しむちゃんのつれづれ日記
文字サイズは「中」が最適なようです。

2003年03月31日(月) 改めてコトウユウキにつれづれ

なんだか昨日行われました「千年祈」の影響でしょうか、コトウさんのサイト
からお越しになる方が多いです。1日のカウントとしては通常の10倍。
びっくりして腰が泳いでいるような興奮しているような。(笑)

千年祈の感想としては、本当はリーディングのことを言いたかった。
今までもコトウさんのリーディングを聞きに行った時には感想を日記に記載
してきましたが、今回は個人のリーディングというわけではなかったので
敢えて記載を控えました。自分が聞きに行ったリーディングとしては久しぶり
でしたし、本人も準備万端と自身を持っておりましたから期待はしていたの
です。ひとりの時は早口で聞きづらい場合があるのですが、今回は二人読み
でしたので、そのバランスを取るためにテンポを調整したみたいです。

とはいえ、他人の作品を読み上げるという今だかつてないことでした。
そういえば、自分もだまされて(笑)人前で即興の自作詩を読まされたことが
あったなぁ。これがいわゆるサラリーマン詩というものでしょうか。あはは。
まぁ、あれは詩というよりも思いつきの感想文だったから詩というまでには
至ってなかったけどね。舞台でお読みになった皆様、お疲れさまでした。

自称コトウフリーク(ちなみにストーカーではない)の自分は、本人も春九堂
さんに紹介していましたが、車で追いかけるなんてことをしたことがあります。
インターネットで知り合った人としては、なかなかいないんじゃない?こう
いうことする人。もしかしたらコアな追っかけなのかもしれません。今はもう
しておりませんが。

自分は彼女が「詩人の細胞」を発刊した時の頃は知りません。メルマガ「オレ
論」を発行した時に女子大生という言葉に釣られて読み始めたという不純な
動機でありまして(笑)。いやいや、彼女の「詩」に対する情熱に心を打たれ
たわけでありまして、表現方法がどうとか質がどうとかを言える立場でもない
し、言えるだけ心得ているわけでもない。それでも彼女を支持するのは、その
「情熱」にあるわけです。見てもらいたい、聞いてもらいたい、そんな動機に
共感しているんです。どうだおらっていう高圧的な態度でないところがいい。

ある意味、彼女は詩の宣教という使命を負っているので、自分の活動だけでは
なく、いかにして詩というものを広めていくか、教科書に載っているお堅い
だけのものではないことを理解してもらうか。それをどうしたら人目のつく
ところでお披露目できるか。インターネットの限界は、生の声に、生身の本人
に触れることができないこと。それから公開されている著作に手軽にアクセス
できるために重みを感じないこと。お金を払うわけでないからね。

こんな時代だからこそ形のあるもの、記憶に残るものを提供できるかどうか。
究極的には人の心に残る人になって欲しいわけです。企画ができないならば、
自分としては企画されたものに参加することがせめてもの行動です。

偉大な詩人とはならずとも、いつまでも心に残る詩人になって欲しいですね。

それにしても「Fカップ」が売りになるなんて、なんだかなぁ。(阿藤海風)

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月30日(日) 考えさせられました

今日は「千年祈」のイベントで駒込駅から歩いて20分ぐらいのところ
にある光源寺に行って来ました。どこが最寄の駅だかわからずに、ただ
駒込という言葉に頼って行きました。都内だとだいたい500m以内に
何かしら駅があるもんですが、それがどこやら。まぁ健康のためと思い
一番交通の便のいい駒込駅から歩いて行きました。

そんなことはいいとして、光源寺へ着きましたらなんだかイベントらし
きものが行われている。ここがそうだと思って入場料1000円を払って
寺社内に入りましたが、境内にそれらしきところはなく、ドーム型の
テントがあるだけ。まさかそこでやっているとは思わず、外で時間を
つぶしていましたが、どうやらそこで何やら行われている様子。

恐る恐るのぞいてみましたら、なんか出し物らしきことをやっていた。
しばらく見ていても客からリンゴを投げてもらってそれを口で刺すやつ。
どこかで誰かがやっているようなやつね。何回も客に投げなおさせて
笑いを取っているけど、なぜこんなことをずっとやっているのか理解が
できなかったので途中でテントを出まして、しかも聞いていた時刻に
なってもリーディングらしきことが始まらないから飽きれて帰ろうと
したところ、門のところで自分を呼び止める声が。コトウさんじゃない
ですか。こちらは少々怒りの気持ちでおりましたから、帰る気持ち満々。
でも千年祈のリーディングはまだらしい。ちょっと落ち着いたので、
帰りたい気持ちもそこそこに、彼女の出番まで待ってからにすることに。

しばらくたって、受付でもらったパンフレットとスケジュール表を見て
みると、予定時刻までまだあるじゃない。しばらく待っていましたが、
それでも予定時刻になってもなかなか始まらない。何だか段取り悪いな
と思ってしばらくたつと、ようやく始まりの声掛けがありました。

で、始まってからというもの、でぃびぃみやもと春九堂氏
が司会で始まるもの。おふたりとも名前は知っていたものの、直接拝見
するのは初めて。おもしろそうな二人。(笑)

それでおふたりの軽快なトークで始まった千人祈ですが、終りが悪かった。
リーディングそのものは悪くはないんですが、この趣旨の関係上、観る
側の意識が高いので、このインターネットで吸い上げたみんなの声を公表
するだけでは何ら行動にはなっていないと強く主張された。そもそもこの
千年祈は、声なき声を表に出していこうというものであって、行動を起こ
す手始めとして企画されたものじゃない。行動できないまでも、みんなの
中に思いはあるだろうからそれを表舞台に出して、何らかの形にしてみた
らどうかということであって、反戦運動としての行動ではないんだよね。

要するに行動のひとつの表現方法であって、反戦を訴える相手に直接の
動きを求めるものではない。そこに不満があったんでしょうね。表現の
手段としている人と、行動を求めている人との認識の違い。行動のレベル
が低ければそれは行動として認められないというのは極論です。何故なら
政府が恐れるのは行動の質ではなくて行動の数だから。ひとりの協賛より
多くの反感の方が政治家を動かします。大きな声で詰め寄ればいいという
ものではありません。そういう意味でもこの千年祈という企画は毎日新聞
をも動かしたという影響力があります。この事実は見逃す事はできません。

言いたいことは他にも色々とありますが、今回は主催者側の事前説明が
不充分であったことによる衝突という側面が否めないので、千年祈の主催者
側の落ち度であったとは言い難い。それだけにいやーな終わり方だった。
題材が悪かったというところでしょうか。リーディングで表現するにはね。

それにしても本郷通りには寺社が多いですね、

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月29日(土) ムダ骨

今日は必要なファイルを取りに横須賀へ行ったわけですが、
土日はこの事務所へのアクセスが悪いので車で行きました。

土曜日の都心越えはきついね。行きも帰りも。
昼間でも夕方でも一般道も高速も車が多いもんだから、車内の
ナビもあっちこっちルートを変えやがる。特に昼間の都心ね。
しかも一方へしか曲がれない交差点での出口で逆の方に行くよう
指示してくれた時にはなぐってやろうかと思いますが。

なんだってたかだか70kmぐらいで2時間半もかかるんだ。
しかも第三京浜・横横を通ってだよ。いっつも混んでいる。
降りるまでに料金所が3ヶ所もあるから面倒でもある。

めったに通らないから自分にとってはあんまり影響ないんだけど、
あれだけ多くの交通量とうことは、いつもあそこを通っている人
がいるっちゅーことね。高いお金を払って通るってことは、それ
だけ収入がないとやっていけないよね。みんな金持ちだ。

ま、そんなことはいいとして、ようやくたどり着いて、事務所の
書庫に向かってみたのはいいけども、あるはずのファイルがない。
ないんですよ。ここになかったらどこになるんだと落胆の色を
隠せない自分でした。結局、戦果もなく戻ることになりました。

このファイルというのは、ウチの事業で使っていたデモ機(つまり
営業活動をするために装置の性能を測るために、客先の使用して
いるレシピ(料理だと調理法。半導体業界でいう化学処理の仕方)
に適用できる装置かどうかを試すためにパターンを焼き付けた
ウェハかベアウェハ(パターン無し)かに生産に使用するウェハ
に近い状態のウェハをメーカに提供して、それで性能テストを
するんです。提携先との契約終了に伴い、そのデモ機を返却する
のに、いろいろとそのデモ機の情報を連絡しなければならない。
その情報が詰まったファイルが横須賀の事務所にあるはずだった。

ここになければ東京か愛媛の事務所にあるはずですが、それを探せ
るかどうか。とにかく来週の早い時期に探し当てねば。契約のドラ
フトを作り上げなければなりませんので、動き回れる時間がない
わけですが、このファイルがなければ不都合も生じてくるので、
何もしないわけにはいきません。時間が欲しいです。自分の代わり
に探してくれる人がいればいいんですけどね。

あれこれ考えても今日明日は何も進まないので、明日はゆっくり
休んで来週は目一杯やってみることにします。3月は月曜日のみ。
さて、月曜日1日でどれだけできるだろうか。

そういや、大学の授業料をまだ払い込んでいなかった。
これも月曜日が締め切りなのできちんとしなきゃ。ははは(汗)

はい。今日は曇り。(東京地方)



2003年03月28日(金) やっぱり慌しい

はぁ。二日続けて日付変更線越えの帰宅です。

戦略調整会議という経基職+担当役員の集まりの会議。
ここに営業職の面々(担当含む)が入ります。自分もそのひとり。

月末に切れる提携先との契約案を吟味して、相手先へ提出する
ための議論と今年度の部門業績の見込み報告。とりあえず今期の
業績は見込み通りの黒字になる予定。全社の中では小額ですが、
とにかく赤字にならなかっただけでも会社に対する負担をかける
ことにはならなかった。お荷物事業ということにはならなかった。

でも来年度は事業撤退を決定しているので、その撤退費用が発生
します。だから来年度はできるだけ人を少数にして固定費を抑える
スケジュールを立てなければならない。人を動かすということは、
組合への説明も併せて行わなければならない。この組合への説明
というのがやっかいです。

とはいえ、組合への説明は室長の仕事。担当職である自分が口を
出すわけにはいきません。なぜなら自分は組合員の立場にあるから。
そのあたりをきちんとしなければならないウチの会社は古臭い体質
を引きずっていると言ってもいいでしょう。外資系やらいくつかの
業界であれば、いきなりクビなんてこともありえますから。

今日付けで組合のビラがウチの職場のことで発行されていました。
組合対会社の協議を団交と言いますが、この団交と言うのが組合に
おけるひとつの行動の目玉になりますから、委員長自らが団交の場
に出席し、会社側であるウチの室長と人事部長との質疑応答を行い
ます。どのような雰囲気だったのかは分かりませんが、穏やかでは
なかったようです。なぜならウチの職場だけでなく、他の事業部門
が関係する事業再編のひとつとしての位置付けにあるから。だから
下手に妥協してしまうと他の事業部門にも影響が出てしまうから、
組合としてもそれが組合員の幸せとやる気の促進に繋がるのかを
しっかり見ているという姿勢を出さなければなりません。こういう
姿勢を見せることで、組合員が組合に守られているという安心感を
持って、精神的にがんばってやっていける土壌を作っています。

