被っていた人が損をしてしまったわけで
それ以外の人たちにとっては目の前のお祭りがやっと終わっただけで、ようや
くバブル以前の姿に戻った、というだけのことです。もちろん、その影響を
間接的に受けて収入が減る結果になってしまったり、就業機会が減ってしまっ
たこともありますので、相対的に悪くなったのは事実です。バブル期に比べて。

バブル時代を異常ではなく今までの景気循環で起こった景気のいい時代と同じ
位置付けと考えている人にとっては、今が異常なんでしょうね。この考え方の
違いが政策の考え方の違いだと思います。

問題は、国民側としては、景気対策のために財政支援されていることに甘えて
しまって、これが当たり前のことと思ってしまうことが良くないわけで、政府・
自治体側としては、その仕組みに甘えてしまって、その仕組みが当たり前であ
ると考えてしまうこと、つまり効率よくしなきゃというモチベーションがなく
なってしまうことです。甘えの構造は必要悪なわけだから、短期で終結しなけ
ればなりません。

一度甘えてしまうと、そこから抜け出すことはなかなかうまくいかないので、
毎年同じことを継続させることが問題です。それは仕事の継続性のことを問題
にしているのではなくて、人の関与の問題です。人が代わらないからそこに
利権が生じるわけで、甘えが出てくるわけです。人を代えることができなけれ
ば、担当する仕事を代えるべきです。

バブルの時代に甘えの構造ができあがってしまって、ここから離れたくない
人たちが構造改革を阻止しようとする人と思っても間違いではないでしょう。

自民党が存在可能なのは、小泉さんが首相であるから党内で拮抗している状態
を国民がヨシと考えているからだと思います。なんやかんやと異論はあるで
しょうが、今の組閣が可能なのは小泉さんならではでしょう。

経済政策が失政だと言われますが、痛みが起きるのは始めから分かっていた
わけで、いまさら痛みがあるから失政だと言うのはこれまた当時は静かだった
彼らの遠吠えとしか言いようがありません。ただ、痛みが起きていることは
事実なので、それをどう緩和させていくかが課題です。それと痛みの期限。
9月の総裁選では、小泉首相の再選はここにかかっていると思います。

政治は経済だけではありませんが、その経済の安定は国民が一番感心のある、
つまり一番困っていることですから、争点としては今をどうするか、そして
将来をどうするか、この2点をパッケージで約束できるかどうかですね。
どちらかひとつではダメ。

少なくとも、竹中大臣降ろしのための総裁選にならないようにして欲しいとこ
ろです。つまり抵抗勢力の声のかかった大臣に代えるのは最小限にして欲しい
し、特に竹中大臣、石原大臣を代えないようにして欲しい。そう願っています。

はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)



2003年06月28日(土) ヤな感じ

なんだか変なところで久留米が有名になっています。

ニュースで時々出てきますが、福岡の松本さん一家殺害事件という
痛ましい事件で、松本さん宅から事件後になくなっていたベンツが、
ブリヂストン久留米工場クラブハウスの専用駐車場で見つかったと
いう報道です。

場所が久留米であるだけでなく、ブリヂストンの敷地内であったことが
気になります。というのも、ブリヂストンはその創業者である石橋正二郎
さんの出身地が久留米であることで知られています。
(久留米といえば松田聖子やチェッカーズを思い出す人もいるかもしれ
ませんが、それだけではないんですよ。絵画の青木繁もそうだし。)

ちなみに石橋を英語でstone bridge、逆から読むとbridge stone。
これを社名にしています。設立当初は「ブリッヂストンタイヤ株式会社」
と言っていました。

場所が久留米であることと、ブリヂストンの敷地内にしたことに何らか
の意図を感じるのですが、どうでしょうか。

久留米は筑後川の中流に位置し、筑後平野の米どころとして、そして
交通と商業の中核として栄えてきました。そこにわらじの代用品として
耐久性に勝るゴム底の地下足袋を石橋正二郎が考案し、当時としては
爆発的な人気を博したといいます。その後に久留米はゴム産業が発達
して、アサヒシューズや月星化成が産まれました。石橋正二郎はこの
地下足袋の成功に引きずられずに、当時としては珍しかった自動車用の
タイヤの製造に転身しました。この思い切りが彼の成功を導きました。

市民税が高いので結構市民から不満の高い久留米市(らしい。というのも
自分は学生時代しか住んでいなかったので久留米市に納税したことがない。
親から聞いた話。)ですが、土地柄なのでしょうか、平和で落ち着いた
土地です。だから迷惑な話です。わざわざ福岡から車を持ち込むなって
言いたい。

ところで、今日はひとつ宿題をもらいました。それは家紋と姓。
ヒントは、熊本、総理大臣経験者、丸九曜に似ている、皇室の庭師。
その場では分かりませんでしたが、ウチに帰ってインターネットで色々
調べていくうちに判明しました。といっても、本人に確認しないと正解
かどうかは分かりませんが。次に会った時にでも確認しよう。

はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)



2003年06月27日(金) 失敗失敗

やー、久しぶりに終電車に乗りましたが、これは乗るものじゃありま
せんね。特に仕事疲れで参っている時は。遅い時間の山手線もそうだし
池袋で乗換える西武線もそうですが、みんなの乗り方がよろしくない。

というのもご承知のとおり、飲んで遅くなった人たちばかりですから、
会話の声はでかいわ、座ってても寝たら足は広げるわ左右に揺れるわ、
到着時のお迎えのお願い電話をするわ、立ったまま寝てしまっているわ、
上着がブラブラと邪魔になってうかうか本も読めないわ、ドアの近くに
仁王立ちになって降りる人の邪魔になってるわ、それに何よりも酒臭い。
こんな電車には乗るべきじゃないとつくづく思う。

立場が変わればこんなことは迷惑だとはこれっぽっちも考えることは
ないんでしょうが、気がついたんだから言わせやがれ。

書いているうちに腹が立ってきたので「朝まで生テレビ」を見ながら
寝ることにします。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2003年06月26日(木) お腹のたるみ

午前中は忙しなかったんですが、午後になると一転、ヒマな時間帯。
ヒマとはいえ、やることはあるので、じっくりやることができました。

仕事にはさっさと片付ける性格のものと、じっくり考えてやる性格の
ものとがあります。大概はさっさとやるべきものですが、じっくり
やるものとは、その場で考えればできる類のものではない、いわゆる
その場しのぎでは対処できない、あるいは思った方向に行かなかった
時のリスクを含んでいなければならない類の仕事です。

まぁ、じっくり考えても答えの出せない時もありますから、その時は
開き直って、さっさとやりますけどね。納期があるから。

さて話は変わりまして、最近、お腹の周りがたるんできたような気が
します。1日のうち何回か上のフロアと行き来するんですが、その
帰りに階段を下りていると、少しばかりゆっさゆっさと体がゆれる
感じです。胸から下の方がね。

中学3年からこの歳になるまでほとんど体型が変わらなかった自分
ですが、生活環境が変わったからか、食生活が変わったからか、はた
また歳のせいなのか分かりませんが、ちょっとマズイかなと思ったり。

いつもなら、冬に太り、夏に痩せるというのがお決まりのパターンで
あったのですが、6月になっても痩せる気配なし。むしろ体が重く
感じてきました。太ったのか脂肪体型になってきたのか、体重計で
計ったわけではないので体重からの推測はできませんが、いずれに
しても、体質が少し変わってきたのでしょう。いい傾向ではない。

