古畑亜紀の日記
日々の雑記帳です。思い付いた時に
気分にまかせて書きます。

2004年11月17日(水) しかし

高邁な理想とはうらはらに私の忍耐力、精神的な持久力は明らかにコンパクト化されている現実をあらためて思い知った。

なにせ苦手な練習をしていると苦しいので、カタルシスより先に「あきらめ」とか「ま、いっか」みたいな妥協がすぐにうかんでくる。
曲がどうとかいうのも気になる、もちろん。
でもそうじゃなくてもっと基本的にあれこれ気になる。
できないことが思い付きすぎて、思いつめてしまうので練習室にながく座っていられない。ちょこまかやってみてるって感じ。
あまり長い時間、何も計画しないで漠然とやってりゃいいと言うものでもないけど。

よく、体力が落ちると言うけど、私は体力は10年前より今の方が安定してます。
よく、「若い時はもっと吹けた」っていう説もきく。けど私は若い時に別段ひらめき続けてうまかったわけでもないのであんまり気にならない。
ある意味、うらやましい。「昔は楽だった」っていえるのが...。
どう思い出しても、「楽だった」「今よりタフだった」みたいな時期はこれといってなかったように思う。

しかし!!「忍耐力」は格段におちたように思う。
つまり、長い時間集中していられないので、練習の質を保てないのです。
これって立派に絶望にあたいすることじゃないでしょうか。
しかしあきらめてもしかたがないのでやるしかないんですけど。
昔の練習の質がよかったとも思わないんだけど、たんにもっと集中できたらいいのにな〜って思う。

というか、もっと誠実に。と思うと、楽器を吹いてはいたものの、この誠実さ、というのが極めて地味な積み重ねがないとテにはいらないものなんだと今さら再確認しています。

うう〜。もっとテキトーふいてすごくうまかったら楽なのに。
などと、おかどちがいにふざけたこともどうしても考えてしまうダメ人間な私でした。

しかし「やるしかないのもわかっている」のだった。
『雲よりも高きところを空という』
雲をつかむような思いといいますが、自由な空はもっと高いところにあるのです。


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