SEOUL×FIGHTER 
ソウルファイターあすかの戦う日々とそうでもない日々。

2003年12月01日(月) イマノキモチ

日本に戻ってから、やや兆候はあったのですが
突然誰とも喋りたくなくなりました。

11月に入って、こりゃいよいよヤバイ、とネットで通える範囲の
精神科、診療内科を探しながら「少し休めば治るかも・・・」

そう思って布団に入ったら、今度は出られなくなりました。

喋りたくないと思ったら、声が出せなくなりました。

理由も原因もわかりません。

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真っ暗の部屋の中、どのくらい時間が経ったんでしょう。

一週間?10日?半月?
曜日、日にち、今が午前か午後なのかも全くわかりません。

お風呂も入れません。

歯だけは磨きます。

ご飯は人のいない時間を見計らって適当に食べてました。

でも胃の中に「何かが残っている」という変な罪悪感があって
拷問の様に水を胃に流し込み、食べたものを全部吐き出します。
で、また吐いたことでの罪悪感。

そのまた繰り返し繰り返し。

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やらなきゃいけないことは沢山あるのに
気持ちと心が空回りしてどうにもならない。

頑張ろうという気持ちはすごくあるのに
今が昼なのか夜なのかわからないまま、時間ばかりが無駄に過ぎていってしまう。

「自分はどうせ何をやってもダメなんだ」

「私を好きになってくれる人なんて誰もいない」

「信じても最後には裏切られる」


何でこういう風に考えるかもわからず
とにかく「もうダメだ」という風に考える事しかできないんです。

気がついたら、バファリンを大量に飲んでいました。
また生きる事より死ぬ事を選んでしまいました。

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飲んだ分量が少なかったので、救急車を呼ぶほどではなかったようなのですが
私にどう接していいかわからなかった両親が姉二人を呼んだみたいです。

朦朧とする頭で布団に潜り込み
姉が「大丈夫か?どうしちゃったの」と話をしています。

私はよくわからないけど、涙が出てきて
子供というより、赤ちゃんんに近い叫び声を出して泣きました。

「気持ちはあるのに何も出来ない。外に出られない。どうしたらいいかわからない。」

声という声を出したのは久しぶりでした。

すると布団の上から私の頭を触って抱きしめて
お姉ちゃん達も泣いていました。

私はてっきり「甘えてんな」って怒られると思ってたのに。

「そうか。辛かったんだね。泣きたい時は泣いた方がいい。
私達が必ず治してあげる。だから死ぬなんてもう絶対考えちゃダメだよ」

まさか姉達が泣くなんて思ってもいませんでした。
そういう姿を見るなんて、ショックの様な
私を想ってくれたんだなと、なんだか不思議な気持ちでした。
もっと大きな声を出して私は泣きました。

一番上の姉は一時間ごとに足や背中をマッサージしてくれ
二番目の姉は食べたい物を買出しに行ってくれました。

声が思うように出ないので
話は「うん」「ううん」の合図。
例えば「ゼリーとプリン、買ってくるならどっちがいい?プリン?」
という質問に「うん」

韓国でずーっとプリンが食べられなかったので、プリンをリクエストしたのですが
どうやら母には「好物」と勘違いしたらしく
冷蔵庫を袋に溢れるほどの色々なプリンを買い込んで来ました。

牛乳プリン、プリンアラモード、生クリームプリン
焼きプリン、代官山プリン、なめらかプリン、黒糖プリン
和の鉄人プロデュースきなこプリン・・・。

そして「これはご飯食べられない分の栄養補給に」と
2リットルのスポーツドリンクが布団の周りに並べてありました。

まるで民家のまわりに置いてある猫よけみたいです。

多分、いま私はスポーツドリンクとプリンの消費量世界一です。

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死ぬほど泣いたら少し楽になりました。

二番目のお姉ちゃんと病院に行く約束をしました。


 < モドル  モクヂ  ススム >


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