これからいよいよ暑くなる季節になりますが、土日にでも近所に散歩
道を作って歩き回ることにしようかな。2〜3時間ぐらい。体内に
蓄積したエネルギーを発散することをしなきゃ。やっぱ歳かな。これ。

はい。今日は曇りところにより一時雨。(東京地方)



2003年06月25日(水) 硬直した日常ではありますが

キツネ顔。自分の中でのキーポイントはどうやらこれのようです。
え?何のことかって?自分が好きになるタイプの顔つきです。

あるひとつのパターンはあるのですが、結果として必ずしもそうとは
言えないところが面白いというか、人間らしいというか。

でもどちらかというと接し方の方が影響が大きいから、見た目がどう
かは重要ではありますが、決定的な要因ではありません。そう思う
ようになりました。

うれしいことはうれしい、悲しいことは悲しい、そう言い合える人が
現れることを願ってやまないのですが、こちらから動かなきゃね。

これ以上のことは言うまい。(笑)

はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)



2003年06月24日(火) なやみごと

やっぱ風呂にはいる時には浴槽に浸かるべきかねぇ。
もうかれこれ1年以上はシャワーだけ。疲れが取れないのはそのせい?

会社の寮に住んでいた時は、寮にあるにもかかわらず、少々高めの
ジャグジー付き銭湯に月に1回程度は通っていたもんだ。日曜日に
打ちっ放しに行った帰りにね。

疲れの一番大きいのはやはり足です。ヒザから下です。
これを一般的には足のむくみが取れないというのでしょうか。
ウチに帰ってゴロッとしていると、足元の痛みを覚えます。これは
翌朝になっても取れません。それを毎日繰り返していると、土日の
休日があっても、月曜日にはまた復活しています。だんだんと足の
疲れが増してきます。

会社の事務所にいる時にサンダル履きにでもできればまだいいので
しょうが、そういうわけにもいきません。ときどき悪いなとは思い
ながらも、机に座っている時に靴を脱いで足をブラブラさせています。
でないと、足元がうっ血して腫れ上がってしまいそうです。

1日中靴を履きっぱなしの日は、帰宅時には足の指が痛くて仕方が
ありません。恐らくむくんでいるからでしょう。足のむくみを予想
して、少し大きめの靴を履いた時には、その隙間で足が擦れてマメが
できてしまうという・・・。なんかいい方法はないもんですかね?

偏平足だから余計に足の疲れが強調されてしまって、こればっかりは
他に人に悩みを相談しても分かってもらえないので、自分で何とか
解決するしかありません。

現在の悩み事でした。どうせ悩むんだったら色事で悩みたい・・・。

はい。今日は曇りときどき小雨。(東京地方)



2003年06月23日(月) 臭いを感じ取る「鼻」

かなり数としては減ったように思いますが、ディーゼルエンジンの車が
一生懸命走っている時のあの黒煙と臭いは強烈です。特に古いタイプ。

発進時と上り坂での加速の時は、後ろについているだけで臭いが車内に
入ってきますから、急いで換気を室内に変えます。トラックやバスの
後ろにいる時も同じです。道を歩いている時でも、近くを発進するや
いなや、あの臭いがしてきますから鼻を覆いたくなります。

ところが、この臭いというものは大事で、悪臭を感じるだけでもまだ
ましです。異臭と感じること自体が人体への悪影響を阻止する働きで、
これを感じるからこそ自分の身を守っているわけです。

例えば都市ガスなんかは臭いがありません。もしかしてどこかから漏れて
いたとしても、人間の鼻ではガスの存在を感じ取れません。一方では
これがプロパンガスだったらその特有の臭いがするわけで、この臭いが
すればガス漏れだと感じ取れます。そして危険性を感じます。一酸化炭素
なんかもそうですね。臭いませんから、いつのまにか苦しくなって死に
至ることもあります。

悪臭はその大小はあれ、毒性があることは間違いありません。
毒性のあるものは排除するべきで、それが商業用に利用されているとは
いえ、いずれは無くしていく方向に行くべきです。そのためにも行政は
規制を行い、メーカはそれに向けて努力し結果を出す。そこに新しい商売
の可能性が出てくるわけです。

メーカというのは、往々にして技術者の趣味でモノ作りをすることがあり
ます。それがマーケットに受け入れられるかどうかは別にして、技術者が
よかれと思ったり、売れるに違いないと勝手に思いこんでね。だからこそ
事務屋のシロウト考えが必要だし、外的要因により現状では不可能なこと
を突き付ける必要が出てきます。技術屋の切磋琢磨とは、場合によっては
自己満足の世界に陥ることを意味しています。「場合によっては」ね。
その場合とは客観的な評価が出せない場合。否定されなければあの手この
手を使って自己の正当性を訴えてきます。

まぁ話は飛んじゃいましたが、どこの世界でも「鼻」の利く人がいれば
危険を回避したり、収入を得る結果を導いてくれることになります。
これもひとつの能力ですね。計る物差しは無いけれど。実際に臭いを
感じることも、察知する感性にしても。

はい。今日は曇りときどき雨。(東京地方)



2003年06月22日(日) 小次郎の謎

武蔵と小次郎の闘いで有名な巌流島ですが、そもそも巌流島という島
はなく、下関側からは舟島、小倉では向島と呼ばれていたそうです。
(現在の正式な住所は下関市舟島。下関市と三菱重工が所有してしる
島です。)

「巌流」というのは小次郎の流派のことで、これが島の通称になって
しまったようです。ちなみに巌流といえば錦川のことを指すそうです。
ですから錦帯橋のところには佐々木小次郎の像が置かれています。

小次郎の対極として語り継がれている人が宮本武蔵です。
吉川英治が小説「宮本武蔵」で記している武蔵像があります(NHKで
放映されているドラマの原作)が、これは吉川英治流の解釈による
ものですので、史実に正確であるかどうかは定かではありません。
むしろ史実に忠実であると、本来の武蔵像というものが崩れてしまうかも
しれません。あくまでも吉川英治流ということを認識しておいた方が
いいでしょう。小説ですからね。

歴史的にはたった300数十年前の人ですが、とりたてて表舞台に
出た人ではないことから、彼の人となりが示される書物も少なくしか
残っていません。かの「五輪書」も彼の直筆かどうかも検証されて
いるわけではありません。むしろ彼の弟子が彼の教えを記したとする
説の方が有力です。巌流島の決闘のことも記されていませんしね。

巌流島の決闘で武蔵が小次郎を破ったというのはどうやらいわく付き
のようです。というのも、武蔵は小次郎を致命傷のあるほど叩きのめ
したのではなく、船の櫓を削った木剣で頭部を打った時点で終わり。
「一撃の約」という約束を守ったものと思われます。にもかかわらず
小次郎は巌流島の闘いで命を落としていることになっています。

この決闘は小次郎暗殺説がまことしやかにささやかれており、これが
また真実味があります。武蔵が巌流島のことを記していないのも、口
にしなかったのも、後でそのことを聞かされてからだと思ってもおか
しくはないからです。さらにはその暗殺には武蔵の父「無二之助」が
関わっていたとすればなおさらですね。

問題なのは、佐々木小次郎という人物の素性がいまだに解明できてい
ないこと。その解明のためにこの巌流島の件がカギになっているよう
です。「武蔵、破れたり!」の言葉だけが一人歩きしているような、
そんな気がしてなりません。

吉川英治が小説化することで一躍有名になった武蔵ですが、一方では
主役となることがなかった佐々木小次郎は謎な部分が多いのも事実。
ドラマで演じられて入る頑なな武蔵とスマートな小次郎という図式も
どうなんでしょうねぇ。

