風力発電のプロペラが回るのをただじっと眺めていたら、ひらひらと舞う蝶が視界に入った。 大きな黒い羽を青空に映わせ、上へ下へとラインが変動する。 何も無い――雲ひとつ無い青空に、一点の黒。
黒。
空と比べたらほんの、ほんの小さなその黒に。 僕は、魅入られた。
プロペラでなく、その黒をじっと目で追う。 プロペラは、もう視界からすっかり外れてしまっていた。 ひらり。 ひらり。 その蝶に誘われるようにして、僕は無意識のうちに立ち上がる。
一歩、二歩。踏み出したところで、ざぶん、波の音が耳に届いた。 風が有る。 風力発電のプロペラは相変わらずくるくるとまわっているだろう。 しかしもうそんなことに気など向けていられなかった。
ただ、ただ黒い蝶を追う。
自らの羽ばたき、そして強い風を受け、不安定に空を泳ぎ続ける。 ひらひら。 視線と足が、とり付かれたようにその動きを追う。 ふらふら。 追い続けることしか、頭に無かった。――出来なかった。
ざぶん、一際大きな波の音。 蝶は、海へ向かって羽ばたいていた。視界の青が、空から海へと変わる。
空も海もあまりに大きくて、蝶は、あまりにも小さくて。 ようやく、馬鹿馬鹿しさを覚えた。
ふっと息を吐いた瞬間。 ざぶん。 また一際大きな波が押し寄せ、岸壁に打ち付けられた海水が白く散った。
そして。 突風に吹かれて下降した黒い蝶が――波に呑まれた。 波に、呑まれた。
馬鹿馬鹿しくなった。
押しては退く、白い波を眺める。 僕は、眼下に広がる海に、全てを捨てることにした。
波にさらわれて海に沈んでしまったあの黒い蝶のように。 全部さらわれて、呑み込まれて、深く深く、光の届かないところへ沈んでしまえばいい。
希望も。 絶望も。 未来も。 過去も。
全部。全部捨てよう。 この手に残るのは、馬鹿馬鹿しい『今』だけでいい。
全部捨てた。
目を開けた。
胸の中にあった漆黒は、あの蝶のように波に呑まれてしまった。 あのプロペラのように回る、単純な今現在だけがこの手に有る。
何故だか、涙がこぼれた。 了
+後書き+ まだ詩のストックあるんですが、今日仕事中に書いた(殴)SSを。 ただ風力発電のプロペラが有る風景を書きたかっただけ。そこから広げました。(うわ適当…!) 暗さ漂う話でスミマセン。
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