「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2004年05月03日(月) |
生き方 纏綿状態 複数であること 彗星 ルコウソウ |
私はもう少し自分の感情のままに動いてみても良いのではないだろうと思います。何かの行動に付いて自分で評価してみたり規制をかけてみたり、まだまだおかしな事をしている事を感じます。
小さな戸惑いは本当に針の先ほどの小さな戸惑いなのですね。今日もまたいつの間にか違う自分になっていて、後になって別の誰かになっていた事を知るのですが、どうしてだろうと考えてみると、ほんの小さな戸惑いを無視している自分が居たのです。
いまさらですが、一昨日仕事中に「本当に複数だったんだ・・」と言う思いが私の心の奥底に飛び込んできました。その感情は正確にはもう一人の私の心から出てきたものなのですが、何故か私の所にまでとても強い勢いで入り込んできて、私はしばらく立ち止まったまま動くことが出来ませんでした。もう一人の私はこの何日間か自分の生活を観察していたようで、その中で感じる時間のずれに付いて考えていくうちに複数であると言う現実に辿り着いたようでした。そうですね。複数なんです。 本当は違うかもしれないとか、本当は世の中の人は皆そうではないかとか、何かと理由を付けて事実を否定していたのは、もう一人の私ではなくて、実はこの私“Mamo”なのかもしれません。
複数であるとは大変なことですか? 大変だったのかどうかはわかりません。私は私ひとりとしてしか生きてきたことがなかったから。一人で生きるということがどういうことなのかも今ははっきりとわからない。(時間と記憶が繋がるのだろうとは思えます)ただし楽に生きてきていないことだけは語る事が出来るかもしれません。自分の苦しかった過去を知っているから。
「纏綿状態」と言う言葉を知っていますか? AC関連の本には書かれているかもしれません。私が癒やしの作業に使っている本にも書かれてありますが、今少しだけ境界線のある人間関係を知り、過去のその状態の恐ろしさを感じています。とても口では言い表せない、弱いものの人格を一飲みにしてしまうような、そんな恐ろしさを感じます。
私はどんな風に生きたいのでしょう。私は何がしたいのでしょう。・・・自分に対してこのような問いかけをし始めて、そろそろ1年が経とうとしています。過去の私は、何かを発見してさえもそれ以前の自分を眺めては悲観していました。今日改めて過去の自分はそんな風に生きていたことに気が付き、呪縛の強さを感じました。過去の私は自分に新しい能力を見つけてさえ、生き辛さを抱えた自分を探しに行こうとしていたのです。時間は前にだけ進み、木は空に向かって伸びていくのです。人が歩くときも前向きで、鳥もトカゲも前を向いて生きていく、前だけ向いて生きていくのです。私もわざわざ後ろを向かずに、ただ前だけを向いて歩いていこうと思います。それが良いに決まってる・・・。
1週間ほど前、庭にルコウソウの種を植えました。2日前にようやく双葉が出てきて・・・夏にはきれいなお花が咲くようですが、どんな風に成長するのか私はとても楽しみにしています。
そうそう・・ご存知ですか?6月中旬まで、彗星が二つ見えるそうです。
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