小学生の時に関門トンネルを歩いて渡ったことがありますが、そんな
ことに思いを馳せることはありませんでした。巌流島がすぐそこにあった
なんてことを知りませんでしたから。その後もずっとありませんでした。
今度実家へ帰る時には壇ノ浦PAに立ち寄って、少しばかり歴史に浸って
みようかな。なんて。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年06月21日(土) 箏と琴

どちらも「こと」です。
あの和楽器の「こと」です。

箏は、「そう」あるいは「しょう」とも読みます。
琴は、「きん」とも読みます。

このふたつの大きな違いは弦の数と柱(じ)の有無。
琴は7弦、箏は13弦あるいはそれ以上で最大80弦まであります。
それから胴の上に立てる柱があるのが箏で、ないのが琴。
琴は今では衰退し、1絃琴・2絃琴が残るのみとなったようです。

ちなみに「弦」の字は、かつては絹の糸を使用していたことから、「絃」と
いう字を使うのが正しいようです。また3絃とは三味線のことです。
琵琶も「びわのこと」と呼ばれる琴の一種です。

どちらも中国から伝来したと言われていますが、伝来当初は琴(きん)と
区別して「さう(箏)のこと」と呼びましたが、後に単に「こと」と呼ぶに
至って用字混同を生じたと言われています。

福山楽器センターのHPから定義を引用させてもらいますと、

【箏】
木製(通常は桐(きり))の長い胴の表面に一三弦(中国の現行の箏では
二十余弦)を張り、柱(じ)で各弦を調律し、右手指にはめた義爪(つめ)
で弾奏するもの

【琴】
琴柱(ことじ)をたてず、七本の弦を張り、一三個の徽(き)(勘所(かん
どころ))を目印とし左手で弦を押さえ、右手で弾くもの

ということは、よく見かけるものは「箏」なのですね。

知らなきゃ知らないで済むことですが、まぁ雑学程度に覚えていても損には
なりませんから。そういうことで。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年06月20日(金) アメリカ人だから?

アメリカの企業に長く勤めている人は、いくらその人が日本人であっても
その人が勤めている企業の色、あるいは周囲のアメリカ人の思考に染まって
しまうんでしょうかねぇ。交渉のやり方というのも非常に一方的で、自社の
都合を押し付けて一歩も譲らない。自社に不利にならないことで相手方に
譲歩してもいいようなことでも、自社の決めたことにそぐわないことであれ
ば、いくら経済効率を叫んでも通じない。むしろ、そんなことはどうでも
いいと言う。自社の主張が通れば、相手がどうなってもいいという論理。

自社が生き残るためには背に腹は変えれないということなんでしょうか。
いかにも攻撃的です。頭がいいと言えばいいのか余裕が無いと言えばいい
のか分かりません。

やはり彼ら(アメリカ人)は総体的に一国主義、つまり自己主張の塊なの
でしょうか。オレがオレがと主張するばかりで、周りの凋落を笑って過ごす
だけのケツの穴の小さい人種なのでしょうか。もっと腹の据わった大人の
国であるという印象を持っている自分ですから、どうも首を捻らざるをえな
いことをやっているように思えてなりません。

短絡的に考えると、自己主張が強いのは、彼らの内的な、あるいは本質的な
弱さを隠すために吠えているとも言えます。知的でスマートに装っている
一方で、そうではない側面の大きさに怯えているのかもしれません。

学生時代には懐の大きい国だと信じきっていたアメリカも、現実に接して
みるとそうではないことがあまりにも多くて、これは何なのかと自分に問う
場面が増えました。相手に対する疑問もありますが、自分が信じてきた
アメリカという国に対する認識が間違っていたのかどうなのか。今の姿が
できあがったのはどういった背景があるのかという歴史的な側面を知ること
も大事かもしれません。歴史を知ることで理解できる現実もあるでしょう。

この人は何を言いたいのかを知るためには、その人となりを知ることも必要
ですが、その人を育んだ歴史を知ることも大事ですね。個別事情と大枠では
必ずしも一致しませんが、自分なりに理解できるレベルに達するには、その
大枠を知ることから始まると思います。

日本の常識で彼らを考えることは間違いを引き起こすことに繋がります。
彼らの育ってきた環境、風土、歴史なんかを学ぶことが相手を理解する1歩
に繋がるならば、やはり学生時代にそれらを学習レベルを超えて研究する
あたりまでやっておくべきだったかな、なんて今更ながら思います。

今はそんな時間なんかも取れないので、今、目の前で会話している数少ない
サンプルである相手のことを冷静に見つめていこう。あいつらはこちらを
怒らせて思考力を低下させたところでたたみかけることが得意だから、意識
して冷静になって出方を見るようにしなきゃ。短気は損気ですね。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2003年06月19日(木) あなたのルーツはどこ?

ミトコンドリアDNAによる遺伝子の解析。
これは母親方の遺伝子情報を伝えるものです。これにより、琉球王朝の
ルーツを辿る研究が行われています。

父親方のルーツを辿ることはできませんが、少なくとも母親方がどの
ような歴史を歩んできたのか、どこから琉球へ渡ってきたのか、その
あたりから琉球王国の成り立ちを推測していこうというもの。

縄文時代から住みついたであろうと推測された琉球地方の人々ですが、
どうやらその後にも東南アジア地域との交流からさまざまな人々の血が
混じっているようです。本土ではほとんど記録されなかった遺伝子が
大きな割合で発見されたということは、本土の人々とは基本的に人種が
違うということになります。

この解析方法はまだ10年そこらしか経っていない新しい学問だそう
です。ということは、これから今までには考えられなかった新しい発見
も、この学問から起こる可能性もあります。

この日本は、古い昔は大陸と陸続きであり、その期間に大陸から移動
してきた人種が日本人のルーツであるということになっていますが、
もしかしたらそれはマイナーな人種であって、大陸と切り離れた後に
海を渡ってきた人種がメジャーな人種であるのかもしれません。

これからさらに研究が進むことによって、日本人のルーツがもっと詳細
に究明されるかもしれませんね。さて、あなたのルーツはどこなんで
しょうか?自分は恐らく南方系です。(笑)

はい。今日は曇り。(東京地方)



2003年06月18日(水) 地主を笑うな

自分のことを指差して笑っていた隣の席の同僚が、菊の紋章の
再発を起こしました。痛くなったらとにかく痛いのがこの症状。
座って痛いし立ってても痛い。

自分も地主の一人ですから、この痛みは分かります。
手を抜くといきなり来ますから、常日頃からの手入れが大事です。

手入れが行き届いていれば、普段はなんということはありません。
日常生活では痛くもかゆくもありません。だから忘れた頃にやって
くるのが怖い病気です。

一度発症すると一生ものになりますから、いずれは手術となるので
しょうが、どうしようもない状態でなければそこまでやる必要は
ないと思って先送りする。早目にやれば小さな手術で済むことも、
やはり手術という大げさな儀式を向かえることに抵抗を覚えるから
結果的に大きな犠牲を払うことになります。ということは分かって
いるんですが、これがなかなかできないんですねぇ。

ヒザの手術で入院していた時に、かの手術をした人が同室でしたが、
その姿を毎日見ていたもんだから余計に億劫になってしまいまして。

とはいえ地主は海外赴任がつらいです。特に医薬品が充実していない
地域となるとそうですね。会社側としても、地主に海外赴任はさせる
ことに否定的です。仕事に支障が出てくる可能性が高いから。国内
だと、それなりにケアできる環境があるからまだましなんです。

