「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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| 2005年05月12日(木) |
「レッテル」を剥がそう |
去る5月8日、引きこもりの方を支援している団体のHPを見ました。ページが開かれると同時に画面の表紙に3つのアルファベットが浮き出てきました。その文字の意味は「強迫性神経障害」「被害妄想」「人格障害」の頭文字でした。私は心のことに関する社会の理解の無さに心底驚き、さらに会が全国ネットであることには心の底から落胆しました。そして自分にあった過去を思い出しました。 私が心に病を持たされ生きていた頃、小さな気持ちの変化を「精神の病」という計りでひと括りにされ、マイナスの意味で納得されてしまうことがどれほどの悲しみ・苦しみであった事か。社会から普通ではないとレッテルを貼られることでどれほど心が傷付いてきたことか。そしてこのような社会の偏見がどれほど私たちに無力感を植え付け生きる力を奪った事か。 今考えてみると、私は決して困った人ではありませんでした。「NO」と言う方法を知らなかったから、「体でNO」を訴えました。感情を持っても良いと知らなかったから怯える自分に更に怯えました。語り合うことを知らなかったから乱暴に自分を表現しました。そして真の自己を表現することが許されなかったから泣いて叫ぶしかありませんでした。 落胆したその日から、何度かに分けて同じHPを覗いてみました。どこかに少しでもいいからプラスが書かれている事を期待していたのです。けれど何処にも探せない。引きこもりの会を立ち上げている人々は引きこもっている方々や心に病を持たされていた私の目線に腰を下ろし、私たちの息を感じたことがあっただろうかと疑問が沸きました。彼らが心で私たちの苦しさを知ろうとしているのなら、会の名称にマイナスの文字を使って、私たちを新たな不安に駆り立てることなど出来ないはずなのです。 私は今、ただひたすら自分だけを見ています。私が今社会に視点を合わせたら、私は再び傷つく。だからいつも自分のことをしています。「社会に貼られたレッテル」を自分で剥がしていくのです。
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