「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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育成会
午後の部で、ルソーの著作『エミール』をもとに語り合いました。 ルソーは、子どもにとって、自然が教師なのだと語っています。私は彼の244年前の言葉に心から共感します。自然という見本は、人間の手よりもうんと大きくて無限大です。そして私たちは、その果てしなく偉大なものに、とけ込み寄り添い利用させてもらえたら、いつもやさしく成長し、やさしくいのちを閉じていくのだ、と確信しています。 少し話はそれますが、始めに見たDVD『保育園が足りない』の中では、夜中の3時にお迎えが来るお子さんが居たり、都心のビルの屋上に、保育園が建てられていました。空は幾分近くなったかもしれないけれど、感覚で生きている小さな子どもさんがプラスチック製の変化のないおもちゃの中で生かされていることに大きな疑問を感じました。今、保育園の需要が追いつかないほどの勢いで女性が社会に進出し始めたのは何故なのか。社会が求めているのは、人の心からはかけ離れ、自然な生き方とは逆のもののように感じられてなりませんでした。 職場で子どもさんの動きを見ていると、お金やものよりも大切なものがすぐ傍にあることに気付かされます。社会に、子どもや母親に対する小さくて狭い基準や評価がなければ、親は、子どもの成長を見るのは何よりも素敵なもののはずなのです。私は今、大切なものを知らない大人に育てられた子どもさんが・私の子どもが苦しんでいたのだと分かります。 今朝のテレビ放送で、学校でのいじめが原因で自殺された子どもさんのお母さん・二人のご様子が映っていました。一人のお母さんは、「子どもが、いじめられてることを私に言えずにいたということは、私も加害者の一人なんです。だからいつも子どもに謝っています。そして、今生きているたくさんの子どもさんにも、こんな社会にしたのは自分達の責任だと、ごめんねと謝り続けたい気持ちでいます。今は学校により多くの情報を提示してもらえるよう、二度と同じことが起こらぬよう社会に働きかけています/」と語っていらっしゃいました。私が過去、子どもの心に気が付くことができなかったのは、自分自身に心があることを知らなかったからです。そして、今ここに記していける自分を大切にしています。
午後の部の終わりに、ある方から、Mamoちゃんの日記を利用させてもらっていると言葉をかけていただきました。私は嬉しかった。毎晩自分を見つめているのは、過去に生きていた乱暴な私ではなく、丁寧にやさしく自分を生きようとする私。その、今の私を、ご自身の成長の為に利用して下さっているように感じられ、その場で鼻が赤くなってしまいました。そして今は、ちょっぴりこそばゆい気持ちがしています。 今、私がこの二つの目で見ているのは、遠い昔に過ぎた過去ではなく、これから広がる未来。
いつも、未来を見て今を生きていれば、大丈夫。
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