| 2005年02月06日(日) |
謝るが勝ち!ってこともある。 |
「そんなばかな・・」と一瞬感情が波立つようなことがあったにしても、その相手に、「あなたを傷つけるつもりはなかったけれども、自分のしたことは悪かった。」と認めてもらえるだけで立ち直ったりもするものじゃないかな、と思った。 実際、そういう誠意は伝わるもので、「そうか、この人にも立場がある。」なんて思ったりして、うけいれようと思うし、あまりストレスは長引かない。 でも、そういう人もいるけど、そういう人だけでもない。自分に責任がないとか、そういうことを言う前にやってしまったこと、その結果の起因が自分にあるんだったら、なぜひとこと悪かったって言えないんだろう。逆に自分の信用がなくなる、ということは恐れないんだろうか。それとも、例えば「あなた程度に信用されてなくても別段困らないので、かまいません」とまで思ってるんだろうか。 悪気がなければ、人にいわれてやったことだから責任がなくなるんだったら、「あの人に物を横取りしてこいといわれた。それがあなたのものだと知らなかった。いわれたとおりやっただけで責任はないし、あやまらなくてよいでしょう」って話しにはならないと思うんだけど。 謝ることで、自分の落ち度を認めたらなにかしら不利になる、という考えだけが正解ではないような気がする。 落ち度を認めないのは品行あるふるまいとは思えない。 悔しさや大変さをかかえた人が、落ち度を認める姿がむしろ、落ち度をもったヒトというよりも、豊かな人格の持ち主に映って、その姿に感動する人間だっている。実際私は感動した。
この一瞬の自分の気持ちだけで、誰かのキャラクターを限定するつもりはない。誰にだって素直な気分の日と、そうじゃない日とあるし。
でも、迷惑かけたら謝ろうよ。立場は関係ないと思う。 いじっぱり、という言葉があって、自分も相当いじっぱりで素直に謝ってないことたくさんあった。でも、そういう空意地っていうか、「弱さ」からくる意地は捨てた方が、いさぎよいし、かっこいいし、魂が強いってことなんだなっと思った。同時に、言い訳をするヒトにはなにか弱さがあるのだからいじめてはいけない。
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