「生きていくのに大切なこと」こころの日記
DiaryINDEXpastwill


2005年11月30日(水) 社会に生きて

  今日私は会社を辞めました。

 職場に「退職」を伝えたのは夕方の退社前、同僚Nさんがいつものように翌日の予定を書き出し始めた時でした。
「私は明日から来ませんから、私の予定は書かないで下さい」。私の突然の言葉に空気が止まり、皆さんの驚いた表情が視界の片隅に入りました。そして私と視線が合ったNさんから「何があったの?」と尋ねられ、3日前の11月28日からの様子が一気に頭を通りました。

 11月28日。
「介護の仕事も面白い。もっと自分の動きを広げてみたいけれど、情報が足りず書類に追われるやり方では私は楽に働けない。もっと楽に動けるように自分の道を作ってみよう」。
私は上司に同じ内容の事をお話し、新しい事をする自分として動き始めました。ところが私が動き出すと同時に上司の私への対応は変わりました。変化を繰り返す利用者さんの情報はこれまでより更に私の元まで届かなくなり、私の側からお尋ねすると「知らなかったの?ちゃんと聞いといて」と言われるようになりました。
そして3日目の本日午前中を過ごした後の昼休み、「これ以上は無理なんだな」と自分で確認したのです。
自分の動きをしようと決めてからわずか3日間の事でした。

私は尋ねられたNさんと上司の方を向いて、「情報が届かないから動きが取れませんでした。会社に新しい事を取り入れて変えていこうとする動きを反対されるのでは、私は働いていけません」と伝えました。偶然そばに居た社長はいつの間にか居なくなっていて、上司は「でも私もいつもギリギリで、いっぱいいっぱいで大変なのよ」と仰りながら机に広げられた書類を両手で抱えるジェスチャーをしました。私は心でため息を付いて「・・・そうですよね。だから私には無理なんです。」と伝えました。

 荷物を纏めて外に出るとNさんが走ってきて、「考え直せない?せっかくMamoさんが来てからいろいろと変わってきたのに。これから皆で変えていけると思って楽しみにしてたのに。もう無理なの?」と言いました。私が「そう。もう限界です。エネルギーが切れました」と伝えると、Nさんは「でもどこの会社に行っても同じだよ。皆いろいろあるけど割り切ってやってるんだよ」と。
・・・私は心が悲しかった。そしてNさんに「割り切って出来る方は、割り切ってやっていかれたらいいと思いますよ。私は出来ないから辞めるんです」とお伝えし、さらに「ごめんなさい。もう行くね」と告げてから会社を後にしました。

 円満退社とは反対の辞め方をして次の職場も決まっていない。今回のような辞め方は初めてです。でも、「自分を生かして働こう」と考えて動いた結果の1つです。そしてこんなに「自分を大切にして働こう」としたのは初めての事だと思います。

 社会に順応する人ではなく、社会を変えていく人として動けていた。変えていければと思っていた。変わる気配も感じてた。

でも、もういいね。よくやれた。又、次に進めばいい。次は何やさんになろうかなぁ・・・。


Mamo |MAILHomePage

My追加