ままにょにょ窟Lv10,000をまだ目指すしあわせ日記



思考が思考を生み、永遠に答えが得られぬような時でも、
あなたは考え、何かを想い、何かを得て、新しいあなたになっている。
あなたは考えることで、何かを感じることで、 常に新しいあなたに生まれ変わっている。
(RPG《聖剣伝説 Legend of Mana》より)




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2004年06月05日(土) 急かない

遠足や旅行の前夜にはよく眠れなくても当日はちゃんと早起きできてたみなさん、
こんばんは。

いもーとに会いに行く前に日記を書き上げるチャボです、どうも。
遠足とかみたいな特別なもんでは決して無いけど、気が急いてしまうのは何でだろ?

会う前にいもーと日記読み日記。
‥‥別に何も問題ないんじゃね?
思ったこと、感じたこと、考えたこととかを書くのが日記なんだから。
何でも書いていいんだ。
《これが上手になった》と思うなら、それを堂々と言ってしまってイイ。
得手が増えるのは、立派なことじゃないかな。
恥ずかしがらずに言ってごらん。

‥‥‥‥羞恥プレイじゃないよっ。

> 土曜日は教職課程
お前ら課題やってこなさすぎ――って言える資格があんまり無い俺だったり。
まぁ、やってこなかったのは11人中2人で、多いと見るか少ないと見るかは難しいけど。
担当のY助教授がキれるのも分かる。
《教職の講義を受けるのを辞めろ》。
‥‥課題は山積み。

> 土曜日は教職課程2
生徒指導の講義。
《もしも自分の最も嫌いなタイプの生徒がいたら、どう接するか?》
をテーマに、教員採用の面接試験を教室で演習。
学生11人を2つに分け、それぞれが面接官役と受験者役とに立つ。

まず、俺は面接官側。
ぁー、俺、こういうの向いてないんだなと実感。
はい、次は受験者役。
メインの質問が《最も好きな生徒が〜》に変わり、悩まされる。

なんかね、演習だって分かっててもすげー緊張した。
声まで震えてたね、きっと。

好きな生徒がいようと嫌いな生徒がいようと、
教師が私情を挟んで生徒に接することは許されない。

教壇に立つとき、俺は心の中の自分という存在を殺すだろう。
《チャボ》としてではなく、《教師》として立つ。
俺個人としてその場に立てば、誰かを差別することは絶対に避けられないから。
教師として――
学校の権威を見せるため、教育を円滑に進めるため、社会をよりよくするための歯車となる。
ただの1個の、歯車となる。

分け隔てなく接するということは、分け隔てなく愛するということだ。
子供は敏感だろう。
どんなに嫌いなやつでも、イイことをすれば誉めるべきだ。
でも、誉めるときに――頭を撫ぜるときに、そのわずかなふれあいからも、
教師が自分に対してどう思っているかを子供は読み取ってしまうのだろう。

分け隔てなく接するということは、分け隔てなく愛するということだ。
そこに《俺》という個人格が存在しては、これは成されない。
《教師》という汎人格を持てる人間だけが教師にふさわしい。

常に《本音を語れ》と言う俺。
↑とは矛盾しているかな?
《俺》という個人格無くして、そこに本音は無い。
矛盾しない方法。
個人格と汎人格が一致していれば、自分を押し殺す必要は無いだろう。

教師という職業で精神的負担を感じる人は、《自分》の個人格と《教師》という汎人格と、
その間にある溝や差異が決して小さくはないからじゃないかな。

> 小6女児による殺害事件
何で誰も親の監督義務について口を開かないの?
子供がインターネットにアクセスしたのは自宅のPCからだろ。
子供が見ているWebサイトが健全であるかどうか、確かめなくてイイのか?
インターネット上かリアルかの場を問わず、子供の発言に親は注意を払わなくてイイのか?
親に追及されないようにアクセス履歴を彼女が全て消していたなら、
これは恐ろしく知能指数の高い知能的犯罪だ。


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