自分としては組合が何を考えて会社側と団交をしているのか疑問に
思うことが多々ありますが、そういうところでうまくバランスして
くれれば、使う側と使われる側というところに歯止めが利くので、
全く拒否はしませんが、それにしても首をかしげるようなことを
やってくれたりして、自分がそのために苦しい思いで説明資料を
作らなければならなかったこともあります。だから組合が会社側を
問い詰めれば問い詰めるほど自分に負担がかかる状況に嫌気さえ
覚えました。いい加減にしろって。

それにしても提携先との契約がまだ成立していない状況。
週明けても恐らくサインできることにはならないのでバックデート
して締結することになるでしょう。提携の終了は社長決裁でもあり
ますから、来週は慌しく事を進めることになるでしょう。この週末
はゆっくりしておかないと、来週は身体がもたないかもしれません。
しかも年度末の締めでもあり、仕事が重なります。

だぁーーーーーー。ほとんど壊れかけ。ほんじゃ。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月27日(木) ぐったり

いくらやっても片付かないのは誰のせいだろうか?
会社から真っ直ぐ帰っても日付け変更線を越えたのは久しぶり。

疲れて晩メシを食べるのもおっくうになっているので、
今日はさっさと寝ます。サヨウナラ。

はい。今日は晴れのちときどき曇り。(東京地方)



2003年03月26日(水) 綱引き

春めいてきましたね。
コートを着ているのが暑いぐらい。
部屋の中でもエアコンを付けなくても良くなってきたし。

さて提携先との事業引き継ぎ契約の内容検討も大詰めになって
きました。特に営業サポートに関する項目なんか、固有名詞
(つまり個人名ね)が出て来たりして。

あちらさんの日本営業は今のところひとりだけだから、どう
考えても日本でのサポートが必要になります。そりゃ当然だよね。
ウチの会社が代理店で営業機能をしていたし、つい最近まで
契約終了に難色を示していたからね。いきなり役割が変わると
なっても人の問題が出てきます。即戦力となる人間はすぐには
探せないし。だから引継ぎ期間中にウチの営業がサポートし、
あちらさんは片や人探しをする。そういう意味でも即戦力は
ウチの営業マンということになりますが、そう簡単には人を
渡すわけにはいかないからあくまでサポートの役目で。そこから
先は個別交渉なので、会社も強力な縛りはできないけど。

まぁ、人材の流動化は経済の停滞を改善してくれると思えば
マクロ面ではいいこと。個別にはそういうわけにはいかないと
いうところが難しいですね。欲しがられる人材ほど会社は手放し
たくないものですから。要求する側としても、そう簡単に渡され
てもその人の会社に置ける立場が軽いことになるので気持ちとし
ては複雑になります。対外的にも社内的にもやることは同じだね。

そんなこんなでちょいと疲れたんで寝ることにします。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月25日(火) 春近し?

どうやらアメリカ軍のイラク攻撃が長期戦の様相を呈してきました。
これにより投資家のマインドも鈍ってきました。
なぜなら短期戦=景気刺激、長期戦=景気後退と見てるから。

そういった状況の中で、季節は着々と春めいてきました。
今日の雨も春が近くなってきたことを表しています。もしかすると
東京地方は明日にでも桜の開花宣言がでるかもしれないと言っています。

話は変わって、今日は提携先の日本マネージャーと4月以降の事業移管
についての協議がありました。結局自分も打ち合わせの場に呼ばれて、
スケジュールの考え方や人の問題なんかに関わることを余儀なくされ
ました。このスケジュールングがはっきりしないと、組合への説明が
できないもんだから、上司も目の色を変えつつも淡々と議題を進め、
自分がいくつか異論を唱えると逆になだめられたりなんかして。要は
早期決着を望んでいるからです。

お互いに焦っているわけですが、今回の協議は昨年に行われた時とは
一変して、相手も話を飲む場面が多くて、自分としてはドンパチを予想
していたのに肩透かしでした。とはいえ、細かいところで合意できて
いないから、期限切れが予想されれば、細かいところは先送りして、
後日協議ということで逃げるかもしれないけど、大きくお互いの思惑が
外れているわけではないので何とか落ち着くでしょう。

気候もいいので相手のマネージャーも機嫌が良かったのかな?
会社の仕事なので気分でやっているわけではないでしょうからそういう
理由でないことは明らかなんですけどね。ははは。

いずれにしても4月になれば少なからず組織変更が予定されているので、
自分がどういう役割になるのかが個人的な興味ですね。今のところ。
さてさて。

はい。今日は雨ときどき曇り。(東京地方)



2003年03月24日(月) 世界状況も身近なところも不安定

どうも4月が近づいてくると、人事異動の話が出てきます。
かくいう自分は全くございません。とはいえ今のところはね。

ウチの職場の運営を考えると、恐らく10月頃には何らかの動きが
あってもおかしくありません。むしろ動かさないとマズイ状況です。

明日は提携先の日本マネージャーが来日し、上司と打ち合わせの席を
持つことになっています。自分が出るかどうかは明日になってみない
と分かりませんが、恐らく出てくるように言われるでしょう。

世界情勢は不安定ですが、職場の環境も不安定です。
そんな中でも腰を落ち付けてできる仕事が出来る環境を作っていける
ようにしていきたい。そう思います。

来年度も今年度に引き続き、給与削減が行われます。
そんな中でつまらない職場に行くように命令されて、会社命令を
聞けないなら辞めてもらってもいいなんてことを言われることのない
環境を作っていきたい。現実問題としてそういう言われ方をして頭に
きている同僚がいます。今会社を辞めていいことなんかありません。
だから感情的に会社を辞めるわけにはいかないんです。

会社を辞める時は自分から能動的に行うことが理想。
そういう意味でも自身の能力をより高めることをしていなければなら
ないんです。普段からね。会社の仕事を忠実にこなしているだけでは
いざとなった時の自己防衛はできません。会社の幸せは個人の幸せ
にはなりませんから。

明日はとにかく相手先の出方を伺いながら、こちらの有利な方に持って
いければいいと思っています。明日の午前には結果が出ます。全てが
決着するかどうかは分かりませんが、とにかく注力するべし、です。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2003年03月23日(日) 無邪気でも許される国

無邪気なまでの空への憧れ。

ドラマ「Good Luck!!」に対する冷泉彰彦氏のコメント。
9.11直後であればこのドラマ放映は不謹慎と批判されたでしょう。
イラク攻撃をしている今の状況ではどうでしょう。何の批判もない
ように見受けますね。この違いは何でしょう?

それは今回のイラク攻撃はテロでなく戦争だから。戦争とは、

戦争は外交の延長であり
話し合いで双方がどうしても折り合いがつかぬ場合に
やむなく用いる手段である(小林よしのり『戦争論』12頁)

これは戦争の言葉の定義ではなくて、国際政治の延長としての戦争。
つまりそういうことです。氏の著書にある記述内容には様々な批判が
ありますが、あれこれ言わずに素直に受け止めることにします。

湾岸戦争の時もそうでしたが、毎日毎日特番組まれて流されていたら
考えざるを得ませんからね。戦争について。それでものんきに他人事
としか思えないならば、それは神経が腐っているとしか言えません。

ごめんなさい。言い方悪かったんですが、詳しく分析したり、あるい
は行動したりするまでは必要ないんですが、なんで?どうして?って
考えるだけでいいんです。人がこの地球の中で共存していくためには
中東で行われている戦争はどういうものなのか、どういう影響が自分
の生活に来るのか、あるいは人の壁としてバグダッドの浄水場に居住
している女性はなんであんなことをしているのかといったことを考え
てみることで、自身の感性を養うことは大事です。

戦争をすべきかどうかというと、当然ながら誰に聞いてもすべきでない
と言います。どこの国でもどんな首長でも。(一部を除いて) でも、
現実として戦争が行われるのは失うものの代償よりも得るものの方が
大きいと思うからです。例え人を殺すことになるとしてもね。だから
こそ政治としては説明が必要になるんです。賛否はあるにしても。そう
いった意味でも小泉首相の決断は大きな意味を持っていると思います。

世論を敵にしても自身の主張を貫く。世論だけではなく与党内、野党
からも罵倒されようがひるまない。まぁ、これが許されるのは日本の
いいところなのかもしれませんね。無邪気に空をあこがれる姿を見せる
ドラマが平然と流される国ですからね。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月22日(土) 眺めているだけでは・・・

毎日毎日イラク攻撃のニュースがテレビで放映されています。
作家である冷泉彰彦氏は、帰国して日本におけるイラク攻撃に対する
マスコミの取り上げ方は、平静で穏やかで健全であると言っています。

彼はアメリカのニュージャージー州在住なのですが、それだけアメリカ
国内でのマスコミの取り上げ方、政府のプロパガンダが自国の都合を
強調するあまりに、偏った思想に陥りやすい環境にあるということを
言っているのだと思います。だからこそ冷静に見つめる目というものが
必要になるのですが、9.11以来のアメリカ国内の「恐怖」という
かつてない本国攻撃により、誰かを悪者にしてそれをイジメ倒すことで
腹の虫を抑えているかのようです。恐怖を感じるからこそ、その恐怖に
対して攻撃的になる。弱い犬が遠吠えするのと行動としては同じ。

決して弱いわけではないけども、少しでも弱さを見せることを嫌うから
こそ行動に出るんではないでしょうか。日本で生まれ育った人には理解
できないことです。自分の青目嫌いはこういうところから来ているの
かもしれません。(青目=アメリカ人というアホで単純な発想)

アメリカは歴史の浅い移民の国。だからこそ日本でいう「村」社会が
形成されていなく、個人あるいは家族が大事。組織よりも自身の利益が
優先。国よりも自身の幸せが優先。犯罪から自身を守るために銃の保持
が認められている州があるのもそういうこと。だからこそ国としては
統率が取れないために、国旗あるいは国歌に忠誠を感じさせて拠り所と
させる。統率が取れないからこそシンボルを作ってそれを誇りと感じ
させることで国民である意識を植え付ける。ワールドトレードセンター
なんかはそのシンボルのひとつでした。世界に誇るアメリカの経済中枢
としてのビルでしたからね。そのシンボルを無残にも破壊され、しかも
民間航空機を使用した破壊により、より無残さが拡張された。

詳しいことは専門家に譲るとして、ある意味アメリカは情報コントロール
されているのかもしれません。むしろしやすいのかもしれません。そう
いった環境にいる彼らが冷静に正しい判断をできるのかという疑念を抱く
ことも、海外にいる我々は考えていなければなりません。

