読書日記

2006年09月28日(木) 文盲

このアゴタ・クリストフの自伝または自伝的小品集を読むと自堕落な自らを振り返ることとなる。他人の死、子どもの死、家族の死、自分の死の「死」に直面し、非業の「死体」とも対面したことのある者の無表情を装った風の文章は惚けた頭を遠ざけようとする。想像力のない者は去れ。現実に臨めぬ者はよそへ。そんなメッセージを勝手に受け取って先へ進めぬ読者が何人かはいるのではないだろうか。娯楽性の原点がここにある。読めなくなることも楽しみの一つ。自らを三省するのも喜びのひとつ。アゴタ・クリストフの作品はまれに見る娯楽作品である。

『文盲』を持って戦場に行くかどうか迷っている兵士がいた。彼はその国の七十年ぶりの徴兵制の第一期兵だったが、実はほんの少し前までフランス文学の研究者で、アゴタ・クリストフの愛読者でもあった。迷う時間がまだ五分間ある。五分後に兵士寮を出なければならなかった。彼はぎりぎりまで迷いたいと思った。が、結局のところ、彼は決断できなかった。どこかの基地で誤射したミサイルが『文盲』に引き寄せられるように彼のいる寮に飛び込み大爆発したからだ。


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