古畑亜紀の日記
日々の雑記帳です。思い付いた時に
気分にまかせて書きます。

2007年08月21日(火) 石屋製菓からの謝罪を道が拒否。誰へのアピールですか?

札幌市は謝罪をうけ、現市長は、『札幌の宝。』といい、回復を願う見解をだしたそうですが、道は拒否したらしい。
拒否というのは顔もみてやらんという門前払いを意味する。
顔もみないというのは
『人間とみなしませんよ、あなたは人でなしなことをしたわけだから』というくらいの冷たさのように感じる。
おわびうけとるくらいしてあげてもいいじゃないですか。


なぜに、拒否?
行政処分がかたまっていないと、謝罪はうけとれないのって意味わからないから説明してほしいです。
『体面を汚された。』というような,”不快感をしめした””現知事のコメントと記事もお門違いだと思う。
さすが、夕張をきりすてた切り捨て型の、女性知事さんだ(笑)。
母性がないのが、彼女の売りなのだろう。←これセクハラ発言かしらね。
つまりは、道とは家族ではなく、彼女は無関係な他人としての心をもっているようにみえる。
じゃまだから、いらないから、不快だからきる。
合理的なようだがある意味ヒステリックだ。←あ、これもセクハラ?
ヒステリーは、おこしたくないですね(笑)おこしてもいいけど、なおしたいものです。鬼婆あになっちゃうじゃないですか?
夕張を切り捨ててしまえば、
『昔道の発展に貢献した事実があっても、いらなくなったら捨てられる』
つまり、
『いまいくらがんばっても、時代が変わってしまえば功績はなかったのと同じにされる。』
という恐怖をあたえる。そんな土地でがんばれるか?
切り捨ててしまえば、活性化にはつながらないというデメリットもあるのにね。


わたしは共感できない。



傷つけられたらしい『北海道の食ブランド』ってのも知事のオリジナル造語だよ〜(ちなみに札商のフードマイスターにものってないそうです。)。
中央だったら公人が定義されてない言葉を使えば、揚げ足をとられるこの時代、道はまだおおらかなのか?


道じゃなくて、あなたのキャリアに傷がついたとしか考えてナインじゃないのと思った。
道知事になるということは、道民全体の母親か父親のような立場になるのだとすれば、どんなときでも子供の未来を信じて、バカにされても石をなげられても必死に守るものじゃないのか。
不祥事はおきてはいけない。
しかし、不祥事がおきたら、実績すべてを不祥事と関連づけてたたき落とし、謝ることさえ受け入れられないような土地では、『がんばろう』と思いにくいじゃないか。
つぶせば解決になるのか?


子供にできがいいとか悪いとかは関係ない。
家名に泥をぬるような子供でも子供なんだよ。
当事者である、企業だけではなく、親なんだから、知事も一緒に謝罪したらどうですかと思う。
不快感を示すのは、わたしでもできます(笑)。
知事は、おかしを買ったお客さまじゃないのだから、フィーリングとか感想を示してないで、責任を示してほしい。
責任をとるのが、仕事でしょう。
知事はただのコメンテーターじゃないんだから。


自分がほんとにあやまらないから、人が謝ることの重さもわからないんだよね。
もしも宮崎で似た事がおきて、そのまんま東だったら、すぐさま謝ると思う。
自分のことのようにあやまる姿勢に、
『この人はきっと守ってくれる。』と県民は信頼するし、『だから裏切りたくない』と考えるんじゃないかな。
そして、不祥事をばねにしていくのが本当の知性。
ただ、失敗した企業をたたいてつぶして、そっぽむいてるのは、時代がもとめる正義感の象徴ではないと思う。
無計画で安易な正義感は発展的ではない。

『道は、こんな企業ゆるしません不愉快だし迷惑だから』
としていれば道は誰かに尊敬されるんだろうか。
ゆるしませんじゃなくて、まずは一緒に謝るのが先だろ!!と思います。



なにか汚点があれば、汚点の共通点だけをとりだし、
『ミートホープと同じ構図』←同じ構図だけを力説せず構図の違う点も語れ。
『コンサの練習所への出費だって痛くはなかった。』
←イタイか痛くないかどうかどうして、記者さんにわかるんだ。なぜ断言できるんだ。せめて疑問文するべきじゃないですか?
『シェア1位にあぐらをかいた結果』
しまいには、上記のように大雑把な批判をしているのは道内シェア1位の新聞紙の記者さん(笑)。

ミートホープは、スポーツのスポンサーになっていないし、お金があれば誰もがスポンサーになるわけではない。
ミートホ−プは、社員を先に解雇したが、石屋製菓は親族以外の社員の今後も守ろうとしている。


もしも、なにか失敗してしまったら、スポンサーになったことまで黒い思惑にされてしまうなら、他の企業だって、こわくてお金だしたくなくなるよ(笑)。

北海道に活力を与えてくれた実績はたしかなのだから、不祥事とごちゃまぜにして『ただのイメージ戦略』とおとしめるようなことをして、やってくれたことまで黒い出来事にしむける意図がわからない。
イメージアップ、知名度をあげるのだけが目的ならスポーツのスポンサーにならなくたって他の方法があるじゃないですか?
批判の方法において、非常にがさつな稚拙な、シェアNo.1の新聞社さんのあくまでも1記者による記事だった。
記者さん全員がそういう感性と技術レベルではないことを祈る。
でも、不快感しめしたいです(笑)。


駒大の監督が、野球部と接しては行くものの、監督という立場を退くことを発表。
1次予選敗退時のバッシングは目にあまるものがあった・・・過去に与えてくれた夢と感動を逆手にとり、恩恵をあだで返すような、手のひらをかえすような冷たさ。
浦和レッズの地元ファンだったら負けたときやじはとぶけど、次は絶対勝てよって、負けても味方なんだよ!!と応援するはずだ。

勝ったときだけ
『われら道民は仲間』で
『うまくいってるときだけ応援します』
が基本なのか〜?
そんな冷たい、結果だけ買い取るような応援で、ほんとに辛いときは冷たくあたるような心が北海道なのだとしたら、そのまずしさを経済力のせいにはしたくないし、不況のせいにもしたくない。
心はかえていけるものなんだから。

逆境の土地で米をうみだした根性とねばり強さは、今の状況がすべてではないと信じていたから生まれたもの。



不祥事はよくない。野球も勝った方が正直うれしい。


それでも、与えてくれた感動、夢、実績を汚すような言葉はやめてほしいと思います。いますぐに。
悪いことは悪い。
でも、悪くない事まで事後にあれこれごちゃまぜに汚す行為、むしろ『人の失態に乗じて言いたい放題』で汚いと思います。


永遠に勝ち続けることよりも、今日もまた元気に、優勝をめざしてがんばる姿が実際に有り続けることが一番大切な事なんだよ。



夢をあたえてくれた子たちが苦しいとき、こちらが夢をみせてやれなくてどうするのか。








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