多くの人々の目がイラクに行っている間に北朝鮮は着々と自国の戦略を
作りつつあるでしょう。日本人の拉致家族の訴えも今回のイラク攻撃で
吹き飛んでしまったでしょう。アメリカ国内でね。日本としてはアメリカ
支持をした以上は攻撃を止めることはできませんが、いかに早期に終結
させるのかを問うていかなければなりません。長期戦は日本の国益にも
かなうものではありません。

いずれにしても、こういった歴史的な事件の際に、ただ事実を眺めている
だけではなくて、常に疑問を持ちながら冷静に考えることが必要だと思い
ます。少なくとも中東の事件はわれわれの生活に直接的な影響が出てくる
ことになりますからね。

ヒッキーも彼女の日記で「無関心はダメ!」って言ってるよ。

それにしても、何をもって終わりとするか、難しいところですね。
市場はその終結の時期を見守っています。

はい。今日は曇りときどき雨。(東京地方)



2003年03月21日(金) ぐうたらしたくても・・・

佳境に入っているんだよね。いやぁ、仕事の話です。

提携先との契約期間が今月の31日に終了するので、その後の引継ぎ
事項を決めなくてはならない。そうしないと4月から即客先対応が
できなくなる。

契約終了を理由にウチの会社が業務を停止したとしても、提携の相手が
日本の企業なら客先は提携先を責めることになるでしょうが、相手が
米国企業だからそう簡単には問い詰めることができない。海の向こう
だからね。だから下手な客先対応をするとウチの会社が非難を受ける
ことになる。契約終了をしたとしても、契約後の取り決めができてい
なくても客先には関係ない話で、客先の生産ラインに影響が出ないよう
にだけしてくれればいいと思うだけ。きちんと後継者との取り決めが
できていないと客先にも説明できないから、とにかく終了後の契約を
作る必要がある。今はそんなステージ。

と言っているこんな時にもまだそれが成立していないんです。
今までずっと相手が拒んできましたからね。止めたくないって。
止めたくない理由は分かっています。ウチの会社が日本における代理店
業務を行ってきたその実力を認めたからです。でもウチの会社はその
商品力の弱さに見切りを付けたんです。だから止め。

でもウチの会社は提携先との契約終了で役員会まで通過してしまっている
ので、今更続けるなんてことにはならない。だから相手から続けたいと
言われてもどうしようもない。お互いに紳士的に話し合うしかない。

そういうわけで火曜日にこちらから送ったたたき台を元に相手のドラフト
を催促したわけですが、それはウチの室長宛だけに送られていたようなの
で、あちらのアカウントマネージャー(日本担当)に自分にも送って
くれるように伝え、そしてそのドラフトを入手しました。

で、今はそれを眺めている最中。どうやら終了スケジュールはこちらの
希望通りに書いてくれている。でも細かいところで相手の都合を書いて
きているので、そのあたりを精査してこちらのカウンターをぶつける
ことになります。それが25日。

どちらも現状では資金的に余裕のある状態ではないので、恐らく金額的
な記述事項のところで議論になるでしょう。あるいは条件面での歯止め
をどこに落ち付けるかということになるでしょう。引継ぎは時限立法
ですからね。際限なく責任を押し付けられるようなことがあってはなら
ない。手切れとはそういうもんです。だからなかなか簡単にいかない。

契約内容のネゴもありますが、それをするためには自社の運用をしっかり
して相手に突きつけるぐらいでないと足元をすくわれるので、当面の組織
業務を抜かりなくしておかなければならない。その運用はウチの会社が
3年かけて作り上げたノウハウですが、これは個人の能力もさることな
がら、企業としての総合力がものをいっているのであり、どこかの企業に
はいどうぞ、といって引き継げるものではない。もし相手が簡単に考えて
いるのであれば、正してあげないといけない。結果的に客先へのサービス
が低下することは目に見えていますが、極力それを回避する努力はしな
ければならない。そういったところへ時間を割くことはムダな努力だとは
思わない。

社長は社員の機会損失(注力事業への人材投入時期が遅れること)を回避
するよう指示を出しているけど、ある程度の撤退コストは覚悟している
ようなので、ある意味ただ働きのようなことをしばらくやることになると
しても、そう大きな声でおとがめをすることはないと思う。

そういったわけで、この3連休はぐうたらできなくなりました。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月20日(木) 国民の命はどこの国でも大事なはずだが・・・

会社帰りの山手線と西武線で、客同士のトラブル。
季節が良くなってきたからか、アメリカの攻撃が始まったからか、
はたまた仕事がうまくいっていないのか理由は定かではありませんが、
精神的に多くの人が不安定になっているようです。かくいう自分も
例外ではありませんけどね。

アメリカ支持を表明した小泉首相(つまり日本政府)ですが、直接の
関与は当然ながら行いません。日本は戦後処理の要員としてリスト
アップされているしね。戦力としてはカウントされていません。
日本の憲法がそれを阻止してくれているおかげ。

第2次大戦において敗戦国になった日本は米国にその武力を排除され、
民主的国家、経済国家に仕立て上げられました。武力に要するコストを
経済復興に充てるために作り上げられています。そのおかげで我々は
他国では考えられないスピードで経済発展を達成しました。バブル崩壊
という一種の経済破綻を味わったわけですが、それでも国は潰れるわけ
でもなく、我々の生活も比較的安定的に過ごせることができています。

自国内では狂った人物がテロ行為を行いましたが、他国からのテロ行為
は今だかつて味わったこのない平和な国家です。これは戦争を仕掛ける
国でないために海外の多くの国からは武力の脅威を感じない(自衛隊に
対する意見やら靖国問題はありますが、直接のきっかけを作ったり、
直接の恐怖を他国に与えているわけではありません)ので、こういう
国を武力のターゲットにするには大義名分がありません。

そういう国ですから、いまだかつてない素早いアメリカ支持には誰もが
驚いたことでしょう。一方国内では、共産党と社民党を除いては基本的
にはアメリカ支持。民主党や自由党が反発しているのは説明責任を怠っ
ていることに対するもの。表現がどうとか大局観がどうとか言いますが、
やっぱりアメリカに追従することについては反対しているわけではない。
要するに日本の多勢はアメリカ支持なんですね。小泉首相が独断で決め
たり、孤立しているわけではないんですね。マスコミやテレビ番組の
コメンテーターも大声を上げて反対している局もない。あくまで説明責任
を求めているものばかり。そりゃそうだろ。日本はアメリカの抵抗勢力
とはなり得ないんだから。

政治と世論の食い違いを指摘されておりますが、日本における世論の多く
は感情的な側面が大きいように見うけます。感情面とは被害を受ける国民
の身になって考えろと言いますが、国家は必ずしも国民のために動いて
いるとは言い難い面があります。特に独裁政権下においては国家体制が
第一で国民は二の次になりがちです。イラクはその典型です。(もちろん
北朝鮮もその類ですけどね)イラクの国民が殺戮の恐怖に陥れられている
にも関わらず政権は国民の安全を確保しようという動きではありません。
ある意味、戦前の日本の国体に似ていると思いませんか?

国家の首長一人の決断があれば多くの国民の命が守られるというのに、
そういった方向に動かないのは我々の常識とは別の所で政権が動いている
というしかありません。そういう意味でも国民を楯に戦争を阻止しろと
いうのはイラク政権を守れということと効果は同じです。国家と国民は
一心同体です。ですから、イラク国民を戦争の被害から守れというのは
フセイン政権を支持していると言ってもいいのではないでしょうか。

人は全てが善良ではありません。ですから何事においても抑止力が働く
のは正常なことでしょう。アメリカが善でイラクが悪だという二元論でも
ありません。アメリカ国内でも世論や政権内でも意見は分裂しています。
それでも突き進んだのはそれなりの理由があるからです。お互いの国でも
兵士や国民が血の目を見ることは望んでいません。それでも戦争の道を
回避しないのは、お互いに恐怖を覚えている、あるいは信頼していない
からに他ありません。石油の利権どうこうという前にね。

日本人では数名、全世界で100名ほどが人間の楯となるためにイラク
入りしていると聞きます。この人たちの勇気ある行動は尊重すべきです。
ですが、この人たちのおかげでバクダッドの壊滅的な崩壊とはならなかっ
たとしても、米国が攻撃を中断したとしても、誰がこの勇気ある人たちの
ことを褒め称えるでしょうか。世界の分裂した状況を見極めたテロ集団が
陰で微笑んでいるだけではないでしょうか。日本政府は退避命令を行って
いるわけですから、不幸にも戦災に遭ったとしても補償できないでしょう。

いずれにしても戦禍が拡大することなくフセインの投降を期待するしか
ないですね。悲観的希望ですが・・・。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2003年03月19日(水) 先生は休みだって???

今日は休みを取りまして、昨年の10月に予約したヒザの診察に
行きました。ここの先生は6年前に手術をしてくれた担当医。
何かあるわけではないんですが、半年ごとに様子を見せて欲しいと
言われていたんで、こちらも付き合える限りは様子を見せに行こう
と決めております。(転勤なんかもありますからね)

で、今日の予約のために会社を休んで行ったのはいいのですが、
名前を呼ばれて看護婦さんから告げられました。

「連絡が行っていませんでしたか?先生は今日はお休みなんです。
来月からここの近くに開業されるんですよ。それで準備なんかで
お忙しいようで、いつもの日には来られない時があるんです。
せっかく予約して来て頂いたのにスミマセン。」

で、来週の予約をどうするかって聞かれましたが、今週の来週じゃ
会社の休みが取れないので、開業される病院の住所を聞いてみましたが、
まだ連絡を受けていないとのこと。来週の水曜日に問い合わせをする
ことでその場は帰りました。

待合室で待っている時に張り紙がしてあって、来月からの担当医が
変更になるって書いてあったから、もしかしたら別の病院か独立を
したのかなと思ってはいましたが、まさか本当に独立とは。

その先生は、その病院の整形外科長。年齢的にはまだ40代かな?
切れているとは思わなかった左ひざ前十字靭帯を内視鏡手術で最小限の
ギズで済ませてくれた。しかも過去の術後の例から慶応医学部の伝統で
あった(この先生は慶応出身)人工靭帯による術式から生身の靭帯を
移植する術式に変更してくれた。人工靭帯を一方につなぎこむため、
もう片方の生身の靭帯がこすれてキズついた結果、生身の靭帯が損傷
するという事例が続いたからだそうです。で、自分はその生身の靭帯を
移植する最初の事例(先生にとって)だった。しかも内視鏡でね。

内視鏡による手術はヒザを切り開くことなく、皿下の3ヶ所に穴をあけ
て、そこから管を通してメスやらドリルやらカメラやらを通して、極力
キズを小さくして術後の回復を早めるためのもの。細かい作業のため、
手術は6時間にも及ぶものだったようです。