まぁ、この話題は経験した人にはつらい話題ですので、このへんで。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2003年06月17日(火) 入社時のことを思い出しながらしみじみ

タバコ部屋で先輩社員と話しをしていましたが、昔話に終始して、
「あの頃(90年前後)は良かったなぁ」と漏らすばかり。

というのもお互いに事業の再編の当事者で、近い将来、どこかへ
異動する、あるいは未来のない事業で前向きな気持ちになれない
期間が長く続くであろうから精神的に潰れそうだということから。

要するにお互いのキズを舐め合っているだけなわけで、傍からすると
くたびれたオジさんがうな垂れて背中を丸めながら何をするわけでも
なく、ただ下を向いてため息をついているようなもの。暗いです。

自分の場合は戦後処理への苛立ち、彼の場合はいくらあがいても将来
のない事業に縛られていることへの失望感です。ある意味では給料を
もらいながらですから、短期的には精神的に辛いことでも失業した人
に比べれば恵まれています。だからこそここで投げ捨てるわけには
いかないことはお互いに良く分かっています。だから不満というより
グチです。言っても始まらないけど、言わずにはいられない。だけど
言う相手も誰でもいいわけではないから気の知れた人に言う。

サラリーマンをやっていくためには、こういう人が社内にいてくれると
非常に助かります。何かをしてくれるわけではないし、何かしてくれる
ことを求めるわけではないけど、公然とは職場で言えないことを話す
ことのできる人がいてくれるだけで、それだけで気持ちの切り替えが
できます。

他人に迷惑をかけないで息抜きや気晴らしができるっていうのは精神
衛生上、非常に大事なことです。人にはそれぞれストレスを発散させる
方法があると思いますが、せめて他人には迷惑をかけないようにしたい
ものです。だからこそ長い人生、いろんなことを経験すべきで、その
中で自分が取り組もうと思うことがあったりなかったり、そんな変化を
経験しながら生き甲斐を感じていくんでしょうね。

帰り道で、年頃は高校生でしょうか、女の子たちがはしゃいでいる姿を
みかけまして、なんだか心休まる思いでした。真面目に仕事に取り組ん
でいると、往々にして悲観的な気分になります。もう少し気楽な思いで
はじけるぐらいの方が発想が前向きになりますね。時々は息抜きをしな
がら、気分を盛り上げなきゃね。

それにしてもアメリカ人というものは仕事のパートナーとか客先のこと
よりも自分を優先させる人種ということをつくづく感じます。あたかも
人に優しいように見せかけて、実は自分に優しいだけというのが節々に
見え隠れするところが取引先と3年間付き合った結論。この会社だけの
特質だと思いたい。でなければイラク戦争はアメリカのエゴでしかなか
ったと言わざるを得ないから。論理的ではないけど、そう思いたくなる。

そういう意味では、「千人祈」は戦争に対してと言うより「アメリカ」
という国家に対する批判だったのかもしれないと感じて仕方ない。
本日は見方を変えてもう一度眺め直してみました。何回も読み直して
みると、今までと違った感じ方をするかもしれないから、あと数回、
読み直してみます。感想はその後にね。>コトウさん

はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)



2003年06月16日(月) 一読者の勝手なたわごと

読者というのは本当に勝手なもので、作者がどんな思いで書き上げたか
なんてことは一切お構いなし。紙面の文字にだけしか目がいかないから
思いが伝わるかどうかは読者の思い次第。だからこそコミュニケーションが
欲しいわけで、作者としては読者の気持ちを伝えられるのはうれしい行為
だと思うんでしょうね。その気持ちが批判的であっても好意的であっても。
この日記を書いている自分も普段は読者側の立場ですから、読んだら読んだで
作者に感想を述べることにはしているんですけどね。(但しコトウさんのみ)

さて、ようやく池袋ジュンク堂で「千人祈」を購入しまして、早速帰りの
電車の中で読んでみました。いやぁ、細かいことは別の機会に譲るとして
なんとまあ「反戦」とか「戦争」という言葉の軽いこと。

自身に害の届かないところで行われているから言える言葉なんだろうと
思いつつ読み進めましたが、中でも多いのが疑問型。切り捨てるような
言葉は意外と少ない。これはどういうことなんでしょうか。

やはり実感が沸かないながらも血の流れる戦争そのものには反感を覚える
からでしょうね。戦争そのものしか見えないから、その背景となるものが
何なのか、その根底に流れる怒りとは何かを考える前に、事象だけを捉え
ているからに他ならないと自分は思います。

ただ、こういう声というものは今まで形となって人目につくことはなかった
わけですし、声を上げることをためらった人でも文字にして参加できること
を実感できる機会を与えたという功績は大きいと思います。しかも掲示板
に留まらず、書籍となって一般書店の店頭に登場したわけですから、少なく
とも、今回のイベントに参加した人、これらの言葉や行為に反感を感じた人、
あるいは編集者諸氏にとってはいい刺激になったのではないでしょうか。

忘れてならないのは、反戦行為というのは戦争行為に対するアンチテーゼ
ですから、これがマスになってしまってはいけないということです。あく
まで均衡しているからいいバランスを保つわけです。マイナーでいいんです。

建前のない戦争はないわけですから、もしそのあたりで論理的な説明がなさ
れることがなければ、そこを突けばいいのですから、これは反戦というより
政治的な対抗ということになるでしょう。

狭義の戦争というものは、やはり政治的な意味合いが大きいわけですから、
これを本当に大きな声にしてしまえばどうしても思想的な観点から考えて
しまいます。そうなると心の底から発する本心をひとことというわけには
いきません。国体に隠れて底辺にある叫びが見えなくなってしまいます。

せめて国家に対抗する個人という図式にはなりたくないもんです。
(実はこの図式は避けられないんですけどね。)
こういう地道な行動の積み上げが大事です。編集者諸氏、おつかれさん。

はい。今日は曇りところにより一時雨。(東京地方)



2003年06月15日(日) 利息の定義

利息と利子の違いって何でしょう?
使い方としては、「預金利息」「貸付利子」なんていうぐらいですから、
金融機関に貸し付けると利息、金融機関が貸し付けると利子とも言えなくも
ありません。とはいえ、性格上はどちらも同じ意味ですね。

さて、ここからは表現を「利息」に統一しますが、この利息ってどういう
意味なのでしょうか。日本における一般的な定義としては、

「元本使用の対価であり、貸付額と貸付期間に比例して支払われる金銭その
他の代替物」

と言われています。この中には、元本の貸借料のみならず、事務手数料や
資金調達手数料、あるいは貸倒れリスク料などが含まれます。ですから
個人と企業とではその利率に差があり、企業でも差があります。借り先
でも、証券会社や生保、銀行、銀行系ローン会社、消費者ローン会社、
サラ金とではその利率が違います。信用のあるほど前者側、信用がないほど
後者側になります。さらにはその貸出手法も違います。

利息には通常の資金貸付以外に、企業へのコミットメントラインとかCPの
バックアップラインとかいう貸付保証枠そのものにも適用されていますから、
必ずしもキャッシュが動いた時に限りません。

