父と離婚した母親は大阪の兄ちゃんちにいる。 私が4歳の時に大阪に2番目の兄と私を連れて行った。 そして数ヵ月後、私だけ山口に置いてきた。 子どもだったから詳しい事はわからなかったけど 翌日目が覚めたときの事だけは今でも覚えてる。
大きな紙袋をひこずって泣きながら 『お母ちゃ〜ん』って言いながら坂道を上がった。
大人には大人の事情があったのかもしれない。 子どもを持って初めて母親の気持ちがわかると言うけれど 子どもを持って益々母親の気持ちがわからなかった。 私ならどんなに苦労しても、ご飯に塩だけでも子どもを育てる。
ずっと会わなかったらイメージダウンにならなかったかもね。 私が23歳の頃、幼児の時以来 初めて母に会った。 実はその時まで両親は離婚してなかったのだ。 その時、すったもんだがあって・・・。 『母親として幻滅させないでほしい』と言った。
望んでもいないものはいないんだから、と母親を恋しがる事はなかった。 だけど、大人になって会う時はほんのちょっぴり期待もした。 白川由美みたいな人だったらいいな〜なんて。
話は戻り、大阪で兄ちゃんちに泊まったのだけど 顔を見ることはなかった。 隙間から姿を見てしまったけど。 私の中で母親と思えないよ。仕方ないよ。
親子って産んだ事実より育った過程が大切なんだよ。 昔、(それは秘密です)を見て凄い!って思った。 そうまでして生みの親を探したいんか・・・って。 今の幸せは生んでくれた親がいるお陰、って言える人はすごいね。 うらむ事もない。 ただ私とは別世界の人、と思うだけ。
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