前十字靭帯の再建手術は慶応大学病院をはじめ、多くの大学病院や大き
な総合病院では、その内容の良し悪しは別にして、特にスポーツ外来と
して行われているようですが、どこがいいのかってことは患者自身では
分かりません。手術前にいろいろと勉強しましたが、術後の経過が
良かったり悪かったりで、病院によっても医師によってもその術式が
違っているようで、どこがいいのかは手術を受けてみないと分からない
というのが悩みの種。ヒザの専門医がいる大きな大学病院はもちろん
いいのですが、診察を受けること自体がひと苦労です。ですから自分
みたいな人は町医者か郊外の中ぐらいの総合病院で運良くいい医者に
めぐり会わないといけなかった。結果的にはそこで出会った。

で、その先生が異動になって、その病院まで自分もついて行くことに
なって、自宅からは片道電車で2時間、車でも2時間。診察はジャージ
姿な自分は車で行っています。それがまた変わるとなるとどうしようか
なんて今から心配です。が、ここまでついてきたんだからこれからも
ついて行くしかないな。自分のヒザのことだからね。

それはそうと、晩メシを食べている時に奥歯の詰め物が取れた。
明日時間を見て歯医者へ行こう。忙しくないよな。きっと。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月18日(火) お誘いしてくれるのはありがたいけど

やー。知恵も尽き果ててドラフトを作りました。
上司も不在な中、ひとりでたたき台を作るっちゅーのは辛いね。

あくまでたたき台ですから、始めっから落としどころを提示するわけには
いかない。こちらから提示するわけですからこちらの都合のいいように
作り上げるわけですが、全くもってこちらの都合ばかりではいけません。

提携終了の時期が目前に迫っているにもかかわらず、こちらは切りたい、
あちらは続けたいと言い合っているのでこれまで合意できず今に至って
いるところが問題。1年前も同じことをやっていましたが、その時は
終了することに伴う費用発生に対し、あちらサイドの資金不足で1年間
先送りにされた経緯があります。このことは役員会では言いませんでした
けどね。担当の自分の口からは。当時の担当役員と統括部長は1年前に
異動させられているから今回のことには発言できる余地も無し。

ともあれ、今日あちらへ提示したたたき台に従って25日に打ち合わせが
行われることになっています。日本でね。自分がその打ち合わせの場に
呼ばれるかどうかは分からない。恐らく呼ばれるでしょう。作成者として。
予想されるのは、25日の打ち合わせの時にあちらさんがマジメにたたき台
を健闘してくれていないこと。だってあちらさんは終わりたいとは思って
いないから。あちらの社長自らが関係を続けたいと言っている始末だし。
その下にいる社員はどうしようもないよね。トップの考えと違う方向で
動くことはできないから。あちらさんはアメリカ企業だから社員はいつでも
契約解除されるという恐怖を感じています。だから謀反なんてご法度。

そういうことは分かっていても、こちらはこちらの事情があるわけだから
はいそうですかというわけにはいかない。経営者の言うことは会社の方針
と言ってもいいから、それまでの自分たちの功績やら説明が良くなかった
と反省するしかない。自分たちの思いと経営者の思いに温度差があるなら。

そういう中、あちらの日本人のマネージャーから1通のメールが。

「しむちゃん(仮称)、ただいまウチの日本事務所は求人募集していますが、
どうですか?テロで会社がなくなっていなければですが。」

なーんてお誘いを受けておりまして。(笑) あちらさんはウチの会社を
日本における代理店として契約していましたから、ウチが手を引くとなると
とたんに日本における戦力が必要になり、人材が必要になります。かと
いって直接あちらさんの社員が乗り込んで来てもうまくいくはずがない。
日本での経験がないからね。だから日本の企業あるいは日本人の採用を
真剣に考えなければ日本での商売ができなくなるという弱みがあります。

わたしゃあ身売りをするつもりはありませんので丁重にお断りをしました。
ある意味、転職のいい機会だったのかもしれませんが、自分としては、やり
たいことが他にあるので、少々ぬるま湯な今の会社がいいですよ。やっぱ。
給料(待遇含め)が上がるとは必ずしも言えないからね。日本人ばかりの
会社には勤めたくないという人にはもってこいなんでしょうが。

まぁ、これも人生勉強のひとつということで。

はい。今日は曇り一時雨。(東京地方)



2003年03月17日(月) イヒ

頭の中にあった言葉がスポーンっと飛んでしまいました。
言いたい言葉があるのに出てこないのは辛いよね。

そういうわけでスランプです。
あ、出てきた。(笑)

できるはずなのにできない状態。
なんだかなぁー。(阿藤海風)

いつもデスクワークばかりなので、今日は気分転換に手形を取りに
おつかいしてきました。日比谷にある旭化成。日比谷三井ビルの7階。

書類には708室と書いてあったので探してたどり着いたら「会議中」
の札が下りていました。あやしいと中の様子を伺ってみたら、どうやら
いかにも社内会議らしい話し声がしていました。このままドアを開いて
こんちはーっちゅーて入っていいものやら。迷った挙句、受付の所へ
行って聞いてみようと思い、そちらの方へつかつかと歩いていたら、
ありましたよ。「手形の受け渡しはこちら→」

危うく社内会議をぶち壊すところだった。
で、ここはテレビのCMで「イヒ」で有名な会社。受け渡しの時に
「イヒ」ってやってみようと思いましたが、応対に出ていらっしゃった
方がマジメな方でしたので笑顔だけ見せましたら苦笑いをされました。
意気地なしなわたくしはそのまますごすごと帰路に着きました。

昼間の山手線は空いているねぇ。気分良く座って帰りました。
会社に帰ったあとにスランプになったのだから仕方がない。
じーっと考えていてもいいアイデアが浮かばないから帰りました。
ってか、考えているふりをして寝ていたかも。(苦笑)

頭が回転していないんで、今日はこのへんで。

はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)



2003年03月16日(日) 日曜日の無気力

ふぃ。全くの無気力感にとらわれています。
なんでだろーぉーなんでだろーなんでーかなんでだーろー。

日曜日の夜に頭が痛くなるのも気がかりです。
考えようによってはこれって出社拒否の症状です。

週の前半に提携先に対して終了後の引継ぎに関する取り決めを謳った
契約書のドラフト(アウトライン)を送るように上司から指示を受け、
これを元に25日の来日の際の打ち合わせに使うためだと。彼らは来日
するとこになっているからね。最重要課題はこの引継ぎをどうするかと
いうこと。契約を終了させることにヤツらは否定的ですから、またもや
言葉をはぐらかすかもしれませんが、とにかくこちらから動かなければ
ヤツらは何もしてこないことは明らか。

社内の規定では重要な提携先との契約終了は社長決裁、役員会決議事項
でもあります。段取りとしては契約終了に関して社長の了解、役員会へ
の説明も済んでおりますから問題はないんですが、具体的にどのような
取り決めで移行するかは契約書の内容で取り交わすことになります。
それを自分の独断で決めてしまっていいのだろうかと心配なのですが、
1年前にも同じようなことをした歴史がありますから、とりあえずそれ
を流用して今回風にアレンジすることで上司の了解も取り付けています。

向こうの社長自らが契約終了に消極的なのに、契約書作りといういわば
担当者レベルでの仕事が進むはずがなかろう(契約書には会社の方針も
採り入れることになりますから、この中で譲れることとそうでないこと
が明記されますからね。お互いここでエゴがぶつかり合います。だから
簡単にはことは進まない。あちらさんが本気で取り組んでくれないとね。)

まぁ、こんなことを考えているだけでこちらが終了することに面倒くさ
がっているということを悟られるのも癪なんで、言葉にも顔にも出しま
せんが、なるだけ自分は交渉の前面に出ない方がいいかもしれません。

契約内容の細かいところになると、その数字の根拠や考え方なんかで
説明しなければならないことも、あるいは誤解されるかもしれないので
払拭しなければならないこともあるでしょうから、その時に限っては
顔を出さなければならないでしょうが。

会社対会社の交渉って面倒です。面倒ですが、結果を出すことが自分の
給料を出すことに繋がるのなら、やるしかないですよね。割り切って。
これが自分の職場の崩壊を目指すものであっても、自分たちが理解して
いることと反することであっても。会社は常に変わるもんだから。時代
の流れに逆らったり、牽引することができなければ、それは単なる趣味
の世界ですから、利潤を追求する企業のやることじゃない。少なくとも
公的企業でなければそういうことをやってはいけない。

なーんてことを考えるだけで頭が痛くなってきますから、ここで終わり。

はい。今日は晴れのち雨。(東京地方)



2003年03月15日(土) 感受性が・・・・ない?

あー疲れた。
今日は夜の7時から劇団Beans第15回公演「ピルグリム」の日。
愛知県は扶桑町まで出かけてきました。

休日の交通機関嫌いな自分は車で出かけたわけですが、距離的に
400kmぐらいなので東名使って5時間ぐらいかなと予想して
いましたが、30分程度ビハインド。土曜の午後の環八は渋滞。
年度末の工事が行われていることを忘れておりました。

まぁ、そんなこんなで開演15分前に到着。
今回は観客席が広く取ってあり、余裕のある座席数と配置。
見る側の配慮がなされていました。というか、演出のせいだろうか、
観客席へ役者が降りていくことがそうさせたんでしょうかね。

ここの公演は何回か見せてもらっていますが、自分としては最初に
観た公演が一番インパクトが強かったような気がします。だんだん
当たり前に見ていると、いつもの役者がいつもの調子で役柄を演じ
てくれることを期待してしまって、演題が違った公演でも同じような
舞台を期待している自分がいます。これって主催者からすると思惑
違いだよね。いつも新しいものを見せようとがんばっているのに。

「ピルグリム」とは英語のpilgrimのこと。訳は「巡礼者」。
「巡礼」というと宗教色が強い言葉ですが、舞台「ピルグリム」は
そんな色は見えません。舞台を見た自分の感覚としては、strayとか
wanderとかいった感じで、日本語の「巡礼者」というより「彷徨い人」
と言った方がしっくりいくかも。何かを捜し求めるために・・・。

pilgrimで思い出すのが、なつかしのゴダイゴが歌ったMonkey Magic。
2番の歌詞の中に"pilgrimage west"という言葉が出てきます。
西蔵法師が西(インド)へ向かって旅をした「西遊記」ですね。
(天竺はインドと言われておりますが、自分にはネパールのイメージが
どうも強いんですが・・・。)

要するに巡礼とは自分の心にある何かを捜し求めるために試練を受ける
ということを、旅をしながら経験するということではないでしょうか。
試練を受けるということは簡単には捜し求めることができない、手に
入れることができない。それだけの価値があるということです。

舞台では「オアシス」を探しておりましたが、これは自分の中にある
オアシスが何なのか。自分にとってのオアシスとは何なのか。そんな
ことを普段は意識もしていないのに無意識に探しているということを
「見える」自分と「見えない」自分というふたりの自分のはざまで
常にバランスさせているから今の自分があるという表現だと感じ取り
ました。どちらかが欠けても今の自分を保てない。精神的なものだから。