技術的な研究はここを参考に見てもらえれば
いいかと思います。

個人でいうと銀行から借りれない人は消費者ローンやサラ金へ流れていま
したが、その隙間を埋めるものとして銀行系ローン会社が出てきました。
それでも10%を越える利息を課すのは個人に対する信用が低いから。
その信用はどこから来るかというと、多くは所属する会社であり、それから
個人のタイトルや功績から来ます。ですから無職の人には審査が厳しくなる
のは銀行側からすると当然の行為になります。芸能人であればその知名度
ということになるのでしょうね。

このデフレの状況では貨幣価値が高いわけですから、できるだけ借金を
せずに現金を持っておいた方がいいということになります。(本当に今は
デフレであるというならば)

借りる側からすると借りにくい状況であり、逆に貸す方も金融庁からの
縛りのせいでおいそれと貸せる状況ではありません。こんな状態を金融
収縮といいます。経済の血である貨幣の流通が減少してしまうのです。
お金を使える環境にないことを一般的に景気が悪いと表現します。これは
持ってて使えない場合も、持たぬために使えない場合も同じです。

企業は依然バランスシートの改善に努めていますから借金の返済を行って
います。超低金利が続いているのに借りないのは従来では考えられなかった
行為です。この環境が改善されなければ生保の利率も高まらないし、預貯金
の金利も高まらない(つまり国債が高い)わけですから異常です。

でも、なによりも収入が減っているわけですから買いたいものも遊び金も
減っていますから、これをどこまで続けられるか。結構ストレスが溜まり
ます。利息云々を言う前に、早く収入が増えて欲しいものです。

さて、これは誰に言っているのでしょうか?(苦笑)

はい。今日は曇りところにより一時雨。(東京地方)



2003年06月14日(土) 政治を感じる

古賀誠という衆議院議員がおりますが、この人は自分の出身地である
福岡県は山門郡瀬高町の出身です。選挙のできる年齢になってから
この人の存在を知りました。麻生太郎と並ぶ福岡の重鎮です。

当時彼は建設政務次官であり、この時から建設畑を歩むことになります。
道路族の長でありながら、九州整備新幹線も彼の影響が大きかったと想像
されます。

彼の信条は「至誠通天」。
ひとつひとつのものごとに誠実に取り組めば、必ず願いは通ずる、そう
いった意味合いだそうです。将来の日本の繁栄を願った素晴らしい信条
だと思います。その場の奇策ではなく、地道に積み上げていく姿勢を
表している言葉だと思います。

この人は小泉内閣の抵抗勢力の一人ですが、自民党の中では比較的冷静で
攻撃的ではありません。裏でどういう行動なのかは推し測ることもできま
せんが、少なくとも公然となじるようなことはしませんね。そのあたりは
スマートに対処しているようです。

亀井静香、野中広務、江藤隆美といった急進派(あるいは超保守派)とは
一線を画す人物だと思っています。同じ抵抗勢力グループでもね。

これまでの自身の功績を楯に時代の流れによる変化を感じ取ることのでき
ない古臭い考えを押し付けようとするこれらの人は、より良くありたいと
思う人々の欲求を満たそうとするそのことだけを前面に押し出し、一方で
我慢しなければならないことを悪とする偽善野郎です。

人々の欲することばかりを解決していれば、いずれは財政が破綻してしま
うことなど微塵も考えていません。これを政治の仕事と勘違いしている。

政治は大局観でモノゴトを考え、国益を守ることが仕事のはずです。
それを保身のために置き換えているのはまるで官僚のやることです。
国民の代表である代議士は、官僚の対極、チェック役であるはずです。

まぁ、そういった自民党のご老体たちですが、一方では時代の動きを感じ
取れる若い世代も存在するわけで、一概に自民党は崩壊したとは言えない
でしょう。逆に、民主党なんかは単に自民党に敵対したいだけの党首が
存在しているうちは国民の賛同も得られないでしょうから、当面は自民党
の若い世代の躍進を期待するしかありません。

政治家を、政党を、ひとつのものとして捉えるのではなく、個々の政治家を
見てみると、意外な側面が見えてくるかもしれません。見方が変わるかも
しれません。イメージだけで投票をするのは国民としては浅はかな行動で
あると思います。本質を理解せずに自分のクビを絞めているようなもの。

考えることから逃避している人には投票をして欲しくないと思うのは自分
だけでしょうか。こういう人が投票をするからいい加減な政治家が生まれ
てしまうということも言えますから。というのは母親の弁。

自分の生活は政治に直結していることを時には感じてもいいかもね。

そういえば、ただいまル・マン24時間をやっています。
また寝ることのできない日がやってきたか。(笑)

はい。今日は曇りのち一時雨。(東京地方)



2003年06月13日(金) つまんなーい

会社の机の上が書類の山になっています。
電話器が書類で隠れてしまっています。
右の書類の山と左の書類の山の谷間にノートPCがあって、
その手前にも書類が少し置かれています。キーボードを打ち
難くて仕方ない。けれども片付ける場所がありません。

なんて、ただの不精モノです。
どこに何があるのかはある程度は分かっていますが、そのうち
忘れてしまいますから、片付けているうちに、そういえばこの
書類はここにあったんだと思い出すこともしばしば。

山になっているから、ほとんど使うことなく積み上げられている
わけですが、これといって問題がないということは、ほとんどが
用済みか用ナシの書類だということ。恐らく全部捨てても問題は
起きないのかな。

なんでこういうつまんないことを書いているかというと、たぶん
つまんないと思っている毎日を過ごしているからでしょう。
なんだか張り合いがないんですね。仕事にしてもプライベートに
しても。うーん。つまんない。

わざわざ帰宅の時に山手線を遠回りして、西武線をわざわざ各停に
乗って本を読みながら居眠りしている毎日。そんなことをしている
ぐらいなら、早く帰って予約している「千人祈」をJUNKE堂へ取りに
行けって言われそうです。週末に池袋へ行こう。

はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)



2003年06月12日(木) たまには忙しい時も

あぁ疲れた。
昨日の晩から東予に移動して、今朝から工場での装置搬入の立会いと
午後から立ち退きスケジュールの打ち合わせ。それが終わるやいなや
そそくさと引きあげるために在来線に飛び乗って松山へ。飛行機に
乗って羽田へ着き、その足で会社へ。その後に帰宅。

目的がひとつの出張は楽なのですが、複数あると移動時間を考えなが
らになりますから、ダラダラとやるわけにはいきません。

まぁいずれにしても移動中は気の休まる時間ですから思いきり爆睡。
こういう生活が続く売れっ子の芸能人はそういう意味で大変だなと
感じたりして。自分みたいにたまーにしかこういうことのない人には
1回そういうことがあっただけできつく感じるものなんだけど。

とはいえ、やることのあるウチが華かな?
なーんにもやることがなくなったら、それはそれで精神的によろしく
ないからね。やれるうちにやるしかないね。当たり前だけど。

それにしても携帯の調子が悪い。一部の人にはご迷惑をおかけして
いるようで、心苦しい限りです。言うことを聞いてくれないのね。
暴走を始めたら止まらない。と思っていたら固まるし。そろそろ
替え時なのかな。ボーナスが出たら考えよう。それまでは安易に
電源つけるのは止めておこう。

はい。今日は曇り。(東予地方)



2003年06月11日(水) 考え方の違いではあろうが

いつもより早起きして、朝から横須賀にある事業所へ出かけて、その
事業所で付加される年間配賦予算の説明会に出席しました。そこで
配賦方法の概要が説明されましたが、いささか納得いかない内容。

配賦とは、会社の共通部門の費用を、事業部門がある決められた割合で
割り当てられることです。要するに、収入のある部門が収入のない
サービスを提供するスタッフ部門を養うということです。これは本社の
全ての部門だけでなく、事業所の間接部門も同じことです。

