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孤独ということ

2006年05月12日(金)
思えばずっと、いつの頃なのかわらないぐらいずっと
おそらく子供の頃より私は孤独を抱えていたのかな、と、思った。
今読んでいる本のタイトルに惹かれて手に取り読んでみたら、なるほどとうなずける部分がたくさんある。

ただ成長とともに質がずいぶん変わったような気がする。

引用されていたサガンの悲しみよこんにちはは、高校の頃に読んだ気がする。さして共感もできなかった。けれど、引用の部分を読むだけで今は痛すぎた。

今日は朝はゴロゴロしていた。
またなんとなくテレビを見ていた。何度かhiroとメールのやりとりをしてウフフとなった。

昼近くになって体がすーっと動きそうと思った瞬間、母が外出したのでおかしくなった。なんとなく察知したんだろか。母のいぬ間にまたアレコレと整理した。ダンボールを用意して売れるものと必要ないものに分けた。家に一人になるとできるってと思う。そんなに母の存在が私の無意識の中で負担なんだろうか。

息子から直接電話が来た。何かあったたんだろうかと思ったら、迎えに来てって。電話に出たらあ、おかあさん?とフツーにごくフツーな感じで言われてうれしくなった。久しぶりだったから。

それから買い物にでかけた。
ロッドスタンドがほしいのだけれどあまり場所はとりたくない。どうしよ・・と悩んで傘立てを買う。その他細々と見て回った。息子が電気スタンドを買ってほしいと言っていたのでそれも探す。飽きの来ないもの、できれば安めでと思いいろいろな店を回ってみた。

今日は用事があるから会えないとhiroから言われていた。
用事ってなんだろう。
と、余計なことを思ってしまったのが失敗。
仕事なら仕事、家庭なら家庭、とhiroは言うのにその他の用事っていったいなんなんだろうと不安になった。

いけない、いけない、考えちゃいけないと思いつつも思考回路は自動的にイヤな選択肢をする。
頭のいいhiroは逆に私のことを縛りも詮索もしない。

師匠のメールには芝居は終わったのだと書いてあった。
芝居は終わった?読んだときになんだろうと思ってたら、誰にも振り回されずに自分の道を生きろということだった。それを読んでから何かひとつ軽くなったし、それによって、一人だということを再確認した。

ああ、一人なんだなあってことをずっと考えていた。

孤独ということだ。
ふと手にしたこの本にはそのことが穏やかに書かれてあった。全てを知り、全てを経験した後の心の穏やかさだ。
私はいつしかその境地になれるのだろうか。

帰って来て息子の電気スタンドを組み立てた。
書類ケースを作ってみた。子供の工作みたいだ。
ご飯を食べて風呂に入った。
なんて言うのだろう。
全て自分の選んだ通りで自分のために使う時間とでも言うんだろうか。
もののけ姫に見入る。前にみたからそんなに身が入らないだろうと思ったのに案外真剣に見てしまった。

それからhiroのことをボーッと考えていた。

hiroはどこでどうスイッチわ切り替えしてるんだろうと思った。
私と会う時、家に帰る時。
片方で別の片方のことはさほど頭にないよな気がする。
そうそう。仕事が終わったら仕事のことは考えないって言ってた。アレだ。私は引き摺るタイプだなぁって。そのスイッチがほしいなあと思った。

私はいつでもどこでもふとhiroのことが思い浮かぶ。
作者はそれを愛人とか情婦とか呼ぶ。
まさに私がしていることと同じことをこの方もされてきたらしい。
そして孤独が待ち、それをよしとして、潔い。

世の中のあふれんばかりのつまらない安易な恋愛ごっこに慣れてきた私はなんて自分が損な性格かと思ってしまう。あちらこちらと乗り換えて懲りずに同じことをしている人たち。いっそ、そんな風になれればいいのにな、私も。

孤独をいっそ楽しめるようになれればいいけれど
ひよっこの私はうまくいかない。

なんか妙な気分だ。

つまり、用事があるから会えないよ。
そう言われたら、あら、そうなんだって思って以後は次に会うまでの間、何も考えずに何も囚われずに自分の生活のできるそんな心の余裕がほしいなって、そう思う。

友人からライブの誘いが来ているんだけれど、どうしよう。
扉を開けてみたい気もするし、二の足を踏んでる億劫さもある。


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