文字で書けば舞台で演じられていたことに納得いくんですが、観ている
最中、あるいは直後にはそのあたりのことが伝わったかというというと、
決してそうではなかった。自分にはね。他の人がどう受け止めたかは
知りませんけど。アンケート用紙にはそのことを正直に書きました。

前述したように、今回の舞台はインパクトに欠けました。
ということは、見てくれの印象ではなくて、伝えたい内容を重視して
いることの裏返しかもしれない。そう思うと悪いことを書いたかも。
いやぁ、思考能力の浅はかなヤツだということで許して下さいな。
そうではなくて、感受性の問題かな。なおさら悪いなぁ。>自分

はい。今日は曇りところにより一時雨。(東海地方)



2003年03月14日(金) 他山の石ではない

有事のドル買いという神話は崩れましたね。

イラク問題がドンパチになるとアメリカの戦費支出が膨大になり財政赤字が
予想されるからドル売り(円高ユーロ高)。北朝鮮問題がドンパチになると
日本の被害が予想されるから円売り(ドル高ユーロ高)。

どちらに転んでも損をしないのはユーロ。つまり現状では有事のユーロ買い。
もしかしたら戦争反対といいながらほくそ笑んでいるのはブッシュに操られて
いるブレアを除き、英国を始めとする欧州の各国なんではないでしょうか。

アメリカが勝手に戦争を引き起こしてくれれば自動的に欧州圏の通貨価値が
上がりますからね。これは強い通貨を叫んでいるアメリカとの立場を逆転する
いい機会になる。しかもイラクの次は北朝鮮が来るから、その時は円が売られ
ることになるので、さらにユーロの価値が上がる。ひとり勝ちです。

ただ、為替の世界ではそうかもしれませんが、あくまで一時的に過ぎないと
自分は思っています。欧州以外の先進国が戦争の被害を被ることで経済的な
メリットよりもデメリットの方が大きいことが予想されます。それは貿易の
面において。格好の輸出先がダメージを受けるのですから、輸出産業の被る
ダメージは大きいでしょう。そうなると日米以外の国々へ向けて動くことに
なるのでしょうが、日本やアメリカの息のかかった国々は資本の逃避という
目に遭いますから、国力としては当然落ちます。ですから物資の輸入にかける
資金が不足しますから、欧州資本の受け入れをせざるを得なくなります。
あるいは欧州への輸出を増やしてそれを原資にするか。でも欧州広しとはいえ
輸出量としては限られますから、資本逃避分を埋め合わすだけの国際収支は
改善しない、と思っている。

要するに戦争が起こって得をする先進国はなく、恐らく喜ぶのは規律のない
世界を大手を振って歩けるようになるテロ集団ではないでしょうか。そういう
意味では今はいい均衡状態であり、これを崩すことで失うものは大きい。

こういう理由で戦争に反対を唱える人はどれだけいるんだろうか。例えば
これらはヨソの世界のことで日本には関係ないと思っているのんきな人は
これらの影響をどう考えているのか。自給自足が不可能な日本にとって他国の
戦争は少なからず日本への影響が出てくることは必至。物価が上がったり、
物資が不足したり、最悪の場合は頭の上からミサイルが打ちこまれたりする
こともあり得るのです。実害が出なければ動かない日本の体質は平和ボケの
典型です。実害が出たとしても、それはオレのせいじゃないと言い、他の
誰かを悪者にして自身を慰める。

自分にできることは何なのか、何をすればもっと良くなるのかということを
主体性を持って考えることが国力の底上げをすると考えれば、多くの日本人が
周囲を冷ややかに見ている姿勢が今の日本の現状を表していると言ってもいい。

誰がこんな日本にしたのかって?それはあなた自身です。
湾岸戦争の時はバーチャル戦争と揶揄されましたが、今回はどうなるのか。
テレビの画面の中で起きるかもしれない戦争は、自身の身に降りかかる火の粉
となるのは間違いない。このことだけは、よーく理解していた方がいいです。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月13日(木) ボケと睡眠

今日は体調が悪くて会社を休みました。
ボーっとテレビを見ていると、ボケのことについて取り上げたいた。

ボケの原因のひとつとして、血流が悪くなって脳への酸素運搬量が
落ちるとなりやすいということです。血液中で酸素を運ぶ役割として
赤血球がありますが、この赤血球を生成するのが骨だということは
知りませんでした。で、この骨から赤血球を生成するのに必要なのは
横になって睡眠をとることなので、睡眠不足の人は赤血球の生成を
阻害しているということです。目を閉じての睡眠ではなくて横になる
ことが大事だそうです。

つまり睡眠不足はボケを促進するということです。
というわけで、ボーっと見ていたテレビもやめて横になったわけで。

今日は早めに寝て明日は普段通りに会社に行こう。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月12日(水) 惨めな状況

ウチの職場のサービス部長を叱り付けました。

なんでかっていうと、パーツ販売に関わる事務処理を派遣さんに
任せているわけですが、どうも仕事がうまく回らないから人を
増やせという。人を増やしたら仕事が回るのか?社員がその仕事を
知らないから派遣さんにやるべきことが伝わっていないんじゃない
のか?と問うと、こっちへ来てみれば分かるよという。これは
問いに対する返事じゃない。人の能力の問題じゃないのか?と問うと
そうだという。であるならばなぜ人を変えることを考えないのか、
マジメに考えれば分かることじゃないのか?部門長なら、というと、
プッツンきて電話を切ってしまった。

問い方が少々きつかったこともありますが、相手は管理職なので
甘い言葉を言うわけにはいかない。こちらが担当職だとしても、
ウチの職場は職階制ではなくて職種制をとっているから、管理部門
の立場(実際は営業マンですけど)の自分としては相手が部長で
あろうが誰だろうが、管理的な指導は自分の役目。申し訳ないと
思いつつも言わなければならない。室長代行といった感じかな。
ウチの職場には組織上の管理部門がないから運用上自分が管理部長
の代行をやっている。だからやり方がおかしいと感じたら相手が
立場が上であってもやりあうことにしている。

どうもこの部長は派遣さんの仕事が回らなくて自分がフォローしなきゃ
ならないのでそれが辛いといわんばかり。部下は一生懸命やっているが
それでも消化しきれないことを仕事量の過剰と言っている。でも
現実の仕事は以前よりも減っていることは明白。事務上の不備を指摘
すると、そんな手間をかけることは無理だと逃げる。やるべきことが
できていないのはなぜかということを考える前に、やることを減らそう
ということばかり考える。

これは明らかに仕事の引継ぎが失敗したことを意味する。
さらには雇用のミスマッチ(適材適所の失敗)を意味する。

これらを解決するために時間を与えたのが昨年末のこと。
それなのにいまだに同じことを繰り返している。これは管理能力の欠如
としかいいようがない。決してあなた自身が仕事のフォローをしろとは
言っていない。仕事が回るようにするにはどうしたらいいのかを考えて
対策を打ってくれと言ったはず。場合によってはできる人を連れてくる
ことを考えなきゃならないし、お金を注ぎ込んでも仕組みを固めること
をしなきゃならない。自分が介入してもいいんですが、それでは自立した
組織にはならない。甘え以外の何物でもない。管理者がなんにも仕事を
していないことになりますからね。だったら給料を返上しろと言いたい。

そこまで言える権限が自分にあればそういうことをするんですが、そこ
まで権限がないからには、人事権やら決裁権のある人に動いてもらう
しか会社の組織としての仕事にならない。そういう意味では自分は
単なるお目付け役にしか過ぎないのかもしれない。口を出すだけ。
だから目の上のたんこぶなんですが、それでも聞ける人が自分しかいない
から自分に聞いてくるんですが、だったら自分の言うことを聞けよと
言っているんですが、それでも聞かない。だったら最初から聞くなと
言いたいですよね。やりとりが途切れるのもこういった理由です。

細かい仕事はだれしもが嫌がることです。だから人任せ(つまり以前は
能力のある人がたまたまいたから回せた仕事だった)でやってきた
ことは、人が替わるとどうにもいかなくなる。事務的な仕事というのは
やることが決まっているわけだから、それがやれないのは能力の欠如か
やることが分かっていないかのどちらか。あるいは無駄なことをやって
いるかということ。少なくとも以前やっていたことをそのまま今も
やっているのなら、理解能力と消化能力の欠如です。人の問題です。
それからそれをカバーする社員の能力の問題です。それらが全て欠如
しているから仕事が過剰だと感じているに違いないと自分は思っている
わけです。人の問題なら人を替えろというのが自分の考え。人の問題で
あれば数を増やしたところでムダな仕事の分配となり、そこに過剰な
仕事が発生します。それこそ骨折り損のくたびれ儲けどころか損です。
やるだけ損なことが分かっていることは自分は認めません。

とりあえずそんな状況を放置するわけにはいかないので様子を見に行く
ことにします。じっと席に座っているだけじゃ問題は解決しないので、
いかに惨めな状況なのかを目の当たりにしたいと思います。はぁ。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月11日(火) この先どうなるやら

またまた寒くなりましたね。
スギ花粉症の方も、風邪をぶり返した方もお大事に。

自分はといえば、昨日の食中毒?だったのもすっかり治りまして、
朝からバクバク食べてます。嘔吐感もありません。昼食時に少々
不安でしたが、それでもいつもと同じだけ食べました。食後の
嘔吐感も無し。食中毒というよりも、食べ合わせが悪かったかな。

今日は提携先の社長とそのお供の日本担当マネージャーが会社を
訪問してきました。この3月末に切れる提携契約の終了後の扱いを
きちんと進めようという内容だったはずだけど、あちらさんはまだ
いい関係を続けようなどととぼけたことをのたまったようです。

このままズルズルいくと、4月からの客先との関係をはっきりする
ことができず、提携関係のない製造者と代理店という関係で商売を
続けていくことになります。こういう状況を会社は認めません。
たとえそこで少しばかりの収益が実現したとしても、計画はすでに
組織の解消をベースに動いておりますから、それにそぐわない行動は
会社の方針に背くということになります。

これから人の処遇やら固定資産の処分の問題やら客先対応やらが
待ちうけています。つまり戦後処理です。これは簡単には済みません。
何でも屋の自分は恐らくこの戦後処理係です。だから会社が注力する
他の事業へ向かうことにはならないでしょう。胃が痛くなる仕事です。

ま、決まったことではないのでしばらく様子見です。

結果責任を今のうちからとやかく言うと萎縮してしまいます。
そうではなくて、今やるべきこと、ベストなことを常に行った結果が
良ければそれで良し、悪くても結果責任を取るだけです。その時々の
判断の積み重ねですから、誰もそのことを追求できないと思います。

ただそこは合成の誤謬で、個々の判断が全体としていい方向でなければ
修正する必要はあるので、ある程度冷静に見ていかねばなりませんけど。
っちゅーか、自分は経営者ではないよな。ま、いいけど。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月10日(月) 目先のアメを舐めないように

