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2003年06月24日(火) 『唇には微笑みを~』裏話、または商業誌化顛末記

久しぶりの小説UPは、1995年に商業誌となった知る人ぞ知るという作品です。
――以下はその本の「あとがき」より抜粋。

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始まりは――『同人誌に発表したある作品』(実際の後書きにはタイトルが入っていた)を今度出す本に――というお話だった。
あんな暗い話を? 純可の作品の中でも屈指の暗さなんだぜ。
でもアンソロジーということだから、ほかの作家さんの作品に紛れ込めば、気色の変わったものっていう感じでいいのかな?
能天気な私はひとり納得した。
次に連絡をいただいたとき、それは個人誌へと昇格していた。
ついては一本では少ないから他の作品を送って欲しいという。
自慢じゃないが、私の作品は基本的に暗い。
「二十歳以下の♂は♂未満」と言い切ってはばからない私が書くのだから、主要キャラたる男たちも、ま、若くない。
私は狼狽を隠して問い返した。
「あんな暗いのばっかでいいんですか?」
「はい」
「今の流行から外れていますよ」(自覚はある)
「そうですね。同人誌らしくないです」
「それでもいいんですか」(担当さんを脅迫してどーするんだ!)
内心の狼狽を知ってか知らずか、担当のYさんはあくまでも穏やかに優しい声で、私に告げた。
「はい、いいんです。分かっていますから」
なんと太っ腹な出版社だろう! と、本当にいいのかしらん? という、せめぎ合う気持ちのうちに、このプロジェクトは(大袈裟なっ)進行したのであった。

 (中略)

この二作品に共通するものは恋愛でも友情でもなく、交錯する人の想い……でしょうか。
どれほど心を寄せてもすれ違ってしまう想い。伝わらないもどかしさ、そして生じてしまう誤解(う~ん、暗いぜ)。
だからこそ人は誰かを求めるのでしょう。そして恋愛や友情が生まれるわけで……でも、やっぱりどこか分かり合えないもどかしさを内包していて――これはメビエスの輪ですね。
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とまぁ、こんな調子で商業誌化された、それはそれは暗い・重い某小説に抱き合わせた作品が、今回連載を開始した『唇には微笑みをたたえ』である。
「暗い・重い」と並べるには、当時から統一感のない作品集だと思っていたので、
『ちょっと統一感のない作品集ですが、これもみな、静と動、冷静と情熱、お茶目と陰険を合わせ持つ(世間では二重人格ともいう…笑)ABという血の成せる業(わざ)とご容赦下さい』
などと、ちゃんとしっかり言い訳しているけど、今回引っぱり出してみて、私の目に狂いはなかったことに自信を持つ次第(おいおい…)。

さて、この作品集のおかげで、その後私は数奇な(?)運命をたどる。
これからお世話になろうという出版社がバブル崩壊とともに、なんと倒産してしまったのだ。
土地になんか手を出さずに地道に出版業に勤しんでいれば、そんな憂き目にあわなかっただろう、とは当時の業界筋の噂話……どうでもいいけど、原稿料を清算してからにして欲しかった。

数ヵ月後、再び某社から勧誘(?)があった。投稿とか売り込みもしていない無精者の私をまたも拾ってくれようという、ありがたいお言葉である。
だが条件があった。
一つはその当時創刊された♀×♀雑誌への執筆。
「無理です。それ(JUNE)とこれ(百合物)とは、まるで方向性が違いますから」
考えなしにも、あっさりお断りした私だった……。実はのちに発刊された雑誌の執筆メンバーを見て、ちょっともったいなかったかなーとも思ったけど、やっぱり書ける自信がなかったもんね。

もう一つは、やはり雑誌なんだけど――「もっとHに!」
努力はしましたとも、嫌いじゃないし(笑)。
世の中はJUNEからYAOIを経てBLが台頭してきたころで、「過激さ」が求められていた。
唸りながらチャレンジして、何とか担当氏のOKをいただき、ほっとしたのもつかの間、だがその雑誌は、私の作品が掲載された翌号だか翌々号から廃刊となってしまったのだった。決して私の作品のせいではない…と思う……。
立て続けの出来事である。誰だってショックだろうけど、能天気な私もさすがにショックだった。原稿料、もらっていないし……。

