ジャック・タチが遂に映画化しなかった脚本を基に作られたアニメ「イリュージョニスト」。六本木での封切りを観損ねて数カ月。意を決して仕事を休み平日昼間に武蔵村山市の映画館に向かう。郊外のショッピングセンターにあるシネ・コンプレックス。「寒々しい」という表現がぴったり、閑古鳥が鳴くブティックフロアから映画館フロアに上がる。複数の映画チケットを売るカウンターに近づくと、流石に多少でも人出が。やや焦り気味に「イリュージョニストを」と言うと、売り場の女性は嬉しそうに「はい、今ならどちらのお席もお選びいただけます」。まんなか中央の席を選び館内に歩を進めると案の定。このまま誰も来てくれるなと祈り幸い誰も来ないまま上映開始。映画館ひとりぼっち。なんという至福。タチの世界にたった独り誰になんの遠慮もなくひたすら耽溺。劇中、まったく予想していなかった不意打ちの展開に、声をあげて嗚咽する。
10年以上前。沖縄国際通りで夜遅くまで飲み。仕事相手と別れホテルに帰る途中、よし、と方向を変え深夜上映の映画館に行き「地獄の黙示録 ディレクターズカット」を観ることに。すでに日付は変わっていたか。真夜中の沖縄でコッポラ映画を独り観るという状況にやや酔いながらシートに深く身を埋める。客は数人。ヴェトナムの地獄、世界が徐々に歪む狂気、何度も繰り返し観ていた筈のシーンが、記憶に無いほどの不吉さと冷たさで切っ先が何度も何度も心臓を切り刻む。映画が終わる。立ち上がり、場内を見渡す、いつの間に、自分の他に客は誰もいない。映画館ひとりぼっち。なんという禍々しさ。一瞬にして身体中が凍り付き自分の声と思えない不快な音が頭部から迸る「うわががああああああががああああがああああああが」。何度も転び手をついて膝を打ち映画館からまろびでる。
|