おいおい食中毒かよ。
コンビニ弁当食べて、インスタントハンバーグ食べて、ペットボトルの
お茶を飲んだら、いきなり吐き気がしてきた。その後、嘔吐4回。
4回目の嘔吐の時に分かった。原因はペットボトルのお茶。このお茶を
飲んですぐに嘔吐したから。吐き出したあと、コーヒー牛乳飲んだら
落ち着いたんで、きっとこれだ。部屋の中も寒いからと冷蔵庫にも入れず
置きっぱなしだったからなぁ。あぁ気分悪い。

さて難しい命題に当たった。
「緩やかなインフレと低金利維持」
これは何のことかというと、インフレターゲットのことです。
2〜3%のインフレを起こしつつ、低金利を維持する。

インフレに伴って金利も上昇すると国債の下落が起き、国債の下落は
国債ホルダー(主に金融機関)に評価損が発生するから当然ながら売り
出すわけで、そうなると更なる下落となりついには暴落となる。国債の
暴落は長期金利の高騰を意味するわけで、そうなることで企業の借入れ
金利負担が急増することになり、その金利負担に耐えられない企業は
倒産することになる。金融機関にとっては国債もそうだけど、企業への
貸し出し不良債権になることを意味する。悪魔のサイクルです。だから
金利を上げてはいけない。

インフレターゲットをきっかけに不良債権が増加するという思惑ハズレ。
デフレは良くないからインフレにせよというのはこういったデメリットを
度外視してでもメリットが発生することを説明しなくてはならない。

WBSで榊原元財務官も言っているけど、デフレとうまく付き合うことを
考えなければならないんだろうな。そのための不良債権処理・構造改革。
バブル崩壊から10年間放置してきた(先送りしてきた)問題だから、
1年や2年で片付く問題とは思えない。だから時間を掛けて解決していく
ことだけれども先送りしていては元の木阿弥。時間を掛けて苦しい思いを
していくということ。これに国民がついて行くかどうかだね。

政治家の選挙対策としては国民に苦しい思いをしてくれとは言えないから
甘い言葉をささやいてくるでしょうし、現政権の文句を言ってくるでしょう
が、そういう目先のことではなくて、本当に国民にとって将来の幸せを
もたらしてくれることは何なのかをマジメに語ってくれる人を選びたい。

そういう投票者の姿勢を候補者が感じてくれれば、いい加減な政策を
掲げることはなくなるだろうから、やはりわれわれが目先のアメを舐めない
ようにしなくてはならんね。がんばりましょう。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2003年03月09日(日) 時間の感じ方

どうも最近、1日が過ぎるのが早く感じます。
年なんですかねぇ。

年を取るごとに分母がどんどん増えてきますから当たり前といえば
当たり前なんですが、これって時間の過ごし方がマズイのか単にそう
感じているだけなのか。

まぁ、1年前までは会社の寮生活で気楽でしたから、クリーニングと
洗濯以外の身の回りは自分でやる必要がなかったからなぁ。余計に
そう思いますよ。

とはいえ、ひとりでゆっくりできる時間が増えたんだから、その分は
差し引きで一緒なんだろうな。寮にいた時は狭い部屋で足を伸ばして
寝ることもできなかったから、健康的にも今の方がよっぽどいいかも。

狭い部屋にいると、そこにいるだけでイヤになってきますから、それ
だけでも外に出る時間が増えます。だから1日の時間が多く感じたの
かも。今は部屋でのんびりしているだけで日が暮れちゃうからね。

でも、よくよく考えてみると、やることが多かった若い時代に比べ、
ただボーっと暮らしている今の方が時間を有り余らせているかも。
それじゃいかんので、ちょいとは刺激を与えているんですけどね。
頭にも身体にも。そうでなきゃ、ただのボケ老人を迎えるだけだから。

ただ今の悩みは5年前の収入に逆戻りして、甘っちょろい生活ができ
なくなったこと。今考えると、本当に独身貴族を謳歌していたように
思えます。持っているお金を好きなだけ使っていましたから。貯金も
せずにね。車も車検を迎えずに今では6台目だし。2年から3年で
買い替えている計算。これじゃお金も貯まらないよな。

自分のために費やしていたお金も、そろそろ違う方向に使うことを
考えなきゃいかん時期に来ているんでしょうね。まったくもって。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月08日(土) こんなところにも甘い汁

どんなに経営者がよい人でも客の嗜好に合わない商品を提供する
企業は潰れる。どんな人格者でも打率が2割にも届かない選手は
解雇される。真面目に努力しているラーメン屋でも客の口に合わ
なければ流行らない。

そんなところとは縁のない仕事があるという。例えば知的障害者の
入所施設。地域福祉の名目で施設に50億円の補正予算もついた。
しかし、

「どんなすばらしい施設でも、そこで一生を暮らすとなれば刑務所
のようなものだ。」

職員は献身的に働いているのになぜ批判をされるのかと思いは逆。
福祉の名のもとにおける拷問かもしれない。そこではなかなか本音を
言えない障害者や、家族の弱み(そこに置かなければ家庭では負担)
がなければ入所施設は成り立たない。

そんなところに補正予算がつく。しかもそんな入所施設には官僚の
OBが理事長や理事に天下っている。補助金が障害者の手に届くの
ならばいいのですが(お金ということではなくて厚生ね)、民間より
も取り組みが遅れていると独立法人化検討会で指摘されるなど、お金
の使い方に問題があるようだ。職員の給与は民間の2倍ともいうし。

つまり補助金が障害者でなく職員や施設建設(業者へのばら撒き)の
ために使われているということ。まさしくムダ金の典型。甘い汁を
すすって生きている寄生虫と言ってもいい。

このような存在意義の薄い、自分の生活のことしか考えていない連中
がいまだにはびこっていること自身が問題。こんな天下りシステムを
破壊することも構造改革の一環。

そういう意味では田中康夫が公僕たることを政策目標に掲げて出馬した
当初の意義は大きかったと思う。今もその意志は貫いていると思う。

県知事だろうが市や県の職員だろうが税収から給与が支払われている
ことには変わりない。税収の適正な活用がなされない限り、税という
ものの考え方への不満が止むことはない。

感謝したいと思う行政サービスでなければやる必要もないし人も要ら
ない。使い古しを送りこむシステムはもっと要らない。必要ない人を
雇ってあげるだけ余裕のある財政ではないし、雇っているシステムが
存在する限り、財政の効率化は実現しない。

景気が良くないから税収が落ちたという単純な構図を国債・地方債の
発行で穴埋めするというもっと単純な方法で解決しようとすることに
我々が異議を唱えないのもおかしい。借金をして後世にツケを残す
ことになるんですからね。

誰しも暮らし向きが悪くなることには抵抗するもんです。ですけども、
民間からの徴収(つまり税金)で成り立っている公務員や議員がその
生活を守るために、国や地方の収入がないのに自身の収入は守ると
いう姿勢だけは改めて欲しい。少なくとも自身の収入を確保するために
税収を上げる方法を考えなくてはならない。もしこれを放棄するなら
自身の収入も放棄して欲しい。

サービスの低下をしないで税収を上げる。これを真面目に考えれば国政
と自治体の役割がどうあるべきかということに行き着くと思う。お金の
流れがどう考えてもおかしいと思うでしょう。地方のあるべき姿を思い
描きながら、それを実現するために自身は何をしたらいいのかを考えて
実行できるように働きかけていく。そんな人が多くなればもっといい
地方自治や国政が実現するんでしょうけどね。

己を改する強い心が求められます。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月07日(金) やる気もなくなるわな

会社での出来事。

「ねぇ、しむちゃん(仮称)、オタクは近々引越しするんだって?」

そんなこと自分は知らないから逆に教えてくれと言いました。
聞いてきた人の近くの女の子が言っていたそうなのですが、どうしてそんな
ことになるのか分からない。確かに提携先との契約期限が今月末に迫って
おりますから、その後はどうなるのかはっきり言って分からない。もしか
すると組織崩壊でみんなバラバラになるのか、どこかの組織に吸収される
のか、はたまた事務所を追い出されるのか。

現在のところはっきりしているのは、営業機能は最短でも6月一杯は継続
することになっているから(あくまでサポートだけどね)、4月から即座に
どうこうするわけではない。技術・サービス部門は営業より長く活動を続ける
ことになっていますから、そういう意味でも近々というわけではない。

ということは、提携問題でドタバタしているウチの職場の表面的な会話を
聞いてしまった近くの職場の女の子の飯のタネになってしまったか。そこで
あれこれ推測した結果、どこかへ移るんじゃない?ってことになったかも。

あるいは移ってきて間もない異業種のヤツらをどこかへ追い出したいという
感情の表れなのか。オレらは異物扱いなのか。

まぁ、これはウチの会社にとって根深い問題で、単に女の子の噂話に留まらず、
多くの社員が考えるウチの職場の立場なのかもしれない。つまり企業文化に
馴染まない業種を扱っている部門ということでね。従来の業種でない部門は
異物として扱い、できればヨソへ行って欲しい、お隣さんとして仲良くする
ことはしたくない。つまり社内の村八分です。

せっかくできた新しい細胞を異物と認識して排除しようとする免疫機能が働いた
ということでしょうか。活性化細胞であるにもかかわらずウイルスあるいは
有毒な細菌と認識してしまうんですね。きっと。それがウチの会社の体質。

さびしい体質ですよね。新しい組織を受け入れようとしないんだから。
これは結局のところ、技術的な包容力がないってことです。商品として理解
できるものでないため、いかに商品力を上げようかという議論にならない。
しかも開発部門が商品に対する理解を示そうとしない、だから不勉強になって
しまうため、その商品の価値を判断できない。判断できないということは商品
として取りこむべきうと言う判断にもならないわけで、そこから先には進めない。

本社の企画部門は商品力も分からなければ、業界に対する知識もない。
業績の良くない時期であるから投資家受けをする目新しい指標を駆使していか
にもウチはヨソとは違うすばらしい経営管理をしているとのたまう。その観点に
ばかり注目して、提携先のブランド力や商品戦略という観点から見てくれない。

本社企画のGLは前のウチの室長だったのですが、いかんせんそこの部下が
業界や商品に対する理解に乏しいから前向きな議論にならない。出てくる会話は
いかに既存の事業で成長性のあるものを伸ばしていくかということ。

事業構造の転換を推し進めた結果、会社の大黒柱であった2つの事業を切り離す
ことになり、残ったものは後からくっつけた事業。そこに集中投資して、より
利益の出る体質にすることにしたのは方針なんですが、それだけではより大きな
成長が見込めないので先端分野の事業開拓ということで始めたウチの事業なん
ですが、大きな流れとしてはここを基盤にしてより大きな事業体にし、会社の
目玉とする予定であったはず。それなのに理解できる人がほとんどいない状況。
何のためにシンドイ思いをしてやってきたのか。これではわれわれの努力も
報われない。小さい所帯ながらも会社に迷惑を掛けない程度の業績はあげた。