この日は関係ある事業部門の管理担当が出席していましたが、その
多くはやはり自分と同じ見方をしていました。配賦の仕方に付いては
いくつかの考え方があるし、ある基準を作ることは大事なのですが、
その基準たるや紋切り型で非人情的。

いろんな事情を持った事業部門が集まっているわけですから、それぞれ
自分たちの都合を主張するわけですが、身勝手さを差し引いたとして
も、どうしても割り切れないやり方があります。

それは、「部門数で均等割り」。

案を作成した担当者は、全ての部門が応分の負担をしてもらうことを
考えた、と言いますが、この方法は不公平感が大きくなり、最後まで
納得できない部門ができてしまう方法です。

不公平感の原因は、収入の大小、人数の多少、利用の頻度に関わらず
その事業所に席を置いているだけで付加されるためです。いわば権利金
あるいは暖簾代とでもいいましょうか。

要するに、この均等割りの金額を負担できないなら、事業所から出て
行けということです。好意的に考えれば、この負担を軽減するために
収入を増やせということです。

案を考えた方も苦肉の策だったのでしょうが、あまりに反対意見が多く
差し戻しとなりました。ウチの部門もその負担金額が目立っていたため
モノ申そうと思いましたが、他の人が気を遣って代弁してくれたので、
その人に感謝しつつ発言を差し控えました。大きな声を上げたところで
ウチの部門は今年度限りなので、どうでもいいっちゅーたらどうでもいい。

ただ本音をそのまま公の場で発言すると誤解を生じるので差し控えた
わけで、他に同じ意見を持った人が多くいて助かりました。

この手の問題は、どこの会社にも存在するわけで、いかにスタッフ部門
の費用を事業部門が吸収してくれるかが課題です。ですから事業部門は
収益の上がらない事業を差し控えざるを得ないわけで、かといって、
スタッフ部門は知識や知恵の宝庫ですから、これを蔑ろにするわけには
いきません。このあたりにもバランス感覚のある人が望まれます。
エゴの主張をみんながすれば、まとまる意見もまとまらなくなります。
相手の都合を考えながらいかに自分の都合を通すか。こうやって初めて
妥協という産物ができるのだと思います。

日本語の「妥協」とは自分を殺すこと、始めから諦めることのように
思われますからどちらかというと後ろ向きな言葉ですが、このあたりは
欧米風の理解をするべきかな。主張一方でも引きっぱなしでもダメです。
主張のぶつかり合いが予想される時には、特にそうすべきでしょうね。

そういう意味でも、専門的な能力よりも総合的な能力に長けている人の
方が会社からは求められているのかもしれません。ムダなエネルギーを
放出して衝突するよりも、そのエネルギーはもっと有益に使うことを
考えた方がどれだけいいことか。そう思います。

はい。今日は曇りのち雨。(東京地方)



2003年06月10日(火) 大人の礼儀

仕事って個人的にウマが合うとか合わないとかあります。
この人とは一緒に仕事をしたいと思えるかそうでないかです。

自分が一番気にするのは、電話の置き方です。
電話って受話器を放り投げるように置くと、相手の耳には耳障りな
「ガチャ!」という音が聞こえます。こういう無神経な電話の置き方
をする人は自分は好きではありません。むしろ嫌いです。

これもタイミングの問題なのでしょうが、相手がまだ耳元に受話器を
持っている間に受話器を置いてしまっては、それこそ相手に不快感を
与えてしまいます。用件を伝えてさっさと受話器を置く人は要注意です。

最後に「宜しくお願いします」とか「失礼します」とかいう言葉で会話
を締める人にとっては、用件が済んですぐには受話器を置けません。
むしろそれが礼儀だと思っているし、そう言うようにしつけられている
もんだから、相手がそういう言葉無しに受話器を置くような場面では
イヤな気分になるでしょう。

そういった細かいところで気を遣える人を自分は大事にします。
仕事をこなすことができれば、それ以外の細かいところは気にしないと
いうのはそれぞれの考えようでしょうが、自分はそれを仕事の基本だと
思っているので、基本ができない人は仕事もできないと思っています。

相手が客先であればまだ我慢できるのですが、こちらが客の場合にその
ような無神経さを見せ付けられたら、いくら会社の付き合いとはいえ、
個人の無神経さを会社の無神経さに置き換えてしまいたくなる。つまり
"Good-by forever!"です。出禁です。

大人気ないと思われるでしょうが、そういった気遣いも大人のしぐさだ
と肝に銘じて欲しいものです。そう思った今日の出来事でした。

はい。今日は曇りのち雨。(東京地方)



2003年06月09日(月) 武蔵の五輪書

人気が下降気味のNHK大河ドラマ「武蔵」ですが、現在自分が読んでいる
本は、その武蔵が書いたと言われている(厳密にはその弟子が記したらしい)
「五輪書」(「ごりんのしょ」或いは「ごりんしょ」と読みます)の解説本。

武蔵が直接記したものではないのですが、弟子が忠実にその教えを文字に
置き換え、後世に残した人生の教示といえるでしょう。

この本はあくまで武蔵の兵法についての思想を記したもの。
それを現在に置き換えて考えるとどう読み取れるかがこの解説本の趣旨。

思想とはいえ、精神論ではなく、あくまで現実に即した考え。
というのも、頭で考えたものでなく、実際に実戦を重ねて命をかけた中で
どうやって生き延びるかを中心に述べている。他人の教えや抽象的な理念では
なく、恥も外聞もなくとにかく自身を強くして相手を打ち破る実戦論となって
いるところが武蔵らしいといえば武蔵らしい。権力の立場に立てなかった者の
ヒガミでもないし、自己陶酔でもないですよ。これは。

正直言って、この原文は解説ナシでは読みこなすことは難しい。
古文よりも現代文に近いとはいえ、やはり350年も前の文章ですから仮名
使いは旧仮名使い。意味も少々現代とは違うところもある。文字通りの解釈を
すると読み違えるところもある。しかも堅い。

読みこなすのは難しいですが、これを何回も読んでいるうちに、ドラマの中の
吉川英治流武蔵像とは違った側面が読んで取れる。脚本のせいもあるでしょう。

お通が武蔵へ伝えたい言葉。「人はひとりでは生きていけない。」
武蔵が求める「個」の自立と極めとは相反する見方ですが、このふたつを対比
させることで試聴者に問うているのではないでしょうか。

武蔵は巌流島での佐々木小次郎との戦いが記憶として残っているでしょうが、
武蔵個人に注目したことはあるでしょうか。剣の達人も権力の座に上らなけれ
ばタダの人といった感がなくはありません。でも荒んだこの時代だからこそ
発見できる武蔵の生き方への共鳴もあるのではないでしょうか。

もちょっと読み返してみよう。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年06月08日(日) ダメダメ曜日

何にもしゃべりたくない時ってダメですね。

多分、こういう時って精神的に不安定な時なんでしょう。
だから人としゃべりたくない。さらにいえば、人と接したくない。

朝から晴れて気分は良かったんですが、布団干して、風呂入って、
洗濯して、ゴロゴロしているうちに調子が悪くなってきた。

その後、髪が邪魔くさくなってきていたので散髪屋へ行きましたが、
そこの主人との会話も湿り気味。

下手にしゃべりかけられると気分を害す。問いかけに返さないと
また問われて、もしかしてこの人は耳が遠いのではないかと気を
遣われたりして、それがまた癪に触ったりして。

