| 今日もよくダレてます | |||||
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| 2005年07月17日(日) |
| いつだったか、なぜ結婚したのか、と聞かれたことがあった。 私の結婚は傍から見ても最初から無理があると、よく言われたものだ。 結婚しなかったら、こんな思いもしないですんだろうに、と その質問の後に言われたが、私は、不意を突かれたように あれ、どうして、結婚を考えたのだろうと、振り返ってみた。 私は特に結婚願望が強かったわけではなかった。 あの頃なにがあったっけ、と、記憶をたどったら 父の病気、祖父母の言葉、死ぬ前にひ孫がみたいという言葉 父の病気もその時は、かなり悲惨な状況だったから 一人娘の嫁姿を見せておきたい、孫を抱かせてあげたいと思い そんなことを思い出した。 そんな時に元旦那がいたのだった。 自分的には、特に結婚願望はなかったものの 父や祖父母のことを考えてしまっていたのだった。 その時は、きっと元旦那が好ましく思えたのだろう。 若さゆえに加速が増したことも、いえる。 だが、そこで、うーん、と、うなってしまった。 私は結婚していない自分は想像できるのだが 息子のいない自分が想像できないのだ。 彼はまるで、私の分身のように、当然のように私と一緒にいる。 彼のいない生活というのが、どうにも考えられないのだ。 やはり、これが自分の腹を痛めた、という事実なんだろうか。 よくはわからないんだけれど。 元旦那は離婚のときに、喜んで息子を私に寄越した。 母親と一緒にいるほうがいい、と、そう言っていたが 内心、自分では育てられないから、見捨てたのだろうと思う。 彼は逃げるのが、大得意だから。 しかし、どうしても、例え元旦那と結婚していなくても 息子はきっと私の元に生まれてきただろうという なんとも言い難い確信があって自分でもびっくりした。 親子というのは、不思議なものだ。 というより、私の中にある母性というものかもしれない。 あるんだ(笑)わたしにも(笑) 母親らしくないと、理想の母親像を元旦那に押し付けられた私は 自分でも、自信をなくしていたというか 自分に母性がないのではないか、と、そんな風に思っていた。 結婚しなきゃよかったのかもしれないけれど 息子のいない生活っていうのは、考えられないなあと 質問について答えたら、そう言うものなのかァ?と聞かれ うん、そうだねぇ、そうみたいだ、と、 質問されて初めて気づいたのだった。 だから、いまさらな話なんだけれど。 あらららら〜と実に想定外なことを質問されて 自分でも、???????となってしまったのだった。 |