古畑亜紀の日記
日々の雑記帳です。思い付いた時に
気分にまかせて書きます。

2003年03月22日(土) 真夜中の掃除ドキュメント報告

さて昨日の日記(といっても数時間まえ)に書いた後も、
なぜか掃除がはかどるので夜中まで続けていると、
なつかしい本とか写真とかもいっぱいでてきた。

東京のホテルに置き忘れてきたと勘違いしてた谷川
俊太郎の詩集。これは実は彼の詩集のなかでももっとも
愛着のないものなんですが、...もう一回よんでみること
に。
あるページにしおりがはさんであったのでそこから
ちょっとよんでみたら、

「私の愛はいつも歌のように捨てられる
 小さな風になることさえかなわずに

 生き続けていると
 やがて愛に気付く
 郷愁のようなおくりどころのない愛に......
 
 人はそれを遣ってしまわなければならない
 歌にして 汗にして
 あるいはもっと違った愛の形にして」
             (62のソネットより)

という詩のところだった。これをよんでいたのは95
年ごろだ。ん〜〜〜、若かったのに私はなんて暗い
発端の、まじめな詩にしおりはさんでるんでしょう。
純粋かもしれないがそれは、重い!くらい!固い!
そんなに力まなくてもいいんじゃないのってかんじ。
これが他人だったら、「そう考えこまないでさ...」
と言ってやりたくなる。しかしこんな風に考えて
はまっていたかったというか、そうなっちゃう自分が
95年ごろ「すでにいた」んですね。歴史はながかった
わけです。

となると、そろそろかわってもいいような気がするの
ね。そういう自分の性質はもう十分に満喫し、というか
十分翻弄されてきたと思うので、解放されたくなって
きたんです。それがわたしになりに不完全燃焼の思いで
を力にかえるってことなんだと思うな〜。不完全燃焼
の思いで、いっぱいあります。それはだせなかった
手紙に似ている。書いたはいいものの、投函するの
を忘れていたもの、切手をはったが住所がわからない、
切手もはって住所もかいたが、ためらってだせない
など理由はさまざま。

あっちこっち移動して片してはでてくる本、楽譜、
出せなかった手紙など、見つけてはひっかかり時間が
かかります。楽譜も見つけると吹きたくなるのでその
たび吹いてみたりして、ずっと前ふいたときは今の
年令になるころは「楽勝」になってるはずの自分の
腕前がたいしたかわってないどころかやばいことにも
いちいち気がついたりしてさ。

詩人といえば、昨日かおとといの深夜に「金子みすず」
の特集やって、そのサチうすい人生ときれいな詩に
最初は「きれいすぎてつきあっていられない」と
思っていたが、結局最後までみちゃったな。
きれいというのは、エネルギーとしては弱くて薄い
と思っていたんだけど、強いんですね。芯がある。
そして優しい。って発見した。

だからって、つい最近までの自分のようにいきなり
ダークに(世間では「ブルー」というがそんなきれい
な色ではあらわせない気分)なりませんね。なんてい
うか私はひらめいたのです。おかげさまですね、
これも。もうすぐ春です。夜中までおきてるとさすがに
寒いけど、最近寝つきも目覚めもよい!楽器もそうだと
いいんだけどね。



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