「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2006年12月25日(月) 性同一性障害

 夜、「性同一性障害」のテレビを見ました。当事者である4人の方と、うち一人の方の父親の男性が、テレビに出演していました。
VTRの中で、一人の男性は、上半身裸で鏡の前に立ち、「この胸がなければ…」と言っていました。私は、過去の、女性の体を嫌って消していた自分を思い出し、少し心が痛みました。コメントの中では、当事者を含めた皆さんが、「障害」という言葉を使っていました。
テレビに出ているお父さんは、子どもさんの事実を、障害として受け入れ、その上で、子どもさんから何かを学ぼうとされているようでした。私は、障害としてくくられることに抵抗したいと、心に小さな叫び声が沸きました。
 過去、私の心と体が違ってしまっていたのはなぜなのか、私はもっと、自分について知りたいです。

「仕事」
 この頃の毎朝同じ状況に加えて、今日は、クッキングの時間に生卵を触った為に蕁麻疹の出た女の子さんがいたので、お部屋に行ってしばらく座っていました。私は、今の子どもさんはみんなみんな、大切なものを得る前に、大人になることを急がされているように感じます。そして、私の動きは、保育士さんの動きと少しずれます。時々、保育士さんの動きの邪魔になっていると感じる事があります。そして後から自分に問うてみると、私に出来たのはこの方法だったということになります。それに私には、カリキュラムが1つ抜けることは、その子どもさんの人生からすると、ほんの小さな点に思えて仕方がないのです。
と言っても私自身も、今ようやく、ここでこんな風に語れる人なのです。
過去にしてきたことの責任をとる意味でも、何が正しいかを知った大人としても、ここに居る大人として、心を基準にして動きたいのです。
そして、出来れば保育士さんと語り合いながら、いつも、少しよい手伝い方が出来ればいいなぁと、そんな機会があればなぁとも感じています。

 それから、私はこの頃、保育士さん方が何を感じているのかを知りたくなっています。同じ女性としてどんなことを考えているのか、母になっている人は自分のお子さんをどんな視点で見ておられるのか、皆さんの言葉を知りたいのです。私のこの思いは、名古屋へ着てから3年半の間、他者・特に“お母さんをしている人”に距離を置いていた自分を振り返ると、成長した部分です。ですが、保育士さんは夜遅くまで働いているようで忙しく、私は忘年会を辞退した人なので、こんな風に感じられる自分を見て楽しんでいます。

赤ちゃんは、泣くのが仕事です。
「おしっこが出たよ。お腹がすいたよ」と泣いて、大人に知らせてくれるのです。大人は、赤ちゃんの動きに心を傾けていると、やさしい大人に成長できます。赤ちゃんは大人を、育ててくれる人ではないかな。

そして、大切なものを得る前に大人になることを急がされたのは、私も同じです。だから私はいつも、自分の心に耳を済ませます。

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〜Toi muốn đi Baseball〜 **


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