「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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今日は利用者さんのお宅で今までとは違うやさしさを感じた日。 否定されていると感じていたお宅では私は何時も静かにしていました。それが今日、私はその方の身体にやさしく触れていたのです。自分が大丈夫だったのです。そしてその方の身体はやわらかかった。やさしかったのです。それでも私は静かにしていました。そしてそれでもその方の手はやさしかったのです。
6月に入ってから、人生の終わりや、ターミナルについて考えるようになりました。 人はみな死んでいくのであって、もう長く生きられて死が近づいておられる方の傍に居る自分。
寄り添うということは、そこに居ることでいいのだから楽なようで難しいようで楽なようで難しいようで。 痛みに寄り添う時に、そこに居る自分がその方の痛みを何とかしようとすると、知らないうちに介入してしまう。そこに居る私は自分の感じていることに耳をすませていると、痛みと向き合うその方を手伝うことが出来るのだなぁと実感させられます。 教科書や机の上では分からないことを経験している自分を嬉しく感じています。
実は昨日、上司から、あと1ヶ月で看護の部門をやめるからと話があったのです。 利用者さんには伝えておかなければと、午後お伺いしたお宅で、あと一ヶ月で終わることを伝えました。就職して1ヶ月半のことですから、家族の方は驚かれて「あなたを辞めさせないでと頼まなきゃ」と仰いました。 私はいつも、自分を見て生きる練習をさせていただいているばかりなのに、そんな風に言っていただいたことには小さな安心を感じました。 私のしてきたことは大丈夫だったのかな・丁寧を意識してきてよかったなと。でも、これは他者の評価の中で自分を確認しているのかな…。
もし私が病院の中で注射や看護業務に動いているとしたら、今回のような経験はまだ少し先になっていたことでしょう。“何かしたい”が大きくなっていた昨日と、見るところを見ていれば学ぶことはたくさんあるということを改めて感じた今日。そして今はどちらもいいです。
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