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■ せきらら白書
『思いやり』 最近その意味をよく考えたりしてるんです。
----- 私自身、自分を表現するのは決してうまい方ではなく むしろへたくそな方で。 よく小さい頃から『変わってる人』と言われてました。
でも自分自身はその「変わってる」っていう風に 言われるのはちっとも嫌じゃなかったんですよね。 ま、そのおかげでメリットと言えば 「人とはちょっとひと味違った感性をもった」ことでしょうかね? 自分で言うのも何なんですけど(^_^;;
もちろんデメリットも大いにある。 人とどう接していいかわからず、結局顔色を見過ぎて 自滅する事も多かった。
昔は何度も「人と関わらないで生きていければどんなにいいか」 と思ったことも正直ありました。
でも、今は人との関わり、人のあたたかさ、 とにかく『人』っていうものの大事さをよくわかっている つもりです。毎日感謝しきりなんですよね。 おかげで今私のまわりに集まってくれている人達は みんないい人達ばかりです。
人と関わらなければ自分の魂が磨かれる(成長する)事もない。 いろんな人と出会って、人のいいところ悪いところをみて 自分も成長していく。 時にはおもいきり傷つけられて、なかなか立ち直れないこともある。
でもやっぱり、人と関わる事、人の輪って重要なんですよね。 -----
で、思いやりの話に行き着くんですが。
そんな訳で、私も自分を表現するのがうまくないので、 自分では『愛情表現』だと思って言ってた事も、 相手にしてみれば「バカにされている」ととられる事も あったかなぁ…と。
うちの親も照れ屋なんで、裏返しでいつもひどい言葉が かえってくる。 ちょっと前までそれが自分にも感染(?)していたんですよね。
最近あるショックな出来事から、 今まで以上に自分を見つめ直してみました。
大事な人の前程、恥ずかしくて 自分の感情を素直に出す事が出来なくて、 ついつい悪態(っていうのか、うまく言葉が 見つからないんですが)をついてしまう。
その人の素晴らしさ、凄さをよく見ているのに、 その事には触れず、言いやすいところばかり言ってしまう。
反省しました…。
その人はいつもそう言われても寡黙で、 言い返してくる事はあまりありませんでした。 だからつい私もそのまま調子に乗ってしまう。
でも今冷静に考えたら、 きっと少なからずプライドが傷付いていたに違いない、と。
なんで素直にいいところを褒めたりしてあげれなかったんだろう、 もっと違った言い方が出来たはずなのに…
でも反省ばかりしても前には進まない。
そう思って今はできるところから始めています。
こんなに赤裸々に全世界に発信していいものか、と 思うんですが(^_^;; もしかしたら、私と同じような事を思ってる人って 多いのかなぁと思ったので、あえて書いてみました。
きっとみんな認められたいんですよね。 もちろん『喝』は時にはいれられたほうがいいんですが、 いつも『喝』じゃ悲しいですよね。
『思いやり』 いつも忘れないでいたいですね。
2003年05月15日(木)
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