そしてある日、私は妙に吹っ切れてしまった。

元々「どうしてもプロになりたい!」という気骨も信念も少なく、ただでさえ少ない睡眠時間と本業を犠牲にして、「えっち」を頑張らねばならないことが、なんだかな~って気分になってしまったのだ――そう、「えっち」描写に苦労したのよ(爆)。
どうやら私は、♂同士の「えっち」を書きたいのではなく、男性の中にあるホモちっくな遺伝子が醸す、恋とも友情ともつかぬ、その微妙な関係に色気を感じるタチらしい。
好きなものを好きに書ける同人という「場」を知ってしまっているから、「ま、いーか」と吹っ切れついでに居直っちゃったのであった。
(※補足・・注文通り「書ける」人がプロになるのだろうし、だからこそプロなのよね、きっと)

そういう意味で感慨深い作品ではあるのだけど、読み返してみると、手を入れたくてうずうず。でもそれを始めたら、たぶん全面改訂したくなるのが目に見えているので、そのままUPすることにしました。
お楽しみいただければ幸いです。


2003年06月22日(日) ちょっとだけ模様替え

気がついてくれた方がいるかしらん。
少しずつ「迷夢's room」の模様替えをしています。
なんていうほど大したことをしているわけじゃないけど、部分的に壁紙を変えたのと、小説の字の大きさを少し大きくしました。
たった0.5ポイントの差なのに、ずい分読みやすくなったと思うのですが、いかがでしょう。
何か作品もUPしたかったのですが、もう眠いのでまた今度――。


2003年06月17日(火) いちごジャムへの道

久しぶりに(食料品以外の)買い物に出られた。
真っ先に向かったのは本屋さん♪
ライトノヴェル、ミステリ、エッセイ、伝奇と気持ちよく買ったら、むーん…というお値段になってしまった。でもってマジに読みたかった本は1冊だけ(ガーン)。
その本は学生時代に読んだのだけど、当時からお気に入りの作品で、ふと思い出したら読みたくなってしまったのだ。
だから、たぶん書棚の奥深くか、物置のダンボールのどこかに詰め込んであるに違いないのだが、一応探したものの、途中で面倒くさくなっちゃった。それで、なんとなく本屋さんを探したのだけど、そーゆーとき(もしかしたら家にあるかもしれない時)にかぎって、みつかっちゃうんである。
「もう(たぶん)綴じ糊もボロボロになっている(はずだ)から、きっと本を開いたらページがバラけてしまうに違いない」…は、自分への言い訳。

帰り道でジャム用の時期ハズレのいちごを売っていた。一年に一度くらいは手作りのジャムもいいものと、喜んでいっぱい買い込んできた。
もちろんそのまま食べてもいいのだけど、親指の爪くらいの小粒だし、ところどころちょっと痛んでいるから、やっぱり火を通した方がベスト。
家で作る利点は甘さが調整できることと、なんとなく気持ちが豊かになること。
風味付けに入れるフランボワーズ(木苺)のリキュールも買い求める。ジャムに使う量は大さじ3…1/4カップ弱くらいしか使わないんだけど、大瓶しかないんだな、これが。

でもご安心。飲んじゃうから……じゃなくて、フランボワーズはラズベリーのシャーベットにも使えるし、白ワインに加えればキールになり、シャンパンに加えればキール・ロワイヤルになる――やっぱり飲むんじゃん。

いざ、いちごジャムに取りかかるとしよう。あっ、ヘタ取りの手間を忘れていた!

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→いちごジャムと、ちょっとおしゃれなラズベリー・シャーベットの作り方は、後日「お料理レシピ」にUPします。


2003年06月14日(土) 地獄の釜の蓋開く

梅雨入りしたかと思ったら、急に蒸し暑くなってしまった。梅雨入り後、一週間は梅雨冷があると思っていたのに、今日はいきなりの夏日である。
ああ、地獄の釜の蓋が開こうとしている……。

