2005年12月17日(土) |
再始動!詩の制作に復帰。長い半年だった。 |
後ろ向きのエスカレーター
エスカレーターに後ろ向きに乗っていた 登りではなく 下りでもなく 建物の中ではなく 動く歩道のような 人一人の幅しかない 左側手には低い山が見えているようだ 山裾を登るわけではなく だらりんだらりんとエスカレーターは後ろへ後ろへ流れていく 僕は両側のゴムのベルトに手をかけて 後ろ向きにしゃがみ込んでいた 目の前には女の人が後ろ向きに立っている 背中側の男性とでサンドイッチにされて ジーンズをはいた前の人のお尻が迫る 視界がさえぎられ見えにくい と思っていたらエスカレーターは終わっていた 白くて四角い 蔦や観葉植物に囲まれた建物の前に到着していた 建物の中の物を見て ここが出張の目的地であった事は確かだ その後も色々と出来事は続いたが憶えているのはこれだけ 後ろ向きエスカレーターに乗ってしゃがみ込んでいた
車の中で
「犀が逃げたんだって」 「早く捕まえてくださいって」 後ろのチャイルドシートからみーちゃんの声がする 見回してみたけどそんな看板はどこにもなく ここは西大寺だから犀なのかなと 思ってよくよく見てみたら あったあった「さい」の看板が 国土交通省 道路にごみを捨てないで下さい 下(くだ)は漢字で書いてあるものだから 「さい」だけ読んでそこまで想像したか
わがままを車の中でさんざん言った挙げ句 母からも姉からもそして私からも相手にされなくなったみーちゃん しばらくして 「マーマ」とか細い声 返事はない まだママは怒ってる 「おねえちゃん」 横にいるお姉ちゃんも答えない 「パーパ」 運転しながらちらっと後ろを見るが黙ったまま 3人の無言が続く みーちゃんが次に「ごめんなさい」と言うのを待っている なす術がなくなって聞こえてきた声は 「みーちゃん」 「はーい」 自分で答えるとは
「ねえねえ、ママ、今日素晴らしい事があったのよ」 後ろから唐突に晴れやかにみーちゃんがしゃべりだす 幼稚園での出来事が次から次へと出てくるのかと ぼんやり思って運転していたら 「今日ね、たっちゃんにキスしたの」
「え、今何て言った?」 私は黙ったまま 母の矢継ぎ早の質問が続く 「どこでしたの?」「どこにしたの?」 「あしたたっちゃんのお母さんに謝っておかなくちゃ」 その次の日もその次の日も 「きょうはゆうちゃんといっしょにたっちゃんをぎゅっとしたの」 「今日はねお口にチュンマってしちゃった」 ヴィッツの車内で起きる4歳児の報告にあたふた
さんたと神様
もともと人の食べ物を与えていたせいか 食事のたびにテーブルのそばに現れては ごはんをねだりにくる 隙を見ては盗みを働く ペットフードでは体が受け付けない事もある さんた 人が入ってるお風呂の縁で丸くなって眠っていた白い老猫 手のひらの中の水をぺちゃぺちゃ飲んでいて 少し体がくさい 冬になれば毛並みが悪くなるらしく 老いてくると体が固くなり毛繕いがしにくいのかしら 動物病院からもらってきたときは まだまだ小さくて ケージに頭をこすりつけ 鼻の皮がピンクにむけてたっけ こうしてほんの小さな毛がぴんぴんの子猫の時から やがては年老いてゆく形を見ていると 生まれてから死ぬまでの命を眺めて過ごす 時を超えた存在になったような やがては冬になり 少し毛がぼさぼさで 少しにおいのするこの老猫を 看取らねばならぬときが来るだろう 今はひざで眠る白い老猫をさすりながら 私の命もやがてはこの老猫のように誰かに看取られる時が来るだろうか 生まれた時から老いさらばえるまで ずっと看取られる事はあるだろうか 幼い猫がやがて年老いてゆき 私に看取る事ができるのであれば 幼い頃の私が年老いてゆき やがてこの世に別れを告げるとき看取ってくれるような 長寿の存在がどこかにいてくれたら この猫の背中を優しくさすればさするほど 自らの命も優しげに背中をさすってもらえるような気がする 手のひらに水を掬って与え続ければ 自らにも命の水が与えられるような気がして 私の命を最初から最後まで看取ってくれるのは 命をさするこの手のひらのぬくもり 老いた者へのいたわり ひざの重みに耐えるのも優しさか
にんじんの調べ
直径30ミリの木工用ドリルを 作業用手袋をはめ手回しする 五寸にんじん向陽2号の円錐形の底部から 内部がくり抜かれてゆく 向こうへ突き抜けてしまう前に止め 中身を掻き出し洗い流す フィップルと呼ばれる詰め栓を 別のにんじんで成形し ウィンドウェイの部分をカッターナイフで斜めに切り取る ラビュームや窓はカッターと彫刻刀 細工用の小刀を使って切り出す フィップルを詰め 鳴りのよいところで止める つまようじ3本をあちこちから刺して固定する その音が基音になり 後はチューナーで音程を確かめながら トーンホールを3ミリから6ミリのドリルビットで一つづつ開けていく
一本のにんじんから 一音 また一音と 語る調べが増してゆく どこかしら素朴であるような 哀しみを帯びたような またコミカルでもあるような オレンジ色の響きが奏でられる
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