こういう時は多くを語らない方がいいね。
では。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2003年06月07日(土) 朝からアタフタ

朝起きたらもう8時。9時半にJR市川駅で待ち合わせだったから、
もう間に合わない。どうしよう。アタフタ・・・。

思えば今日は土曜日。どうりで目覚ましをセットしていなかったわけだ。
9時半の待ち合わせをしたのは客先訪問のため。月曜日の約束だった。
あー、焦った。ここんとこずーっと緊張した毎日だったからな。

そういうわけでもうひとねむり・・・したかったけど、誰かがやってきた。
それにしてもピンポンピンポン何回もうるさいな。

ウチの玄関にはモニター付きインターホンがついているから誰かがやって
きた時にはどんな人か分かるんですが、ヘルメット姿の怪しい人間。
一体誰だろうと様子を伺っていたら、
「よみうりしんぶんでーす!」
そういや呼んでいた。読売の集金。
わかったから、そうピンポンピンポン鳴らすなよ。

ドアを開けると怪しげなヘルメット姿の女性が立っていて、開口一番、
「3,720円です!」

お、毎日新聞と一緒か。足並みそろえているなぁ。
でも昨日の販売員の対応で継続をしないことを決めたから、読売購読は
7月まで。次はどこにしようかな。でも新聞は毎日読んでいるわけでは
ないから、しばらくは新聞購読を止めておこうかな。

はい。今日は曇りときどき晴れ。のち一時雨。(東京地方)



2003年06月06日(金) 怒るが負け?

昨日の留守電に読売新聞の販売員からメッセージが入っていたので、
恐らく先月分の集金のことだろうと思い、わざわざこちらから電話を
かけたのはいいのですが、その電話を取った販売員がまたおかしい。

自分「もしもし。○○3丁目のしむちゃん(仮称)ですが、お電話を頂いて
   いたようなので・・・。」

店員「3丁目のどちらですか?」

自分「3−○ー○です。」

店員「分かりました。ところでご用件は?」

自分「はぁ?そちらからお電話を頂いたので電話したんですけど・・・。
   多分集金のことなのでは?」

店員「少々お待ち下さい。・・・6番は、6番は。あ、担当は○○さんね。」
   (恐らく購読者台帳を見て担当者を見ていたんでしょう)

自分「はぁ・・・。」

店員「ところでご用件は?」

自分「(少々キレ気味で)だから、そちらから電話をもらったからだね。」

店員「あ、そうですか。じゃあ集金のことですかね?」

自分「(キレ気味で)あぁ、そうかもしらんね。」

店員「今日はいますか?」

自分「(マジにキレ気味)いますか?(客に向かっていう言葉か?)
   今は会社だから部屋にはいませんよ。」

店員「では、いつならいますか?」

自分「(ほとんどマジ切れ)いますか?いますか?って!」

店員「だから、いつならいますか?いる時に伺いますが?」

自分「(分かってくれないから諦めて)土曜日の午前中ならいますよ。」

店員「では、明日の午前中に伺うように伝えます。」

自分「ほんじゃ。(ガチャ)」


1.電話の趣旨を理解していない
2.言葉遣いがなっていない
3.まるで他人事
4.客が憤慨している口調を感じない

もうこれで決まりです。契約終了後の読売継続はありません。 

まぁ、でも憤りを覚えると思考能力が低下するというのは本当ですね。
読売を購読しようと考えた動機を忘れて、つまんないところでこれを否定
してしまうなんて、まるで政治家に煽動されているアホな国民と同じ。
他人をとやかく言う資格はないのかも。ちょっとばかり反省。

同じ土俵で考えるからいけないのかな。
こちらも客商売をしているから余計に気を遣うよね。言葉遣い。
自分も気をつけなきゃ。

はい。今日は曇り。(東京地方) 



2003年06月05日(木) 国の姿勢は内閣の色

「国民の生命と安全を守る」

これは国に課された責務です。これができなければ国家とは言えない。

そういう姿勢を強く見せるためでしょうか、大阪教育大学付属池田小学校の
児童8人が死亡した、乱入殺傷事件に対して国が遺族に対して裁判によらぬ
和解をしました。国とは文部科学省と大阪教育大学側です。

時まさにイラク戦争が終わり、その復興に参加することを協議し、そして
北朝鮮の拉致事件への解決を図ろうとしている時期。国民の命を守らずして
海外に目を向けているなどとは思われないようにしたと考えられます。そう
いった意味では池田小学校の場合は特例といえましょうか。2年という月日
が過ぎてしまいましたが、国の動きとしてはとりわけ早かったと思います。

意図的かどうかもありますが、結果的にタイミングがいい。
小泉内閣の勢いが増すほどではありませんが、少なくとも不支持を主張する
人も減るのではないでしょうか。内閣の支持はこういったことの積み上げで
上昇します。全てのことにこういったことが適用されるわけではありません
が、社会的に注目された事件に対しては、その時期の内閣の姿勢が強く反映
されますから、これは小泉首相自身、それから彼を取り巻く支持者たちの
姿勢が優れているといえるでしょう。

とはいえ、小泉首相を取り巻く環境は、特に自民党内では厳しいようで、
調子のいい時には、特に抵抗勢力も勢いがいいという綱の引っ張り合い。
相も変わらず理解しがたい政党です。

それにしても阪神は強い。この時点で貯金21。
この時期に貯金20以上を持った球団は、見方によっては優勝率100%。
ということは今年の阪神優勝は確実ということになります。

自分は阪神ファンというわけではありませんが、巨人が情けない状況です
から、せめて阪神が圧倒的に勝ち続けてくれれば、関西地区の景気も少しは
上向いてくれると信じています。関西の景気が良くなれば次は・・・。

株式市場も底入れ感が強くなり、売り一色だった年度末もどこ吹く風。
このまま雰囲気よく続いてくれたらいいんだけど。どうでしょ?

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年06月04日(水) 創氏改名って?

もう夏なんでしょうか。
確かに暑くなりましたけどまだ6月に入ったばかり。

会社から帰宅した時、ウチのアパートの階段に1匹のクワガタ(オス)がいました。
実家の近所では珍しくないのですが、この土地では珍しい。
都心ではないにしても、多摩地区東部の埼玉県境には山間部はありませんからね。

さて話は変わりまして、東大の学園祭で起きた麻生自民党政調会長の創氏改名発言。
歴史認識についての質問に答える形で創氏改名について発言したといいます。

”麻生氏は、日本が日韓併合時代に行った創氏改名について「当時、朝鮮の人たちが
日本のパスポートをもらうと、名前のところにキンとかアンとか書いてあり、『朝鮮
人だな』といわれた。仕事がしにくかった。だから名字をくれ、といったのがそも
そもの始まりだ。かつて訪韓した際に、地元の人たちにこうした認識を話し、若い
世代の理解は得られなかったが、年配の人から『あなたの言う通りだ』と言われたし、
歴史認識は一緒になるわけがない」と持論を述べた。 ”(朝日新聞 HPより)

理解がどうとか認識がどうとか言う前に、タイミングが悪いです。
自民党の幹部が発言する内容ではありません。東大の学生相手に意気揚揚とお得意の
口調で話をしたのでしょうが、タイミングも悪いし題材も悪い。

創氏改名についてはインターネットで検索すればいろんな方が説明をしてくれている
のであえてここでは紹介しませんが、総じて言えば、日本は創氏改名を行ったことで
朝鮮民族への謝罪を96年に橋本元総理が行っているし、創氏改名を法制定していた
事実がありますから、決して朝鮮の方が望んで行ったことではありません。