夏はとことん体力的に自信がない。
血液は沸騰するし、脳味噌は溶けてくるしで(気分は…ね)、すぐ熱中症になる厄介な季節。
そういえば、海は近いけど海水浴なんて何年も行っていない。
海が恋しくなると、早朝や夕方に車でちょっくらひとっ走り、潮の香りに浸ってくる。
もっとも、ぐらぐらするほど車が混むから、日中は地元の人間はあまり行かないみたい。

東京方面から来た車が帰りはじめたころ、渋滞する反対車線を横目に子連れの車がスイスイ走っていく。柔らかい子供の肌のためにも、その方がいいそうだ。
だから案外、夕方の海岸は賑やかだったりする。
でも日が沈む前には引き上げるんだよ。特に週末は暴走族さんたちのメッカになったりするから(笑)。

ところで、早朝の、嵐の前の静けさの海では、なんと地引網をしていたりする。
観光用の地引網イベントもあるけど、それよりもっと早い時間は漁師さんが頑張っている。
嬉しいのはそこで水揚げされたばかりのお魚を分けてもらえること♪
特にシラスが美味しいのだ。もちろん「生」でもいただくけど、薄味でさっと煮て、たっぷりの薬味とご飯にのせても美味!
これはシラス丼として名物にしている店もある(店によっては生のシラスを丼にしている)。
いつだったかこれをTVで紹介していて、どうやら隠れた名物料理になっていたらしい。
釜の蓋も、こちらなら大歓迎なんだけどなー。
なんだか食べたくなってきちゃったぞ。ごくん…。

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うっかりしていたのですが(最近こればっかり…若年性健忘症か? いえ、ただの粗忽者)、今年の夏コミは参加していません。
新刊も出せそうもないので、委託もしないかな。ごめんなさい…。


2003年06月10日(火) 梅酒をつけました♪

数年前まで家人がつけてくれたので、私は「飲む人」に徹しいられたのだけど、いよいよ今年は覚悟を決めて、梅酒に梅5㎏分ほど漬け込んでみた。
それまで毎年(ほとんど趣味で)、家人がつけていた梅干と梅酒のための梅は10㎏は下らなかったので、手始めには丁度よい数字……数字だけはね。

きれいに洗った青梅の水気を一つ一つ丁寧にふき取って、ヘタをとり、ポツポツ竹串で穴をあけて、瓶のなかへ。
ヘタを取りながら、ふと思い出したのは、家人が元気だった頃、いつあれだけの梅の始末をしていたのだろうということ。

自営業を営んでいたので、男手は配達やらなにやらで、彼女はほとんど店に出ずっぱりだったし、もちろんそれだけでなく家事もあるわけで。

その当時は気がつかなかったのだけど、思えば、気がつくと梅が干してあったり、梅酒が出来上がっていたり、冬になれば白菜が漬かっていたり、切干大根を干してあったり…。
東京のド真ん中に暮らしていたとは思えないほど(今で言うシロガネーゼであった!)、四季折々、生活を楽しんでいた…のだろう。
そのときに、その技をもっと学んでおけばよかったなぁ……。

なーんて思いを馳せながら、いい加減ヘタ取りに飽きたころようやく終わって、あまり甘いお酒は好きじゃないから氷砂糖は通常の半分にして、ホワイトリカーを優しく注ぐ。
もや~んと氷砂糖が溶けてくる様子が、妙に楽しい。
早くできないかなぁ。わくわく♪

もちろん(?!)、梅干じゃなくて梅酒を選んだのは私の趣味♪ 
夏場はいつも取り寄せているワインの味がちょーっと落ちるので、そのときのために、という下心だらけだったのだけど、なんだか郷愁に浸って、ちょっと寂しくなってしまった梅酒作りだったのでした。



2003年06月08日(日) 更新はロードマップ(新和平案)の正体と書評です

少し遅れちゃったけど、更新情報です。
迷夢書架>篠田真由美氏「唯一の神の御名」
歴史がらみの、いわゆる吸血鬼物♪ 吸血鬼ってなぜだかロマンなのよね。

珈琲館>「ロードマップ」
今回ブッシュ大統領が提案したイスラエル、パレスチナの新和平案(ロードマップ)の正体を暴く!!なんちゃってね。
でも真面目に、ロードマップは、これが「和平案」なのか?! という内容です。
こんなんでブッシュくんがノーベル平和賞なんて貰ったら世も末ってもんだなぁ。


