ぶらい回顧録

2001年08月07日(火) 秀樹のこと

僕がドラム(というかバンド)をはじめるきっかけを作ってくれたのは兄。名前は秀樹。

兄といっても僕と秀樹は双子の兄弟なので彼を「兄」と呼ぶのはいまだにどうも抵抗がある。だいいち今まで彼を「お兄さん」なんて呼んだことなどない。小さい頃は「ひできくん」「しげきくん」(「ひでっくん」「しげっくん」と発音)、高校に入学するあたりから「秀樹」「茂樹」と互いの呼び名は変わっていったけれど、いずれにせよ「兄」というのとはどうも違う。このあたりの感覚は双子の方なら理解していただけるのではと思う。

今でも「兄」と口にすると、秀樹ではない誰かほかのひとのことを話しているような気分になる。しかし「立派な」大人になった今、他人に秀樹のことを説明する時は「兄」という言葉を使うしかないわけで、どうにも困ったものです。兄を「ひでっくん」などと呼ぶ30代の男を、世間は立派な大人とはなかなか認めてくれないですからね。

のっけから話がそれた。なんだっけ。そうだバンドだ、バンド。
(関係ないけど映画「ブルース・ブラザーズ」でジェイクとエルウッドの兄弟がジェームス・ブラウン神父の啓示を受けて「ザ・バンド!ザ・バンド!」と叫んで踊りまくる場面は何度見ても感動的ですね。あのシーンを見て以来、自分がずっとバンドを続けているのもなんらかの「啓示」だと信じていて、というのは少し大袈裟だけど)

中学も間もなく卒業というある日、家に帰ると秀樹と彼のテニス部仲間であるA君、I君の3人がなにごとか相談している。なんだかとても楽しそうだ。「なになに?」と首を突っ込むと「しげきは関係ないよ、あっち行ってろ」。秀樹は昔からこうだ。自分の友人が僕と仲良くなるのを好まない。特にこの頃には「自分関係」と「茂樹関係」をはっきりと分けて考えるようになっていて、「おまえはあっち行け」と言われることが多くなっていた。言わば自分の友人に対する一種の独占欲。双子なだけに、そのへん相手がどう感じているかは手に取るように分かる。

それでも所詮は狭い家で一緒に暮らす兄弟。彼らがなにをそんなに盛り上がっているのかはすぐに判明した。そして僕は激しく嫉妬し、焦った。彼らはなんと「ビートルズのコピーバンド」を結成しようとしていたのだ。

僕と秀樹がはじめて「イエスタディ」を耳にしたのが10才の時。中学生になり、例によって「赤盤」「青盤」を手始めにふたりでビートルズを片っ端から聴き漁る日々がはじまった。今振り返ってみても、それはなんと刺激的な毎日だったろう。小さな「田舎」で育った免疫なしの無菌少年が突如として放り込まれた、それはまさに剥き出しの「世界」。先に進めば進むほどに、それまで見たこともないような眩しい輝きを放つ景色が、妖しい香りとともに次から次へと目の前に現れ、そして消える。強烈だった。

僕と秀樹はビートルズに興奮し、その興奮をふたりで共有していることに酔った。僕にとってビートルズを聴くことは教室で音楽を習うこととは違う、純粋に個人的な体験だったのだけれど、僕たちはまったく同時にまったく同じレベルで、その個人的な体験を文字通り「共有」した。ビートルズに心を震わされ、自分のなかで新しい細胞が今まさに生まれている、言葉にしなくても僕たちには互いにそれが分かった。ただ分かったのだ。それはやはり双子であるがゆえに、僕と秀樹であるがゆえに分かち合うことのできた、本当に貴重な体験だったと今でも強く思う。

ビートルズのコピーバンド?ずるい、と思った。ずるい、そんなの、秀樹だけ、そんな楽しいことを、ずるい。でもそんなことを口にすればこう言われるに決まっている、「茂樹もやればいいじゃないか」。だから意地でも言えなかった。秀樹にはコピーバンドをはじめる仲間がいる。僕にはいなかった。それが余計に悔しかった。

そして事態は思わぬ方向へ転がった。「リンゴ役」がどうしても見つからなかったのだ。

秀樹もA君もI君もギターの経験があるわけではない。彼らはただビートルズにシビれ、ビートルズの真似をしてみたかっただけだ。だから彼らが最初に決めたのは「担当楽器」ではなかった。「おれがジョン。絶対におれがジョンね!」「じゃあおれはポールやる」「おれジョージ?まあそれも面白そうだな」なんの疑問も抱かずにこのような会話が交わされた。3人のなかで一番バンド結成に熱心で、ジョンレノンになりたいと願い、そしてバンドのリーダーとなった秀樹は、それからはじめてギターを手にしたのだ。素晴らしい!

そして彼らは「リンゴ役」、つまりドラマーをどうしても見つけることが出来なかった。

秀樹は僕と一緒にバンドをやりたくなかったわけではないと思う。ただ子供のころから殊更に「ああ双子だ」「ああ一緒だね」と言われ続けた僕たちは、いつからか「ふたりで一緒になにかをする」ということを避けるようになっていた。

でも。ビートルズだけは別だった。

誘いを受け、表面上はクールに装いながら僕は飛び上がるほど嬉しかった。それこそジェイクとエルウッドのように「ザ・バンド!ザ・バンド!」と叫びながら飛び跳ね、踊り狂いたかった。「バンドをやる」ということは僕をそれほど有頂天にさせた。

ただ、秀樹が僕をバンドに誘ってくれた時のことはよく覚えていない。あまり積極的な「やろうよ!」という誘いではなかっただろう。なんだか「ちゃんとしたメンバーが見つかるまでの代理だ」ぐらい言われたような気がする。そしてもちろん僕だってそれまでドラムに触ったことなんか一度もなかった。

それでも秀樹は僕なら大丈夫だと、間違いなく思っていたはずだ。なんと言っても僕は秀樹と一緒に「世界」を見てきたのだから。

並んで歩くのもいやがっていた僕と秀樹が一緒にバンドをやることになったわけだが、いざ演奏してみるとすべてがとても自然だった。練習スタジオで秀樹がどんな音を出そうとしているのか、僕にどんな音を出してもらいたがっているのか、やはり手に取るように分かる。家で練習しながら僕と秀樹がギターを弾き、歌い、ハーモニーを重ねると他のメンバーがびっくりするほど調和する。ふたりで演奏する時に説明はあまり必要なかった。誰かと一緒に演奏しながらあれほど自然な一体感を感じたことは現在に至るまで一度もない。

こうして僕はバンドを、ドラムをはじめた。今思えば僕はべつにドラムでもなんでもよかったのだ。僕はただバンドがやりたかった。ただビートルズのそばにいたかったのだ。そして多分、秀樹のそばにいたかったのだと思う。


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