ライアンカイザー−のアルバムのなかに『カイザ−』というのがある。 そのアルバムのなかに、クリフオードブラウンのカヴァーがはいっている(というより愛奏曲集そのまんま)なのですが、 これはプロデューサーの安直なコマーシャル商魂であって、そもそもオリジナルにかなわないのに人目引くためにこれはないでしょ!! っていう批評がなんて多い事でしょう。 『クリフォードの再来』というにはタイプがちがうしなあ、おれたちはかヴァ−しただけではしゃいでるみなさんとは違うんだよ〜とでもいいたいのか。
私は思う。それは安直な批評であると。つけやすいケチをつけているだけではないですか。
じゃあ私はカイザ−が大好きかというと、そこまでだーい好きってわけではないんだけど、ポジティブ派は「明るい鳴りで快進撃」ネガティブ派は「ブラウニ−人気にのっかった安易なコマ−シャル」のぱっきりふたつの路線しかみあたらない『講評』をみると、一生懸命つくったものをさらっときいて適当にしゃべられちゃったらたまったもんじゃないなと思ったりもした。
そんななか、私が素直に感じたのと近い『講評』をやっっとみつけたんである!!
『奇を衒わずに、ブラウニ−の胸をかりたといったところが好感がもてる。』(弥述久生)
『カイザー』と自分の名前を冠したアルバムに、あえてまるきりクリフォードのカヴァ−曲をならべ、自分のアレンジをフルアピールするよりコピーをしたものをいさぎよくワンホーンで奏した。 くらべられてあれこれいわれることも覚悟のうえのはず。 みんなが好きだといってるものが僕も好きなんだよ、それが素直な僕なんだ。というメッセージを私は受け取ったのです。 素直なんだよ。素直じゃない人にはわからないんだよ、というより素直でいることが難しいのに素直にできるってすごいことだよ!! カイザーの音も変なコンプレックスがなくてネアカなバイタリティがあって、しかも商魂というよりトランペット以外のことには欲がないシンプルさを感じる。
胸をかりるっていい言葉だなあ。私もどんどんかりちゃおう!!
|