2003年06月07日(土) 病院のステータス

今まで一般の病院に入院していた身内がようやく、いわゆる老人病院に転院できて、ほっと一息ついている。
以前から入退院を繰り返していたのだが、今回はいよいよ「へたすりゃ寝たきり、上手くいって車椅子」生活になると宣言されていた。
なんとか車椅子に座れる程度までには回復したものの、日常生活を自宅でおくるのは当分無理なのだそうだ。
思えば緊急入院、手術となったのは1ヶ月ほど前。
一番近い救急指定病院だから、今までもお世話になっているのだが、その間、家族は「針のむしろ」状態にあった。

以前、BBSにも書いたことがあるのだけど、とにかく病院側の対応には当初から思いやりが感じられなかった。
まだ集中治療室にいる段階から、転院先を探すように矢の催促を受け、患者を眠らせないように、昼間は誰かが必ず付き添って起こしておくように指示され、提出書類に不備があるといっては呼び出され(病院の手違いで他の科に紛れ込んでいた)、「担当医からお話があります」と当日の呼び出しを受けて、もしや何ごとかあったのかとドキドキしながら行ってみれば、転院の催促。その都度、片道三時間の距離を向かうわけだ。
しかし病院内の相談室では「病院からはそういう指示は出さない(出せない)はず」とのたまう。病院も縦割りなんだな。

無論、「敵」は病院だけではない。こちらに引き取ろうとしても、断固として納得してくれない老齢の頑固者(患者の連れあい)もいる。だから転院するのもそちらの方になる。
そんなわけでこの1ヶ月は、行政と病院との板ばさみになりながら、転院先探しに奔走する日々でもあった。介護医療の問題など、行政側にも不備を感じた1ヶ月だけど、なんと長い1ヶ月だったのだろう。
もちろん、当分は病院通いは続くのだけど、針のむしろからの開放感で心が軽い。

某病院関係者の方にはくれぐれもお願いしたい。
頼むから、もうほんのちょっぴりでも、患者の身になってあげて欲しい。
「ア○ロの元だんなの実家の病院」なんていうところにステータスを求めるなよ…。
もしや、彼女が飛び出した理由はその辺りにあるのかもしれない…と、ふと思いましたのさ。


2003年06月02日(月) 台風サーフィン

この週末、時期ハズレの台風がやってきた。
予定していたことは流れたし、やることはないし、これで心置きなく、サイト移転に向けてのリンクの貼りかえ作業ができるってもの。ラッキー♪

雨風が吹きつける窓の向こうでは、隣家の竹が大きくしなる風景を眺めながら、地道な作業に没頭する。
そのうち風に乗って、サイレンが聞こえてきた。たぶん満潮時なのだろう。
家から自転車で30分ほどで海だ。川も近い。この辺りの雨は断続的だったけど、上流で大雨が降って満潮時間が重なると、川が逆流して危険水域に達してしまうのだ。

そういえば、もう何年も前のことだけど、やはり台風でその川の橋が流されるということがあった。いや、完全に流されたわけじゃなくて、片方は何とか岸にしがみついていたのだけど、その道路は交通量が多く、あわや大惨事になることろだったのを、ガソリンスタンドの人が気がついて、消防よりもいち早く通行止めにして、後日表彰されたのだった。

ぼんやり思い出して、ふと妄想が膨らんでくる――。
橋がどんぶらどんぶら、海に向かって流れて行く先は、大海原……橋に乗ってサーフィンって、楽しそう…。ちょっとやそっとじゃひっくり返りそうもないしー、なんて想像して我知らずニヤニヤしていたのだった。
だってリンクの貼りかえって退屈なんだものー。集中力も途切れようってものさ。

というわけで(?)着々と作業も進み、新アドレスに仮UPしました。
今回はちゃんとテレホタイムに対応しているかなどの確認期間をおいて、現在2つのサーバにお世話になっている内容を統合して、完全移転する予定。今度は賑やかな広告がないのよ♪ 今のところ良好のようなので、楽しみ~♪♪

ちなみに橋を流した川は、それから護岸工事をして立派な橋ができている。
サーフィンはもうできそうもない。
 


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