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音のない声。

             byスイチ








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2004年02月11日(水) 『午前一時』(SS)


 夏休み、午前一時。
 部屋の隅に置いてある靴を履き、窓から家を出た。
 暗くて静かで澄んだ空気の中、僕は走る。

「お待たせ」
 神社の境内で、彼は僕があげた線香花火をしていた。
 境内に取り付けられた古い蛍光灯。ろうそくの、小さな明かり。
「一緒に、花火しようよ」
「うん」
 僕は彼から線香花火を一束受け取り、二人向き合って火を点ける。

「夏休み……もうすぐ終わるね…」
「そうだね。生活のリズム、元に戻すのが大変じゃない? 昼間は暑いし」
 僕たちが深夜一時に逢うようになって、確かに生活リズムは乱れっぱなしだ。
 ラジオ体操なんて、もう何日も出ていない。
 学校が始まったら先生に怒られる。
「でも、今が楽しいから……僕はいいや」
 線香花火の束をほどきながら、僕は小さく言葉を流す。
 彼は安心したように笑みを浮かべた。
 ゆるい風が吹き、ろうそくの火がゆれた。僕はもう一度、線香花火に火を点ける。

「しあわせって…云うのかな」

「しあわせ?」
「ん」
「……僕も」

 ささいな幸せだけれど、これが今の僕にとって最上の幸せ。
 夏休みはもうすぐ、終わってしまうのだけれど。

「――ぼく、やっぱり夏が一番好きだな。この時間、すごく好きだ」
 少しうつむきながら言う彼に、僕はうなずくことで返事した。
 何も言えないけれど、これが僕たちの時間。
 テレビを見ることや遊びに行くことより、なにより大切に思う日課。

 彼はふうっと息を吹きかけて、ろうそくを消した。かわりに蛍光の懐中電灯を灯す。
「そろそろ、宿題にしようか?」
 夏休みの前に出された、たくさんの宿題。僕はいつもここで、それを見てもらっていた。
「うん。じゃあ今日は算数」
 斜め掛けバッグの中から算数の宿題を取り出して、広げる。
 社の縁に並んで寝転がる。
「あ……雨…」
 ぽた、と宿題に水がつく。続けて、ぱらぱらと降り出した。久しぶりの雨。
「中に入ろう」
 彼は蛍光灯を消して、僕の手を引いて社の戸を開けた。

 真っ暗な空間。
 格子の隙間から外を眺める。
 雨の所為で、少し肌寒い。


 夜明け前ようやく雨は上がり、外は明るくなった。
 やがて、近所の公園からラジオ体操の歌が聞こえてくる。
「ラジオ体操、始まっちゃったね」
「平気。もう、父さんも母さんも会社に行ってるよ」

「…夏休み、終わるね」
「うん」
 僕がうなずいて彼の方を向くと、もう彼の姿は消えていた。

「…また……明日の一時に、来るね」

 格子戸を開けて外に出る。
 夏休みはもうすぐ、終わってしまうけれど。

                                   ――了


+後書き+
始まって間もないのに、早くも昔の作品引っ張り出してきました。初出は18だか19の頃。
コピペアップ。手直しはウェブ向けに改行増やしただけ。
文章一切いじってません。(直せよ!)
近所に『午前五時』という花屋が有って(午前五時がバラが一番良く香る時間らしい)、
『午前○時』ていいなー。そんなタイトルの話書きたいなーと思って書きました(笑)。



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