地味にキリバン企画。100番単位。詳しくはコチラ→






音のない声。

             byスイチ








 <ひとつ進む  目次  ひとつ戻る>
サイト名変更

2004年02月04日(水) 『漆黒』(SS)


 風力発電のプロペラが回るのをただじっと眺めていたら、ひらひらと舞う蝶が視界に入った。
 大きな黒い羽を青空に映わせ、上へ下へとラインが変動する。
 何も無い――雲ひとつ無い青空に、一点の黒。

 黒。

 空と比べたらほんの、ほんの小さなその黒に。
 僕は、魅入られた。

 プロペラでなく、その黒をじっと目で追う。
 プロペラは、もう視界からすっかり外れてしまっていた。
 ひらり。
 ひらり。
 その蝶に誘われるようにして、僕は無意識のうちに立ち上がる。

 一歩、二歩。踏み出したところで、ざぶん、波の音が耳に届いた。
 風が有る。
 風力発電のプロペラは相変わらずくるくるとまわっているだろう。
 しかしもうそんなことに気など向けていられなかった。

 ただ、ただ黒い蝶を追う。

 自らの羽ばたき、そして強い風を受け、不安定に空を泳ぎ続ける。
 ひらひら。
 視線と足が、とり付かれたようにその動きを追う。
 ふらふら。
 追い続けることしか、頭に無かった。――出来なかった。


 ざぶん、一際大きな波の音。
 蝶は、海へ向かって羽ばたいていた。視界の青が、空から海へと変わる。

 空も海もあまりに大きくて、蝶は、あまりにも小さくて。
 ようやく、馬鹿馬鹿しさを覚えた。

 ふっと息を吐いた瞬間。
 ざぶん。
 また一際大きな波が押し寄せ、岸壁に打ち付けられた海水が白く散った。

 そして。
 突風に吹かれて下降した黒い蝶が――波に呑まれた。
 波に、呑まれた。


 馬鹿馬鹿しくなった。


 押しては退く、白い波を眺める。
 僕は、眼下に広がる海に、全てを捨てることにした。

 波にさらわれて海に沈んでしまったあの黒い蝶のように。
 全部さらわれて、呑み込まれて、深く深く、光の届かないところへ沈んでしまえばいい。

 希望も。
 絶望も。
 未来も。
 過去も。

 全部。全部捨てよう。
 この手に残るのは、馬鹿馬鹿しい『今』だけでいい。




 全部捨てた。

 目を開けた。

 胸の中にあった漆黒は、あの蝶のように波に呑まれてしまった。
 あのプロペラのように回る、単純な今現在だけがこの手に有る。


 何故だか、涙がこぼれた。
                                    了


+後書き+
まだ詩のストックあるんですが、今日仕事中に書いた(殴)SSを。
ただ風力発電のプロペラが有る風景を書きたかっただけ。そこから広げました。(うわ適当…!)
暗さ漂う話でスミマセン。



 ★目次



 ★御題
 ★頂き物



 ★最初に
 ★管理人
 ★100の質問
 ★銀魂サイト
 ★写真
 ★写メ日記



 ★リンク
 ★メール
 ★エンピツTOP
 <ひとつ進む  目次  ひとつ戻る>