古畑亜紀の日記
日々の雑記帳です。思い付いた時に
気分にまかせて書きます。

2007年08月31日(金) 理不尽でも...

昨日は、ピアノのIちゃんとトロンボーンのHさんにリハーサルおつきあいいただく。
朝よじから音だしをして、仕事にいってもどって夜9時からリハとロングランな一日だったけれども、リハはおふたりのおかげでばしっと絵の色調が調った(ととのった)!!

そのあと、理不尽な思いをしているらしい人の話しをきく。
(といっても、私はけして聞き上手ではないのですが。)
時間がすこしかかったけど、自分の評価を最初と最後にするのは自分だから、自分がはずかしくないように☆とゆう話しで、なんとなくくつろいでくれたかも。。

がんばっている方がソンをする・・・とゆう理不尽さに苦しんでいる模様。
傷つき捲っているようす。たしかに、物理的には損かもしれん。。
でも、それってほんとに損なんだろうか。

力がないから発揮できないのであって、だす力もないのになりゆき上のトクをしたところで、それでえられる充実感や自信はぼたもちのようにはおちてこないじゃない?
そのさみしさって、なかなか他のなにかでごまかせるものじゃない。
自分に力のないことを自覚して、自信がない、しかもそれを解決する気力もないことほど、落ち込まされることはない。
下手すると”ネガティブスパイラル”におちいってしまうこともあるし・・、自分のなかの柱がたたずにほんの少しのメリットをにぎりしめながらも暗い川に流されて、どこにも辿り着かないよりは・・・小さくても自分の力で柱をたてる方が幸せだと思う。

目にみえるメリットって簡単に消費されてしまうものだから、損してトクとるというか、かけがえのない『生きてゆく自信』をえられるならばけっして最終的に損をすることはない。



自分より弱い人に、傷つけられてる時間がもったいないよ!
傷ついてしまうのはその人の人間的な優しさなんだろうなと思ったの。
てゆうか、傷はほんとはついてないと思うよ。
だって弱いなまくら刀ぶつけられたところで、こちらが『自分でできる』という強い刀をもっていれば、むこうが『はこぼれ』するはずじゃない?
勝負しなくたって、だいたいどっちがいい刀をふれるかなんてお互いわかることだよね。
対等だと思うから傷つく・・・それはその人の博愛精神と優しさからくるんだなと思う。


私は、観光客のように大きな船にのってただいつまでも流れてゆくより、小さくても、ときおりケガをしてでも岸辺に柱をたてて自分の居場所でがんばる人の方がいざというとき、なにかにつけ逃げないし、信用できるし信用されると思います。
ソンとかトクとかいうときに、じゃあ自分に損をさせた立場と、損した自分の立場、どっちの立場になりたかったか?と思うと、ソンをさせた立場の生き方にあこがれることはまったく自分にはないわけだから。
あっちはトクしてるかもしれないけど、そのトク、悪いけど『別にいりません』と思う私です。損はしたくないけど、トクするためだからってその生き方は選べないんですよ☆ほしいものの種類が違うのよ☆


なまくらの刀に切られたからって、傷ついてやるひまはなし!私でよければ、素手でおってやるぞ〜いつでも言ってちょうだい(笑)!!


もっと自分にとって大事なものをもっているんだからさ〜。
いらないものをうらやましがってみせるほど優しくはなれない・・私って理不尽なんでしょうか(笑)?


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