議論としては創氏改名を強制したかというよりも「創氏改名」という言葉の理解に
食い違いがあることでしょう。「創氏」と「改名」は意味が違いますから。

さらに朝日新聞のHPには、

”<創氏改名> 日本が朝鮮半島を植民地支配していた1939年11月、朝鮮
総督府が朝鮮民事令改正で公布。翌年2月に施行した。「皇民化政策」の一環で
朝鮮姓を廃して日本式の名前に改めさせた。 ”

とありますが、説明に不備がありますね。これを見てどう思いますか?
歴史的な知識がなければどう見たって朝鮮姓を捨てさせたとしか読めませんね。
朝日はこういったところでの配慮に欠けると思います。説明不足で誤解を与えます。

6日から盧武鉉(ノ・ム・ヒョン)大統領が来日しますが、この件を発言せざるを
得なくなったことは残念です。有事法制に加えてこの発言ですから大統領も訪日時
の発言には苦慮するでしょう。決して日本と敵対しようとする姿勢のない大統領
ですから。

国民感情とは、こういった小さな発言の積み上げで壊れてしまうものです。
小泉内閣だけでなく、近隣諸国との関係まで壊そうとしているだろうか。
どう考えても国益を損なっています。このヒト。

はい。今日は曇りのち雨。(東京地方)



2003年06月03日(火) オレの仕事か?

なんか穏やかでない雰囲気のメールが入っていますが、これは明日にしよう。
会社のメールなので自宅に帰ってからはやる気もありませんし。

穏やかでないので細かいことは申し上げられませんが、問題になっているのは
自分が前の所属であった資金部時代に手伝ってあげた貿易保険のことです。
このときは本社部門で経験のある人がいなかったので、なぜだか当該の
事業部出身であった自分に火の粉が飛んできました。事業部の担当営業も
本社の国際法務も、それから本社企画もぜーんぶ自分にお押し付けやがった。
今ごろになって問題になったからと言って騒ぎ立てている。当時のことは
どうなっていたのかって、当の国際法務の人間が騒いでいる。

自分からすると、お前が真面目に仕事をしなかったから当時のことを思い
出すこともできないし、誰が担当していたかすら思い出せないでいる。
自分に救助依頼のメールを出したのは、事業部の管理部門から。当時の記憶が
ないかと言ってきた。この人は記憶がいいから、自分が関与していたことを
かすかに覚えていたようです。

会社が困っている過去の問題は、当時の関係者を引っ張り出すに限ります。
会社に在籍している限りにおいては。所属を異動しているからオレは知らない
なんていう官僚的な縦割りなことをやっていては、会社の利益にならない
ことは明白です。この問題を解決したからといって何ら感謝をされることは
ないんでしょうが、自分の時間の許す限りは協力したいと思います。だって
自分が1番時間をかけて、頭を使って書類を作り上げて、当時の通産省の
貿易保険課に相談、交渉しましたから。当時の事業部は書類作りに非協力的
だったから、こんなときは知らん振りでもしたいところですが、そんなとこ
ろでムダなエネルギーを発揮しても仕方がありません。

今は自分の部門も店を閉じている大事な時期。時間も惜しいです。
すでにオレの仕事ではなくなっていても、知る人がいなければ出て行くしか
ありません。こういった知識の蓄積をただ溜めているだけでは会社も機能して
いくはずがありません。蓄積したものを使ってこそ機能します。

ウダウダ書いてきましたが、明日は何らかの行動に出ることにします。
さて、どれだけのことができるか。もう4年も前の出来事だからねぇ。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年06月02日(月) 月曜日ぐらい早く帰りたいよ

この時間になって晩メシを食べるのは体に悪い。
腹は減ったけどひとくちだけで我慢しよう。ただいま午前1時前。
ウチに帰って1時間もせずに寝床につくのは何年振りかなぁ。(泣)

この時期に遅い時間の電車に乗ると酒飲んでグッタリのおっちゃんが
よく乗っているから危険なんだよね。しかもこちらは仕事で疲れて
いるから余計に臭いが気になる。普段の帰りに比べて敏感になるのね。

あー、日記を書いている場合ではないので寝ることにします。では。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年06月01日(日) 郵政事業の民営化はまず配送事業から

郵便事業に関する記事です。

”郵便事業参入が許可された民間8社のトップを切り、自転車・バイク便の「東海
メッセンジャーBb」(名古屋市東区)が1日、サービスをスタートさせた。
日曜で得意先の休みも多く、郵便物の配達依頼はなかったが、今井賢一郎社長は
「速達などは郵便局より早い。認知度が高まれば利用は多くなる」と自信をみせて
いる。

同社は総務省から、名古屋市中心部の半径7キロの範囲内で注文を受けた手紙や
はがきなど「特定信書」を3時間以内に配達する事業許可を得た。自転車30台、
バイク3台の体制で、1通600円から1600円で配達。1日100便を目指
す。

特定信書便事業の認可業者は現在、同社のほか東京都内などの7社が許可を受け
ており、順次サービスを始める。”(読売新聞)    [6月1日21時32分更新]


こういう考えはどうかなとは思いますが、商売ベースに乗る地域を民間に託して、
そうでないところは国が継続する。そんな住み分けにならないだろうか。そもそも
サービス開始をするためには国の認可が必要ですから、託す民間も国が選別できる
わけです。あまりに国の領域を民間が圧迫するようであれば恐らく規制をすること
になってしまうわけで、これでは郵便事業への民間参入の意義がなくなります。

そんなことを考えると、多くの民間企業が郵便事業に参入することは従来の郵便
事業に比べてサービスの質が総じて低下するのではないかと危惧をします。でも
郵便事業は郵便物の配送だけではないので、その配送を民間が大勢を占めたとして
も、貯金事業の方は従来通り継続されるわけで、この領域だけは民間に手放すこと
にはならないでしょう。郵貯・簡保での収益を配送事業での赤字穴埋め、それから
資金の融通の道を閉ざしてしまうようなことにはならないでしょう。

要するに、労働の開放を民間へ、資金の開放は行わない。そんなところでしょう。
ただ議論が必要なのは、郵貯や簡保にある資金を民間に移行させた場合の影響が
どれほどあるのか。どれだけの消費を期待できるか。お金を手放す行為になるか
どうかを議論して欲しいわけです。お金を手放すとは、お金を流通させる、回転
させるということです。この資金循環が期待できるのなら、郵貯や簡保を民間に
移行させるのも悪くない。時間をかけて議論して欲しいけどね。

特に郵貯の資金は国が握ってきたものですから、これが不良化しているかどうかは
預けている側には分からない。しかもそれが不良化しているとしても誰が責任を
取るかというと誰も責任を取らない。このあたりが民間で言うガバナンスです。
責任を持って預かっている国民の貯金をムダにしない責任があるわけですから、
その使用用途とその結果を分かりやすく公開する責任があると思います。銀行にも
モラルハザードはありますが、国(財務省)の中にも存在するわけです。だから
こそ構造改革が必要なわけで、金融に関しては民間が先導しています。ですから
郵政事業に関しても構造改革の手が伸びて、配送事業の次は郵貯・簡保になるわけ
です。さて、誰が抵抗するのでしょうか。抵抗する人は既得権のある人です。

さあ、F1のモナコGPが始まりました。どういう結果になるでしょうか。

はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)


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しむちゃん [HOMEPAGE]

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