提携先との契約を終了するのはいいけども、ターゲットとしていた業界との
関係も切り捨てることになる。そのことに痛みを覚える人が少ないというのは
はっきり言って重傷です。一度撤退して相手に苦い思いをさせた企業は次の
チャンスに取り上げてもらえないデメリットをどう考えているのか。恐らく
痛くも痒くもないとかんがえているんだろうよ。きっと。

将来の成長を戦略として考えられない会社。
ただいまヤル気を無くしています。自分。はぁ。

はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)



2003年03月06日(木) 保険屋の論理

被害を被ったのにコストと利益を公開しなければならない状況は
どう考えてもおかしい。保険屋の抱えるサーベイヤーからイジメを
受けていることにひとりで悩んでいることもおかしい。

何のことかっちゅーと、アメリカから輸入した装置を客先へ搬入
していた時に、客先が抱える輸送業者がトラックの荷台から地面へ
降ろす際に貨物のひとつを転倒させて損傷を被った。この業者は
ウチの会社が雇った業者ではなく、客先の構内業者。ここに任せた
のが間違いではありましたが、客先からの指定でフォーク作業は
任せることになっていた。

そういうわけで、責任の仕切りがどこにあるのかが不透明な中で、
とにかく壊したのはその構内業者だからそこに責任を取らせろと
いうのが客先の弁。ウチの会社はその装置がなければ契約した装置の
立ち上げができないから当面の対応として損傷部の修理と部品取替え
で対応。しかしながらそれだけでは新品の性能を保証できないから
代替品(新品)の購入をしたい。この新品の購入代金と修理代を
構内業者に請求するわけですが、その保険会社とサーベイヤーが
おりまして、保険金でカバーするには保険屋が認めなければいけない
ので、それに沿った形で説明と見積りをして欲しいと言うもの。

こちらとしては壊された品物を新しいものと取り替えないと本来の
性能保証ができないから新品が必要だと言うと、保険の考えには
馴染まないということで拒否されている。

そもそも、保険屋がウチのやることに口を出されること自体に納得
できないのですが、見積り内容についても査定と称して価格の内訳を
出せとのたまう。なんであんたにウチの価格内訳を出さなきゃならん
のか。輸入価格と輸送費用、それから利益額を出せということ。

それって販売価格を丸裸にすることじゃん。品物を壊されたことに
加えて価格構成をお披露目しなきゃならないなんて、ダブルパンチ
だよ。こちらは被害者だよ。

ま、自分の姿勢としては決まっていて、たとえ価格構成を出すハメに
なったとしても、利益額に対するネゴは一切受け付けないことにして
いる。その利益額が世間の常識といわれる幅を超えていたとしても。
販売価格とは適正利潤で売ろうがぼったくろうが、客が納得して買えば
それが適正価格。いくら儲かろうがヨソ様の知ったことではない。
これが市場価格というもの。そこには製品に対する信用が伴うしね。

そんな商売の論理に保険の論理を押し付けられたんじゃたまらない。
ウチの会社はもらうべきものをもらえばいいだけなので、保険屋が
支払わなくても足りない分を構内業者が支払ってくれればいいだけ。
請求書は構内業者宛てだからね。壊した本人が泣かずして壊された
方が泣くなんてことにはしたくない。

というわけで、明日から保険屋の抱えるサーベイヤーとの協議に入り
ます。彼らの論理をどう突破するかはわたくしめの腕にかかっていると
いってもいいんですけどね。考えているほどにうまく事が進めばいいん
だけど、どうでしょうか?

はい。今日は曇りのちときどき雨。(東京地方)



2003年03月05日(水) 銀行と公共性

「公共性」という言葉にどういうイメージを持ちますか?

英語で"Public Company"というと、これは公益企業とか慈善事業
とかいうことではなく、企業情報を公に晒している会社、つまり
株式会社のことです。市場性のあることを"public"というのです。

逆に"Private Company"というのは個人店舗なんかがそうでしょう。
個人のリスクで運営している会社ですから儲けも個人、倒産した
時の負債も個人。株式会社の場合は株式ホルダーが利益も損失も
被るという点で当事者だけでなく投資家にもリスクを分散させて
いるところが、あるいはそれが流動的であるところが公共性です。
損失といってもその株式の範囲だけだから有限責任というんです
けどね。

さて、この公共性を経済政策の点で言うと、不良債権処理における
銀行の立場を「公共的」であるがために国の介入(つまり公的資金
の注入)を強制的にやるべきかどうかという議論。

銀行は私企業だから国が介入するのはやり過ぎだとするのは、この
「公共性」という観点を無視した考えではないでしょうか。立場が
変われば言い方も変わるんでしょうけどね。当事者からするとこう
言われればたまったもんじゃない。

日本語の「公共性」とは、ややもすると国や地方自治体のことを
指すようにも感じますが、ディズニ―ランドや東京タワーやお台場
なんかも公共的だとするならば、それにあらずですね。要するに
区分としては「官」と「民」ではないんです。どれだけ多くの人が
有用性を感じ、利用しているかということです。

公共機関の典型は交通手段です。電車・バス・飛行機。
それに対して自家用車、バイク、自転車、ジェット機、ヘリなんか
はプライベートです。個人のための交通手段ですから。

金融機関は多数の個人・企業・自治体・国に対して決済という経済
基盤を持つという役割を演じていますから、その機能自体が公共性
を持っているわけです。社会的な影響が大きいんです。金融インフラ
という意味でね。だから1企業の勝手で倒産してもらっては困るん
です。だから国の関与を許すことにしなければ公共性を守ることが
できなくなるかもしれないんです。その影響の大きさ故にポイ捨て
できなくなっているのが今の金融機関です。特にメガバンクがね。

1企業の論理としては国の関与を拒否したい気持ちはわかりますが、
その社会的な役割を考えると、1企業の勝手が許されないわけです。
ある意味、一般人と芸能人の関係と似ているかもしれません。

1企業の信用不安と1銀行の信用不安ではその影響の大きさが比べ
ものにならないのはお分かりのことでしょう。だから介入を良しと
するわけです。介入をするということは結果的に助けることになる
わけですが、あくまで金融機関を助けるだけで、その組織を構成する
従業員も助けるわけではありません。そこが再生と介入の違い。

介入が必ずしも正しいとは言えませんが、倒産リスクのないことが
理解されると、金融不安を引き起こすことは無くなります。少なく
とも預金の取り立て騒ぎは起こらないでしょう。パニック回避と
いう観点からも、より信用の置ける国が介入して預金を保護して
くれることになっていれば安心して預金ができるというもの。

公共性があるために公的資金を投入してパニックを回避する。その
手法については議論のあるところでしょうが、金融不安による負の
連鎖により需要の低下を引き起こしているということも頭のどこか
に入れておく必要があります。金融機関に対する信用の低下です。
個人向け国債が売れているのもそういうことでしょう。ただ、その
当事者である国の信用が低下しているのが不安材料だから、多量の
国債を保有する金融機関は国債の価格下落(金利上昇)リスクを
持っているわけですから、それだけでもただごとじゃないんです
けどね。何かあっても落ち着いて対処しましょう。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2003年03月04日(火) 負の連鎖

事業を考える際によく使われる言葉が「価値連鎖」。
もともとは英語で"Value Chain"と言ったものを和訳した言葉。

価値のある事業を繋げることで、より価値の大きい事業に育てる。
この繋がりを持たせるためにどんな事業を持つことが有利なのかを
考えるのが本社の戦略企画Gというところ。会社の中枢です。

この価値連鎖という考えは昔からあったものではなくて、ここ数年で
取り上げられるようになった。それは「選択と集中」とともに経営の
キーワードとして使われるようになりました。

この価値連鎖が無かった頃、それでも成り立ってきたのは経済成長の
世の中で、成功している事業が失敗した事業をカバーできるだけの
利益を出していたから。総合メーカなんかはその最たるものです。
リスクのある事業を保有するということは、その潜在的な成長性を
発揮させた時のリターンも大きいということ。そのためには失敗しても
それで倒産の危機に至るようなことのない体力が必要です。事実、その
体力があったからこそ成長してきた。

それがバブルの崩壊とともにバランスシートの改善が必要になって
くると、よりリスクの低い事業にしか投資できなくなって、前述の
成長性を追えなくなってしまう。結果として成長性が止まってしまう。
これが経済全体としての成長の停滞を引き起こしてしまっていると
考えられます。これを「負の連鎖」あるいは「負の循環」といいます。

潜在的な生産性はあるのに需要が落ちたためにそのギャップが生じた
からそれを埋め合わせるための需要喚起をするのがケインズ政策。
小渕内閣を始めケインズ政策をしたにもかかわらず短期的な持ち直しに
終わってしまったのはこのギャップが存在していたからではなくて、
生産性が落ちたからだという意見もある。負の連鎖によってね。そう
なると需給がバランスするポイントが落ちたという見方が自然です。
元の軌道に修正できない問題をはらんでいるからです。

それを端的に表した言葉が「悪い均衡」。

均衡点があるべきところよりも下方で均衡している状態です。
これが修正であるならばまた均衡ポイントは上昇するはずですが、その
兆候がないということは修正ではなくて固定しているのかもしれません。
これでは政府が規制したりお金をばら撒いてもいずれは元の悪い均衡で
収束してしまうことになり何ら問題の解決になりません。
(「規制」とは「保護」と置き換えても同じことです。)

ここで注目されるのが先に述べた「負の連鎖」を断ち切ること。
これが不良債権の処理です。政府が行っていることは間違っていません。
ただ不良債権処理をすることだけを目標にひたすら突き進むのは必ず
痛みを伴います。しかもこれで景気が回復するとは言い難いものです。

これは景気回復の特効薬ではなくて、長期的に見て悪い均衡を元の均衡
に戻すことが目的であるので、短期的に景気回復を求めるのなら従来の
ケインズ政策を大規模に推し進める方が効果があると思いますが、その
代わりに大借金を抱えることになるのでは将来の返済が苦痛になって
しまうので良くない。そのための政府通貨発行なんだけどね。

そういう意味で不良債権処理と政府通貨発行はパッケージで行うもので、
どちらかひとつというのでは片手落ちでしょう。どちらもひとつだけ
では説明に苦慮するでしょうし、そもそも日銀が協力しないでしょう。

いずれにしても景気が回復するのは長期的に安定した生活が期待できる
環境になることを国民が感じ取れるようにしなければならない。目先の
利権に目がくらんでいる政治家にはできないことなんだろうなぁ。選挙
で自分が当選することが一番の望みだから。そのための小手先政策は
必要無いんだよね。街頭演説している不勉強な地方議員もね。朝早くから
お疲れさまと言いたいんだけど、笑ってしまうようなことを人前で発言
していては情けないのひとことです。朝の駅前でいつも思う。

ま、そんなことはどうでもいいとして、信頼関係で繋がっていた取引が
いつのまにやら不信感で渦巻いている状況は払拭しなければならない。
この「負の連鎖」を断ち切るための不良債権処理。どうにかしなきゃ。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2003年03月03日(月) ひとりごと

戦後の映像を見ているといかに現在の生活が豊かになっているかを思わせられ
ます。「豊か」という言葉に敏感になる方もいらっしゃるかもしれませんが、
狭義での突っ込みは無しってことで。

昭和20〜30年代は復興から経済成長へと向かう時期。
みなが生活の向上を願って一生懸命に働いた。物資の不足を労働で収入を増や
すことで補ってきた。だから物を作れば売れたしそれで収入が増えたから次の
物資を作る原資にできた。そのサイクルがうまく回っていたので経済は成長
(拡大)した。

工業化の余波を受けて農林水産業からの労働移転が急速に進んだのもこの時期。
国の政策が工業化による発展だったから農林水産業より工業の方が優先された
ために農林水産業従事者が離職を余儀なくさせられたという面も大きい。

たとえば霞ヶ浦の漁業が衰退したのは30年代後半から。
これは工業化の促進とともに霞ヶ浦周辺の製造業が出す廃液の影響と下流の取水
ダムの影響。海水の逆流阻止として作られたはずのダムが湖水そのものの汚水を
流し出すことを堰止めることになってしまったという皮肉さの象徴。そして何よ
りも鹿島臨海工業地域の建設が労働力を吸収してしまったことが大きいと思える。

家の玄関や縁側で足を洗ってから居間に上がっていた時代は知りませんが、小さ
い頃、裏のじいさんちが戦後の作りで、五右衛門風呂と井戸水の取水で生活して
いた家であったから、ウチの風呂釜が調子悪い時には五右衛門風呂に入りに行っ
た記憶がある。これまた入り方にコツの必要な風呂で、釜に背中を付けようもん
ならヤケドをするから半立ちで入らなきゃいけない。火はもちろん薪ね。それ
から土間というのは本当に地面は土で、ここをちょろちょろネズミが徘徊する
からネズミ取りもあった。トムとジェリ−に出てくるあのネズミ取りと同じです。
さすがにチーズではなかったけどね。

そんな生活が当たり前だった時代に比べると、今は生活物資は向上し、より苦労
をせずに生活ができるようになってきた。物量もそうですが、質の向上がより
大きいでしょう。

経済成長の頃は作れば売れる時代でしたが、その後は消費者も賢くなりました
からどれだけニーズに合った商品を作れるかが製造業の頭の絞りどころとなった。
それを作れるところが生き残った。戦後のドサクサで生き残った頃を一次とする
と、この時は二次淘汰ですね。この二次淘汰で生き残った企業が今の大企業に
発展してきていると思っても大きな間違いではないでしょう。中小企業でもこの
頃にしっかり生き残ってきたところは今でも多くが健在でしょう。個人店、中で
も卸小売業は流通の変化により衰退してきましたけどね。ほら、街の文房具屋
さんや雑貨屋さんなんかはなくなってきているでしょう。

こんな戦後の変化を知らない若い世代はこれからどう変えていくんでしょうか。
変えるつもりは無いんでしょうか。周りが変わっていることに一番敏感なのは
若い世代ですから、自分たちが住みやすい社会にするにはどうしたらいいのかを
考えていて欲しいもんです。

なーんていうのはオジサンの人頼みのたわごとです。はい。

今日は曇りのち一時雨。(東京地方)



2003年03月02日(日) まだ何とも言えない状況なんで

ちょっと厄介な問題に関わりそうな雰囲気です

関わるかどうかはこれからの動き方次第なんですが、今の段階では
神経質になるほどのことではないと思っています。自分の中ではね。

聞いているとどうやら時間が解決してくれる問題ではなさそうなので、
何かしらの対策を打たなければ大きな問題になるかもしれないようです。
ケガとか嫌がらせだけでも問題なんですが、さらに大きな問題になる
かもしれないような様相です。

面倒なことには蓋をするのが一番楽な方法ですが、聞いた以上は放置
できないところが自分なんですが、それにしてもできることとできない
ことがあります。

今回の問題は恐らくできない範疇なんですが、それでもどうにかして
あげたいという気持ちはあります。こちらから積極的に関わろうとする
ことは相手にとって失礼になるでしょうからしませんが、相手から助け
を求められたならばそれなりに対応しなきゃいけないと思っています。

まぁ、相手がどんな人か説明していないので、この問題がどれだけ自分
の関わるべきことかどうかが分からないでしょうが、とりあえず今の
段階では「好意を持った人」という程度でしょうか。

これが身内であれば考えは大きく変わってくるでしょう。
私財や職を放棄してでも守るべき人であるかどうか。今のところはそう
いった人は両親しかいません。だからそれ以外の人は深く関わることは
まずあり得ないことです。特に家庭内の問題であればなおさらね。

来週の今ごろには少しは状況が変わってくれていればいいんだけど・・・。
いずれにしても今回の件はしばらく様子見です。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2003年03月01日(土) バランスが取れていればいいも悪いも無い・・・か?

今注目している言葉が「悪い均衡」。

これはバブル崩壊以降、いくら財政で下支えしても景気回復しないこと
を、需給均衡のポイントが下がったからだとするもの。

通常の均衡ポイントに留まっていて、単に需給ギャップが発生している
のなら、需要を押し上げればそのポイントへ戻ることになりますから、
数年の時間はかかるでしょうが、いずれ元のポイントへ戻ることになり
ます。しかし現状は10年たっても回復の兆しが見えず、お金をいくら
注ぎ込んでも全て吸いこんでいる状況。

デフレとは需要が落ち込んで、そのパラメータとして物価が下がること
を言いますが、悪い均衡というのは現在のデフレ状態で均衡を保っている
ことをいいます。そうなると均衡している以上はこれをデフレとは呼ば
ず、通常の状態ということになります。

ということは、景気が悪いと叫んでいるわれわれは大きな勘違いをして
いるんでしょうか?単に収入が伸びなくて生活の向上が難しくなっている
ことを嘆いているだけなんでしょうか?これが本当ならデフレとか景気
低迷ではなくて、これが妥当な状態であることになります。

インフレとともに収入が増えて、それが生活の向上に繋がっていた今まで
の経験が、ある時点でその経験が生かされない状態が当たり前のことに
転換したということです。ある意味、長く続いた安定したインフレ経済
の転換期とも言えるんではないでしょうか。

生活は改善していくものであって、改悪はしたくないと思うのが我々国民
の正直な思いならば、良くなりすぎた生活を一時的にでも以前のところ
まで修正する(改悪する)状況になっても、そう簡単には受け入れること
はできないでしょう。

日本の良き(悪しき?)伝統であった終身雇用制の元、年功序列で過ごせ
ば年を取るごとに収入が上がることを期待しますから、そういったことを
前提にすれば計画的な人生設計ができます。実際にはそれでうまくいって
いたと思います。

このシステムが一旦崩されると、人生設計も崩されるわけで、バブル期に
人生設計した人にとってはその時の収入計画があったわけで、これを元に
不動産やら住宅を購入した人も多いでしょう。バブルの崩壊はこの前提を
崩してしまったわけで、それと同時に不動産や住宅を購入した人は人生
設計を崩されました。そうなると消費に使おうと思っていた分が当然なが
ら少なくなるわけで、あるいは生活資金すら足りなくなって借金のために
不動産や住宅を手放さなくてはならない状況になりました。見栄を張った
人ほどこういう目に会っているように思えます。そういう意味じゃ、こう
いう目に会った人は将来の見通しが甘かったということになります。

とはいえ、地価で言うと’87年から’91年にかけて10〜20%もの
上昇をしていたんですから、浮かれたか儲けを企んだかをするかもしれま
せんねぇ。

個人レベルではそういうことなんですが、国政としてはバブルのような
はじけて当然な状態を放置していたことは、結果論ですが、失策としか
いいようがありません。景気の安定をその使命とする日銀は、そんな状態
を放置していました。放置というよりも、その時期には金融緩和をやって
いたのですから、やることが逆。引き締めてお祭り騒ぎを落ち着かせなく
てはならなかったんです。だから自分はバブルの醸成と崩壊は日銀の意図
が見え隠れすると以前から言っているのです。

公定歩合で言いますと昭和62年から2.5%と戦後最低水準だったの
ですが、平成3年には6.0%まで上昇させているので引き締めている
じゃないかと思われるでしょうが、急激な地価の上昇には効果がありま
せんでした。むしろ公定歩合を急激に上げることで資金の借り手である
企業の金利負担が急激に増えました。個人についても同じことです。

通貨流通高は’90〜’93にかけて多少の落ち込みがありますが、マネー
サプライ(M2+CD)は着実に伸びていますから、それだけじゃぶつい
ていたことになります。資金需要が落ち込んだのにお金は減らない。
みんながお金を使うことを止めたんですね。その後に来るのは円高。
’94〜’95にかけて¥100/$を割る水準になった。これで輸出
企業は大幅な採算割れで競争力を無くした。構造的な問題がありました。

恐らくこの時点で「悪い均衡」が作られたんじゃないでしょうか。
為替レートについては「円高」とか「円安」とか言いますが、為替相場は
常にその時の適正レート。適正な均衡の結果がその時のレートを形成する。
だから円高円安は結果論なんですね。ディ−ラーの立場ではね。

でもこの円高ショックで企業の構造が変化したんじゃないでしょうか。
企業だけでなく消費者側の態度にも変化が出た。海外から安くていいもの
が入ってきた。だからそれまで国内品で価格構成されていたものに変化を
強いたと思われます。この時点で均衡点が下がったんじゃないかと思う。

その均衡点が長く続くとそれが自然な均衡点に変化して、「悪い」もの
とはなくなってしまった。その状態が今も続いているとすれば、今の
デフレはデフレでなくて適正水準。それでも不満があるのは収入が減った
からに他なりません。収入が減ったとは、文字通りの意味だけでなく、
収入を得る機会も含まれます。つまり就業機会。就業人口が減っている
のに失業率が減らないのは、収入が減っていない人がいるから。この
多くは公務員であるというのが自分の見解。だから公務員の給与水準が
高過ぎる、あるいは就業機会の過多、あるいは受け皿の過多に問題がある
と思っています。これを正すのが構造改革のひとつだと思っています。

公務員は民間レベルに比較すると離職率は低く、待遇は高いというのは
一般的な常識でしょう。公務員も消費者の一人ですからここにメスを
入れると消費の減退につながりますから切り捨てろというのではありま
せん。適正水準に正せというのが自分の意見です。バランスを取れ。

なぜ今はデフレというのでしょうか?
収入の減少が大きいこと以外に理由があれば教えて下さい。
収入の減少に無関係な(あるいは程度が小さい)人には無関係な話なの
ですが。

はい。今日は曇りのち雨。(東京地方)


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